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私はとにかくお金がない。  作者: 永多 真澄
第1章:気になるバイトは歩合制
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1章の8-女子高生と日常の終わり-

「へー、決めたんだ。いいんじゃないの」


「うん。キヌちゃんの後押しもあったしねー」


 まあ、嘘ではない。実質カネとロボに目が眩んだだけだけど、キヌちゃんの後押しが助けになったのは事実でもある。

 教科と教科のつなぎ目には10分間の休憩があり、ここで次の教科の準備やら教室移動やらをするのであるが、私とキヌちゃんはそれをくだらないおしゃべりで食いつぶすのが常だ。

 昨日は秋吉でさんざん飲み食いした後、高岡駅南のカラオケBOX「まねきねこ」で高校生のリミットギリギリまで歌ったのち解散となった。さすがみんなロボに乗ってるだけあってかロボソン・特ソンの大合唱大会と相成り、おかげで現在すこし喉がかすれ気味である。


「まあ、がんばんなさいよ。ここでコネを作っておけば、あんたの将来も明るいんじゃない?」


「いやいやキヌちゃん、それは流石に皮算用すぎますぜ」


「んなことないって、バラ色よバラ色」


「なんかキヌちゃんやさぐれてない?」


「別にそんなことないよ。ただ、すみればっかカッコいい大学生の知り合いつくちゃってさー。やっぱうらやましいじゃん?」


 明確に顔が良いのは沙葺さんぐらいなんだけどなあと苦笑しつつ、


「えー、キヌちゃんだってかの逞しき柔道部の先輩がたに囲まれてるじゃん」


 なんて冗談交じりにのたまってみたら、キヌちゃんの表情が一瞬ピタリと消えた。どうやら正確に地雷を踏み抜いたらしい。


「すみれ……それ以上余計な口を滑らせると、いかな大親友とはいえ必殺の腕ひしぎ十字固めが炸裂することになるよ」


 キヌちゃんは朗らかな笑顔でもってそういったので、私はこの件に関しては口をつぐむことにした。



 さて、極限の睡魔との闘い(数学)が終わると、体育である。4時間目、終われば昼休みだ。

 われらが電子機械科には女子が2名しか居ないので、体育はデザイン・工芸科と合同して行われる。あちらさんの構成は女子19名に男子1名がふたクラスという機械・電子機械・電機と相反する男女比率であり、さながら女子校だ。

 とはいえデザイン・工芸科の連中にはまだそこまで仲のいい女の子はいないので、結局キヌちゃんとつるんでいる。今日は長距離走で、1周200メートルのトラックを延々7週半も走らさせられる。控えめに表現して、地獄でしかない。適当に流して走る。自慢じゃないが、私は足は速くない。スタミナも中くらいだ。


「あたし、体育は好きだけど陸上は好きじゃないわ―。なんていうか、つまんないし」


「そ、だね」


 並走するキヌちゃんがケロッとした声で話しかけてきたので、やっとの思いで返す。もはや息も絶え絶えだ。現在トラックを4周回ったとこだから、800mくらい走ったのか。運動部と帰宅部の基礎体力の違いが如実に出てる。スタミナ中くらいってのは過大評価だったかも。


「ちょっとすみれ、あんた、バイト掛け持ちしてんのに意外と体力ないよねー」


「そ、れとこれとは……! べつっ、もん、ひぃ」


 ごめん、今悠長に返事を返せる状況じゃないから黙っててくれ、と言外にこめて睨むと、キヌちゃんはヤレヤレと余裕そうに首を振って話しかけるのをやめてくれた。

 しかし、キヌちゃんのいう事も尤もではある。これからロボットに乗って侵略者と戦うっていうんだから、体力はつけといても損じゃない。私はまだ未プレイだけど、オーケストラと違ってマーチは体力あげると攻撃力に補正かかるらしいしね。関係ないけど。

 なんて、どうでもいいような事を考えてないと、もう、ホント、つらい。やっと5周目が終わった。あと2周ちょっとだ。まだ2周も残ってんのかチクショウ。出来ることならこの場にへたり込みたい。

