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いきなり決戦、いきなりトランス

 仁王立ちになって、男が笑う。


「ふはははは。来やがったな鱶澤ふかざわ。飛んで火に入る夏の虫。これが罠だと知りもせずっ!」


 廃工場の倉庫は、高校(うち)の教室ほどの大きさだろうか。その入り口に佇んだまま、俺は顔の前でパタパタ軽く手を振った。


「いや、さすがに罠ってのはわかってる。このド深夜に、仲間を拉致ったから町外れの廃工場に来い、だれにも言わずにかならずひとりでと血文字で書かれた矢文が届いたんだぞ。これで正々堂々タイマンだったら逆にびっくりだぜ。……『天竜王(スカイピアロード)』さんよ」


 空見(そらみ)は顔を赤くした。野太い声で怒鳴ってくる。


「やかましいっ! あとチーム名で呼ぶな、恥ずかしい!」

「呼ばれて恥ずかしいようなチーム名をつけるんじゃねえ!」

「べ、べべべ別に、俺がコレにしようっていったわけじゃないし!?」


 ああもううるせえなぁ。失笑する俺に、空見はぶるぶる震える指を突きつけて、


「ていうか貴様、ヒトのことが言えるかよ! 中二病感もドッコイだし、それにお前のその髪! 真っ赤っかのくせに、『青鮫団(あおざめだん)』って不似合いだろうが!」


 苦し紛れの絶叫に、俺はほんのわずか、呻いた。

 チーム名は気に入ってる(カッコイイじゃねえか)んで、どうでもいいけれど――

 俺は前髪をつまんだ。どんな洗髪料でもこうはならない、鮮やかすぎる、赤い髪。


「……うるせえ、髪のことは言うな。好きでこんな色に……」


 生まれてきたわけじゃない。と、続く言葉は飲み込んだ。


「あのぅ、もういいっすかぁ?」


 声は空見の後ろからかけられた。おーゾロゾロとまぁ、出てくる出てくる。俺ひとり相手、それも人質までとったあげくにコレかよ。

 いよいよ本気だな空見。

 本気で俺をつぶし――市立霞ヶ浦北高校の、番長の座を獲るつもりなんだな!


「だ、団長……」


 空見の足下で、顔面を腫らした少年が呻く。


「来てくれたんですか……ほんとに、僕を助けに……?」

「おう、待ってろよ。あいつら全員ぶちのめして、すぐに病院に連れて行ってやるからな、モモチ!」

「あ、ありがとうございます……でもそのアダナはやめてほしい……」


 なんでだ、可愛いのに。似合うぞ。


「余裕ぶってんじゃねえぞ、鱶澤。今日は『青鮫団』の仲間もいねえんだ。軍人の息子だかなんだか知らねえが、この人数に敵うと思ってんのか」


 俺の周りを、『天竜王』がぐるりと囲む。視線だけで数えると、十八人。空見を入れて十九か。俺は笑った。


「うん、余裕。足手まといがいないだけ身軽」

「ふざけるな! 野郎ども、かかれぇ!!」


 空見の号令で、男達が走り出す。先頭の拳が俺に届くより早く、俺はポケットから二つのものを取り出した。


 一つは、通販で買ったガスマスク。もうひとつは小さな巾着袋。

 俺は巾着袋の封を開け、天に向かってぶちまけた。


「食らえコショウ爆弾!」


「うぉえわっげほっふわああああくしょはくしょはくしょん」

「ぶわくしょはくしょげほげほげほはっくしょん」

「げほげほげほテメエ鱶澤卑怯だぞげっほしょん」


「だって一人で来いとは書いてあったけど、武器もってくんなとは書かれてなかったし」


「ばくしょんふふふふわぁああっくしょぉいやちくしょうっ」


 ……うーむ。ガスマスク越しに見ているだけなのに、鼻がむずむずしてきた。俺って意外とノリに弱いっていうか、周りにつられやすいところあるんだよな。イマドキの高校三年生だもの。

