事件と魔力
狭い真っ暗な部屋に、僕は一人立ち尽くしていた。
どうして僕はこうしているんだろう。悪いことをした覚えがないのに、牢屋に入っているなんて可笑しい。
ここから出たい。
そう思ったけど、方法なんて思い付かない。脱獄なんて、こんな僕に出来るとは思えなかった。
「助けてあげようか?」
幼い少女のような、可愛らしい声が聞えて来た。
そう、また同じ。
違うところは、少女の姿が目の前に見えるということ。そして、檻が人工であるということ。
「人間が作ったものなんて、怖くないよ? 魔法を使えば、簡単に出してあげられる」
少女の言葉の意味が、僕には理解出来なかった。
もしかしたら、この少女のせいで僕はここにいるのでは。そんなことすら考えてしまった。
「ただ、無罪の証明ってのは無理な話。だって、有罪なんだから。いいわね? あなたは殺したことを覚えていないようで」
何を、言っているのだろう。
疑われても可笑しくない。そうは思っていたが、俺が本当に犯人であると言うのだろうか。
この言い方だと、少女は共犯者か。
しかし、なぜ僕が人を殺めるような真似を? その上、このような幼い少女と共に。
「でも、残念だったね。あいつを殺せば、この檻から出られると思っていた。いつまで人間と一緒に、仲良く暮らして行かないといけないんだ」
ファンタジーか何かの見過ぎなのではなかろうか。
少女の言葉は全く理解が出来ない。少し発症が早いようだけど、俗にいう中二病という奴ではないかと思う。
「私とあなたは同じ境遇に立っている。だから、教えて欲しい。あなたも私と同じなの?」
自分で僕と少女が同じであることを言っている。それなのに、なぜそれについて問い掛けているのだろうか。
何も、理解することが出来なかった。理解することが出来ず、僕は立ち尽くすことしか出来なかった。
「わからない」
なぜだろう。僕のその答えに、少女は満足したかのような表情を見せた。
「可哀想に。それじゃ、もう一度私と一緒に戦おうよ。この檻から出て、いつか自由な空に飛び立つ為に」
決意を秘めた瞳、強い口調。
そんな少女の姿に、僕は頷くことしか出来なかった。
「魔力を集める必要がある。そうすれば、私がなんとか出来ると思う。だから必要魔力を集める手伝いを、あなたにして欲しいの」
さっぱり、だった。
ただそれで自由になれるなら、ただそれでもやもやが晴れるなら。この少女の言葉を信じてみてもいいと思った。
どうせ今の自分には何も出来ないのだから。
それから僕は、その少女に一つ聞いてみた。
「それで魔力を集めるって言ってもどうやって 集めるんだ?檻から出られないんだよ」
「それなら良い方法があるよ。あなたはポケッ トの中にスマホを持っていたよね?実は私はポケットの中にミニハンマーとネジ回しを持ってるんだ」
僕は、何故ポケットの中にミニハンマーとネジ 回しを少女が持っていたのか全く分からなかっ た。
「なんでポケットの中にミニハンマーとネジ しなんか持ち歩いてるんだよ」
「私のお父さん大工の仕事をしているからそれ で何か使えるかな?って思って最近持ち歩いて いたんだよ」
「だけどミニハンマーとネジ回しと魔力と何の 関係があるの?」
すると少女は、こう言った。回し
