1章の9-女子高生と適性試験-
さて、明くる日の放課後である。
私はキヌちゃんとのおしゃべりもそこそこに一目散に学校をかけだすと、自転車を飛ばして一路JR高岡駅前を目指した。
途中通り過ぎた古城公園は桜が青々と茂っていて、お堀からは相変わらず水が腐ったような匂いが漂ってくる、春の終わりを強調されているような気分がした。
まあ、それはこの際どうでもいい。
駅前の公営駐輪場に自転車をとめてしっかり施錠すると、そこから徒歩で「BAR夢谷」をめざす。
本当は駆け出したいくらいだったんだけど、この時間帯に制服着た女子高生が歓楽街に駆け込んでいく姿っていうのはさすがに意味深過ぎるので、建前上は駅前の文苑堂本店を目指すようなそぶりで歩いていって、そこから自然に裏道に入っていかねばならない。御旅屋通りまで行くとちょっと遠回りなんだよね。あ、でも大和の前に自転車とめて行けばあっちのほうが近かったかな? 今度試そう。
現在時刻は4時半を少し回ったくらいだから、まだ飲み屋街をうろつく人もほとんど居ないのは幸いだ。まあ、そもそもいい時間になってもそんなに人いないんだけど。
なんて事を考えながら裏道を歩いていると、いつの間にかBAR夢谷に着いていた。
「おはようございます!」
瀟洒な造りの玄関戸を開けると店内に睦美ママの姿はなく、カウンターには少しなで肩気味の青年の姿があった。
「こんばんわ、岡島君。挨拶は普通でいいよ、飯屋じゃないんだから。あいや、ここは飯屋だけどそうじゃなくてね」
なんだか少し呆れたような笑みを浮かべた夢見さんである。
「それじゃあ、こんばんわ、夢見さん。もう呑んでるんですか?」
彼の手元にあるグラスを見咎めて言うと、夢見さんはからからと笑う。
「まさか、ただのレモン水だよ。まだ勤務中だし、そもそも僕は下戸だから」
「あ、そういえばそうでしたっけ」
そういや、前にそんなこと言ってたような気もする。
「そうそう。おかげで腕の振るい甲斐が全くないんだ」
特に前触れもなく割り込んできた声に気を向けると、そこにいたのは古屋隊長だった。一昨日はWWOの制服を着ていたけど、今日はなんかおしゃれなスーツを着てる。髭面のナイスミドルな雰囲気とあわせて、すごく渋かっこいい感じだ。
「古屋隊長! こんばんわ、今日からよろしくお願いします!」
「ン、元気があって結構」
古屋隊長は、にかっと気持ちのいい笑みを浮かべた。
「それにしても、どうしたんですか、その格好」
「ああ、古屋さん、表向きはこの店のバーテンさんだからね」
そんな私のふとした疑問に答えてくれたのは、夢見さんだ。
「WWOはいうなれば秘密結社だろ。だから正職員は大体、こういう"表向きの"職業を持っているんだ」
古屋隊長はそういって空のシェイカーを振る真似をして見せた。聞けばなるほど納得の事情である。私もこないだ船守さんにさんざんっぱら脅かされたしね。
「ははあ、なるほど納得です。でもなんか秘密結社ってのは悪役っぽくてヤダなあ」
「まあ確かに。それじゃあ秘密戦隊にしておくか」
「古屋さん、それ古すぎますよ。岡島君はわからないでしょ」
「ゴレンジャーですよね。さすがに見た事はないんですけど」
「知ってるのか」
取り留めのない会話は、夢見さんと古屋隊長の唱和で綺麗に締められた。そんなに意外だろうか? 名前だけなら誰でも知ってると思うんだけど。
「はは、これは実に将来有望な娘が入ってきたもんだ」
「本当に。宇江沢君はともかく、新田君とは気が合いそうですね」
「さて、これからの話は下でしたほうがいいな。行きますか、夢見課長」
古屋隊長は磨いていたグラスなんかを戸棚にしまって、仕切り直しとばかりに言った。「そうですね、そうしましょうか」と夢見さんも同調する。
夢見さんは沙葺さんと同い年だって言ってたから、古屋隊長よりずっと若い。けど役職的には夢見さんのほうが偉いらしく、2人とも敬語で会話を交わしている。大人の世界って複雑だ。
古屋隊長と夢見さんに続いて、店の奥の情報エレベータでWWO高岡OS課へと飛ぶ。扉を開いたらさっきと別の景色が広がってるっていう超常現象にも、2回目にしてすっかり慣れてしまった。慣れって怖いね。
OS課内に足を踏み入れると、今日も三村さんがせっせと事務仕事をこなしてらっしゃったので、軽く挨拶しておいた。
