表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/34

百度目のトランス、初めてのお出かけ

 俺は生まれて初めて、母親の前で土下座した。


「おかあさまおねがいします。雌体化周期に、女にならずにいられる方法を教えてください」

「無理」


 即答される。俺はさらに床に額を押し付けて、


「そこをなんとか!」

「いや私の采配じゃないから。あんたの体質の問題でしょ。旅行かあ。あっちの日程をずらしてもらうことは出来ないの?」

「……無理。……たとえ宿代出しても、夏休みは予約でいっぱいだって……」

「だったらしょうがないでしょ。残念だけどお断りしなさい。また別の機会に行けばいいじゃないの」

「いつ、だれがその機会を作ってくれるんだよ。母ちゃん連休取れるのか」

「ワタル一人で行けば」


 さりげなく家族旅行をねだってみたが、母親の返事は厳しかった。俺は即答する。


「無理。広島県だぞ。遠い。怖い。さみしい」

「……あんた、十七の男で場所見知りって、かわいくないわよ……」


 うるさいな、ちょっと方向音痴なんだよっ! 迷子になったら困るだろ!?


 どうしたもんだか。

 唸る俺に、食後のお茶を啜っていたシノブが、冷たい言葉を投げかける。


「ほら、こんなことがあるから、さっさと童貞捨てろっていってたのよ。完全に男になってれば今頃なんの気兼ねもなく、ウキウキと旅行準備していたでしょうに」


 こいつはまた……

 俺は妹をにらんだ。


「うるせえな。お前だって、雌雄同体のときから修学旅行だのなんだの行ってたじゃねえか」

「それなりの苦労はしたもん。お兄ちゃんだって、やればできるんじゃないの?」

「できるわけないだろ、そっこーでバレるわっ!」


 シノブがそれなりの努力をしたこと、そして要領がいいことは、認める。しかしシノブと俺とでは事情が違うのだ。


 シノブの変化トランスはゆるやかかつ大差が無く、ピーク時でも「男の娘」という程度。さらに脅威の女装技術があり、風呂さえ逃れればなんとでもなった。

 しかし俺は突然変異の異常体質。「どくん」を前兆に五分で変化、そうして外見が全く変わってしまうのである。


 胸や股間の凹凸うんぬんではなく、身長で三十センチ、コワモテ番長からたおやかな美少女に様変わり。男装とか女装とかでどうにもならない、まったくの別人である。赤い髪とつり上がり気味の目など、なんとなく面影くらいはあるけども。


 雌体化した俺が行ったところで、『青鮫団』は首を傾げるだけだろう。誰だこの女、ってな。

 まあ、鱶澤の妹かなってくらいには思ってもらえそうだが……。


「……ん」


 俺は顔を上げた。


 妹。……そうだ。俺には妹がいる……ふだんは似ても似つかないが、女体化すればそっくり瓜二つの妹が。

 シノブは俺らとは世界が違う、進学校に通っている。中学も俺とは別の私立だし、『青鮫団』を自宅へ入れたことはない。

 妹がいる、ことは一応知られている。だがシノブ当人を知るものは誰もいない。

 妹――女――女なら、奴らの目の前で、心ゆくまでウサギをモフモフしても、鱶澤ワタルの評価は下がらない。だって別人だもの。女の子だもの。可愛いものに目がなくてなんにも恥ずかしいことなんか無いもの。


 黙り込み、目に輝きを取り戻した俺に、シノブはクスッと笑った。こいつはいつも俺の思考を読む。


「いーよ、お兄ちゃん。洋服貸してあげる。三日間なるべく出歩かず、あとでなんかあっても、口裏を合わせてあげるわ」

「おぉ妹よ! あぁ妹よ、妹よ!!」

「お土産よろしく。たっぷりとね」


 …………バイト、がんばろう。


 どうなることかと思ったけども、なんとかなりそうだ。

 俺は再びテンションをあげて、心も体もぴょんぴょんしていた。

 雌体化する日をこんなに楽しみにしたことなんか初めてだ。楽しみすぎてじっとしていられない。

 その様子を、いつもの冷めた目で見ていたシノブがふと、眉を寄せる。


「お兄ちゃん。まさかと思うけど、旅行ってアホ鮫団の連中とじゃないわよね」

「えっ?」

「せいぜい、同学年の何人かってところだよね? 下級生ふくむ団員全員、男ばっかりで海にいくんじゃないわよね?」


 ………………そ……その通りですがなにか?


 俺は首を振った。


「そんなわけないだろう」

「だよねっ。ならよかった!」


 本気でホッとしたようすのシノブ。さっさと自分の携帯で、「わたしも八月には彼氏とディズニーいこうかなー」などとやりだした。ちくしょうリア充め。見てろよ俺だって、いつか同じだけの人数、異性をはべらせてハーレム旅行してやるからな! ……いつか!

 

 その日から、客先での俺の評価はめざましかった。


 お客様アンケート回答:

 ぱっと見、髪の毛真っ赤だし怖かったけど、ものすごくよく働くしずっとニコニコ笑顔で、素敵な従業員さんでした。またお世話になりたいです。 清水市四十九歳主婦

 

 ちょっとしたボーナスまで頂いて、旅行準備は順調に進む。

 天気予報も上々。

 授業のたび髪の毛はピンクになったけど、そんなことで俺は負けない。


 通販で届いた箱を開き、床に並べて、確認する。

 女ものの下着と、黒髪のウィッグ。

 今は試着するわけにはいかないが……女の俺には、ぴったりフィットするはずだ。


「……シノブのフリ、とはいえ……女の体で、人前に出るのは初めてだな……」


 呟くと、自然と笑みがこぼれた。


「へへっ……やばい。超楽しみ!!」


 

 ――そしてついに、その日がやってきたのだ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