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鱶澤くんのトランス!  作者: とびらの


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22/34

みんな仲良く

 ――えっ、ケンカ?


 俺は慌てて、三人のそばに走り寄る。


「――やめろ! 返せよ!」

「――だから別に取りやしねえよ、ちょっと履歴を――」

「やめろってば!」

「なんだよ、アユムちゃんに知られて困るようなサイトを、シコシコ見ていたお前が――」

「そんなんじゃないっ!」


 返せ返せと叫び、飛び跳ねているのがモモチ。それを躱し、二人がかりで囃しているのが山川コンビだ。なんだか状況はわからないが、これはケンカじゃない。からかい、イヤガラセ、イジメのたぐい。


「やめろてめえら! なにやってんだ!!」


 怒鳴りこむ俺に、一瞬、二人組が縦に飛び跳ねた。


「ヒィッごめんなさい!」

「違うっす団長オレたちは――れ、あれ? アユムちゃ……」

「なにを揉めている。モモチが返せって言ってるのはなんだ?」


 仁王立ちで、怒鳴る俺を三人は首をすくめて見下ろした。周りにいた『青鮫団』の連中も、騒ぎに気付き、注目する。


「あ、アユムちゃん……」


 モモチも目を丸くして、言葉をなくしていた。


 小川は肩をすくめ、手に持っていたものを、俺の方へ手渡した。

 携帯電話だ。プラスチックの角がすこし、砂で汚れている。

 あ、これ、モモチのだ。きっと、俺が着ているパーカーのポケットにでも入れていて、そのまま貸し出し、そして俺が落としたんだ。


「か、返してっ!」


 モモチが手を伸ばす。もちろんそのつもりだ。俺は頷き、もう一度手元を見て――ギョッ、と目を見開いた。


 液晶の、ネットサイトにつながった画面には、画像がずらり、並んでいた。

 女の裸。豊かな胸を突き出すように、こちらへ媚びる美女。もはや何を映しているのかもわからないほどモザイクだらけ。目がチカチカする色味の文字が、タップしてちょうだいと、刺激的な言葉で呼びかけている。


 俺は悲鳴を上げた。


「ひきゃぁっ――!」


「うわああっ!」


 モモチが飛びつき、俺の手から携帯を奪おうとした。しかし勢い余って弾き飛ばし、携帯電話は地面に転がる。そのショックで、画面が切り替わった。この携帯の主が、直近に閲覧したページの履歴表示。


