1章の6-女子高生、観戦する-
杖の作成とEF「ケプラー」の登録を済ませてOS課に戻ったら、待合室で週刊漫画雑誌を広げた沙葺さんとはちあわせた。
「やあ、岡嶋っち。いい時間に戻ったね」
沙葺さんは読んでいた雑誌をぱたんと閉じると、にこやかな笑みで私に声をかけてきた。相も変わらずイケメンオーラがすごい。恋に恋する乙女なら、この微笑みでイチコロだろう。
「沙葺さんもいらしてたんですか。えと、いい時間って?」
まあ、恋愛なんて私には縁遠い話だ。勢いで告白して、痛い目見るのはこりごりだからね。それよりも、沙葺さんの言う「いい時間」って何のことだろう。
「これから戦闘訓練ってところにヴィジットが来てね。急遽迎撃戦になったんだ」
「え、マジっすか」
「ああ。ここでもモニターできるよ」
沙葺さんはおもむろにジャケットの内ポケットから懐中時計を取り出して、ぱかっとひらいた。時計盤がにわかに光って、30インチはあろうかという特大ディスプレイが空間投影される。
あの時計、多分沙葺さんの杖なんだろうな、というのは直感できた。皮肉ではなく、良い趣味をしてらっしゃる。
「一緒に観るかい?」
「是非!」
即答である。願ってもない申し出だ。ちょっと不謹慎かもしれないけど、要するに、ロボが戦うのを実写映像で見られるってことじゃない? ならもうこれは、見るしかないじゃない!
「それじゃあ沙葺、岡嶋くんを頼んだ。僕は中で仕事をしているから、終わったら呼んでくれ」
「あ、はい! ありがとうございました、夢見さん!」
「ははは、なに。それじゃあ、ごゆっくり」
夢見さんはそういうと、ひらひらと手を振って事務所の中に入っていった。沙葺さんも、片手をあげてそれを見送ると、待合室と事務所のあいだのロールスクリーンを下ろす。「音が向こうに漏れると仕事の邪魔だからね」とのこと。確かに。
「ところで、ヴィジットってどれくらいの頻度で出現するものなんですか?」
「んー、大体2日に1回ってところかな。まあ、向こうさんの都合によるから、厳密にそうとは言い切れないけど」
と言って沙葺さんはカラカラと笑った。結構な頻度だな、と思う。これは思いのほかハードな仕事かもしれないなぁ……
「失礼しますよー」
「あ、三村さん」
ロールスクリーンを押しのけて、三村さんがひょっこりと顔を出した。手には、お茶とお饅頭の乗ったお盆を持っている。
「はーい、どうぞ。せっかくの観戦なんだし、つまむものがあったほうがいいかと思って」
そういって実に手慣れた動作でサーブすると、「ごゆっくりー」と一言残して去って行った。まったくもって実にのんびり余裕綽々な感じで、とてもじゃないが異次元から侵略兵器の襲撃を受けているとは思えない。
「なんか、すっごくのんびりしてますね」
「まあ、いつもの事だからね。よっぽど下手を打たない限り、そうそう危機的状況には陥らないし」
「そういうもんなんですか?」
「まあ、さすがに戦闘クルーはピリピリしてるけどね。ここはあくまで事務方の詰所だから」
「なるほど……」
とは言ったものの、やっぱりのんびりしまくってるなあと思わざるを得ない。真面目に戦ってる人たちから顰蹙をかったりはしないんだろうか。
いや、夢見さんや三村さんがまじめに働いてないってわけじゃないんだけどね。
「お、ちょうどDCが開いたみたいだな」
なんてちょっとした物思いに耽っていたところを、沙葺さんの声で引き戻される。
「DC……って、なんですか?」
「ディメンジョンクラックって言って、ヴィジットが出てくる次元の穴みたいなもんだよ」
