【競演】 さよならのかわりに
お久しぶりです。
やってまいりました真夏の競演!
今回のお題は選択お題です。
【祭り】【旅行】【夕立】の中から一つ以上。
ボクは祭りを選ばせていただきました!
それではよろしくお願いします。
後悔をしたことがない人間なんて、この世にいるのだろうか。
そんな奴がもしいるのなら会ったみたいものだ。
そして聞いてみたい。
どうすれば後悔のない人生を送ることができるのか? と。
小学生から今まで、思えば沢山の人に言われてきた言葉だ。
『悔いのない人生を歩んでいきなさい』
俺だけじゃない。
恐らく、大半の人間がこの言葉を幾度となく聞かされ、育ってきたはずだ。
だが、この言葉を実行・実現するのは、なかなかどうして難しい。
何故なら悔いなく生きていけるほど世界は俺に、人間に優しくはないからだ。
人はどうしたって後悔する。
後はその後悔を自分の中でどう消化していくか……それだけだ。
俺は消化することができるのだろうか?
あの日、あの場所で果たすことが出来なかった約束。
その約束を、俺は……。
「近所の夏祭りに幽霊が出るらしいよ」
そんな噂話を耳にしたのは、三日前。
噂によるとその幽霊は、二年前から突然姿を現し、毎年誰かを探しているかのように、キョロキョロと縁日を彷徨い、花火大会が始まると同時に消えてしまう……そんな話だった。
どこにでもある、幼稚な怪談話だ。
だが、俺はその話を聞き流すことはできなかった。
何故なら俺には、その幽霊の正体に心当たりがあったからだ。
「いくみ……」
それは忘れたくても忘れることが出来ない名前。
いや、そもそも忘れようなんて思ったこともないのだが……。
それは三年前の死んだ、俺にとってかけがえのない女性の名前。
その幽霊が本当にいくみなのか、確証なんてない。
だが気づくと俺は、あの日約束を果たせなかった、あの祭り会場に足を向けていた。
そして……彼女はそこにいた。
『じゃあ鳥居の前で待ち合わせで』
三年前の待ち合わせ場所。
そこにいくみは、あの日と同じ薄紫の浴衣を着て立っていた。
心臓が高まる。
俺は今度こそ、果たすことができるのだろうか?
あの日の約束を。
あの日、伝えると心に誓ったあの言葉を……。
「いくみ……お待たせ」
色々な思いを頭の中によぎらせながらも、俺は気つけばいくみに声を掛けていた。
いくみは一瞬肩を震わせると、ゆっくりと顔をこちらに向ける。
そして俺の顔を確認すると、一瞬だけ驚いた表情をした後、俺が好きだったあの笑顔を浮かべてこう言った。
「遅いよ、つとむ」
三年振りに聞く、彼女の声が発する自分の名前。
俺は照れて赤くなっているであろう顔を見られないよう、慌てて顔を夜空に向ける。
「……少し老けたな、いくみ」
照れ隠しに少しおどけてみる。
「老けたって……。まぁあれから三年も経つんだし、そりゃあ歳もとるよ。っても、まだ十七歳だ・け・ど・ね!」
幽霊でも歳をとるのか……と、くだらない事を考えながら顔を下に向けると、むくれた子供のように頬を膨らませ、俺を睨むいくみと目が合う。
「ぷっ……あはははは!」
そして、どちらともなく笑い出す。
それは今まで、幾度となく繰り返した二人のやりとり。
もう二度と訪れることはないと思っていた時間。
俺は嬉しくて、悲しくて、そして何よりいくみの事が改めて好きで……泣き出しそうになる。
「いくみ……」
ひとしきり笑った後、俺はいくみの少し潤んだ瞳を見つめる。
それが笑って出た涙なのか、もしくは悲しくて出た涙なのか……俺は聞くことができなかった。
「行こうか」
俺は右手をいくみに差し出す。
「うん」
その右手をいくみが、そっと握る。
いくみの体温が、右手を通して伝わってくる。
そして俺達は鳥居を抜け、階段を上る。
その先に待つのが、別れだけだとお互い知りながら……。
「あー楽しかった!」