「関係は特にないけど。何かに使えたらなって 思ったんだよ」
「ミニハンマーとネジ回しだけでは、何も出来 ないだろう」
僕は少女にそう言うと少女は、いきなり大きな 声でこう言った。
「あっ!良い考えがあるよ」
「良い考えが思い付いたんだよ!スマートフォンで勝刑事に電話かけたよね?そのスマート ォンを改良するんだ」
「ちょっと待って!スマートフォンを改良す るって無理でしょ?確かにネジ回しは、このス マートフォンのネジのサイズにあいそうだけ ど」
「スマホは携帯にもあるけどバイブ機能があるよね?それとフルセグとかを見るときアンテナ を伸ばすよね?そのアンテナをへし折ってイヤ ホンを差すところにアンテナを差し込んでスマ ホドリルにするんだ」
僕は、さっぱり意味が分からなかったが取り敢えずスマートフォンを貸した。
すると少女はいきなり改良を始めながらこう話す。
「私のお母さんはスマホを修理する会社で働い ていていつも家に帰るとスマホを修理していて それを私は見ていたらお母さんがスマホの設計 について教えてくれたことがあってそれで思い 付いたんだ」
一方その頃警察署では、柏崎は女の子に数日間 足止めされていたが何とか元の場所に無事に辿 り着いた。
そして事件解決に向けて本部では動いていた。
一方少女は10時間ほど時間をかけてやっと完成 出来た。
「出来たよ!スマホドリル。これで檻を開けら れるか試してみよう」
僕は、少女に一つ質問をする。
「だけどこのスマホドリルで仮に逃げれたとし ても僕たち犯人扱いされているからまた捕まる かもしれないよ。その時はどうしたら良い の?」
「……」
さっきまで威勢の良かった少女はフイッと視線を反らす。
「考えてなかったの!?」
この少女は本当に計画性なしだなあと感心してしまう。
まあ、だからこそ堂々と警察署を抜け出してきたのだろう。
「う、うるさい!!」
逆ギレ!?
「魔力を補填できる場所に行くことができたら大体の事には対処できるのよ!!」
何かものすごく必死に言い繕っているけど……。
「結局、魔力が無いときに見つかったらどう対処するの?」
肝心のことを言ってない。
少女は、今気がついたと言わんばかりに胸の前で腕を組む。
数十秒経って、少女は閃いたようでポンッと手を打った。
どんな方法を思い付いたのだろうか。
「その時はその時で対処、で!!」
期待した俺が馬鹿だった。
通称、スマホドリル。
少女が苦労して仕上げたそれは俺達の期待通りに働いている。
一つ、また一つとネジが外れて鉄の棒を外していくと、やがて人一人が通ることのできる隙間が出来上がった。
俺達は隣の部屋に移動する。
その部屋は無人だったが、明るい。
窓から差し込む日光が部屋の中を照らしているのだ。
大きさは俺がギリギリ体を捻って抜けられるくらい。
横を見ると、少女も頷く。
警察署内にいる以上、歩き回れば見つかるリスクは非常に高くなる。
それは避けなければならないためこの方法が最善だと考えたのだ。
再びスマホドリルを使用して鉄格子を外す。
少女を先に行かせて後から俺も体をあっちへこっちへと回しながら抜け出す。
「これからどこへ……?」
地面に着地して少女に声をかけかえて気がつく。
いないじゃん!!