沙葺さんの隣に腰かけ、スクリーンを覗きこむ。所謂FPS視点の映像が映し出されていた。これはOSのパイロットから見た視点なのだろうか? だとしたら胸アツである。
戦場は、見慣れた高岡の街だった。おそらく国道156号線だろう。グリーンベルとカネボウが両脇に見えるから、間違いない。画面脇に表示されている距離から見て、OSが陣取っているのは清水町の交差点あたりだろうか。
その町並みの空が、突如として不気味に揺らいだ。
ゆらぎは収束することなくどんどんと拡大して、まるで景色を捩じ切るように湾曲。ぽっかり空いた景色の向こうに、黒い穴、というか裂け目のようなものが出現したのだ。位置的には、鐘紡町のココスの真上だ。
そして次の瞬間、まばゆい閃光が画面を覆い尽くした。言うまでもないがココスは粉みじんに吹っ飛んだ。
「い、いきなりなんかすごいですね。どうなってるのかよくわかんないですけど」
とりあえず、何かが爆発したんだろうってことはわかったけど、それ以上はさっぱりだ。
「火力支援機による制圧射撃だよ。対ヴィジット戦闘ルーティンの初手だね。確かにこれじゃよくわからないし、視点を切り替えようか」
と沙葺さんが何やら操作すると視点が切り替わり、戦闘域一帯を空から俯瞰するような映像が映し出される。クォータービューってやつだ。たぶん。
そして映し出された光景に、いやがおうにも胸の高鳴りを感じた。
清水町の交差点のど真ん中に陣取った2機のOS-DANが、その背に装備した長大な砲から絶え間なくまばゆい炎を噴きだし、亜音速で飛翔した砲弾は狙い過たずDCに殺到する。着弾と同時に、DCから盛大な爆炎が噴き上がった。大迫力である。
しかも、そんなアニメさながらの映像が、アニメじゃないってんだから、そりゃ興奮もする。
地面にアンカーを突き刺して機体を固定することで反動を無理やり殺した2機のOS-DANは、その砲撃の手を一切緩めない。
「今砲撃を仕掛けてるのが、WWO高岡のOSチーム、カッパーズの3番機と4番機だね。両機とも遠・中距離砲撃装備で身を固めたガンナーだ」
「えっ、河童?」
「いや、違う違う。ほら、高岡は銅器が有名でしょ? だから銅の英語でCopper。ウチらみたいな地方基地は、その実働部隊に地方の特産品とかの名前を付けてるんだよ」
「おー、地域密着だけど紛らわしい。ちなみに富山のほかの支部だと?」
「富山支部が立山隊、雪の大谷隊、蜃気楼隊、蛍烏賊隊の4隊。黒部・糸魚川支部が黒部第四ダム隊、翡翠隊、大地溝隊の3隊だね。まあ、黒部・糸魚川支部は半分新潟だけど」
「……なんか、他の隊の名前カッコよすぎません?」
「ははは、そんなことはないさ。おっと、動きがあったようだよ」
そうこういってる間に、C3・C4による砲撃がいったん止まる。
弾切れか? と思ったけど、どうやら違うみたい。今まで建物の陰に隠れていたらしい赤と青、2機ののOS-DANが一気に躍り出て、DCへ殺到する。
両機は腕部にそれぞれ刀と銃を装備している。昨夜読みふけって頭の中に叩きこんだOS武器カタログの中から、それが<CIWS-09単分子直刀>と<SL-00M 90㎜ライフル>であろうと瞬時にアタリをつけた。こういう趣味に関するところの記憶力は良いのだ。自慢である。
「今出てきた青いのがC1。つまり隊長機だね。赤いのはC2で、副隊長機。この二人はラッシュ・インターセプターで、制圧砲撃から漏れた個体の各個撃破が仕事だね」
「クラックが閉じるまで砲撃を続けていれば勝てるんじゃないんですか?」
