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元父な母と元弟の妹と

「うーん。そりゃ、ワタルを生んだのは、母ちゃんだけどね」


 運転席から、母。

 さすがに、ひとけの無い廃工場で半泣きになってたのを見て、怒鳴る気は失せたらしい。ハンドルを捌きながら、気のない声で話してくる。


「そのまんま遺伝したのは赤い髪だけで、あんたはやっぱり特異体質だよ。性転換の変化が極端すぎるもの。ワタルのその、ひと月に一度だけイッキに体が変わるってのは、惑星ラトキアでも聞いたことない――」

「うっせーババア、なんにせよテメーのせいじゃねえか」


 俺は毒づいた。


「やめなよお兄ちゃん。迎えに来てもらってなんでそんなエラソウなの」


 横で本を読みながら、妹。俺はさらに機嫌を悪くする。

 なんでコイツが乗ってんだよ、全然関係ないじゃないか。

 怒鳴ったところで女の声じゃ凄みがでない。そのぶん言葉を乱暴にして、俺は精一杯強がった。


「うるせえ、シノブは黙ってろ。宇宙人のくせに地球の男となんか結婚しやがって。俺はその合体事故バグみたいなもんだろ。なんで俺を生んだんだよ」


 バックミラー越しに、母親は睨み付けてきた。俺と同じ赤い髪、しかし俺と違って目まで赤い。俺はウッと呻いて黙り込んだ。

 母の故郷(ほし)じゃ一般的らしいが、この目はマジで不気味だ。


「……まあ、それなりに責任は感じているんだよ」


 前を見たまま、背中でわびる母。


「考え無しで亡命して、地球このほしにやってきて……この髪と目じゃろくな仕事にもありつけないで、野垂れ死にしかけてた私を助けてくれたのがダーリンでさ。……職業を聞いたときは震え上がったよ。私らを追い回してたのは、ラトキアの軍人だったんだから」

「親父は軍人じゃなく、自衛官だろ。宇宙人には違いが判らんのだろうけど、大事なとこだからちゃんと言えよ。あとダーリンもやめろ」

「でっかいし人相悪いしで怖かったけども、優しかったわぁ。それでダーリンったら、俺が一生守ってやるなんて言ってさあ。惚れちゃうじゃない。えっちだってしちゃうじゃない」

「聞いてんのかババア。気持ち悪い話をするな」

「そのとき私はまだガッツリ男の身体だったけど、かわいがられてる間に心身ともに女のほうに傾いてきちゃってさ」

「本気でやめろ」

「男女がやることやったらコドモだって出来ちゃうわよね。それがあんただよワタル。私が宇宙をわたって、二人が出会ったからそう名付けたの」

「やめてくれぇぇえ!」


 俺は頭を抱えた。

 妹は腹を抱えて大笑い。

 ちくしょう、勘弁しやがれクソババア! さてはわかっててやってるな?

 外見は今でこそ少女だが、中身はコチコチの男子高校生。校内で番長争いなんかやってても、メンタルは思春期まっさかりの十七歳だ。両親の出会いから性生活の話なんかマジで聞きたくねえ。

 俺が耳をふさぐと、母はゲラゲラとけたたましく笑った。


「どうしてボクは生んだのって、あんたが聞いたんでしょう。聞きたくないなら聞くな、自分の人生をひとのせいにするな。文句があるなら自立しろ。せめて自分の雌体化(したいか)周期くらいは覚えとけ! 第四日曜はぜったい雌体化するんだから、土曜の夜からむやみに出歩くなって言ってんでしょ? 毎回毎回、母ちゃんが迎えにきてくれると油断してたらそのうちとんでもない目に遭うよっ!」


 くそっ! くそっ……ちくしょう。グゥの音も出ねぇ……。


 拳を握ってぶるぶる震える俺。そんな手の甲は、小一時間前とは比べものにならないほどに小さく、華奢で、やわらかそうだ。


 月に一度――第四日曜日の、ちょうど日付変更時刻から二十四時間。俺は女になる。

 これはどうしようもない体質で、逃れられない宿命だ。


 ……この拳で、モモチを助け出せたとは思えない。

 腕力が圧倒的にちがうのはもちろんのこと、背丈、体重、リーチが違えば、間合いのカンも狂う。普通の女の子並みとまでは言わないが、空見ほどの大男を拳でノックアウトは無理だろう。