「さて。今日は岡島君に実際にOSに乗ってもらって、うまく行けば操縦までしてもらおうと思うんだが、その前にこまごまとしたオリエンテーションがある。少し我慢してくれ」
「はい!」
私が通されたのは、この間の応接セットではなく、衝立で仕切られてた向こう側の小会議スペースだった。
「いい返事だ。それじゃあまずは、タイムカードの切り方から教えよう」
「あ、はい」
どんな素敵体験が待っているのかと期待していたら実に普通の会社みたいな話から始まったので、ちょっと出鼻をくじかれる。いや、でも大事なことだ。お給料にかかわることだもん。
「ま、就業規則にも書いてあったと思うが、ウチは時給制じゃないから、厳密に時間を気にすることはないがね。特定の過程を消化するごとに固定給+αが発生する仕組みだ」
「はい。その辺は一応把握してます」
「一応か。まあ、宇江沢なんかに比べれば上々だな」
クックと古屋隊長が含み笑いを零した。個人的には、あのチャラい先輩と比べられるのは不本意なんだけど、黙っておく。
「悪い。さて、タイムカードの切り方だが、なんというかな、ラジオ体操みたいなものだ」
「ラジオ体操?」
はて、どういう意味だろう。私が首をかしげていると、古屋隊長は少しショックを受けたような顔をした。
「あれ、わからんか。夏休みの朝とかに、地域の子供集めて公園でやらなかったか? 俺らがガキの頃は、毎日やってたんだが」
なるほど、隊長はどうやら勝手にジェネレーションギャップを食らったらしい。誤解だ。
「あいや、ラジオ体操自体はもちろん知ってますし、私の子供の時もそういう集まりはちゃんとありましたよ。ただ、それがどう繋がるのかわかんないだけで」
「ああ、そういう事か。いやな、ラジオ体操が終わったら、カードにハンコをもらったろう?」
「えっと、はい。あれ、全部たまるとうれしいですよね」
懐かしいなあ。我先にとハンコおしてもらいたくて列の一番を競ったもんだよ。もう小学校卒業して6年も経つんだもん、光陰矢ってホントだわ。
「お、良いねえ健康優良児。……まあ、なんだ。あれと同じような感覚で、ウチも過程が一つ修了するごとに監督員が認証をする。この端末を使ってな」
そう言って古屋隊長は首から下げていた銀色の機械を指した。MDプレーヤーくらいの大きさの、四角くて平べったい機械だ。
「なるほど」
納得はしたけど、あのたとえ話は果たして必要だったろうか。なんて思っていたら、夢見さんが小声で、「古屋隊長は例え話があんまり上手くないんだ」と言う。なるほど、二重に納得した。
「聞こえてますよ、課長。岡嶋くんも、そうあからさまに得心の行ったって顔をされるとさすがに傷つくぞ」
そもそも夢見さんは古屋隊長の隣に座ってたので、確信犯的なところがありそうだ。
「あ、すいません」
「ま、いいさ。話が下手な自覚はある。さて、話を戻すぞ」
心証を害したかな、と心配になったけれど、古屋隊長は少しさびしく笑って流してくれた。
今後は気をつけよう。
「岡嶋くんはもう杖を作ったろう。この端末を杖と接触させることで課程の修了を認証する。杖のメニューの中に勤怠管理のアプリケーションがあるはずだから、そこで確認もできるようになっているぞ」
そう言われてポケットから電卓を取り出し起動すると、確かにウィンドウの目立つところに漢字の「勤」をモチーフにしたアイコンが浮かんでいたので、それをタッチして起動する。
するとウィンドウがもうひとつ立ち上がった。カレンダーとか、今月に消化した課程の一覧、月毎の収支一覧なんかの項目が並んでいる。なんとなく、ゲームのUIみたいな感じだ。
古屋隊長がおもむろに先ほどの機械を私の電卓に接触させると、短いピープ音が鳴って勤怠監理アプリケーションの「消化過程一覧」の項目から「研修①:修了」とポップアップが出た。
「こんな感じだな。ちなみにこれはあくまで研修や合同訓練なんかの場合に限ったやり方で、普通の出撃の場合はOSと杖にログが残るから監督員の認証は必要ない」
「なるほど、了解です」
「ん、よろしい。それじゃあ次からが本題だ。今日行うOS搭乗員適性試験について、夢見課長から説明がある。しっかりと聞くように」
「はい!」
ついにきた。思い余って挙手して答えた私を見る、古屋隊長の生温かい視線もなんのそのだ。
