仲良く喧嘩しな
「人間の心臓を、食べるのか。それで魔力が手に入るならやってみようかな」
冗談だとは思うけれど、勝刑事はそんなことを言い出した。彼の瞳は本気そのものだから恐ろしい。
そんなことをする筈はないと思うけれど。
僕の知っている彼は、そんなことをするような人ではないから。不覚記憶を辿ることは出来ないけれど、彼のことだけはよく覚えている。
その優しさを僕は知っているから。
「勿論、普通の人間には無理だよ。ただ不思議な力を感じる。もしかしたら、あなたなら出来るかもしれないね。今度どうかな」
愉快そうに少女は嗤い、にっと可愛らしく微笑んだ。
そんなことを考えている場合では無いのだが、少女の笑顔は余りにも可愛くて。不覚にも僕は、一瞬だけではあるけれど幸せな気分になっていた。
それを二人は見逃さない。
「どうしてこんな場面で笑っていられる? こっちはお前の為に必死だってのに」
少し不満気にして、勝刑事は僕に言って来た。その言葉に少女も頷いている。
わざとではなかったんだね。
かなり大人で、頭が良い彼女のことだ。どうせ狙っていて、そもそも僕を幸せにしてくれる為の笑顔だと思った。冷たい表情ばかり見せるけれど、本当は優しいことも知っているから。
それが違うんだったら、僕はただの変態ではないか。ロリコンではないか。そうなる訳にはいかないので、もう一度真面目な表情を浮かべた。
「少しでも場を和ませようと思って。でも、逆効果だったみたいだね」
適当な言い訳をして、話題を基に戻そうと図る。
過去の記憶をほとんど持たない僕。それを取り返す前に変な行動をしてしまえば、また遠ざかってしまう気がするんだ。
下手したら、自分で自分をただの変態で終わらせてしまうんじゃないだろうか。
それは嫌だから。
「嘘を吐くな。あなたが考えることくらい、魔力を駆使しなくともわかる。可笑しなことを考えていないで、自分の身のことを考えろ。暢気過ぎるんだよ」
そう言った少女は、少し微笑んだ。そして続ける。過去を懐かしむような表情で、「昔から、何千年も前からずっと……」と。
その言葉がどうゆう意味だったのか、僕にはわからない。
「深く考えるな。それよりも、今のことを考えよう。あなたを守りたいし、あなたに私のことを思い出して欲しいし」
優しい微笑みを浮かべているが、少女の瞳には怪しい光が揺らめいていた。
どう表現していいものかわからない。
なぜだか、僕は少女のことを信じることが出来ないのだ。
しかし僕は、少女の言っていることがすごく気になりどういう意味なのかそれからゆっくり考える。
少女が言っていた「昔から、何千年も前からずっと……」の意味は、恐らくだが少女は、中二病を持っているところがあるため『昔から何千年前からずっとあなたと一緒にいたから分かっているよ』と言う設定の意味合いだと分析をした。
そして「もうひとつ少女が怪しい瞳に光が揺らめいていた事」について分析をする。
恐らくだが、先の事を考えていても答えが出ないものは出ないのだからと言う事と少女は僕の事が好きと言うことを伝えたかったのではないかと分析する。
その理由は、好きじゃない子の事を守ってあげたいとは思わないと思う。でも少女は僕の事が好きだと思ってくれているからあなたの事を守ってあげたいって言ってくれたんだろう。
そして私の事を思い出してほしいと言うのは、この先万が一、少女に何かあって僕と一緒に入られなくなったとしても私の事を思い出してくれると私は、それだけで幸せで嬉しいと言う意味があるのではないかと分析をする。
もちろんこれは、僕の分析なので実際に少女が僕に恋心があるのかどうかは、まだ分からない。
僕の記憶を取り戻していくことも慎重に考えていかなければならないためこれから色んな壁を乗り越えていくことに挑んでいくことにもなるだろう。
ちなみに僕は、少女に恋心は抱いている。ただ今はそれどころでは無い。
