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私はとにかくお金がない。  作者: 永多 真澄
第1章:気になるバイトは歩合制
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1章の5-女子高生の第3法則-

プロローグをちょろっと書き換えました(2015.01.21)

 その日の高岡駅前商店街(すえひろーど)は、異様なまでの静寂に支配されていた。

 

 普段より行き交う人の少ない街ではあれど、ただの一人も出歩いていないということはなかったし、そもそも常より人より車のほうが多く行き交うわけであるから、道路に車の一台も走っていないということはありえない。

 過疎化が進行しきった地方都市とはいえ、電車だって1時間に1本は走っていたし、路面電車(万葉線)も時間に数本のペースで走っている。

 だからここまで人っ子一人いないというのは、明らかな異常事態と言えた。


 もっとも、それはこの空間が正常な4次元空間であったれば、の話ではあるが。

 


 天候は快晴、無風。外気温は摂氏20度。春陽暖かく降る昼下がりは、北陸の春には珍しいほどにすがすがしい。


 そして、それはまさしく青天の霹靂だった。


 快晴の青空でばちりとオゾンがはじけ、空間から滲み出すように青く半透明の物体が出現したのである。

 数は4。


 それらは空気にふれた瞬間から加速度的に透明度を下げ、質量を獲得していく。


 ズン、と重い音を立てて、ついに顕現した物体はアスファルトを割り砕いて地に立つ。それは全高10メートルばかりの人型をしていて、体の随所に露出した魔術回路が淡い緑色の光を放っていた。


 第2世代オフェンス・ストライカー、「DAN(ダン)」。WWOの対ヴィジット戦闘兵器。


 それが、その物体の名前だった。



「カッパーズ、オールユニットフレームイン。コンプリート。リーダーより各機、調子はどうだ」


 四十絡みのガタイのいい男は、その大きな体を窮屈なコクピットに詰め込んで、計器類をチェックする傍ら背後の部下たちに声をかける。


『カッパー・ツー、準備よし(コンプリート)


 最初に返ってきたのは、利発そうな少女の声だ。あどけなさの中に、不思議と威厳があった。カッパー・ツー(部隊の2番手)を任されているだけは、あるということか。


『カッパー・スリー、同じく準備よーし』


『か、カッパー・フォー、スタンバイ……あっ、準備完了(コンプリート)です』


 次いで返してきたのは、どこか頭の軽そうな少年と、気弱そうな印象の少女の声だ。

 これで3名。

 カッパー・リーダー(隊長)である男を入れて4名は、カッパーフォーが若干もたつきはしたものの、どうやら万事問題の無いようであった。


「よし、ディメンジョン()クラック()形成と同時にカッパースリー(C3)カッパーフォー(C4)で制圧射撃。取りこぼしを俺とカッパーツー(C2)でそれぞれ駆除。いつも通りだ、気楽にやれ。それと、副長」


 隊長は軽く行動内容を説明した後、副隊長であるC2に続きを委ねた。通信ウィンドウに写る小柄な少女は微かに頷いて、その小さな口を開く。


『とはいえ、今日は新入りが見に来てるかもしれないからね。あんたたち、先輩風を吹かしたかったらしっかりやりなよ』


『了解、わかってますって副隊長(あねさん)。大枚はたいて買ったこいつの威力、とくとお見せしますって』


 副隊長の挑発的な言葉に真っ先に応えたのは、C3のコードで呼ばれるチャラチャラした印象を受ける少年だ。彼は自分の薄灰色に塗装されたOS-DANに新品のレールガンを構えさせてみせると、自信たっぷりと言った風にへらへらと笑って見せた。