辺りを見回すとかなり離れた場所にあるおそらくは警察署の裏口に走っている少女が見えた。
少しくらい待っててくれてもいいのでは、そう思いながら少女の後を追いかけた。
だが、その時点で気付くべきだったのだ。
警察がこんなにすんなりと逃亡させるはずがなかったのだ。
ー 警視庁捜査一課 ー
「ターゲット、移動を開始しました」
コンピューターの画面をじっと見つめていた部下が矢神に報告する。
「そうか、位置は?」
矢神は表情があまり顔に出ないタイプだが、勝には笑っているように感じられた。
勝は思わず溜め息をつく。
疑いが柏崎にこれ以上かからないようにやむを得ず拘禁したのに、それを蔑ろにされたのだから。
そして、柏崎はきちんと逃亡を成功させていれば問題はなかったが、逐一今いる場所を伝えているのだ。
スマホのGPSによる追跡は警察でなくともできるのだから。
警察から逃れるために、取り敢えず俺たちは古びた旅館に泊まっていた。夫婦で経営しているこじんまりとした所で、突然の俺たちの来訪にも快く対応してくれた。小さな部屋に通され二人きりになると、俺はこれからの事が堪らなく不安になった。
「おい、一体これからどうする気なんだ?」
「いったでしょ。魔力を補填できる場所に行くの」
思わず小さくため息をつく。俺を牢屋から逃がしたこの少女は、先程から意味不明な事ばかり言っている。一体魔力とはなんだ。いや、それよりもだ。なぜ倉庫に俺を監禁した少女が、牢屋から脱獄させたのか。
「どうしたの、暗い顔をして。脱獄出来たのに嬉しくないの?」
少女は目を細めて心底楽しそうに笑う。美しい顔立ちだった。肩まで垂らした艶のある髪から、仄かにシャンプーの香りがする。肌は透けるように白く、ミニスカートからほっそりとした太ももが露になっている。もう数年経つと、世の男達は放っておくまい。
つい見惚れてしまった俺に、彼女はからかうように言った。
「なによ、急にじろじろ見たりして。もしかして、私にほれちゃった?」
くねくねと艶かしく身体をよじる彼女に、微かな苛立ちを感じる。
「お前は俺の気持ちが分からないのか? 俺は三人の元カノを失い、現在付き合っていた女も亡くなったんだ」
「あら。あなたが殺したんでしょう?」
「違う! 俺じゃない」
俺はふと思った。この少女が俺の彼女達を殺したのではないかと。特に根拠もない、ただの憶測。だが一度生じた疑念は俺の心から離れない。勝刑事が取り調べの時にした話によれば、俺は蚊も殺せない人間らしい。となれば、やはり人殺しは出来ない。つまり、彼女は嘘をついている。では、なぜ?
そんなことをして、一体なんの得になるのだ。
頭の中で考えを纏めていると、少女は急に真面目な顔をして言った。
「さて。あなたの記憶が少しずつ戻ってきていることだし、詳しい事を話そうかしら」
「何を言っている。俺はまだ何も思い出していない」
「そうかしら。倉庫にいた頃に比べて、言葉遣いが荒くなってるわ。現に自分の事を『俺』 と言うようになったじゃない」
言われてみて初めて気づく。確かにその通りだった。
つまり、本当の俺は男らしくて荒い感じなのだろうか。それでいて、蚊も殺せないような優しさを併せ持つのだとしたら……。彼女が沢山いたのも分かる気がする。しかし、全く覚えていない自分からするとどこか他人事のように思われた。
翌日、彼女と出掛ける。
決して逢引とかそういうのでなく、魔力集めに向かうだけ。他意はない。
行き先は近辺の有名なパワースポット。
魔力集めには二つの方法があるらしく、「人間から集める」という提案は当然ながら丁重にお断りした。
彼女は未だにご不満のようで、俺に再度尋ねてくる。
「なんで断ったのかしら?」
「人を殺した憶えがないから逃げる。そこで罪を犯してみろ」
「……そう。すぐに言ってられなくなるでしょうけど」
棘がある彼女の言葉は、喉の何処かに引っ掛かる。
逃げる為には手段を選んでいられないというより。
俺が罪を犯すだろうと言ってるように見えた。
着いた。
「この神社がPS?」
S◯NYのゲーム機みたいな略し方をするな。一瞬何か分からなかっただろうが。
「ああ、霊脈とか龍脈が通ってるかは知らんが、それは確かだ」
「ふぅん……」
やはり不満げな様子で、境内へ入っていく彼女。ここの神様に一応言っておこうか?
手水で手を清める。
左手右手、口を清めて柄杓の柄も清め。
不慣れな様子で柄杓を扱う傍の彼女は、どこか可愛らしk……
「そ、そうだ! 魔力とか感じるか!? その水とか空間とか!」
今し方頭に浮かんだ、有り得ない思考を抹消する。俺はロリコンじゃないし、こんな人の命を軽く考える奴に好意なんて持たない!