「君は本当にいい顔をするなァ。それじゃ、課長。よろしく御願いします」
「任されました。……と言う事で早速説明していこうと思うんだけど、岡島君はOSの操縦については、今どれくらいの知識があるかな?」
「ええと、半実体情報集積体と同調した思考を機体に反映することで大雑把な部分を制御して、操縦桿とかの補助入力機器で細かい入力をするんですよね、確か」
私が一息にすらすらと述べて見せると、夢見さんも古屋隊長もいたく感心したというような顔をしていた。
いや、だって楽しみすぎてさ、こないだ貰った操縦教本を読み込みまくってたら自然に覚えちゃったよ。
学校の勉強でもこれくらい覚えが良けりゃいいんだけど、そこは如何ともしがたい。
「いやあ、よく勉強してきたね。そう、その通り。歩く、走る、跳ねる、立つ、座る、腕を振る、その他もろもろ、機体の動作に関する部分は思考制御で行い、火器の制御なんかを手入力で行う。これがOSの基本操縦スタイルだ」
夢見さんはうきうきとした面持ちで語る。私もそれをわくわくとした心持ちで聞く。
「これには大前提として、半実体情報集積体のとの同調が不可欠なんだ。これはこの前かるく説明したと思うんだけど、半実体情報集積体無しの無線操縦だと、OSはちょっとカッコいい案山子か木偶の坊でしかない」
「"ヴィジットのバリアを貫通する魔法"のための人型杖ですもんね、OSって」
「そう、まさしくその通り。だから必要になってくるのが、搭乗者の同調適性」
「同調適性……! なんか、あれですよね。エヴァみたいですよね!」
「字面はね」
みんな似てるっていうけどね、とはしゃぐ私に苦笑を向けながらも、夢見さんは続けた。
「エヴァと違って、半実体情報集積体との同調は魔法使いなら誰でもできる。なら何が問題になってくるかというと、同調が身体に及ぼす悪影響の有無だ」
「え、悪影響とかあるんですか」
「ああ、ある……人もいる」
全員が全員ってワケじゃないよと、夢見さんは頬を掻いた。
「ヴィジットとの戦闘中、OS搭乗員の実体は4次元にある。でも意識は3.5次元空間にあって、たった0.5次元とはいえ両者は厳に隔てられている」
正直さっぱりわかる気がしないが、ここはひとつ、神妙な顔でうなずいておく。たぶん夢見さんも、私が100%理解できるとは到底思ってはいまい。
「そんな環境の中では時折、4次元の実体と3.5次元の半実体情報集積体との同調に齟齬が生じて、ワールドデータを利用した次元間情報伝達機構に負荷がかかってしまうことがある。これは誰しも多少なりはある事なんだけど、中にはその齟齬が大きくて、高負荷がかかってしまう人もいる。高い負荷がかかり過ぎると、実体側の情報を監理している器官――つまり脳に負担をかけてしまうことになる」
「うへ、確かに危なそうですね。そう言う人間をはじくのが、これからやる試験って事ですか?」
「そうだね。理解が早くて助かる。説明はこれまで、何か質問は」
私が結論の部分を代弁してしまったらしい。質疑応答と言う事だけど専門的な事は聞いたってさっぱりわからないだろうし、とにかく一番大切で重要な事だけでも聞いておこう。
私がすっと右手をあげると、「別に挙手しなくってもいいんだよ。岡島君」と夢見さん。
気恥ずかしさに、挙げた手をサッと降ろして後ろで組んだ。
「えーっと、なんか当たり前な事を聞いちゃうようでごめんなさい。つまり、この適性試験をパスできないと、OS乗りにはなれないってコト、ですよね?」
「うん。残念ながらそうなる」
いっそ気持ちいいくらいの即答だった。
ふむ、これは重大な問題だ。何が問題って、これっていわゆる努力とかじゃどうしようもない部類の問題だってところがだ。私にできるコトといえば、特に信じてもいない神様に都合よく祈るくらいだ。
まあ、あんまり弱気になってしょうもない結果を出しちゃうのは一番アレだし、気は強く持っていよう。
なんて私が決意を固めていると、質問が出尽くした事を察したのか、夢見さんが右手の人差し指をすっと伸ばして、
「ちなみに今日は同調適性を見る試験の他に、もうひとつ試験を受けてもらう」
と言ってのけた。マジかよ、と言うのが正しく私の感想だ。
「と、いいますと」