その頃勝刑事は、これ以上ミスは許されない上に問題を起こすことも出来ない事を分かっていた。早く事件解決したいと言う気持ちが強いのか今まで以上に事件解決に向けてこれまでに得た情報をもとに分析していた。
「もうミスは、許されないからな。次ミスをしてしまったら僕は、退職届けをすぐに出せるように後で退職届けを書いておいた方がいいな。しかしなかなか事件解決に進んでいかないな。こうなったら違う警視庁だけど、僕の知り合いの住原刑事に相談してみるか」
そして勝は、住原刑事に連絡をしてこの事について相談をした。
この刑事とは中学時代からの長い付き合いでよく助けてくれたりもしてくれたのだ。
すると住原刑事は、こう言った。
「それなら俺が直接、勝の警察署まで応援にいこう」
「気持ちは嬉しいけどそんな事出来ないんじゃないのかな。そちらのトップの人が認めてくれたら別かもだけど」
「それなら気にするな。勝のためなら自分の仕事がなくなってでも助けにいくぞ」
勝が女に言えばモテそうな台詞を言っている頃……
ーとある地下室ー
「それ」はまったく陽の光が当たらない所にいた。「それ」がどこにいるのかは人間の目からは認識をすることのは難しい。周りの空間に完全に溶け込んでいるのだ。
「それ」は人間と同様の体格をしている。だから人間なのかもしれない。
唯一つ、明確な事実は「それ」が生きていることだ。
(もっと魔力が欲しい……)
「それ」には意思がある。
(あの弾力がありながら牙に力を入れて穴を開けた瞬間に一気に溢れ出てくる魔力が俺に流れてくる時のあの快感が堪らない……)
「それ」は血が完全に抜けてしまい、もはや心臓には見えない物体を眺めていた。
(だが、あいつの心臓はさらなる快感をもたらしてくれる……)
長年、探し続けていた過去に類のない程の魔力を保有したあいつの心臓。柏崎 良雄、あいつはそういう名らしい。何としてでもその心臓を手に入れてやろうと俺は思った。
だから、奴を誘き寄せるために接触を図った。もちろん膨大な魔力を持っている以上、奴の力が如何ほどのものかを知らなければならない。
だから<念波>を送って反応を見ることにした。魔力に自らの意思を付加して対象者に伝える、それが<念波>だ。
『今日の夜八時までに先に送った座標の場所に来い。然らずんば、お前の周りの奴を襲う』
<念波>は意思を付加しているために、送り主の感情も受け手はそれを理解できる。それなりの殺気を込めての脅迫、今までの相手なら必ず俺を探そうとした。だが、奴が振り向くことはなかった。
無視した、そう考えることもできる。
けれども、魔力の多い奴は自身の体内に収まりきっていない魔力が体外に漏出する。そこには自然と感情が含有されており、魔力を持つ者は読み取ることができる。それを注視していたにも関わらず、動揺は愚か一切の感情の変化を感じられなかった。
俺はこれまでに感じたことの無いくらいの戦慄を覚えた。普通の人間は表面上は取り繕えても、内心を偽ることはできない。つまり、奴は例え戦闘になろうとも捻じ伏せることができると自負しているか、あるいは……いやそれしか有り得ない。
とんでもない化け物に喧嘩を売ってしまったと思った。だが、そんな余裕を漕いでいる奴の鼻を圧し折って、その膨大な魔力を吸収する時にどんな快感を得られるのかを考えると後悔よりも愉楽を感じた。
そして、夜八時。俺は、指定した場所にいた。だが、一向に奴が現れるような気配は感じられなかった。
「なぜ奴は来ないんだ。俺に恐れを抱いて逃げたか?」 そう呟いてから、直ぐに首を振る。あれほどの魔力を持った男が、尻尾を巻いて逃げるとは考えにくい。では奴は何を考えている? 思考がぐるぐると同じ場所を廻る。とにかく此処にいても仕方がない。次の手を考えなければ。
「困るな。勝手なことをされては」 突如、背後から低い声が聞こえた。気配など微塵も感じなかった。いつの間にか至近距離まで接近されている。だが、俺は特に驚きもしなかった。ある程度の魔法使いなら、気配消しなど簡単に使える。それに、この男程の実力者なら俺が気づけないのも頷ける。