右手に綿あめを抱え、左手に持ったりんごあめを食べながら、いくみがベンチに腰掛ける。
「悪かったな……その」
俺はバツが悪そうにいくみの隣に座りながら、歯切れ悪くいくみに謝罪する。
「ん? あぁ、いいのいいの。しょうがないよ。お財布忘れたんだから」
最初に向かったたこ焼きの屋台。俺はたこ焼きを受け取ったところで、財布を忘れたことに気付いたのだ。
途方にくれる俺の顔を、まるでいたずらっ子のような顔でいくみが覗き込む。
「つとむ~もしかして財布持ってないんでしょ~」
「……」
確信を突かれ、何も言えない俺。
「しょうがないなぁ。はいおじさん、五百円」
「はい毎度!」
そんな俺を横目に、いくみが持っていた巾着から財布を取り出し、たこ焼き屋のおっさんに代金を支払う。
「さっ行こう!」
たこ焼きを受け取り、次の店に向かういくみ。
幽霊って金も持っているのか……そんなことを思いながら、祭囃子と雑踏の中に消えていくいくみを追いかけ……そして今に至っているというわけだ。
「それにしても、やっぱりここは人がいないね」
幽霊にお金を返すにはどうすればいいんだ? と考えている俺に、いくみが唐突に話しかけてくる。
「ん? あぁ。そりゃあ、ここは俺が見つけた穴場スポットだからな。ここならゆっくり花火も見れるし」
祭り会場である神社の脇道を入り、少し森を抜けたところにあるこの場所。
俺達の住む町が一望できる小高い丘に作られた、畳三帖ほどしかないスペースと、そこに置かれている時代に取り残されてしまったかのような、古ぼけたベンチ。
花火大会の日は、ここから花火も一望できるので、昔からの俺のお気に入りスポットとなっている場所だ。
「幼馴染のいくみにしか、まだ教えてないんだからな。俺の安息の地であるこの場所は。感謝しろよ」
「はいはい、そりゃどーも」
手をひらひらとさせながら、いくみがりんごあめを口にする。
「おまえなぁ……」
「だって、その台詞もう何回も聞いたし」
ワナワナと怒りに打ち震える俺を、いくみが華麗に受け流す。
「はぁ……」
俺は小さく溜息を吐く。
もうすぐ花火大会の時間だ。
俺は意を決し、話を切り出す。
「なぁいくみ」
「ん~なぁに」
「三年前のこと……覚えてるか」
「……」
あんずあめに口を運ぼうとした、いくみの動きがピタッと止まる。
「あの日、俺はいくみに約束をした。この場所で、花火大会が始まる前にいくみに伝えたいことがあるって。だから一緒に縁日に行こうって」
「…………」
「だが、あの日いくみは俺の目の前で事故に遭った。あの待ち合わせの鳥居前の交差点で」
そっといくみの横顔を窺う。
申し訳程度に輝く外灯に照らされた、いくみの顔はどこか悲しそうに微笑み、俯いていた。
「俺のせいだ。俺があの時、交差点の向こうにいたいくみに声なんて掛けたから……」
「つとむ……」
俯いていたいくみの顔がこちらを向く。
「俺はあの日、いくみにここで告白をするつもりだった。でも、その約束は果たせなかった。いくみも守れなかった。だから今日、俺は……!」
「違うよつとむ」
約束を果たす……その言葉が俺の口から紡がれる前に、いくみの言葉が俺の言葉を優しく遮る。
「……えっ?」
「あの日、私は死んでなんかいないよ。あの日死んだのは……つとむ、君の方なんだよ」
笑っているいくみの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
俺はいくみの言葉が理解できず、ただただ呆然といくみの涙の行方を追っていた。
「あの日、車に撥ねられそうになった私を……つとむは庇ってくれたんだよ? つとむに突き飛ばされた私は軽い打撲だけで済んだの。でもつとむは……つとむは!」
そこまで言っていくみの笑顔が歪む。
今まで堪えていたのであろう感情が、決壊したダムのように、いくみの瞳から流れ落ちる。