『ふえっ!? し、新人さんが見てらっしゃるんですか!? ど、どうしよう……頑張ります……』


『おいおい、言葉尻がしぼんでるぜC4。今からそんなんでどうすんだよ』


 対してC4のコードの少女は、そのいかにも気弱そうな面持ちを緊張で青くするやら赤くするやら、見ているだけで忙しい。彼女の鉄色のOS-DANが、恥ずかしそうにもじもじと身悶えする。搭乗者の思考をフィードバックして動かすOSならではの怪現象だが、砲撃戦に特化した重武装の機体がそういうふうに身をよじるのは、何とも奇妙な絵面であった。

 見かねたC3がヘラヘラと軽口を飛ばせば、C4は一瞬びくりとからだをちぢこませ、消え入るように「はい……」とだけ言った。


『C3、そこまでにしときな。C4もそんなに気負う必要はないからね。いつも通りでいい。わかったね?』


『り、了解、です』


 C4をC3がからかって、C2がC3をいさめる。いつもの光景だ。隊長は口許に薄く笑みを浮かべてから、表情を引き締めた。


カッパー・リーダー(C1)よりカッパー・マム(コマンドポスト)。DCの予想形成位置を送れ」


「カッパー・マム了解。最新の観測結果を送信します。形成まで推定30秒」


 言い終わるより先に隊長機のデータリンクが更新され、マップとDC形成地点が重ね合わせられた。モニタの目立つ位置にデジタルクロックが表示され、DC形成までのカウントを刻み始める。


「C3、C4は得物を温めておけ。全員データリンク更新」


『C3了~解ィ』


『C4、了解です!』


『C2了解。データリンク更新完了。おっと、次元境界数値が急上昇。来るよ、隊長』


「こちらでも確認した。少し早いご到着だな。盛大に歓迎してやれ。全機、兵器使用(オールウェポンズ・)自由(フリー)


『了解ッ!』





「こんにちわー」


 明くる日の放課後。私は意気揚々と睦美ママの店に赴いた。

 必要書類はばっちり記入済み。あと、一応履歴書も持ってきておいた。バイトなんだし、履歴書があって困るってことはないだろう。船守さんには言われなかったけど、もしかしたら言い忘れてたって可能性もあるしね。忙しそうだったし。

 若干の浮かれ気分でBAR夢谷の戸を叩いたんだけど、どうしたことか店内はしぃんとしてひとけがない。いつもの小粋なジャズ・ミュージックは流れていたけど、それだけ。カウンターでタバコを燻らせているママの姿はなかった。まだお酒の時間には早いので、お客もいない。


「留守かな、不用心だなあ……。まあいいや」


 まあ、いないんだったらしょうがない。私は船守さんも使ってたあのドア、情報エレベータを使ってWWOまで飛ぶ。

 情報エレベータってのは、物々しい名前だけど、要するにどこでもドアだ。杖の一種で、ドアとドア同士を魔法でつないでるんだって。こないだ見せてもらったOSの格納庫も、実際は富山新港の海底にあるって話だ。

 なんというか、もう魔法にも驚かなくなってきた。


 ドアに取り付けられた意識情報読み取り素子に触れながらノブをひねるとあら不思議。ドアの先は店内よりもよっぽど広い部屋へとつながっていた。

 事前に使い方は聞いてたけど、実際使ってみるとえも言われない感動があるなあ。


 ドアを抜けた先は待合室になっていてベンチが一脚壁際に置かれているだけのシンプルな内装になっている。奥の方にカウンターがあって、さらに奥は事務室といった様子だ。なんだろう、お役所みたいな感じっていえば分りやすいかな。