俺は振り向きながら、顔見知りである男に声をかけた。
「久しぶりだな、住原。公安の仕事にもそろそろ慣れたか?」
暗闇の中でも、住原が顔を歪めて嫌がっているのが見えた。
「ふざけるな。俺だって、好きで警視庁にいる訳じゃない。組織から諜報活動を指示されたから、嫌々刑事の真似事をしているんだ」
住原と俺はある組織の幹部を務めている。裏社会に属する者なら、一度は噂を聞く機会がある組織だ。日本社会を裏から牛耳り、政界や財界にも強い影響力があると言われている。
俺も住原も互いの実力を認めているからこそ、慎重に話す癖が付いている。外面は無感心を装い、内心は相手の腹の内を探っている。俺は慎重に言葉を選ぶ。
「そもそも、勝手な事とはなんだ。柏崎殺害を指示したのは、他ならぬ組織だろう。現にお前だってアイツの女を5人も殺した」
住原は無言で首を振った。
「状況が変わった。今あの男は記憶喪失になっている。つまり、アイツがここに現れなかったのは念波を無視したのではなく、魔法自体を忘れてしまったからだ」
それを聞いて、思わず嗄れた笑い声をあげる。
「だったら、余計に好都合じゃないか。例え豊富な魔力があっても、魔法が使えないのなら唯のガキだ。何も問題ないじゃないか」
だが、住原は小さく舌打ちをしただけだった。
「柏崎に念波を送ったとき、直ぐ側に強大な魔力を持つ少女がいたのを、お前は認識できたか?」
「ばかな! あの時、俺と奴以外には誰もいなかった」
絶対に確かめた筈だ。俺は人ならざるもの。姿を見られないように透明化魔法を使い、常に辺りに気を配っていた。だが、そんな奴はいなかった。
いや……、まてよ。恐ろしい考えが頭に浮かぶ。もしその少女も透明化魔法を使っていたとしたら? そして、少女の魔法が俺よりも遥かに精度の高いものだとしたら……
思考の果てに、「逃げてなくては」と脳裏に浮かんだ。
だがその言葉がどんな意味を持っているのかさえ分からなくなっていつの間にか暗イヘヤノナカニイテオシツブサレアッ搾サレテシンデ生キカエッテシンデイキカエッテシン――――――
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
声が、鳴り響いた。
知らず魔力の篭められた言霊が、魔法発動の為の魔力場ごと吹き飛ばす。
平行世界からの融通か、文字通り命を削ったか。一流の魔法使いが、数年かけて生成出来る魔力で以って、ディスペルとして効果を発揮した。
二人の魔法使いは助かったと思う間もなくへたり込み、柏崎は少女を見る。
少女は笑み、魔力回路を閉ざした。
そうして二人は見つめ合う。
「来たのねヨッシー」
「ああ」
互いに言葉を交わす。
柏崎の眼前には彼の少女。未だ巫山戯た様子で、うっとりと柏崎を見つめている。
その表情に、彼は腹が立った。
「ヨッシーって何だよ」
今一番聞きたいことを尋ねる。
少女が自分を守ろうとしたのか否かは分からない。でもこれは許されない、柏崎は口の中でその言葉を転がした。
「貴方のアダ名。昔決めたの、覚えてないかしら?」
寂しげな表情に、胸が痛んだ。
柏崎は、彼女が人を殺すのを見たくなくて止めたのだと、遅まきながら理解する。この少女と自分は、何時か何処かで会っているんだと確信した。
だがそれも今は要らない。
「ああ、知らないなぁ!!!」
震えを誤魔化して、叫ぶ。
嘘でもあるし本心でもある。自分は彼女を―したいのだと解った。
―す。―す。
俺は彼女を―して―戮で。
もう訳が分からない。
記憶なんて全部飛んだ。消え失せた。
でも、一つだけ覚えている。
俺は彼女を、今から殺すのだと。
「日本が法治国家で良かったよ」
柏崎は淡々と呟く。罪に罰。
元彼女殺害の罰は必要としない。でも、目の間の最愛の彼女を殺した罰ならむしろ受けたいと。一歩踏み込んで。
虚空に身体は消え失せた。
「透明化魔法!?」
驚いた。今の彼は魔法が使えない筈――!