『素人無修正画像集』

『えっちな女の子のブログリンク』

『いますぐしりたいカラダ』

『どうしたらいい? 先輩に学ぶ初体験ハウツー』


 なお、手前から最近の順である。


「きゃあ! きゃあ! きゃあああっ!」


 意味もなく、悲鳴が止まらない。俺は地面にへたり込み、全身を紅潮させ汗だくになって、キャアキャアと喚きながら、その画面を見下ろしていた。

 大山、小川がげらげら笑った。


「昨日部屋でさあ、夜中までコソコソとスマホいじってるなあと思ってたんだよ」

「なんか小説でも読んでるのかと思いきや。なあ?」


 モモチはほとんど転ぶようにして、携帯電話を拾い上げた。胸に抱き、体を縮めて画面を隠す。俺も自分の体を抱いて、モモチに背を向け、うつむいた。

 それでもう見えなくなっても、網膜に焼き付いた記憶が、画面の文字を読み上げる。


『女のホンネ集』

『絶対だめ! デートNG6か条』

『なぜ怒られたのかわからないあなたへ。』


 俺は、ゆっくり、顔を上げた。

 目の前で、モモチは土下座みたいに縮こまっていた。

 背中が震えている。


「桃ちゃん、やらしー」

「きゃーサイテーはずかしーっ」


 その頭上で、笑っている二人。

 周りを見回すと、『青鮫団』の連中がみな、ニヤニヤ、くすくす、苦笑い。


 俺は立ち上がった。


「……おい、おまえら。『青鮫団』の戒律をいってみろ」

「えっ? ……なんだい、アユムちゃん」

「忘れたのか。……この『青鮫団』において、イジメは厳禁――もしも破り、『青鮫団』の団員を傷つけたなら、団長鱶澤がそいつを護るため全力で戦うってな」


 ひっ、といくつかの悲鳴が上がった。山川コンビが青ざめて、しかし、首を振る。


「いやそんな……そりゃわかってるけど、別に俺たち、そんな」

「イジメだなんて……遊んでただけだよ」

「遊んでた? モモチが楽しそうに見えるのか。いま、笑ってるように見えるのかよ」

「でも……男子だったら普通で……オレらもそれがわかってるから、ほんとにちょっとからかっただけなんだ」

「そうそう。こんなに恥ずかしがる、モモチのほうがおかしい。普通はこんな、本気で怒ったりしねえって」

「……普通? 普通じゃないやつを、お前は異常だって弄んでいたと。それがイジメでなくなんなんだよ!」


 怒鳴りつけると、彼らは口をつぐみ、うつむいた。

 それでもまだ、納得がいっていない様子。部外者面している団員達もぐるりと見渡して、俺は吐き捨てた。


「この中で、母ちゃんにオナニーが見つかってもそのまま続行できるやつだけ許す」


「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」


 彼らは全員、頭を下げた。


「…………あ……アユムちゃん……」


 恐る恐る――そんな様子で、モモチは顔を上げた。

 俺は微笑み、またほんの少し、赤面して、モモチから顔をそむける。

 モモチの胸に抱かれた液晶画面――履歴の、いちばん下。彼が昨夜、最初にタップしたリンク文字が見えていた。


『カノジョを大事にする方法』




 ウサギ島は、森になった丘をまんなかに、ぐるりと周囲が五キロほどの、本当に小さな島である。

 無人島――というフレコミだが、実際には三十人くらい、寝起きしている人間はいるらしい。ペンション「しろくろ」の夫婦や、もう一つある宿泊施設の従業員らだ。住み込みで働く彼らは、島の住人と言えなくもない。


「――その、宿泊施設のほうに観光客はほとんど流れていくんだよ。寝泊まりだけのしろくろと違って、ホテルも立派だし、周りにはレジャーもある。しろくろは増え続けた観光客のため近年建てられた、別館みたいなもんなんだって」


 山道を、ゆっくり歩きながら、モモチは言う。


「……ほんの数年前。テレビで紹介されるまで、ここは本当に、寂しい島だった。そもそも、この島はウサギふれあいアイランドなんかじゃない。負の歴史を背負った島だった」

「負の、歴史?」


 俺はオウム返しに聞き返す。


 しかし、モモチはこちらを振り向きもしなかった。すぐそばで言った声が聞こえなかったかのように、無視。俺の後ろから、『青鮫団』の一年生が手を上げる。


「パンフレットで見たやつだ! 軍事利用されてたんだろ? たしか、毒ガス実験!」

「そう。ウサギが話題になるまでは、ここは毒ガス島って呼ばれていたらしい」


 頷くモモチ。……こいつ。なんで俺の声が聞こえなくて、俺より後ろのやつには返事ができるんだよっ!

 後ろ頭を小突いてやろうかと思ったが、『青鮫団』がさらに手を上げた。


「一回それで、完全に無人島になったんだよな? なんで、ウサギだけ生き残ったんだ?」

「生き残ったんじゃないよ。無毒化処理をして、時を置いて、人が暮らせるようになってからウサギを野に放ったんだ。順番としてはこう――軍事施設のあった島が、毒ガス実験で無人化。戦争が終わり、平和な離島を大自然観光レジャーとして解放、宿ができ、ちょっとしたマスコット感覚で、たった八羽のウサギを放った。それが大繁殖し、いまやウサギがヒトの三十倍も暮らす楽園になった」


