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鱶澤くんのトランス!  作者: とびらの


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団長失墜

「てめぇえこらこの餅野郎、ナニヤッテンノとはなんだバカヤロー!」

「う、げ、ぉげ?」

「お前を探してたんだろうが!! お前を追って走ってたんだよ! 夜の山道どころか、昼の山も夕方の海辺も、ホテルもテニスコートもキャンプ場もサイクリングコースも全部駆けずり回ったわい!」

「え……ええっ?」


 俺につるし上げられて、目を白黒させてるモモチ。俺はそのまま、モモチを前後上下左右、タテヨコ斜めにとぶん回す。


「心配した! いやあたしだけじゃない、女将さんも『青鮫団』のみんなもあたしもみんなもみんなもあたしも、心配した! 探したんだから! 本当に探したんだからな!!」

「あ……あの、アユ、ぐ――」

「心配させやがって畜生。あほ。ばか。きらいだ。モモチのバカ……」


 俺はゆっくり、声量と力を下げていく。モモチのシャツをつかんだまま、脱力して、座り込む。

 モモチはしばらく、黙ってせき込んでいた。だが俺の膝がアスファルトにつくより早く、俺の肩を抱きよせた。


「……ごめん」


 謝罪の言葉は、酷く短い。それでも俺は黙ってうなずいた。


 無事でよかった。


 モモチはさらに、俺の肩を引き、道路の端へ移動させた。

 左右を森に挟まれた道路だが、一部だけ木々が削られて、日だまりのような広場にベンチがひとつ置かれていた。ウサギ島にはこういうスポットがよくある。モモチは俺を座らせて、足元にサンダルを置いてくれた。


「……ありがと」

「どういたしまして。――変なカッコ」


 笑いもせず、そんなことを言う。俺は眉をしかめた。

 たしかに浴衣にサンダル、旅行用のリュックサックと、トータルコーディネートもくそもない格好だけども! これはお前を追いかけ飛び出してきたせいで、おしゃれと思ってやってるんじゃないぞ。

 ほほを膨らませた俺に、アハハと笑って、彼は隣に腰かけた。

 俺は足をぶらつかせ、モモチのほうを見ないまま、呟く。


「何やってたんだよ、こんな夜まで」

「ん……いろいろと。……実は、コンタクトレンズを落としちゃってさ」


 そういって、彼は自分の目元を指さした。そんなこと言われてもわかりゃしないんだが、たしかに近眼らしく、俺に向かって目を細めている。


「片目だけだったから、しばらく気が付かなくてさあ。旅行にスペアを持ってきてなかったし、失くすわけにいかなくて。それであちこち探しまわってたんだけど、なにせ視力が落ちてるわけで、その矯正器具が見つかるわけもなく」

「だったら一度、電話くらいしろよ。青鮫団みんなで協力したのに。いやこっちからも何度もかけた。なんで出なかった?」

「携帯も落とした。しゃがんだり這いつくばったりしてる間に、ポケットから落ちたみたいで」

「ばっかじゃね? だったらもう、一回ペンションに帰って来いよ。ていうかメガネは?」

「……部屋に置いてる。けど……なんかこう。合わせる顔というものがなくて……」

「何言ってんのアホモモモチ―!」

「モがイッコ多いよ……」


 俺にひっぱたかれ、モモチは毒づきながらも抵抗はしない。

 つらつらと言い訳並べたところで、そこに筋が通ってないことは、彼も自覚しているはず。宿に帰らなかったのも、公衆電話などを使わなかったのも、昼に俺から逃げ出したのも――彼は、ちゃんと、自覚していた。


「……おれって……カッコツケだよな」

「まったくだ、すかぽんたん」


 ぱこん、と後ろ頭を叩いて言ってやる。


「カッコつけるにも、時と場合があるだろうが。生きてりゃみっともねーことだってある。うっかりポカもする。失敗もする。いちいち落ち込んでるんじゃねえよデコスケ」

「アユムちゃん、さっきから気になってたんだけど悪口が妙に古臭いのなんなの」

「お前はイランとこ気にしすぎなんだよっ!」


 ちょっと強めに殴った。


「お前、ほんと今までどこに居たんだ。あたし一人の時はともかく、この小さな島を十四人がかりで走り回って、遭遇しないのはおかしいよ。わざと『青鮫団』から隠れてたな?」


 モモチは首を振った。


「いや? 夜は大体、休暇村ホテルのなかにいたし。隠れたのは君からだけだよ」


 やっぱり俺からは隠れたのかよ!


「日が暮れてからは、誰の姿も見ていない。あとはずっとここにいたんだ……変だな。一本道で、通りがからないはずがないのに……」

「ここにいた? あたしが追いかけてたのは?」


 首を傾げるモモチ。


「何の話。それ、おれじゃないよ。他の――飛び込みのお客さんかな」


 俺はハッと目を見開いた。飛び込みの客――嫌な予感がする。


 自分の携帯電話を取りだし、まずペンションしろくろへ電話する。すぐに女将さんが出て、モモチを見つけたと話すと、大きく息を吐いていた。


『ああよかったぁ、心配してたのよぉ! 騎士団のみんなも、誰も帰ってこないし!』

「……誰も? 連絡とかも?」


 なにもなかったと、女将さん。俺は電話を切り、すかさず、『青鮫団』の三年生に電話を掛けた。――長いコール。どうした。早く出ろよ。苛立ち掛けたところで、通話状態に切り替わった。