あからさまにどぎまぎしている私を、夢見さんは意地の悪そうな笑みを浮かべながら見ていた。もしかしたら、結構性格悪いんじゃないかこの人。
「OSの機動に感覚がついていけるかのテストだね。要するに、OS酔いしちゃわないかのテスト。OS側の各種搭乗員保護装置と剥離情報集積機構の感覚欺瞞で、実際に搭乗員が感じる振動や騒音はある程度までカットされるんだけど、それでも酔う人はいるから、あんまりひどい酔いかたをするようだと、OSの操縦は諦めてもらわないといけない」
「あー、なるほど。いや、そっちはたぶん大丈夫ですよ。私、三半規管には結構自信があるんで」
「それは頼もしいな」
こちとら親父の危険運転に骨の髄まで慣らされてるんだ。自慢じゃないが、今まで乗り物で酔ったことってのは一度もないんだから。
私がそう胸を張ってみせると、夢見さんはふふふと笑った。
「さあ、大体の説明はこんなところかな。それじゃお待ちかね、適性試験を開始しようか」
「はい!」
ついにきた。夢見さんと古屋隊長が立ち上がって「こっちへ」と手招きしたので、彼らに追従して小会議スペースのすみっこにあるドアの前まで歩く。
「このドアの向こうが、WWO高岡OS小隊のブリーフィング・ルーム兼操縦室になってるんだ。それじゃあ、行こうか」
操縦室? と少しばかり疑問を抱いたけれど、すぐに納得した。そうか、操縦教本の冒頭に書いてあったのってこれか。
足を踏み入れた部屋は大きく二つのセクションに別れていて、一つは先ほどの小会議スペースをちょっとSFっぽくした、なんか戦隊とかウルトラマンとかの基地みたいな感じの一角。これはこれで心踊るものがあるんだけど、私の目をひいたのはもうひとつのセクションのほうだ。
なんていえばいいのかな。ほら、ゲームセンターによく「ワニワニパニック」ってゲームがおいてあるじゃない? もぐらたたきみたいなやつ。あれをうんと大きくした感じって言えばわかるかな。
壁に四角い穴があいていて、その穴から人が一人は楽に入れるくらいの大きな「ワニの口」が飛び出してる感じ。
ワニの下あごはシートや操縦桿が、上あごは内側にモニタやコンソールが張り付いているのが見えて、それがいわゆるコックピットの意匠を持ってるって事が一目でわかる。
言わずもがな、これがOSのコクピットだ。教本の通り。おんなじ筐体が8台並んでいるさまは、なるほど、確かに操縦室だわ。
「みてのとおり、これがOSの操縦席。OSに接続しなくてもシミュレーターとして使える優れものさ。岡島君は、5番のユニットが割り当てられてる。もう君のOSとの接続も済んでるよ」
「早速乗っていいですか!」
「もちろんかまわないよ」
ヒャッホウ、と奇声をあげて5番のユニットに滑り込む。操縦桿の配置、スイッチ類の配置、計器類の配置……あたりまえだが、どれも教本通りだ。ヤバイ。ちょっと感動する。
とはいえ外付けコクピットなので、モノ自体はぶっちゃけ戦場の絆をちょっとすごくした程度。なんだけど、それでも感動で涙が出そうだった。
ちょっと誇張した。
「起動の方法はわかるかい?」
「ばっちりです」
尋ねる夢見さんにサムズアップで応えると、ポケットから取り出した電卓をメインコンソール下の引き出しにセットしてイグニッションボタンを押し込んだ。
《ハッチを閉鎖します。ご注意ください》
頭の中に直接、男とも女とも取れる声のアナウンスが響いた。私の電子妖精「ケプラー」の声だ。
こんな声だったんだ、初めて聞いた。
大型トラックがバックする時のような警告音が響く中、油圧シリンダーの動作音と共に、ワニの上あごが降りてくる。それはやがて下あごとがっちり噛み合うと、最後に圧縮空気の音がして完全に密封された。
視界が一瞬真っ暗闇に包まれて一抹の不安が覚えたけど、すぐに立ち上がったメインモニタが光源となって、コクピットの中を薄青く照らす。
モニタの構成は正面ハッチ裏にメインの大型スクリーンと、手元に機体のステータスを表示しているサブモニタが投影されており、さらに機体側背面の様子を映すバックサイドビューモニタが、ちょうど目の高さで邪魔にならない絶妙な位置に環状となって空間投影されている。
さらっと書いたけど、空間投影されてるモニタってだけで私は大興奮だ。だって後ろがちょっと透けて見えるんだよ? すごくない?