「つとむがそんな顔することなんて何もないの! 私が悪いの! 私が、私が……ごめん、ごめんねつとむ……うわぁぁぁ!」
遂にいくみは両手を顔に当て、泣き崩れてしまう。
いくみの両手の隙間から、この三年間溜めこんでいた想いが涙となり地面に零れ落ちていく。
「心の整理が全然つかなくて、どうしようもなくなって……そんな時、この縁日に二年前から毎年現れているという幽霊の噂を聞いた。間違いなくつとむだって思った。だから今日、こうしてあの日と同じ浴衣を着て、待ち合わせの場所で待ってた。そしたら……」
しゃがみこんで泣いていたいくみが、不意に立ち上がる。
そして巾着を軽く漁ると、中から小さな手鏡を出し、俺に差し出した。
俺はその手鏡を受け取り、恐る恐る自分の顔を鏡に映し出す。
「!? ……ハ、ハハハ。そう……だったの、か」
鏡に映る俺の顔。
それは三年前と寸分違わぬ、あの日の俺そのものだった。
「あの日のままのつとむが待ち合わせの場所に来てくれて……死んでるなんて思えないくらい、いつものつとむで……。私は、私は……!」
再び泣き崩れそうになるいくみを、俺は抱きしめる。
「つとむ……?」
いくみが不思議そうな声で俺の名前を呼ぶ。
俺は子供をあやす親のように、そんないくみの頭を静かに撫でる。
これ以上、俺のことでいくみが悲しい顔をするのは、俺が死んでいるという事実なんかよりも耐え難いものだった。
「つとむ……!? 身体が……」
悲痛にも似たいくみの声に、俺は自分の身体を見る。
俺の身体は、夏の世を儚く照らす蛍のように、淡い光の粒を放っていた。
そして夏の夜空に上っていくその光の数だけ、俺の身体は徐々に質量を失っていき、身体の所々が透けてしまっていた。
俺が自分の死を認識し、そして受け入れてしまったからだ。
「いくみ……あの日果たせなかった約束を、あの日言えなかった言葉をここで言うよ」
「つとむ……」
俺は抱きしめていたいくみの身体をゆっくりと離す。
涙でボロボロのいくみの顔を真っ直ぐに見つめながら、俺はあの日の約束を果たす。
「いくみ……好きだよ」
あの日言えなかった言葉を、俺は三年越しに伝えることができた。
「うん……うん!」
その瞳から大粒の涙を流しながら、それでもいくみは必死に笑顔を作り、頷いてくれる。
いつもの俺の好きな笑顔だ。
そのいくみの唇に俺は、そっと口づけをする。
「ん……」
時間にしたらほんの数秒。ただ唇を重ねるだけの稚拙なキス。
でもそれが今の俺に出来る、精一杯の愛してるという表現方法だった。
静かに唇を離す。
のぼせたように頬を赤らめたいくみの表情。
見つめあう俺といくみ。その時突然大きな爆発音が鳴り、鮮やかな光がいくみの顔を照らした。
「……花火」
どこかぼーっとした表情で、いくみが夜空に上がった一厘の花火を見ながら、小さく呟く。
花火大会が始まったのだ。
「きれい……」
次々と上がる花火の光に照らされた、いくみの横顔はとても……美しかった。
もう……思い残すことはなかった。
この、後悔で出来た身体はもう……俺には必要ないのだ。
「いくみ」
俺は最後に愛しい人の名前を呼ぶ。
いくみがゆっくりと俺の方に顔を向ける。
それと同時に俺の身体は、眩く煌く夏の夜空に溶けていき、そしてはじけた。
『ありがとう』
さよならのかわりに感謝の言葉を。
さよならのかわりにこの夜空いっぱいの花束を。
もしも生まれ変われる日が来たのなら。
その時はまた…………。
~終わり~
如何だったでしょうか?
これはホラー? という読者様の思いがヒシヒシと伝わってくるようです(汗
まぁそこはファンタジックホラーということで!……言い訳になってませんねはい(落
どうしても湿っぽい話になってしまうのは、夏のせいなのか、それともボク自身が湿っぽいからなのか……(滝汗
それでは次回競演でまたお会いしましょう!