「あ、あのっ! こんにちは!」


 ここが、WWOジャパン高岡支部の、OS課か……。

 話には聞いていたけれど実際来たのは初めてなので、若干緊張する。

 私が声をかけると、カウンターに一番近い席に座っていた赤毛の女性が気付いた。


「あら、いらっしゃい。あなた、もしかして岡嶋すみれさん?」


「あっ、はい、そうです。よろしくお願いします!」


 腰を90度に曲げる最敬礼で答えると、女性は柔和な笑みを浮かべた。


「うふふ、そう畏まらなくったっていいのよ。あなたの事は夢見課長から聞いているわ。今はすこし席を外しているから、ちょっと待っててね」


「は、はい」


「そこのベンチじゃ寂しいし、どうぞ中に入って。今お茶入れるわね」


「あっ、はい」


 あれよあれよと事務室の中に通されて、応接セットのソファに座らせられる私。このお姉さん凄い手慣れてる。1分も待たずにお茶が出てきた。


「粗茶ですが」


 ことりとおかれた茶碗から匂い立つ、芳醇な茶葉の香りが鼻孔をくすぐる。たぶんこれ結構いいお茶だ。


「えと、いただきます」


 私は精一杯微笑んで、出されたお茶に口を付ける。うん。しっかり味があるのにシブすぎない。いくら舌が貧相な私でもわかるくらいには美味しい。


「事務の三村(みむら)です。よろしくね」


「あ、はい。よろしくお願いします」


「あら、契約書。もう持ってきてくれたんだ。貰っておくわね。私はこの課の窓口業務みたいな事もやってるから、何か申請するものがあったら私に言ってちょうだいね」


 促されるままに私は契約書を渡す。三村さんはそれを斜め読みして不備が無いことを確認すると、「うん、オッケー」といってウインクをした。結構お茶目な人なんだろうか。


「あの、一応履歴書も持ってきたんですけど……」


「ん、じゃあそれも貰うね」


 やっぱり必要だったのかな。三村さんは特に何でもない風に履歴書を受け取ると、パラ見してクリアファイルにしまった。


「それじゃあ、少し待ってて。たぶん、課長もすぐ来ると思うし」


 なんて言って手をひらひらさせると、三村さんは自分のデスクに戻っていった。

 お仕事中にすいません。

 茶碗を手に改めて室内を眺めてみると、部屋が広い割に人が少ない。というか現状三村さんしかいない。

 デスクは五つあるから、少なくとも5人は職員さんがいるはずなんだけど、皆さん出払ってるみたいだ。忙しいのかな。

 部屋の奥はパーティションで切ってあって、窺うことはできない感じだ。

 しかし、やれ魔法だやれロボットだという割には実に平々凡々としたオフィスで、少し興がそがれる思いがした。


 夢見さんがやってきたのは、ちょうど茶碗が空になろうかという頃合いだった。


「やあ岡嶋くん、歓迎するよ。WWO高岡にようこそ」


「よろしくお願いします、夢見さん」


 ソファから立ち上がって最敬礼で迎えると、夢見さんは少し笑って頭を上げるように言った。


「うん、君のロボットを見る目を見たら、必ず来てくれると信じていたよ」


「あはは、そんなにわかりやすい顔してました?」


 差し出された夢見さんの右手を、照れ笑いを噛み殺しながらも握り返す。夢見さんは、まあね、と言って笑った。


「さて、ほかのメンバーを紹介したいんだけど、今はみんな出払っててね。紹介はもう少し後になりそうだ。今日はこの後、予定は大丈夫かな」


「あ、それは大丈夫です。うちにはバイトで遅くなるかもって言ってあるんで」


 そういってサムズアップしてみせる。


「それは良かった。ちょうど定例ミーティングがあるから、今日はOS隊は全員そろっていてね。時間があれば、訓練風景も見学していこうか」


「はい、その辺はお任せします」


「ん、わかった」


 私の応えに夢見さんは頷くと、手元の端末に何やら打ち込んだ。こないだ見せてもらった携帯電話()ではなく、タブレット型の端末だ。


「ああ、これかい? スケジュール帳みたいなものだよ。ほら、僕は指が太いからタッチパネルは好きじゃないんだけど、会社(WWO)からの支給品でね。あんまりわがままも言えないのさ」