「んー、まあどうしても砲弾の雨あられをすり抜けてくる敵はいるからね。それに砲撃にはどうしても大量の砲弾を消費する。OSの補給費用は操縦者負担だってのは、岡嶋っちも聞かされたろ? で、砲撃をずっと続けてたら、インターセプターは前だけじゃなくて後ろからの攻撃にも気を配らなきゃならなくなっちゃうからね。それって負担でしょ?」
「あー、なるほど」
「うん、だから……ほら、後方の3、4番機を見てごらんよ。制圧砲撃戦用の<GH-03 |200mm背装式砲撃ユニット《キャノンパック》>を収納して支援火器に持ち替えてるだろ?」
言われて視線を後方に移せば、確かにガンナーの2機は背中の長モノをたたんで、サブアームに懸架してた狙撃銃っぽい火器をメインアームに保持させていた。確か4番機のが<GW-01A 120㎜滑腔砲>、3番機のが<07式狙撃用レールガン>だったはずだ。レールガンってめちゃくちゃ高いんだよね。光学兵器ほどじゃないにしろ、数ある装備の中でも群を抜いた値段設定だったはず。さすが先輩は金持ってるなあ……
「ある程度の時間制圧砲撃を行ったら、そのあとは機動迎撃戦さ。戦場の主役は後衛から前衛に移って、ガンナーは、インターセプターの支援に徹する」
「おおっ、これぞロボットの花形仕事って感じですね、インターセプターって!」
粉塵舞うDCからこぼれ出てきた銀色のヴィジットを、青い1番機が片手の単分子直刀で袈裟懸けに一刀両断したのを見て、私は興奮から声が弾む。
この現実の世界に人型ロボットが侵食してくる感じは、初めてビデオでGセイバーを見たときの感動に近い。
二機のインターセプターはDCからこぼれ出たヴィジットをまるで流れ作業のごとく、しかし洗練された動作で斬り捨て、撃ち落としていく。
時折まじる3・4番機の狙撃も、寸分の狂いなくヴィジットに食らいつく。特に3番機のレールガンはすごい。発射音が聞こえるより先に、ヴィジットの上半身が溶かした飴みたいに弾け飛ぶんだもん。高価なだけはあるって実感させられる。もちろんパイロットの腕もいいんだろう。
モニタ越しに繰り広げられる戦闘に感情を昂ぶらせていたその時、戦況が大きく動いた。
突然DCの奥で閃光がひらめき、直径がOSの胴体ほどはあろうかという熱光線が、戦場を真っ二つに割り裂いたのである。
直感的動作で真横に飛びのいたインターセプターの2機にどうやら損傷はないようだったが、延長線上にいた4番機の対応がわずかに遅れた。
右肩に光が接触した次の瞬間、光線の膨大な熱量によって右肩部外殻が一瞬にして融解し、爆発。さらに悪いことに背部キャノンバックの弾薬に誘爆を起こし、派手な爆炎を噴き上げる。
衝撃でくずおれる4番機を尻目に直進した光線は、直線上にあったヤングドライの社屋をこともなげに貫通すると、民家を次々と蒸発させたのち清水町配水塔資料館の配水塔を吹き飛ばしてようやく拡散した。
貴重な歴史的建造物が!
「おっと。光学兵器付きまで出てきたか。久しぶりだな」
「レーザーキャリア……?」
「そう。岡嶋っちもこれから奴らと戦うわけだからよく覚えていて欲しいんだけど、戦闘中最も気を付けるべきがあの光学兵器付き。奴のビームが直撃したら、いかなOSといえど0.5秒でドロドロに溶けちゃうからね」
「怖いことを平然と……」
「まあ、あいつらはまず照準用の弱レーザーを照射してくるから、そいつが機体に当たった瞬間に効果範囲内から離脱すればレーザーはしのげるよ。ちゃんと警報は鳴るから安心して」
「うへえ、マジで光線級じみてますね……」
「光線級?」
「あ、いえ。こっちの話」