 さっさと済ませるか。向こうでモモチも悶絶してるし。

 俺はジャケットの背に手を差し込み、ずるりと木刀を取り出した。これも、持ってくるなとは書かれていなかったもんね。


「てい!」

「ぎゃあ!」

「とりゃ!!」

「うぎゃああ!!」

「ちぇすとぉー!!!」

「ぐわああやられた!!!」


「てめえ鱶澤……はくちん! こんなことで済まさねえぞ! 次こそはかならず……っは、はくちょん」


 空見の毒づきなど無視して、俺はザコの始末を急ぐ。気の利いた誰かが、倉庫の扉を全開にしたのだ。今のうちに人数を減らしておかないと。

 ところで空見、くしゃみ可愛いな。どうでもいいけど。


「ぐはっ――」


 俺の攻撃を食らい、また一人、地面に倒れ伏した。

 速やかに、必要最小限の動きで敵を討っていく。しょせん相手は高校生。校内じゃ暴力団気取りでも、結局ただの不良グループ、素人のガキでしかないのだ。俺が木刀を振るたびに、ひとり、ひとりと倒れていく。


「十六、十七――」

「ぐげっ」

「十八。っと。よっしゃザコ殲滅終了――」


 と。振り向いたとたん、横からゴッツイ拳が飛んできた。とっさに木刀で受ける。それでダメージは防げたが、衝撃で手が離れ、木刀が遠くへ飛んでいく。

 慌てて距離を取る。

 クシャミ地獄から立ち直ったらしい、空見がものすごい目で俺をにらんでいた。


「ちくしょうが、この卑怯者、鬼畜、くそったれ――」


 おや、だいぶキレていらっしゃる。俺はガスマスクを外し、地に落とした。


「ふあっくしょ」


 おっと、まだちょっとコショウが残っていたらしい。それでもその一回だけで、俺はすぐに背筋を伸ばし、イケメン兼コワモテを作り上げた。

 自分で言うのもなんだけど――俺の顔は、怖い。

 脂肪のない頬。細い眉に、大きくて切れ長の目、尖った鼻と細い顎、薄い唇――なにもかもが鋭利で、とにかく悪人面である。

 血の色をした髪の隙間から、漆黒の目が睨み付ける――たいていはそれで震え上がるものだが、さすがに『天竜王』リーダー、空見はなお目を険しくしただけだった。

 空見は大きな男だ。背丈は俺より少し低いが、体重はだいぶ上だろう。十七歳とは思えないゴリマッチョ。やつは目を血走らせ、吼えた。

 飛びかかってくる豪腕を、もみあげがかするほどスレスレでかわす。

 瞬間、俺は斜め下から拳を放った。腕を伸ばすのではなく、肩で固定したまま全身をねじり、回転。全体重を拳に乗せて、空見の横顔にぶち込んでいく。


 ゴリラ野郎の身体が宙に浮き、俺の拳に巻き込まれるように回転して、倒れる。

 そしてそのまま動かなくなった。


「――おあいにく様。一対一なら、俺が負けるわけねぇだろう」


 ふう、と嘆息。

 端っこの方で、少年の声がする。


「つ……強い……さすがっ……『静岡県最強の男』……!! はくしょん」


 モモチである。わりかし元気そうなのに安心しながらも、俺は頭を抱えた。


「そのアダナ、やめてくれ。なんか強さ加減が伝わらない」


 少年は笑った。よろよろと立ち上がろうとするのを、腰を抱えて支えてやる。……歩きにくいなコレ。俺と彼とでは二十センチ近くも違うので仕方ない。面倒になって、俺はモモチを持ち上げた。いわゆるお姫様だっこである。


「うっ!? ちょ、僕、歩けますから、おろしてっ」

「うっせ、黙って運ばれろ」

「で、でも……はい。……すみません」

「気にするな。お前は『青鮫団』の団員で、俺は団長なんだから当然だ」

「……すみません」

「あやまるなっての」


 モモチはうなずきはしたものの、やはり心地悪そうにしていた。

 可哀そうに、小柄な体が傷だらけのボロボロ。黒ぶち眼鏡にヒビまで入ってる。モモチは二年生、まだ『青鮫団』に入ったばかりの新人だ。あいつら、『青鮫団うち』で一番弱そうなの狙いやがったな。