「は、はあ……」


 聞いてもないのに解説してくれた夢見さんに対して、私は曖昧な返事でもって返す。なんというか、説明が好きな人なのかもしれない。技術者のサガって奴だろうか


「よし、それじゃあ行こうか。君の相棒に会いに」


「はい?」


 タブレットをしまった夢見さんが、にやりと笑った。瞳があやしく光る。眼鏡をかけてたらもっとサマになったろうなあ。

 ちなみに、どこへ行くのか聞いてみたけど、夢見さんは「すぐにわかるさ」というばかりで答えてはくれなかった。



 確かに、答えはすぐに分かった。


「わああ……!」


 思わず感嘆の声を漏らしてしまった私であるが、どうかそこはご容赦。目の前に傷一つない新品ピカピカのロボットがいるのだから、ロボ好きとしては、ここで喜びの踊りを舞ってしまってもおかしくないレベルだ。汚れたロボも良いけど、やっぱりピカピカのロボはとんでもなくカッコいい。

 しかも、アニメじゃない!


「こいつが、明日から君の相棒になる機体だよ。第二世代型OS、ディメンジョンアタッカーネクスト。略してDAN(ダン)


 夢見さんが背後のロボット……OS-DANを親指で指して、自信たっぷりの笑みとともに言った。そういえば、こないだは機体名までは聞いてなかったもんな。てっきり、OSが機体名だと思ってた。

 しかし、DAN、ダンか……なんとなく、近接戦が強そうな響きである。


「え、えっと、触ってもいいですか?」


「もちろん。あ、ただし関節部には触らない方がいいよ。油まみれになるからね」


 おずおずともうずうずともとれる私の質問に、夢見さんがすごく微笑ましげな視線でもって答える。夢見さんの注意を半分聞き流しながら、私は覚えず駈け出していた。


「うっひゃあ! スベスベだあ!」


 いやまあ、ぶっちゃけ乗用車の表面と似たような質感だったんだけど、そこはロボット補正である。奇声も上がる。


「その子はつい1週間前にロールアウトしたばかりだからね。君と同じ新人というワケだ」


「へえぇ~」


 私は調子に乗って、手の届く装甲にべたべたと触りまくる。私は身長170もないから、頑張っても身長10メートルのDANのスネくらいまでしか届かないが。


「そういえば夢見さん」


「ん、なにかな」


 数分間、実物のロボットの質感を楽しんだ後、ようやくひと段落ついた私は夢見さんに呼びかける。実はこの格納庫に入ってから一つ聞きたいことがあったのだ。


「あの、こないだ見せてもらった格納庫にはOSがいっぱい並んでいたのに、なんでここはこの子(1機)だけなんですか?」


「おお、よく聞いてくれたね」


 夢見さんは、大げさなアクション付きで私を指さすと、興奮を隠しきれない表情で言った。


「ここは、君専用の格納庫、パーソナルハンガーなんだよ。こないだのは、新品や予備機なんかを一時的に置いておくためのハンガーだね」


「せ、専用っ! なんか、ちょっと贅沢な気が」


 いきなり専用だなんて、エースパイロットみたいな待遇だ。私なんてペーペー以下だというのに、専用の格納庫なんて(こんな大層なもの)もらってもいいんだろうか……


「ははは、気にしないで。パーソナルハンガーの修理機能のおかげでOSは整備士いらずでね、一括して格納しておく必要性があまり無いんだ。それに、空間圧縮技術と情報エレベータのおかげで敷地と動線の心配をする必要がない。この高岡基地には、ここを含めて8箇所ある。2小隊分だね」


「4機で1個小隊なんですね」


「基本はね。今回は岡嶋君を入れて5人で1小隊っていう変則的な編成になる」


「なるほど……」


 空間圧縮技術ってのがいまいちわかんなかったけど、まあ読んで字のごとしなんだろう。ついでにそれも魔法がらみだろうってのは容易に想像がつく。つくづく便利だな、魔法。


「さて、決まりだと正式入隊後にやるんだけど、ここに来たついでだ。君の杖を作っちゃおう。OSを動かすには必須だからね」


「わ、ホントですか」


 そういえば、WWOの勧誘を受けた時点で私も魔法使い確定なんだった。ちなみにまったく実感ない。


「でも、杖ってそんなに簡単に作れるんですか?」


 ハリー・ポッターってわけじゃないけど、杖ってなんかものすごい手間暇かけて作るイメージがある。今日は発注だけして、後で届くとかかな?