 まあ、それに関しては、間に合って良かったといっておくかな。

 ふと笑みを浮かべていると、妹が急に距離を詰めてきた。突然の挙動に、俺はのけぞる。


「な、なんだよシノブ」

「お兄ちゃんさ、そんなに雌体化がイヤなら、彼女を作ればいいのに」


 ストレートな言葉に、ギクリと震える。

 シノブはにやりと邪悪な笑みを浮かべた。

 男の俺とは似ても似つかず、今の俺とは双子のように瓜二つ。そっくり同じ顔が、俺を見つめて笑っている。俺はほほをひきつらせた。


「なんでそう飛躍するんだよ」

「飛躍じゃないわよ。ラトキア星人は、本気の恋をすれば性別が固定される。女に恋をすれば男に、男に恋をすれば女になるのよ。ママもわたしも、そうして女になったんだから」


 そう言って、シノブは首を傾げて見せた。細い顎に指をあて、ふっくらした唇で微笑む少女。

 ……こいつ……ほんの一年前までは、月の半分は弟だったくせに、いまや男くささは完全にゼロだな。


 シノブと俺は、全然違う。

 まずシノブは、女性の姿がもともとのベース。いわゆる雌体優位したいゆういとして生まれてきた。雄体優位(ゆうたいゆうい)の俺とは逆に、「男に変身する女」だったのだ。

しかしその変化は微々たるものだった。ボーイッシュな少女から、中性的な美少年に。服を着てれば大差なく、驚愕の女装技術で周囲をだまし、そのまま中学を卒業した。今は隣町の進学校に通い、彼氏ができて、とうとう完全に女体化を果たす。母が言うところの「普通のラトキア人」の生態だ。

 以後は何にも悩みのない、ごく普通のJKライフを送っている。


「女として完成すると、おっぱいも急に大きくなったのよね。お兄ちゃんも、童貞卒業したらアソコ大きくなるんじゃない?」


 こ、こいつはっ……!!

 怒鳴りつけたいのをこらえ、俺は仏頂面を作った。こいつに振り回されてたまるか。


「……俺は突然変異の異常体質なんだから、ラトキア星人のマニュアル外だろう」

「試す価値は十分あると思うけど」


 俺は黙ってそっぽを向いた。

 まったく、コイツはどうしてこうなんだ。品性も恥じらいもありゃしない。

 たしかに俺より成績はいいし、顔も可愛いけども(と、実兄であり今は同じ顔の俺がいうのもなんだが)、性格が悪すぎる。

 コイツの彼氏ってどんな悪食だろう。いやきっと外面に騙されたパターンだな。名前も知らないけど、俺は心底同情するぜ。

 シノブはため息をついて見せた。


「もったいないの。お兄ちゃんって、黙って立ってりゃイケメンなのに。ちょっと目つき悪いけど。だいぶ悪いけど」

「……褒めてないな」

「性格だって、悪ぶってるけど実は超あほで素直で情に厚くて、悪くはないしさ。あほだけど」

「……あほあほ言うな」

「いや、あほだから、あんな連中とつるんでるのか。アホ鮫団だっけ、あの小学生みたいなネーミングセンスのチーム名」

「小学生ってなんだ、せめて中学二年生だろうが。あと『青鮫団』な」

「番長抗争て何、昭和? 二十一世紀に入って何年経ってると思ってんのよ」

「うるせえな。俺は古き良き時代を愛してるんだよ」

「古いっていうか純粋にダサイ。硬派なんて流行らないでしょ、さっさとテキトーな女で済ませちゃえば。愛がなくても、がっつりナマでナカダシすりゃちゃんと性別固定できるっていうしぃ」

「いちいち下品な言葉を口にするな! それでも女か!」

「去年までは男でもあったわよ。それに女だから何。女は下ネタ苦手と思い込んでるアタリが童貞くさいのよね」


 こいつはもう……なんというかもう……嫌いだっ!


 さてはババア、俺に灸を据えるためにシノブを連れてきたな? 

 粗野で横暴な母、我勝利を得たりとニヤニヤしている妹。

 冗談じゃない。女になるのもイヤだけど、こんな性格わるい女どもと付き合うのも御免だ。愛のあるなし以前に萎えちまうよ。


 惚れた相手に合わせ、己の性別を決定するラトキア星人――地球育ちとはいえ、そのハーフである俺も同じく、恋愛、性行為は大きな意味を持つ。たとえたった一夜でもだ。

 顔や体型は贅沢言わない。知的で上品で優しくて、俺のことを大事にしてくれる女がいい。

 俺は猛烈に『青鮫団』の連中に会いたくなった。あいつらは不細工だし下品だけど、俺を慕ってくれてるもんな。


 なにげなく、クルマの窓から外を見る。

 と、歩道に見覚えのある顔を見つけた。『青鮫団』のメンバーだ! 俺は慌てて身をかがめ、窓から見られないように隠れる。

 この世界ほしに、女の俺は存在しないことになっているのだ。


 ああ。ちくしょう。こんな体質……性別変化トランスセクシャルなんて、大嫌いだ!!



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