表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/34

ウサギの島に上陸

※当作品で登場する広島県ウサギ島は、実在する土地をモデルにしております。発表にあたり一部名称を伏せたり、近未来という物語舞台に合わせて改変、架空の施設を追加しております。行ったことのあるひとはもちろん、まったく初耳という方も、ゴールデンウィークのちょっとした旅行気分をお楽しみください。

また、楽しそうと心惹かれた方がいれば、(すべて作中通りではありませんが)期待をかなえてくれる島だと思います。ぜひ実際に訪れてみてくださいね。



 在来線から、新幹線。広島駅からさらに在来線。駅からバスで港。港からは小ぶりのフェリーで直通、十五分。

 覚悟をしていたことだが……改めて動くと、ほんとに遠い。


 途中で昼飯や、広島駅前をちょっと観光もしたりして、フェリーに乗ったのはもう夕方である。ウサギをモフるよりも先に、俺はすっかり、くたびれていた。


「ふう……くあ」


 あくびを一発。


 ……そりゃまあ長旅だけどよ。でもこんなに疲れるなんて想定外だ。荷物も、昨日用意したときは全然軽く感じたのに……リュックサックがずっしりと、肩に食い込んで痛い。

 俺はリュックを膝に置き、フェリーの屋内シートに腰掛ける。

港から、たった十五分の船旅だ。ゆっくり海でもみていよう――と、思った瞬間、まぶたが落ち、意識が途切れる。


 次に目を覚ましたのは、誰かに揺り動かされてだった。


「……起きて。着いたよ……起きてって」

「ん……ん、あ……?」


 ぼんやり、かすむ視界に、男の顔。

 うつむいていた俺を覗き込むようにして、すぐ近くにいる。

 ……誰だ? 

 こんな育ちのよさそうなやつ、『青鮫団』にいたっけ……。整った顔立ちに、甘く垂れた目元。細い鼻は女性的だが、眉と、瞳の輝きだけはとても凜々しい。

 目が、茶色い。色素が薄いのだろう。……きれいだな。琥珀トパーズのように輝いている。きれいだ。


 そう思ったところで、俺は彼の正体を理解した。

 そうだ、こいつは桃栗太一――モモチじゃないか。


「何でモモチが、ここにいるんだ?」

「なんでって、ひどいな。ずっとヒトにもたれかかってたくせに。起こしてあげたお礼が先じゃない?」

「――え――あぁごめ――着いた? ウサギ!?」


 無駄に大声を上げて、立ち上がる。モモチは口の端を持ち上げて、にやり、と野性的に笑った。


「元気だなぁ。そんなだから、つく前から疲れるんだよ。ちょっと落ち着いたら」

「いやあ、あはは……えっと、『青鮫団』の連中はどこだ、もうみんな船を降りたのか」

「そう、おれたちが最後だよ」


 モモチはうなずき、俺の手からリュックを奪った。なにすんだ泥棒、と言いかけて、荷物を持ってくれたのだと気づく。それでも俺は奪い返した。


「自分で持てるよ、たいした荷物じゃないんだから」

「いいから貸して。ペンションまでしばらく歩くんだ。山道で行き倒れたいなら返すけど」


 再び奪い返され、彼はさっさと歩き出した。


 なんだその言い方――俺は追いかけようとして、つんのめる。寝起きで足下がふらついたのだ。

 そうしている間に、モモチは階段を降りていった。

 その手には俺の荷物と、俺のと同じくらいのサイズのメッセンジャーバッグ……同じ長旅。

 しかし、モモチは居眠りもせず、疲れた顔もせず、足下もぐらついていない。


 …………なんでだ?