 なんて思いながら聞いたんだけど、


「材料さえあれば2秒もかからないよ」


「2秒」


 予想をはるかにぶっちぎって短かった。

 思わず真顔でオウム返ししてしまう。夢見さんはニコニコしてた。この反応にも慣れっこって感じ。


「うん、どんな杖にしたいかっていう要望はあるかな」


「あーっと、それってどんなのにするかでお金かかったりします?」


「いや、特別高価なものにしない限りは会社から出るよ」


 太っ腹だ。


「参考までに、特別高価っていうのは……?」


「そうだね……昔あった例だと、ロレックスのかなりグレードの高い腕時計を杖にしたいって人がいたけど、その時は実費負担発生したね」


 ロレックスって、確か軽く100万円はするんじゃなかったっけ。縁がなさすぎてさっぱり詳しくないけど。

 その人、いったいいくら払ったんだろう。


「ああ、でも自分の所有物を杖化するんだったらタダだね。さっきの例もこっちで時計を用意したからだし」


 あ、なるほど。納得。


「イチから創るわけじゃ無いんですね、杖って」


「そんなに面倒くさいことはしないさ。まあ、自分が使いやすいものを選ぶのが無難だね。僕もそう言った理由でこれを杖にしてる」


 夢見さんはポケットからパカパカケータイを取り出してパカパカさせながら言った。まあ、そういう事なら話は早い。


「じゃあ、これで」


「これは……関数電卓かい?」


 ご明察、鞄をごそごそやって取り出したるは、愛用の関数電卓。11ケタ対応のCASIO製だ。高校の入学時に教科書とかと一緒に買わさせられた物だけど、これがなかなか高性能で、弄るのが楽しい。

 最近、これでプログラムを作るのにはまってるんだよね。自分で組んだプログラムがちゃんと正しく動くと、とっても嬉しいんだよ。

 ……ちなみにこの電卓、試験に持ち込んでもいいやつなんだ。つまり、そういう事にも……いや、これ以上は言うまい。


「さっそくはじめようか。こっちへ」


 そういって、夢見さんはOSの足元にある黒い制御盤っぽいものの前に立つ。30センチ角程度の立方体で、真っ黒なのに透明感がある。不思議な材質だ。なんかどことなくラピュタっぽい。ガリバーじゃないほうね。


「じゃあ、この装置に手を乗せて。ちょっとピリッとするかもしれないけど、体に害が及ぶことはないから安心してほしい」


 いわれるがままに私が手を乗せると、夢見さんは透き通ったエメラルドグリーンの液体で満たされた水槽に関数電卓を沈めて、制御盤とケーブルでつないだ。どうでもいいけど、あれで電卓壊れたりしないよね……?


「軽く説明すると、その装置に岡嶋くんのワールドデータ……つまり、並行世界の同一存在を検索するための情報を登録する。それをこの水槽の中の関数電卓に書き込むことで杖の完成だ。ちなみにこの水槽の中身は液体のエーテルで……あっと、一般的な薬品のエーテルじゃなくてホイヘンスの提唱した方のエーテルね。魔法の触媒としてかなり優秀なんだ」


「は、はぁ……」


 わかるようでわからない説明に曖昧な表情で頷く。エーテルってなんだ、HPでも回復するんだろうか。MPだっけ?