 それでも何とか走りきって、グラウンドに尻もちをつきながら荒れた呼吸を鎮めていたら、終業のチャイムが鳴り響いた。



 さあさあ、そんなわけで昼休み、ランチタイムである。1.5キロを走ってほんの数秒前までグロッキーだった私も、終業のチャイムと同時に回復した。

 今日のお昼は学食であるから、あまりゆっくりもしていられないのだ。生徒数に対して明らかに規模の小さい食堂は、毎日が戦場である。ちなみに生徒玄関に来るパン屋の訪問販売も血で血を洗う戦場と化す。

 私とキヌちゃん、二人連れだって久しぶりの学食である。

 昨日夜更かしたせいで朝起きれなくて、弁当作る暇がなかったんだよね。キヌちゃんは弁当だったのだけど、一人で食べるのも味気ないということで。

 さて、入学したてに一回来たきりの学食は、やはり戦場であった。カウンターには2重3重に生徒たちが壁を作り、各々が食券を片手に己の所望する料理の名をがなり立てている。ひどいところでは、食券すら買わずに現金をカウンターに叩きつけて注文してる輩もいる。なんてクソ野郎だ。

 イライラを押し込めながら、私も食券片手に注文をする。事ここに至っては男女がどうとか恥がどうとかはかなぐり捨てていくスタイルだ。何せここは戦場だ。


「カツ! カツライスください! カツライス!」


 周りの男子連中がちょっと引き気味に私を見ていたが、かまうもんか。おかげで隙ができた。私は体を無理やり人垣にねじ込んで、カウンターへと到達する。「カツライス」を連呼する女生徒はよほど目立ったのか、食堂のおばちゃんもすんなりと注文を受け取ってくれて、そう待たずに私はカツライスを手に入れられたのである。


「すみれ、あんたちょっと自分を捨てすぎだわ」


「開口一番がそれ?」


 キヌちゃんがキープしていたテーブルに腰かけると、間髪入れずに飛んできた言葉がこれである。


「あんたの声、ここまで聞こえてたよ? てか、こっから見てたらよくわかったけど、あんたの周りから、さぁーっと人が引いてってたからね」


「あ、うん。それは私も気づいてた。おかげですんなり注文が通ったよ」


「……はあ、そんなホクホク顔で返されちゃ、何にも言えないわ」


 キヌちゃんがひどく呆れたふうに、やけに欧米ライクなボディランゲージでやれやれと肩をすくめた。

 そこまで呆れられることだろうか、これは一種の戦術だよ、戦術。なんて思いながらも、私はカツライスに箸をつける。

 カツライス――それは読んで字のごとく、椀に盛られた白米の上に解凍品のとんかつが4きれ載っているだけというシンプル極まりない代物だ。一応、ひじきも載ってる。味はそんなによくない(というか薄い)けど、食いでがあってなおかつ安いのが魅力だ。150円である。苦学生の味方といえよう。別に私が苦学生ってわけじゃないけどね。カレーライス(240円)と並んで学食の人気メニューの一つである。


「なんていうか、ザ・学食って感じの料理だよね、これ」


「それ、褒め言葉なんだか貶し言葉なんだか判別しづらいね」


「半々」


 私はもそもそするカツを口に運びながら、相変わらずいろどりは地味だが堅実な美味しさを醸し出すキヌちゃんの手作り弁当を眺める。まあ、カツライスも美味しくないだけで不味いわけじゃないから、私はそのへん許容範囲内だ。醤油をかければ何とかなる。醤油は万能だ。


「隣いいか?」


「ん、どーぞ」


 キヌちゃんと毎度毎度のくだらない話を楽しんでいると、後ろから声をかけられた。知った声だ。振り向くと、立っていたのは大場委員長だった。目線だけをぐるりと回すと、どうやら席の空きはもう無いようで、特に断る理由もなく私は承諾した。キヌちゃんも、特に文句はないようだったしね。


