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魔法使いの少女

午後の日射しが、

初夏の森の木々の影を色濃く

地表に落とす中。


大きな(かし)の古木に

抱かれるようにして、

セアルとその祖父アイルの

狩人小屋はあった。

……

「これからすぐ南の砦に向かえ。

お前の足なら2日で着く。」


アイルのその言葉にセアルは、

アイルの背中の傷を縫いとじる

手を止めると、

アイルと同様に顔をしかめた。


「この傷じゃ無理だ。」


「馬鹿もん。」


アイルは振り返ると、

セアルの額を指先で小突いた。


「だから、

お前1人で行けと言っておる。

霧の谷の霧が消えたことが何を

意味するのか考えてみろ。


あそこは魔法の実験場だ。

災難がさっきの竜1匹で済むと

思うんじゃない。


人里に何かあってからでは

遅いんだ、

そうなる前に谷から障壁の霧が

消えたことを、

軍に知らせなきゃならん。」


「だったらなおさらそんな所に、

『2人』を置いていけない。」


気色ばんだセアルに、

アイルは肩をすくめた。

が。


「まあ、もっとも。」


アイルは視線を動かし、

短く刈り込んだあごひげを

なでながら続けた。


「もしかしたらその娘には、

魔法やら何やらで連絡する手段が

あるのかもしれないが。」


そう続けたアイルの視線の先を

セアルも見た。


そこ=丸太を組んだ素朴な造りの

小屋の中、

セアルとアイルが腰掛けている

木製のベンチの隣にはやはり

木製の簡素な作りの寝台があり、


その上には先ほど2人が霧の谷で

助けた少女が傷の手当てをされ、

横たえられていた。


黒髪の、美しい少女だ。

その枕元には30cm程の長さの杖が

置かれている。


セアルはその白い杖を見ながら

先ほどの、

森での出来事を思い返した。


その杖は、

霧の消えた谷から現れ、

セアルとアイルの猟犬

アギルとスグルハを食らい、

さらに襲いかかってきた竜に、


絶望的ながらも立ち向かった

セアルの槍に

雷神トアンの雷を宿らせ、

竜を倒す一助となった、

魔法の杖。


初めて見た魔法の技だった。

けれどそれに恐怖や嫌悪はなく、

むしろ雷をまとい白く輝いた

自らの槍を目にした時セアルは、

不思議な高揚感を覚えていた。

と。


「ん……」


少女のまぶたが震えた。

セアルとアイルは思わず

その顔をのぞき込む。


少女の目が、開いた。

濡れたような黒い瞳がぼんやりと

けれどすぐに、

しっかりと焦点を結んだ。

そして。

2人と目が合った。


「!」


少女ははね起きた。

が。

傷が痛むのか、

腕を押さえて小さくうめいた。


セアルはとっさに

少女の肩を抱き、支えた。


「……ここ、は?」


セアルの腕の中で、

おずおずと不安げに彼を

見上げながら少女はたずねた。


セアルは、

胸の鼓動が早まるのを感じた。


「心配しなくていい、

魔法使いのお嬢さん。


ここは霧の谷の外。

谷とはちょうど反対側の、

イオルの森の南の外れにある

狩人小屋だ。」


アイルは手当ての終わった

上半身にシャツを羽織りながら

答えた。


「わしの名はアイル。

こっちは孫のセアル。

2人とも狩人だ。


わしらは夏の間この森で

狩りをして暮らしているが、

今日はイノシシを追って

霧の谷近くの沢を下りたところで

倒れていたお嬢さんを

見つけたんだ。


残念ながら、

お嬢さんと一緒に倒れていた

お仲間は助けられなかった。

すでに事切れていてな。


よければ谷で何があったか

話してくれないか?

谷が国の魔法の研究所なのは

知っている。


何故、霧は消えた?」


アイルの言葉に

少女の顔はさっと青ざめた。

そして。


「いけない。」


叫んだ。


「戻らないと。」


と。

……

「霧の谷に、戻る?」


「は、はい。」


少女はセアルから水の入った椀を

礼を言って受け取りながら、

アイルの問いにうなずいた。

セアルは眉をひそめた。


「何故だ、あんた1人でか?