なんだ、沙葺さんはオルタ知らないのか……いや、知ってる私がおかしいのか? うむむ……。
「予備照射から本照射までのラグは、ちなみにいかほどですか? あと、冷却期間は……?」
「ラグは1秒、冷却は2分だね」
「んー、意外とシビアだなあ」
警報が鳴って1秒で、果たして回避なんてできるもんなんだろうか。まあ、現にインターセプターの二人は回避に成功してるわけだから、やれるかどうかじゃなく、やれって話なんだろうけど。
「とにかく、戦場に光学兵器付きが出てきたら、まず最優先で排除すること。これだけで、かなり戦闘が楽になるからね」
「肝に銘じます。……で、さっきから気になってることが一つあるんですけど」
「なんだい?」
「いや、えっと。これ、映ってるの清水町ですよね? てことは今、あの辺はヤバいことになってるんですか?」
興奮のあまり気づかないフリをしてきたが、さすがに見知った街が焦土と化す様を見せつけられてはもう気づかないわけにはいかないだろう。住人の避難とか大丈夫なんだろうか。いくら過疎地半歩手前だからって、人がいないわけじゃないぞ。
「ああいや、大丈夫。あそこは本当の高岡じゃなくて、「3.5次元世界」の高岡だから。生き物は虫一匹いないよ」
「3.5次元?」
また新たな単語が飛び出してきた。例によってさっぱりわからないので、沙葺さんの解説を待つ。
沙葺さんは少しだけ思案して、答えてくれた。
「んー。昔の映画だけど、「映画ドラえもん のび太の鉄人兵団」って観たことある?」
「あ、はい。名作ですよね!」
「だね。観たことあるなら話は早いんだけど、あれでロボット軍団を鏡面世界にいったん追い込んでから戦っていたでしょ? まあ、モロにあんな感じだよ」
「えーと、つまりあそこって、人工的に作り出した架空の世界みたいな感じなんですか?」
「ま、手っ取り早く言うとそうだね。「時間」を切り取って複製した世界だから、どんなに街が壊れても比較的容易に修復できる。程よい障害物もあって、OSが暴れまわるには最適な空間さ」
なるほど。まあ詳しい理論は当然理解できないけど、なんとなくわかった。現実世界でドンパチやるよりは、はるかに安全みたい。人を踏んづける心配や建物を壊す心配をしなくていいってのは、確かに精神的に楽そうだもんね。
沙葺さんの解説を聞いている間に、赤い2番機の放った90㎜徹甲弾が光学兵器付きをとらえ、3番機がダメ押しとばかりに電磁投射した120㎜砲弾に上半身を吹き飛ばされて爆発炎上した。鮮やかである。
ヴィジットたちはDCから出現した直後に1,2番機のインターセプターに狩られ、また漏れた敵は確実に3番機のレールガンが仕留めて行った。連携の鮮やかさに、高い練度がうかがえる。
光学兵器付きが撃破された今、もはや消化試合のような様相を呈していた。
ちなみに、4番機は爆発のダメージが大きかったのかピクリとも動かない。外から見た限りでも、ひどいありさまだ。頭と右半身が綺麗に吹っ飛んでいる。背負っていたキャノンバックは見るも無残な状態になってしまっている。
コックピットブロックがどこにあるのか知らないので何とも言えないけれど、パイロットの人は大怪我必至って感じだ。まさかエヴァの1話みたいに包帯ぐるぐる血まみれ担架の状態で顔合わせとか嫌だぞ私は……
「4番機の人、大丈夫なんでしょうか……」
そんなふうに不安に駆られたので沙葺さんに尋ねると、彼からは実にあっけらかんと、
「ああ、大丈夫大丈夫。操縦者にけがはないよ。まあ、あれだけ機体を壊しちゃったら懐は痛いだろうけどね」
という感じの軽い返答を頂いた。いや、むしろ重いのか?