「ほほう、委員長はカレーですか」


「ここのカレーはうまいからな。どうせインスタントだろうけど」


 そういいながら委員長はばくばくとカレーを口に運んで行った。熱くないんだろうか。私は猫舌だから、少しうらやましい。


「それにしても珍しいな。岡嶋はカツライスか」


「え、ああうん。お弁当作り忘れちゃってね。キヌちゃんは付き添い。カツライスはほら、安いから」


 委員長がちらりと顔を上げて言った。私が答えると、「なるほど」と短く言ってまたカレーと格闘を始めた。私も特に気にせず、カツライスへとはしを伸ばし、かっ込む。


「そういえば」


「んが?」


 委員長が再びスプーンを動かす手を止めた。私は箸を止めることなく、委員長の言葉を待つ。はしたないとは言わないでほしい。乙女心も食い気にゃ負ける。それが女子高生という生き物なのだ。


「この間の話、うまく行ったのか?」


「……ッぶ!?」


 あっぶねえ、危うく吹きかけた。気道に入りかけたご飯粒を無理やり飲み込み、お茶で流す。流してから、せき込む。危なかった。いろいろ、こう、乙女としてのいろいろなものが台無しになるところだった。


「ちょ、どしたのすみれ?」


「んっふ、ンっ……い、いや、なんでもない。なんでもないから。あー、こないだの話ね、うん。いや、なんだろ、見当もつかないや」


 あからさまに驚くキヌちゃんに、あからさまにすっとぼける私の図である。委員長の言う「この間の話」ってのは、十中八九バイトの面接の話だろう。


「ん? この間の……バイ」


「ストォップ、みなまで言うな委員長!」


 ト、が言い終わるかどうか位のタイミングで手のひらを突き出し制止する。歌舞伎役者も真っ青な勢いだ。


「結論から言います。ダメでした! あと、そう軽々しく言わないでよォ。この学校がその、ほら、厳しいこと、委員長だって知ってるでしょ!」


 私は静かな声で怒鳴るというそこそこ高度な技を駆使して委員長に掴み掛る。いや、実際掴み掛ったわけじゃないよ。それくらいの気概でってこと。


「なんだ、ダメだったのか」


 対する委員長は、憎らしいほどしれっとした表情で流した。私の怒りゲージが一本貯まる。全部溜まったらどうなるかって? 私も知らん。


「なら、ちょうどいいな」


「ハァ?」


「バイト、俺の行ってるところに急な欠員が出たんだ。給料もいいし、どうだ?」


「はぁっ!?」


 思わぬ申し出に、私は椅子を蹴立てて飛び退いた。瞬間あれだけ騒がしかった食堂が一気にしんと静まり返り、みんなの視線が私に向く。ヒソヒソ声で、「さっきのカツ女だぜ」とか漏れ聞こえてきた。恥ずかしさマックスである。

 ていうかカツ女ってなんだカツ女って。脇見運転で小惑星にぶつかって死ねと?


「あ、いや、あの、なんでもないです。すいませぇん……」


 私が小さくなってすごすごと席に着くと、ほとんどの生徒たちは一瞬で興味を失ったようだった。再び、食堂に喧騒が戻る。


「……どんまい」


 キヌちゃんに慰められた。泣きたい。穴があったら入りたいとはこのことだ。私は赤くなった顔を両手で覆って、しばしうつむいた。落ち着いたのを見計らって、顔を上げる。もうこちらに注意を払うような生徒はいなかった。委員長はカレーをすっかり平らげて、お茶をすすっていた。


「ええと、お誘いありがと、委員長。でも、ほかのバイト決めちゃったから、その話はなかったことに……」


「そうか。なら仕方ないな」


 私が這う這うの体で断りの言葉をひねり出すと、やはり委員長は飄々と答えた。微塵も悔しそうではないのが、よけいに腹立たしかった。


「ねえ大場。あんた、生徒会でしょ? いいの、そんな堂々と校則違反しちゃってさあ」


 私の話にひと段落ついたと悟ったのか、キヌちゃんが委員長に聞いた。


「良いか悪いかで言えば、悪いだろうね」


 委員長はしれっと言ってのけると、コップのお茶を干した。


「ま、俺は学校側にバイトを認めさせるための下準備で生徒会に入ったみたいなもんだしな」


「え、そうなん?」


 意外な告白だった。真面目一辺倒を絵にかいたような風体の委員長が、まさかそんなことを考えていようとは。私が少なからず驚いていると、委員長は続けた。


「この学校は、卒業後の進路のおよそ70%が就職だ。就職して役に立つのは、勉学はもちろんだが、どんな形であれ「働いたことがある」という経験だ。それは上司との接し方とか、仕事に対する責任感につながるからな。だからこそ、こういった工業高校は、バイトを全面的に許すべきだというのが俺の持論だ。もちろん、学業を疎かにしない範囲で、という注釈はつくけどな」