危険はないのか?

まず軍に知らせて応援を呼んだ方

がいいんじゃないか。」


「軍に、国に、

知らせることは出来ません。」


セアルの問いに

少女はきっぱりと答え、

けれどすぐにはっとした様子で

「すみません。」と謝った。

そして続けた。


「申し遅れましたが、

助けて頂いて有難うございます。

私の名前はクシュ。

おっしゃる通り魔法使いです。


今回のこと、軍や国に

知らせることが出来ないのには、理由があるんです。」


「その理由、

教えてもらえるかな?」


アイルの問いに

クシュはうなずき、続けた。


「あの霧の谷で私は、

他の魔法使い達と共にある研究に

関わっていました。」


「ある研究?」


「私達は魔法で

異界へ通じる門を開き、

そこに存在する

未知の生物の卵を取り寄せて

観察・研究していたんです。」


「あの竜のことか?」


セアルの言葉に、

クシュはうなずいた。

そして。


「……でも。」

と。

声をふるわせ、続けた。


「私達がしていることは

とても恐ろしいことでした。


『竜』はその幼体はともかく、

成長して完全体となった成体は

とてもこの世界で制御できるもの

ではないことがわかったんです。


完全に成長した竜の力はこの世界

全部を滅ぼせるほどに強い。


私達はそのことを国に報告し、

研究をやめて

異界に通じる門を閉ざすべきだと

進言しました。

でも。


国はそれを取り合わずに

研究の続行、竜を完全に操り、

兵器転用出来る術を見つけるよう

改めて命じてきました。

だから。」


クシュの、

椀を持つ手に力が込められた。


「私達は国に背きました。

竜を卵から孵化(ふか)する前に

異界へ送還し、門を閉じる儀式を

とり行ったんです。

でも。」


クシュの顔は苦しげにゆがんだ。


「儀式は失敗しました。

異界の門は閉ざせましたが、

竜の卵の内いくつかは送還される

前に孵化してしまったんです。


そして孵化した竜達に

不意をうたれた魔法使い達は

その攻撃により命を落とし、

谷の研究施設も破壊され、

そのために

障壁である霧も失われました。」


「ふむ。」


アイルはあごをさすった。


「それが今回の騒ぎの原因か。」


「ちょっと待て。」


セアルは色を失ってたずねた。


「今、竜『達』と言ったな、

あの化け物が、

他にもまだいるって言うのか。」


「はい。」


クシュも同様に

色を失った顔でうなずいた。


「孵化した竜は、

全部で5体確認されています。」


「じゃあ、あと4体。」


セアルは絶句した。

アギルとスグルハを食らった竜と

同じ化け物が、

まだ後4体もいるということに。


「谷に戻るのは、

その竜達の為か。」


「はい。」


アイルの問いに

クシュはうなずき、続けた。


「竜達は私が、

責任を持って滅ぼします。」

と。


「責任?」


セアルが眉をひそめた。


「あんた1人で、

残りの全部の竜を退治すると

言うのか?