「ええ。貴方の言う通りに、神様に許可を貰いましょ」
神と話が出来るかのように言い、少女は駆けて行った。
「待てよ!」
そう叫び追い掛ける。
笑いながら走る少女を見ていると、胸の中が疼く。
まだ名前さえ知らぬ少女に、俺は……
自らと同じ、殺人鬼の空気を感じた。
「よーし、魔力補給完了!」
「長かったな」
2時間は経っただろうか。
10分くらいで済むと思ったが、その目算は甘かったらしい。
「貴方とは違うのよ」
お前は何処の総理だ。先を見通す目でも持ってんのか。
と、下らない思考を終えた後、「帰ろうか」と声を掛けられなかった。
響く拳銃の音。噴き出す赤い血潮。苦痛に歪む彼女の横顔。誤射をしてしまったという顔の勝刑事。俺は。
5人目の殺人を犯した。
「コイツ! 勝を!」
威嚇射撃にあらず、容赦なく拳銃が火を噴き弾を吐く。
ナイフで銃弾を切り舌舐めずり警官の群れに近付いて息を吸って吐いて警官の群れを通り過ぎて、皆殺しにした。
心臓からリンパ節から延髄からアキレス腱から弁慶の泣き所まで追加で五体の五体を全部破壊して。
「もうやめて……」
本来止めるべき筈の少女に、止められた。
「――という話を考えてみたんだけどさ、どう思うよ」
「ムチャクチャすぎる」
鉄格子の向こう側にいる勝刑事は、パイプ椅子に逆向きに座っている。
僕は呆れを含んだ息を吐く。
「まずスマホドリル。スマホの必要性はないし、拘置所の鉄格子はネジじゃあなくて、溶接だ。日本の警察は無駄に泳がせたりしないし、少年と小さな女の子二人で泊まりに来たら、警察に通報がいく。そしてラスト。ここが一番の問題」
僕は笑ったままの勝刑事を半目で睨む。
「まだ被疑者に過ぎない人間に、無警告で発砲しちゃあダメだろ! アメリカかここは!」
「いやあ、警察になってから一度も発砲した事ないからさ、空想の中ならいいかなーって」
「私、そんな理由で殺されたのか……」
後ろの方で空想の中でとはいえ、殺されてしまった女の子は、勝刑事を外道を見るような目で見た。
「まあまあ、だから後でちゃんと女の子は生き返らせてやっただろ?」
「かなり超展開だったけどね」
「それでどうよ、俺のこの、お前から魔力がどうとか聞いた後適当に考えついたこの話は?」
「メチャクチャすぎ。親友である僕を殺人鬼にしたのは絶交レベルでマイナス、自分を殺したのは若干のプラス。評価は出直してこい」
「かー、手厳しいなー」
「そもそも、僕には人殺しは物理的に不可能だって、自分でも言ってただろ」
「いやいや、実際のところ、少し話は変わっている」
と。
そこで初めて、勝刑事は真面目な面持ちになる。
「お前の後ろにいるその女の子が言う通り、魔力なんてものがあるのなら、お前にも人殺しは可能ってことになる。親友とはいえ、歌川ざるを得ないのが実状だ」
「そいつじゃあないぞ」
勝刑事の言葉に被せるように女の子は言った。
勝刑事は僕越しに女の子を見る。
「なんだいじょうちゃん、今回の殺人事件の犯人を知っているって言うのかい?」
「知ってる。とある組織がそこのぬぼーっとした男を狙ってる。今まで周りの女が殺されたのは、まあ、言ってしまえばとばっちりだな。私はそれからこいつを警護する為に派遣された」
まあ、今はこんなんだけどな。と女の子は自嘲気味に笑った。
勝刑事はくすり、と笑う。
「じゃあじょうちゃん、一つ質問いいかい?」
勝刑事は子供の戯言につきあう大人の口調で、彼女に聞く。
「どうして殺された女の心臓は抉られてるんだ?」
「決まってる」
彼女は言う。
「人間の心臓は魔力回路だ。食べれば、魔力が増幅するんだよ」