 委員長は、「今は水面下で賛同者を募ってるところだ。じゃ」とだけ言って席を立って行った。嵐か何かのようだった。


「……ねえ、大場とあんた、もしかしてデキてんの? バイトのこと知ってたし」


 委員長が食堂を出たのをしっかりと確認してから、キヌちゃんがにやけ顔でヒソヒソ聞いてきた。実に下世話な話だ。女子高生の大好物である。私も当事者じゃなければ大好きな部類だ。当事者じゃなければ。


「なわけないでしょ。たまたまこないだバイトの面接の紙落としたのを見られただけ。そっからいろいろ推察したんでしょーよ」


「ふうん、なるほどねー。てかすみれ、ンな大事な紙落としたなんて、あんたもうちょっと注意はらいなさいよ」


「うっ……以後、気を付けます……」


 キヌちゃんにたしなめられて、再び小さくなる私であった。ちなみにカツライスは完食した。

 しかし、委員長の考えは私のそれとよく似ていた。まあ行動力がある分向こうのほうがすごいんだろうけどね。私の行動力は、ちょっと脇道ずれてるって自覚はあるし……

 そんなことを考えながら、食堂前の自販機で買ったパックイチゴ牛乳をのむ。80円である。隣ではキヌちゃんがカルピスをのんでいた。紙カップの奴だ。こっちは60円。実にリーズナブル。


「午後イチってなんだっけ」


「実習」


「あー、実習かー。また手が荒れるなあ」


「しゃーないよ。あきらめなって」


 午後は機械工場で実習だ。確か今日は旋盤だったはず。

 旋盤ってわかるかな。電動ろくろを横にしたような機械で、円柱状のパーツを作ることができる機械なんだけど、切子の始末が本当に面倒なんだよねー。焼け付き防止に潤滑油をだばだばかけるから、手が油でギトギトになるし、かといって油汚れがテキメンに落ちる工業用粉石けん使うと、手がカサカサになっちゃうんだよね。ちょっと憂鬱。


「わたし、NC旋盤とかマシニングセンターのほうが好きだなー。プログラム書くの楽しいし」


「こないだサインペンをエンドミルに交換しちゃった子がよく言うわ」


「う、その話はやめようよ……」


 マシニングセンターの実習でやらかした失敗をネタにいつまでいじり倒されればいいのだろうか。まあ我ながらあれはやらかしたと思ったけどね。

 ふたりで姦しくおしゃべりに興じていたら、不意に学校中に予鈴が鳴り響いたから驚く。腕時計を見たら、すっかり昼休みは終わりだった。


「やっば、実習服着替えなきゃ!」


「いくよ、すみれ!」


 私たちは空になった容器をゴミ箱に叩きこむと、教室に向けて一目散に、コンクリートの地面を蹴った。





「あのー、すいません店長。来月からでいいんで、平日は週2にしてほしいんですが……」


「シフト減らすの? また急だねえ岡嶋クン、なんかあった?」


 つつがなく授業は終わり、放課後。私は下校早々クレープ屋にやってきて、店長の緒方さんに頭を下げている。


「えっと、なんていうか、打ち込みたいものができたって言うか……」


「ほほう、そいつはいい。おじさんもね、君みたいな若者がバイト漬けの高校生活を送るってのはいかがなもんかと常々思ってたんだよね、うん。いいよ、じゃあ来月から週2シフトってことで。……週1って言われなくって助かったよ」


 店長は豪快にがははと笑って快諾してくれた。いやー、打ち込みたいものもバイトなんだけどなあ。言わないけど。


 ま、とにかくこれで懸念事項の一つは解消されたわけで。明日の適性検査が今から楽しみでしかたがない。

 おっと、今はクレープ屋のバイトだ。給料分は、きちんと働かなければ。時刻は午後5時少し前、そろそろ学校帰りの学生ラッシュだ。私は三角巾をぐっと強く結んで、よっしとばかりに気合いを入れた。




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