竜は制御出来ない力を持つ、

世界を滅ぼす化け物なんじゃない

のか?」

と。


「確かに、

完全体である成体はそうです。」


クシュの声がふるえた。


「でも、今はまだ

竜達は孵化したばかりの

言うなれば子供、幼体です。

だから先ほど森の中で、

滅ぼすことが出来たんです。


でも国には知らせられない。

国は竜を生かしたまま

捕獲しようとするだろうから。

それでは間に合わない、

竜が完全体になるのを防げない。


だから私が滅ぼします。

仲間達は私に

竜を滅ぼす魔法を託し、

私をかばって命を落としました。


私はその死を絶対に

無駄にしたりはしません。」


そう言ったクシュの目元で、

涙が光った。


「ふむ。」


アイルは

あごをさすりながら言った。


「しかしな、お嬢さん。

あんたが言っていることが

嘘じゃないとどうしてわかる?」


「え?」


「もしかしたらあんたは霧の谷の

研究成果を独り占めする為に、

仲間を殺したのかもしれん。

もしかしたら敵国のスパイかも。


だから国や軍に知らせることが

出来ないのかもしれないと。」


「それなら俺達、

口封じされてもう死んでいる。」


アイルの言葉に青ざめて、

言葉を失ったクシュの代わりに、

セアルは答えた。


「この子は俺達を、

アギルとスグルハを食らった

竜から助けてくれたんだ。」


セアルは

クシュを振り向いて言った。


「俺はあんたの

言うことを信用する。」


「セアルさん。」


クシュの目から涙がこぼれた。


「ふむ。」


アイルはあごから手を離すと、

うなずいた。


「そうだな。

すまん、お嬢さん。」


「いいえ。」


アイルの謝罪の言葉にクシュは、

涙をぬぐいながら微笑んだ。

そして。


「有難うございます。

信じて下さって。これで

心置きなく出発できます。」


そう言って寝台を下りると、

杖を手に取った。

セアルは動揺した。


「もう行くのか?」


「はい。」


クシュはうなずいた。


「こうしている間も、

竜は成長を続けています。


幼体から成体になるまでにかかる

時間はおそらく、

異界とは環境の異なるこの世界で

あっても2日程だと思います。


時は一刻を争います。

お2人はどうか出来るだけ遠くに

避難して下さい。

お世話になりました。」


そう言って頭を下げたクシュの

ローブのそで口から

包帯が垣間(かいま)見えた。

先ほどセアルが巻いたものだ。


ローブが黒いせいか

その白さがいっそう目立ち、

痛々しく見える。

そしてその時だった。

セアルの心が決まったのは。


だから。

……

「俺も行く。」


「え?」


セアルの不意な申し出に、

クシュの目は驚きに見開かれた。


「俺も竜退治に同行する。」


「セアルさん、でも」


セアルは構わず続けた。


「クシュ。さっき森の中で

どうしてあんたは直接竜に攻撃を

仕掛けず、

俺の槍に魔法をかけたんだ?」

と。


そう。

これは先から聞きたいと

思っていたことだった。


「それは。」


クシュはひどく

ためらいながらも答えた。


「私が元々サポートがメインの

魔法使いであることもありますが

その他に、

魔法攻撃も物理攻撃もそれぞれ

単体で行うより、

合わせて使えば相乗効果でより

強いダメージを

相手に与えられるからです。」


セアルはうなずいた。


「じゃあ、また同じように

俺を使ってくれて構わない。

俺があんたの役に立てることは

森の中で見てもらえたはずだ。


例えそうじゃなくても少なくとも

あんたから、

竜の目をそらす(おとり)

くらいにはなれる。」


「セアルさん。」


「そうだな。」


うろたえるクシュに

アイルもうなずいて見せた。


「あんたがしくじれば、

どのみち世界は終わってしまう

ならな。」


アイルは肩をすくめると、

クシュに向き直って言った。


「お嬢さん、

うちの不肖(ふしょう)の孫だが、

どうか一緒に連れていって

やってくれないか。

わしが言うのもなんだが、

腕は立つ。」


「アイルさん。」


「じいさんは

来ちゃ駄目だからな。」


セアルはアイルに釘を刺した。


「竜にやられた傷のせいで、

血が大分失われている。」


「わかったわかった。

……そう言えばセアル。」


アイルはふと思い出したように

壁の方を指差した。

そこには2人の槍が立てかけて

あった。


「?」


「お前の槍は元々、

魔法と相性が良いのかもしれん。

その槍は昔、

お前のひいじいさんが先の大戦で

用いた戦槍(いくさやり)だ。

その時、国の戦士と魔法使いは

協力して戦ったと聞いている。


異界の化け物との戦いに赴く

(おもむく)のに、

そう見劣り(おとり)する代物でも

ないだろう。」


セアルはそう言われて

改めて槍を見た。

よく使い込まれたその穂先

(ほさき)には、

古い守りの言葉が刻まれていた。


「気を付けていけよ。」


祖父の言葉に、

セアルは力強くうなずいた。


「有り難うございます!」


クシュの目から涙がこぼれた。

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