 ほーう、と声をあげる少年たち。


「じゃあその、軍事施設? 兵器とか研究所とかも、跡が残ってるのか?」

「ああ。この先に歩いてたら、研究所と発電所、毒ガス貯蔵庫……それに、砲台の跡もある。逆方向から回ってきたけども、フェリー降り場のちかくに毒ガス資料館なんてのも」

「入れる? 写真とりてぇー」

「いくつかはね。立ち入り禁止のところもあるけど、けっこうオープンな感じ」

「砲台触りたい!」


 『青鮫団』から歓声が上がった。


 俺は小さく嘆息し、黙ってモモチの後ろを歩いていた。


 ……なんかな。


 いや、わからないわけじゃないんだ。俺も、ロボットアニメとか見るし、ゲームも好きだし。軍隊、銃撃、戦争――そんなのも、素直に、カッコイイって燃えたりはするもんな。

 だけども。


「アユムちゃん、なんかテンション低くね」


 二年生が、ひょこっと顔を出してきた。どうこたえようか、少し迷って、俺は素直に言った。


「……なんか、今自分が歩いてるところがそういう場所だったってのが、生々しくて、怖くて」


 アッと声を上げたのは小川だった。


「アユムちゃん、団長とこの親父さんって、軍人だよな。どっかの戦争で死んだって」

「えっ!」


 一番大きな声を上げたのは、モモチ。目を見開いて俺を振り向く。俺は笑って首を振った。


「軍人っていうか、自衛隊の制服組。自衛官って呼ばれるやつね。戦争をしたことはないよ。ずっとこの、平和な日本で通勤して――死んだのは、ただの――旅行先の事故、だな」


 それで追及をやめさせて、再び真っすぐ、歩いていく。

 『青鮫団』も、じきに談笑を再開した。モモチだけが俺を気にして、チラチラと顔色を窺っている。


 モモチってすごく、人の気を遣うんだな。

 もしかして、自分がこの島に招いたことを後悔しているのか。


「気にしなくていいよ」


 俺が言うと、彼は困った顔をした。

 本当に大丈夫なんだって。


 親父は六十歳よりもだいぶ前に、若年定年退職した。退職金を家族に残し、どうしてもやりたいことがあるって、内戦の続く国へと出かけていった。

 小学校のペンキを塗ってやりたかったんだって。

 親父が撃たれたのは、それをやり遂げたあとだった。きっと本望だったろう。



――ワタル。強くなったな――

――今のワタルなら、もうハニーやシノブを任せていけるな――



 そう、言い残していったあの日――最後にみた親父の顔は、笑っていた。

 だから気にしなくていい。俺も別に、それで兵器が怖いとかじゃないんだ。


 ただ――

 

 歩く先に、背の高い木の間から、黒っぽい建物の角が見えた。きっとモモチの言った軍事施設跡だろう。

 ああいうのを見ると、悲しい。

 俺は顔をそむけた。

 と、そこに、モモチの顔があった。覗き込むようにして、腰をかがめて真横にいた。

 俺とバッチリ目が合うと、彼は慌てて、目をそらした。


 なんだか、変な感じだな。

 携帯電話の一件から――いや、もう少し前から――今朝から。

 あるいは、昨夜から。

 ぎくしゃくしてる、とまではいわないけども、普通じゃない。

 もっとなにげなく、普通に会話したいのに、なんだか距離を取られている。


 何事もなかったかのように、俺の少し前を歩く彼。

 俺はさりげなく、その距離を詰めてみた。

 さりげなく、距離を開けるモモチ。

 ……もう一度、そっと近づく。また、すっと逃げられる。


 なんですかね、これは。もしかして嫌われたか。

 ……広場での立ち回り、あれ、やっぱりいろいろまずかったよな。

 俺があんな、大きな悲鳴上げなきゃあの空気にはならなかっただろうし。画面なんか見てませんでしたよって顔で、そのまま渡せば終わってたんだ。


 キャーだなんて大騒ぎして。ていうか俺はなんであんなに騒いだんだよ。自分だって見たことあるくせに、わけがわからん。自分がわからん。


 悲鳴を上げたかったのは、モモチのほう。

 モモチはきっと、俺に知られたのが一番つらかっただろうに。

 ……モモチがしばらく、距離を置きたいのなら、そうしたほうがいいかな……。


 俺はモモチを追うのをやめて、元の位置に戻った。

 すると、モモチもすぐに、元のように近くを歩く。

 試しに一歩、今度は離れてみる。

 モモチは一歩、たたらをふんだ。

 ぶつかりそうになった瞬間、俺は彼の袖をつまみ、距離を固定して、近づいた。

 肌が触れるほど、近くに並ぶ。

 彼は一瞬、逃げようとして、袖が突っ張って止まった。目を剥いて、俺の手元を見下ろす。 俺はそのまま、放さないでおいた。


 先頭の俺たちの手元は、『青鮫団』には見えやしないだろう。

 モモチの袖をつまんだまま、俺は山道を歩いていく。

 ……上げっぱなしの手が、ちょっと疲れてきた。

 俺は指を離し、手をぶらりと垂らす。乳酸を散らすためぶらぶらさせたのを、モモチが空中で捕まえた。


 どちらも、何も言わなかった。

 そして俺たちは、どちらともなく手を揺らし、手首をこすり、指を絡めて。

 ただ、黙って手をつないでいた。




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