ちなみに各モニタ・ウィンドウの透明度は無意識を読み取って自動調節してくれるらしい。便利。
メインモニタはまずWWOのロゴ、OSのロゴ、制御システムのロゴって感じに表示されていって、私の杖とOSの同期状況を示すコマンドプロンプトみたいな表示がザーッと流れたあと、同期完了のメッセージとEFのロゴが表示されて、ようやく外の景色を映し出した。大体10秒くらいかかったかな。
モニタに映っているのは、おそらくパーソナルハンガーだろう。前回は見上げる側だったが、今回は見下ろす側になっている。つまり、すでにOSの視界と連動しているということだ。
私がえもいわれぬ感動に打ち震えていると、ピピッと短い電子音が響く。通信だ。マニュアルどおりの動作で手早く通信ウィンドウを立ちあげると、メインモニタのすみっちょが小さく切り取られて、さっき見た操縦室の内装が映し出される。
『うん、ばっちりだ。筋が良いね。いくら説明書を読んだからっていったって、初めてでこれほどスムーズに起動できるってのは優秀だよ』
「ありがとうございます、夢見さん」
ご満悦と言った様子の夢見さんは、いつにも増してニコニコしてた。とりあえずお礼を返す。
しかし、これしきの事で褒められると、何だ、照れる。
『さ、それじゃあ準備のほうも整ったみたいだし、早速はじめていこうか』
「はい!」
『いい返事だ。古屋さん、それじゃあよろしく御願いします』
ついに試験開始だ。事ここに至れば、いかな能天気の私とはいえ、やっぱりどうしても緊張する。手汗がにじんだ両掌をこすり合わせながら平静を保つよう努めていると、通信ウィンドウが夢見さんから引き継ぐ形で古屋隊長に切り替わった。
『それではこれより、OS適性試験を開始する。岡島君、覚悟はいいかな』
「どうせなら「準備はいいか」って聞いて欲しいところですけど、大丈夫です。万事OKです!」
半ばやけくそ気味に返すと、画面の向こうの古屋隊長は少しだけ意地悪く笑ってから、すぐにその面持ちを真剣味あふれるものとした。
『よろしい。パーソナルハンガー5番、次元カタパルトに接続。射出準備開始』
古屋隊長の指令を受けて、パーソナルハンガーが俄かに騒がしくなった。
作業員退避を促すサイレンが鳴り響く。OSを固定しているガントリーに据え付けられた赤色灯があわただしく点灯する。
ガントリー周辺の安全が確認されると四方を囲むように遮蔽用スクリーンがせりあがり、天井まで達してとまった。確か、次元の壁を突破する時に発生する放射線なんかを遮蔽するための設備だって教本には書いてあったな。
スクリーンの展開が完了すると、ついに足元の射出ハッチが重い音を立てながら開放された。宙吊りになったOSの足元で連鎖的に第2、第3のハッチが開放されて行き、第4ハッチが開放されると同時に漏れ出した淡い青色光が遮蔽スクリーン内に満ちた。
あれが、次元カタパルト。4次元の壁を突破して、3.5次元にOSを跳ばす情報加速装置。
『完了まで3秒。2…1…完了。射出タイミングを操縦者に譲渡。好きなタイミングで跳んでいいぞ。射出コードは……』
「発進!」
緊張と、隠しきれない興奮から。
少々食い気味に射出コードを音声入力すると、それまでOSを繋ぎとめてくれていたガントリーのロックが一斉に解除され、全長10メートル、重量10tと少々の鋼鉄の巨人が|重力にひかれて自由落下を開始した。
『よし、行ってこい!』
めまぐるしく上へ上へとすっ飛んで行くメインモニタの景色、その片隅に古屋隊長のサムズアップが映ったのを、私はぎりぎり知覚できた。