いまいちどういうことなのかわからないけど、無事だってんなら良しとしよう。
それから数分そんな戦闘が続いたのち、空にいびつに穿たれていたDCが開いたときの逆再生のように消滅して、それが戦闘終了の合図となった。
「うん、つつがなく戦闘終了だね。今回は光学兵器付きがいたせいで小規模の群れだったみたいだ」
沙葺さんがディスプレイを消して、一息つく。
「普段だともっと多いんですか?」
「んー、体感で4割増くらいかな」
「結構多いんですね。いつもこんな感じで対応を?」
私の質問に、「今日はたまたま」と沙葺さんは苦笑した。
「今日は定期訓練があったからチームメンバーがみんな揃ってたけど、普段はせいぜい1人か2人で対処する感じだね。まあ大体はインターセプターとガンナーで二機編成を組むのがセオリーかな。チーム全体で当たるときよりも難易度は上がるけど、そのかわりうまくやれば儲けは大きくなるから、一概にどっちがいいとは言えないね」
「……ってことは、単騎で敵を殲滅で来たら、もっと儲けは大きくなるってことですか?」
と、私が何の気なしに聞いてみると、
「まあ、そういう事になるね。ただ、慣れないうちはそういう事は考えない方がいいよ。自爆するだけだからね」
とやんわりしっかり釘を刺されてしまった。慣れてから考えることにします。
「それじゃ、夢見のところに行こうか。カッパーズが帰ってくるまで、もう少しあるだろうしね」
沙葺さんはそう言って、ロールスクリーンを巻き上げた。
「はい、これ君の制服。おそらくサイズはピッタリなはずだけど、ちょっとそこの更衣室で確認してきてくれるかな」
観戦が終了したので夢見さんにお伺いを立てると、開口一番にそう言って大きめの紙袋を手渡された。そこそこずっしりとした重みがある。
「えっと、制服ですか?」
「そう、制服。ほら、僕や三村君は着てるだろう?」
「あ、ホントだ。気が付かなかった」
そういわれて改めて夢見さんと三村さんの格好を見ると、確かに似通った意匠の服を着ていた。夢見さんは上に白衣着てたからわかりづらかったのか。
「でも、沙葺さんや、今日は会ってませんけど睦美ママは制服っぽいの着てませんよね?」
そう言いながら沙葺さんに視線を向ける。今日の彼の服装はクリーム色のカッターシャツに年季の入ったジーパンといういでたちで、どう贔屓目に見ても制服には見えない。
「ああ、僕はバイトだからね。ママは表の仕事もあるから、着てたり着てなかったりするよ」
視線を向けられた沙葺さんは、そう言って爽やかめに微笑した。相変わらず悔しいくらいにイケメンだ。
「WWO正職員は一部例外を除いて制服の常時着用義務があるけど、アルバイトやパートタイムのような非正規職員はその限りじゃない。これは一応就業規則に書いてあるね」
沙葺さんを補足するように、夢見さんが「ちゃんと読んだの?」って目線で説明してくれた。そういえばそんなことが書いてあったような気がしないでもない。ぶっちゃけると就業規則は流し読みした程度だからなあ……
「岡嶋くんたちアルバイトの子で制服着用義務があるのは、合同演習だとか式典だとかに参加するときくらいかな」
「えー、でもそれだけのために制服って、ちょっともったいないような気もしますね。だって……お高いんでしょう?」
いま通ってる高校の制服、確かフルセットで10万円くらいしたはずだから、恒常的に着るものでもないものにそんなお金出しちゃうのはちょっと気が引けてしまう。基本私はケチな小市民なのである。
「ああ、その制服はWWOからの支給だから、カネに関しては心配はいらないよ」
「ありがたく頂戴いたします」
手のひらは返すものだ。へへーっと頭を下げる私。タダより高いもんはないっていうけど、タダで貰えるもんは貰うのが私のポリシーだ。
そして、まあこれも女の子のサガの一つだと思うんだけど、制服ってどこか心ときめくものがあるんだよね。
「じゃあ、ちょっと着替えてきますね! えっと、更衣室っていうのは……」
「ああ、そこにロッカーがあるだろう。あの、一番右端が君のロッカーだから、自由に使ってくれ」
「ロッカーで着替えるんですかあ!?」
「なあに、行ってみればわかるよ」
夢見さんが指差したのは、パイロット待機室の壁に設えられたロッカーだった。確かに頑張れば人一人くらい入れそうなロッカーだけど、あれで着替えるってどうなんだ。なんて思って聞き返してみたら、含みのある笑みで返された。あのニヤリって顔、ホントに似合うな、夢見さんって人は。眼鏡をかけてないのが悔やまれる。絶対に合うと思う。