 モモチのくせに。

 チビでヒョロで年下で、俺の足下にも及ばないくらい、弱っちいはずなのに。


 俺も続いて階段を降り、乗ったときに通ったルートをたどって、外へ出る。

 視界が広がった。


「山だ!」


 俺は両手を広げ、叫んだ。


 目の前は寂しい公園のような広場になっていて、そのすぐ先は森――は言い過ぎだが、密集した木々が立ちふさがっている。それによって、細い道が左右に分かれて続いていた。

 山の中に港があるんじゃないぞ。島自体がちいさくて、船着き場も極小なのだ。


 フェリーに乗ったときの、港町とは大違い。コンビニもない、車もいない、家もない。ていうかほんとになんにもない。

 白っぽい土と木と、ひとけのない公衆トイレ、そしてゾロゾロと降りていく観光客の姿ばかりである。


 ……ウサギは……さすがにこんなとこにはいないよな。

 でもきっと宿まで行けば、その園庭はふれあい動物園状態なんだろう。あるいは森のなかにひそんでいるのを探索するのか……ああ、楽しみすぎる。


 俺はウキウキと地面に足を下ろし、瞬間、またグラリときた。すぐにモモチが支えてくれる。それで別に恩に着せるわけでもなく、モモチはあごをしゃくった。

 とっくに降りていた『青鮫団』が、ずいぶん先でしゃがみ込んでいる。

 男十五人がまとまって座り込んだ光景は異様である。奴らも疲れているのか――


 いや、違う。

 奴らはうなだれているのではない。地面に何かがあって、それを囲んでいるのだ。

 俺はふらつく足で、しかしまっすぐに、その輪へ向かった。


 後に続くモモチのことなど、もはや眼中にない。


「おおーもっふもふー」

「フツーに寝てんのか、野生のくせにいい度胸だ」

「ヒトに慣れてるんだろ。奈良の鹿はもっとふてぶてしいぞ」

「意外とでけぇー。でも可愛い……痛っ!?」

「痛い!」


 男どもの悲鳴も、耳に入らない。俺は奴らの背中を蹴飛ばし踏みつけ押しのけて、『それ』の前までやってきた。


 リュックから、ビニール袋に入れたニンジンスティックを取り、一本つまんで、差し出す。

 俺は言った。


「……オイシイぴょん。どうぞ食べてみてぴょん」

「えっ、ナントカだぴょんてウサギに話しかける人間、実在するんだ!?」

「きっと猫にはニャア犬にはワン、子供にはデチューで話しかけるタイプだな」

「恥ずかしい、聞いてる方が恥ずかしい」


 俺は後ろ足で、発言者に向けて砂を蹴り上げた。ギャー目がー! という悲鳴。よし、クリーンヒット。雑音が消えたところで、再びウサギに意識を集中する。


「キャベツもあるぴょん……」


 だからどうか、俺の手からカジカジしてくれないだろうか。

 そう願いを込めて囁き続ける。

 ウサギは俺の指先を見つめていた。なかなか食べてくれない。


 ……警戒されてしまったか? 俺って人相悪いからな。顔はともかく、デカイ身体というのは基本、動物に警戒されるものだろう――


 と――俺はそこで、目を見開いた。

 ニンジンをつまむ、細い指――女の手。


 そうだ。俺って今、小柄な女だったんだ。

 どうもまだ寝ぼけていたらしい。雌体で外出するのが初めてで、自分の姿に自覚がないんだよ。そうかそうか、なんかすっかり忘れてたぜ。


 俺は嘆息した。

 

 ……なんか、軽い気持ちで来ちゃったけど……

 やっぱいろいろ、リスキーだったかな。およそ七時間後、うまく入れ替われるかも不安になってきた。

 明日になってから遅れて合流するとか、いっそ一念発起して、人生初の男一人旅をするべきだったか。


 ……それともやっぱり、雌体化時には引きこもっているべきだったのか。

 これまでどおり、存在しない女として。家族以外の誰にも会わず、なんにもせず――誰にも知られないままで。そうしてずっと、生きていくべきだったのかな……。

 

 ぼんやりしている俺の手元が、振動している。指先がくすぐったい。そしてカリカリとなにかをかじる音。

 ふと、視線を戻す――と――


 おおっ?


「ウ、ウサギがっ……!」


 叫びそうになるのを、寸前でこらえる。それで逃げられたんじゃたまらない。

 せっかくウサギが俺の手から、ニンジンをカジカジしてくれているのに……!


 カリカリカリカリ。


 微振動が、俺の手首まで伝わってくる。

 あああ。食べてる、食べてる。

 食べてるよ……。

 どんどん、短くなっていくニンジンスティック。

 どんどん、近くなっていくウサギのモフ部。

 俺の皮膚に、なにかが触れている。毛かな? ヒゲかな? なんだろうなんかくすぐったいのだ。それがたまんないのだ。


 うはあ。

 うはああ。

 ふううはあああ。

 うふうふぁああああ。


「はああああああああああ」

「……楽しんでいるようで、何より。だけどまだフェリー降り場だよ」


 恍惚としている俺に、モモチのクールな声が降りた。

 それでも動こうとしない俺に、『青鮫団』の連中も苦笑い。「妹ちゃん、オレら先いっとくっすよ」と、歩き出してしまう。

 モモチは俺の肩を叩いた。


「今日は移動と宿泊だけ、ウサギや海で遊ぶのは明日だ。ほら、行くよ。おれが先導しなくちゃ」

「置いていっていいよ……あたし、ここで暮らす」


 モモチは吹き出した。


「明日にはもっといっぱいいる所に連れてってあげる。今夜はそのためにも、ゆっくり休まないとね」


 素直に立ち上がる俺に、モモチは再び笑い声を上げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