思考のチャンネルを切り替え、架空のラジエーターで頭を冷やす。
魔法使いの戦いでは、熱くなれば負ける。
「booten」
魔力回路を再起動する。
ドイツ語か何かでの呪文に乗せて、全身に魔力を行き渡らせる。
さて準備は万端だ。
ちょうど彼を殺したかった。ならば殺すのが道理だろう。
そっと跳ねて、宙へ浮かぶ。
心臓で魔力を生成し、それを手に持つ杖に注いで。
取り敢えず一面焦土にしてみた。
――彼女、実は馬鹿なんじゃあないかな。
透明化魔法で姿を眩ませている僕は、一面焦土と化した場所の中心で、杖を付いている彼女を見る。
どこにいるのか分からないのなら、一面を破壊すればいい。
まあ、分からなくはない作戦ではある。
だけどそれ、敵が倒せたかどうかは確認出来ないよね?
むしろ生きているか死んでいるか判断できなくなっているのだから、より自分を追い詰めてないか?
しかし、どうして僕と彼女は闘うことになったのだろうか。色々なことが放置されて無視されているような気がする……。
「……ふう」
まあ、いいか。
今は今やるべきことをやろう。
そう思い立った僕は両足に強化魔法をかけて、焦土をかける。
彼女のいる所まで迫ると跳躍。
彼女の顔がある高さにまで跳んで、弧を描くように蹴りを放つ。
しかし彼女はそれを、鼻先がかするぐらいギリギリで躱す。
「あれ、見えてないはずなんだけどな……」
「見えてない」
彼女はケリを躱すために上半身を後ろに逸らしたまま言う。
確かにその目は、僕を見つけれていないのか、変なところを向いている。
「君の姿なんて、全然見えていない」
すっと、彼女は持っている杖の先を僕に向けた。
――まずっ!?
僕はとっさに、眼前に障壁をつくる。
が、杖の先から放たれた爆発により、障壁は脆くも崩壊し、僕の体は吹き飛ばされる。
「ぐ、うううううぅぅぅッ!?」
吹き飛ばされな体を猫のように空中でひねって、四足で着地。
焦土に指を喰い込ませて、勢いを殺す。
「魔法。使えるようになってるみたいだな。そっちの方が私にとっては好都合だけど」
見えている。
僕の姿が見えていなけれど、別の何かが見えている。
思い当たる節は一つだけある。
足に付加した強化魔法を解く。すると、予想通り彼女は顔をしかめた。
どうやら彼女は魔法を使った時に微量に漏れる魔力を感知しているらしい。
さて、じゃあどうするか。
……。
「あれ、透明化解いちゃうんだ」
「うん、不意打ちが出来ないのなら、使うだけ無駄だから」
それよりも聞いていいかな。と、僕は言う。
なに。と彼女は言う。
「きみは僕を殺す気なんだよね」
「そう。殺す気」
「その理由が僕にはさっぱり分からないんだけど」
「私にも。でも、殺す」
「そうか――僕もだ」
再び足に強化魔法を付与した僕は、彼女のもとに駆ける。
彼女は手に持った杖の先を僕に向ける。
「いくよ」
「うん」
魔法同士がぶつかり合う。
爆発と脚が激突する。
殺気と殺気で串刺しあう。
その中で、僕と彼女は笑い合う。
高らかに、笑い合う。
なんだか昔もこんな事をしていたような気もする。
こんな楽しい殺し合いがいつまで続くかはわからないけれど、これを語るのはこれで最後にしよう。