「せっかくの土曜の夜が、台無しになっちまったな」


 俺は、夜空を見上げた。

 梅雨の分厚い雲で覆われて、月も星も見えやしない。深夜の廃工場に明かりはない。俺は足下に注意して進んでいった。モモチを抱えたまま転ぶわけには行かないもんな。


「……ごめんなさい……団長」


 また謝ってくるモモチ。おっと、さっきの俺はまるで俺の休日が台無しになったと皮肉ったみたいになってたな。訂正しようとして、辞めた。

 どう気遣ったところで、モモチがと明るく切り替えられると思えないし。

 ホントに気にしなくていいのになあ。

 そりゃまー、こんなナリしてても男、プライドってもんがあるだろう。しかし俺より年下でチビで貧弱なんだから、気にせず頼ればいいんだよ。実力もないのに、虚勢なんか張ってんじゃねえや。


「……すみません……」


 少年はまた静かに呻いた。

 廃工場入り口近くに、タクシーが止まっていた。俺が乗ってきて、そして待たせていたのだ。

 後部シートにモモチを放り込み、俺も身をかがめて膝を乗せ、運転手に向かって、


「待たせたな。これから一番近くの救急病院まで――」



 ――どくん。



 俺は胸を押さえ、飛びすさった。


 ――どくん。どくん。どくん。


 急速に早くなっていく心臓の鼓動。赤面し、息が切れ、脈が早うつ。俺は慌てて、左手首の腕時計を見た。 

 ――深夜十二時、五分前。

 まさか。


「……モっ、モモチ! 今日は、何曜日だ!?」

「えっ? 土曜……もうじき日曜日になりますね」

「何番目の!?」

「えっと、第四日曜かな」

「うわやばい! ゴールデンウィークで感覚くるってた、やばい!!」

「どうしたんですか。なにかの発売日?」

「な、なんでもっ! なんでもない!」


 俺はぶんぶん首を振り、今度は運転席に向かって声を上げた。


「コイツを病院に連れて行ってやってくれ、か、金は、えっと、ええっとどのくらいかかるかな!?」

「僕けっこう持ってますよ。財布取り上げられはしなかったので」

「それじゃあごめんちょっと貸しておいてくれ、領収書もらってくれたらあとで払うから俺が、あっもちろん治療費と、眼鏡の修理費もっ」

「えっ、そんなの自分で」

「いいから! 俺、団長だから!!」


 叫び、俺はそのまま走り出した。タクシーの運転手とモモチが同時に叫ぶ。


「一緒に乗っていかないんですかー?」


 行けるわけないだろう!!!

 俺は胸の中で絶叫し、しかし声には出さず、全力疾走で逃げていった。

 

 どくん。どくん。どくん、どくん、どくん……


 倉庫の方に戻りかけて、二十人近いヤンキーがいることを思いだし別の方向へ曲がる。ちょうどよさげな物陰があった。俺はそこへ飛び込み、大きく息をつく。


「――うっ」


 そこからの変化はあっという間だった。

 全身の骨がうごめく異様な音、肉が、体液が、皮膚がざわつき、変貌していく。

 もたれかかっていた壁、地上百八十六センチにあった頭の位置がズルズル下がる。シャツの中で、身体が縮む。肩が落ち袖は伸び、ズボンはズレて床まで落ちる。俺は慌ててしゃがみこんだ。 地面にへたりこんでいても、やはり身体の変化は止まらない。

 拳も足先も華奢になり、靴が脱げた。頭も小さくなったが、髪の毛は変わらないために肩まで伸びる。

 

 全体的に二回り小さく――ただし胸元だけはほんの少し膨らんで――

 

 どくん、とくん。とくん……


 動悸が収まっていく。そして身体の変化も完了したのを感じる。


「……あぅうぁー……」


 俺は大きく嘆息した。呟く声も細くて高い。

 俺は膝を抱え、顔を埋めた。


「……もうやだ、こんな体質……」


 ――と、嘆いたところで、どうしようもない。俺は涙目で携帯電話を取りだした。つながった通話口に、唇を寄せて。


「ごめん母ちゃん、変化(トランス)しちゃった……迎えにきて……。町外れの廃工場……」


 電話の向こうで怒鳴り声。

 ああもう、せっかく行きもタクシーできたのに、けっきょくコレか。またなんでこんなとこに来てるのって母親に心配される。怒られる。夕飯にめっちゃ小魚出される。

 もうやだ。


 

 俺がこんな体質に生まれたのは、母親のせい――母ちゃんが、宇宙人であるせいなのに。


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