「――もしもし!」

『アユムちゃーーん! もしもし元気ぃーーーっ!?』


 うわ!? 鼓膜を震わす大声量、俺は耳を離して叫び返した。


「うるせえ! なんだ? この声は大山か?」

『小川くんもいまーーーすっ!』


 またも、とんでもない大声が割り込んでくる。俺は目をぱちぱちさせた。

 な、なんだ? 基本的にテンションの高い、小学生モドキな連中だけど、いつもこんな風では全くない。異常だ。

 俺は手をめいっぱい離し、なるべく耳から遠ざけて、


「お前達いまどこにいる? モモチが見つかったぞ。さっき宿に――」


 連絡を入れて、俺たちも帰るところだと言いかけたのを、絶叫がかき消す。


『おおおおおお桃栗見つかったっすかぁぁあああ良かったぁぁあああ!!』

『やったぜアユムーさすがはオレたちの姫、ひゅーひゅー!! 好きだー!』

『愛してるぞアユムーっ』


「だ、だからうるせえって! なに? なんだお前達、もしかして酔っ払ってるのか?」


 そういえば、向こうはなにやら騒がしい。大山、小川以外に、男のがなり声が聞こえてくる。しかし二人の声がでかすぎて、そこがどこなのか、何を話しているのかは聞き取れない。

 俺の問いに、二人はけたたましく、笑い声を上げた。


『そうです、酔ってます! 泥酔しております!! わーいたのしーっ!』


「なっ――て、てめえら、『青鮫団』の戒律を忘れたか。法律と校則の遵守! 盗み、いじめ、喫煙、飲酒、セクハラ、無断外泊、親不孝、制服でゲームセンターは厳禁だぞっ!?」

「あ、そうなんだ」


 横でモモチが、なぜか笑った。

 大小山川も、二人して笑った。


『そんなの団長が、団長が言ってるだけでしょー。あのひと真面目だから――ただでさえ、出来が悪くてハミダシもののオレ達が、生きづらくならないようにって、守るために』

『そうそう。オレたちゃもう、子供じゃないんだぜ。……気持ちも身体も小さくて、一人で虐められてたころとは違う。――『青鮫団』の加護は、もういらねーんだよ』


 ……そ……そんな――何言ってるんだ? こいつら……。

 ほんの少し、静かになった通話口から、また大勢のがなり声。我こそは大声チャンピオンとばかりに、いくつもの少年の声が、押し合いへし合い、重なり合って、俺に向かって叫んできた。


『アユムちゃん桃ちゃんごめんねーっ! 海で超美人の女子大生集団に逆ナンされちゃって、俺らみんな、ホテルにしけこんでおりますのでー!』

『邪魔しにこないでくれよな! そのかわり、こっちもオマエらの間に入ったりしないから!』

『しろくろから出てくるんじゃねえぞ!! 桃、そこにいるんだろ、いますぐアユムちゃんを部屋に連れ込んで、ベッドから逃がすなよ!! 『青鮫団』はみんな楽しんでます、お互い、リア充爆発しようぜ! ――ワァアアアア――アア――――!』

『ウワ――ア――あああああ――』


 意味の無い、大騒ぎが続く。もう誰が何言ってんだかわかりゃしねえ。そのまま通話はブツリと切れて、俺は嘆息した。


「なんだそりゃ。ばかばかしい」


 なにが、楽しんでおりまーすだバカバカ、ほんとバカ。俺を宿に残して出たときの、イケメン騎士団ぷりはなんだったんだよ。

 電話も、大山にかけたわけじゃないのに、主の声は聞こえなかったし。遠くでうめき声みたいなのも聞こえた気がする。泥酔でもう寝込んでるやつまでいるってことか。


「……アユムちゃん?」


 モモチが、俺の顔を覗き込む。俺はヘラヘラと笑った。

 ばかばかしくて、呆れて、笑いがこぼれた。


 ――なにが、子供じゃないだ。モモチという仲間を探すこともせず、女子大生と宴会って。 ――なにが、もう、要らないって。『青鮫団』の加護なんかなくてもいいって。


 団長・鱶澤ワタルはもう要らないって。


「……あはは……」


 ……なんか、もう、力が抜けた。


 携帯電話を持ったまま、脱力する俺。モモチが、なぜか心配そうに俺を見る。

 そして、俺の肩を寄せた。


 ……なんだよ。ただ呆れてうなだれてるだけだからな。あいつらの言ったことが、なにか堪えたとかじゃないんだから。

 お前の慰めなんかいらないよ。


 そう思いながら――俺は黙って、モモチに抱きしめられていた。モモチの手が、俺の髪を撫でる。頭皮に伝わる、モモチの体温。


 それがどうしようもなく嬉しい。

 気持ちいい。悲しい。つらい。嬉しい。

 胸にぽっかり、穴が空いたようなむなしさ。同時にそこに、別のものが流れ込み、埋まっていく充足感。


 ヨシヨシ、と、モモチは俺を甘やかす。


「……イヤなら言ってよ。おれには君が、なにをそんなに落ち込んでるのかもわからないし。どうしてやったらいいのかもわからないで、手探りでやってるだけなんだからな」


 俺は、モモチに抱きついた。彼の胸に額を押しつけ、シャツを握り、頬を寄せて、大声で泣いた。


 ――なんで、涙が出るのか。


 何を泣いているのか、わからない。


 ただ涙が止まらなかった。泣き声を押さえることが出来なかった。

 まるでヒトケタ年齢の子供のように、俺はモモチに抱かれて泣いた。


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