「……あれ?」
そんなことを考えながら件のロッカーの引手に手をかけるが、開かない。どうやら鍵がかかっているようだ。無論、ここに来たばっかの私は鍵なんて持ってない。
「あのお、すいませえん。なんか鍵かかってるんですけど……」
「ああ、杖をかざすんだ。WWOの各システムを使うときは、杖がアクセスキーになるからね。覚えておいてほしい」
あ、なるほど。私はバッグの筆入れの中から杖になりたてホヤホヤの関数電卓を取り出し、ロッカーの引手にかざす。
するとぴぴっという短い電子音の後、空中に「OPEN」と青字で書かれたウインドウがポップアップした。同時に鍵の開く音。……なんか私、この一連の流れだけで結構ワクワクしてる。
たぶんだけど、このドアの向こうはまたよくわからないくらいにすごいことが待ってるんだろうな。なんて確信に近い予感を感じながら、私は意を決してロッカーを開けた。
「お、おお~……」
やっぱり予感は的中した。
私の目の前には、式台相当の土間と四畳半畳敷きの和室がでんと広がっていた。押し入れに洋箪笥、床の間まである。すげえ。
土間で靴を脱ぎ、部屋に上がる。とりあえず、驚くのは後だ。ずかずかと部屋の奥まで進み、まず洋箪笥を開ける。木工細工特有の木の香りが鼻を突く。嫌いじゃない。中は桟が二本通っており、ハンガーが7つばかり引っかかっているだけで空だった。勝手に使えという事なのだろう。私は早速、夢見さんからもらった紙袋からWWOの制服を取り出す。
厚手の生地の服と、少し薄手のものが入っていた。冬服と夏服だな、これは。私はビニールがかかったままの冬服を洋箪笥の中に引っ掛けた。あと、ベルトとか靴とかも入ってた。いたせりつくせりだ。
とりあえず着替えるのは後にして、私は先ほどから気になっていた押し入れに向かう。ふすまに手をかけて開くと、中にはフカフカで実に寝心地よさそうな布団が一式きれいに畳まれて収納されていた。
「布団まである!」
ついに私の驚きメーターが振り切れて、思わず声になってしまった。
「ほら、泊まり込みになったりすることもあるからね。そんな時用の装備だよ」
ドアの向こうから、沙葺さんが答えてくれた。泊まり込み……? 一瞬なんだか不安なワードが聞こえたけど、頭から締め出しておく。しかしこんな上等な布団だと仮眠のつもりがぐっすり熟睡してしまいそうだ。
「あ、シーツとかは下の段の引き出しに入ってるからね。替え時かなーって思ったらリネン室まで持って行けば新しいのと変えてくれるから」
「あ、はーい」
なるほど、衛生面もばっちりか。バイトにすらここまで福利厚生ばっちりとか、WWOってよっぽど大きい組織なんだなあと今更にして思う。
ひとしきり探索は済んだので早速制服に着替えようとして、ドアをあけっぱなしだったことを沙葺さんに言われるまで忘れていたのは、まあこの際忘れておこうと思う。
「ええっとぉ、どうですかね?」
「うん、サイズは間違いなかったみたいだね」
「似合ってるじゃん岡嶋っち。可愛いと思うよ」
上から私、夢見さん、沙葺さんの順だ。沙葺さんのはまあ大方お世辞だろうけど、イケメンに褒められれば悪い気はしないのは事実だ。
夢見さんはまあ科学者だしこんなもんだろう。ウン。悔しくなんてないよ。
「ありがとうございます、沙葺さん」
とりあえず、お礼を言っておこう。スカートではなくズボンだったので、仕方なく上着のすそをつまんで、くるりと回ってみる。たまには女子高生らしさをアピールせねば。
しかし、これはなかなかかわいい制服だ。青地のスーツスタイルというシンプルなベースに、黒のストライプが効果的に入った感じである。私の語彙のなさゆえこれ以上の表現はできないが、まあ、結構かわいいのだ。
「ところで、すごくピッタリなんですけどどうして私のサイズとか把握してるんですか」
「ああ、それはね。さっき岡嶋くんの杖を作った際に、君の身体情報をデータとして同時に取得していたんだよ。それを参照したんだ」
「夢見さんってデリカシイないですよね!!」
「まあまあ、こういうやつだから」
私が頬を膨らませると、沙葺さんがフォローに入った。まあ、短い付き合いだが私も何となくわかるところではあるので、それ以上は何も言うまい。
夢見さんは終始首をかしげていた。