 夢見さんは制御盤からもう1本ケーブルを引き出し、自分の杖につないだ。


「はい、それじゃいくよ。3、2、1……はい、終わり」


「うぇっ」


 身構えようとした瞬間には終わっていて、ひどく肩透かしを食らった気分になる。ピリッとも来なかった。

 夢見さんは水槽から電卓を取り出すと、水滴をウエスで拭き取ってから私に差し出した。


「うん、完成だ。もう装置から手を放していいよ」


「あ、はい。ありがとうございます」


 お礼を言いながら、電卓を受け取る。受け取った電卓をしげしげと眺めてみるが、見たところ何の変哲もないように見える。


「これ、本当に杖なんですか? なんか全然実感ないんですけど……」


「まあまあ、電源を入れてみるといい。それでいろいろわかるはずだよ」


 ……ホントかなあ。

 なんて半信半疑でONボタンを押したら、その瞬間に違いが分かった。私が浅はかだった。

 なんと電卓の横から空間投影型のキーボードが出現し、白黒液晶の細長ディスプレイも15インチほどはある投影ディスプレイに変わったのだ。

 私はハッとして夢見さんを見る。すごくいい笑顔だった。


「どうやら見えたようだね。それが杖の起動画面。形状に個人差はあるし、君にしか見えない」


「へええぇ、そうなんですかあ」


 私は夢見さんの説明を聞いて、一つ胸をなでおろす。電卓つけるたびにこんなのが周りに見えてたら、試験に持ち込むどころの話ではないからだ。


「まあいろいろ機能はあるんだけど、それは後にして今日はひとまずOSとパーソナルハンガーの登録を済ましてしまおうか」


「えっと、わかりました」


 いろいろいじり倒したい衝動を抑えて、夢見さんの指示に従う。


「といっても、パーソナルハンガーの登録はさっき杖を作るついでにやってしまったからね。さっきの制御装置と杖を接続することで使用可能になる」


 そういって夢見さんがさっきの装置を目で促したので、私は杖と装置の接続を試みる。……って、電卓って携帯電話みたいに外部端子ないんだけど、どうやって接続すればいいんだろう……?

 とりあえずかざしてみるか。


「あ、動いた」


 黒い制御盤から空間投影式のディスプレイが文字通り立ち上がった。Windowsのデフォルトのデスクトップみたいな殺風景な画面だったけど、空間投影ってだけでかっこよく見えるから不思議だ。

 しかしかざしただけで接続できるなんて、SFだよね。時代は無線か。


「うん、それでいい。じゃあ次は、制御メニューから「妖精登録」を選択して」


 夢見さんは、制御盤が周囲に映し出したディスプレイの一部を指さして言った。どうやらこっちはほかの人にも見えるらしい。しかし、妖精ってなんだろう。


「戦闘支援型電子妖精。エレクトリック・フェアリィでEFなんて略したりする、0と1で構築された現代の妖精。OSの基幹システムだよ」


 私がいまいち理解してないのを察した夢見さんが、さらっと説明してくれた。


「なんだか、発言力が800増えそうな名前ですね」


「岡島君はオーケストラ派か」


「というかマーチはやったことなくて……」


「プレミアついているからなあ」


 ちなみに懐の関係で白の章しかやったことないんだけどね。ま、それは脇に置こう。

 つまり、このEFっていうのがOSオフェンスストライカーOSオペレーションシステムなのね。……ややこしい。


「えっと、これで何をすればいいんでしょうか」


 とりあえず「妖精登録」コマンドをタッチしたけど、真っ黒なダイアログが立ち上がっただけでその後は特に何も起こらない。まるでコマンドプロンプトの入力待機画面のように、白いアンダーバーが点滅している。


「妖精に名前を付けてあげるんだ。それを持って、君とEFとの間に契約が成立する」


「へえ、名前、名前ですか……」


 いざ名前をつけろと言われても、イカした名前なんてそうパッとは出てこない。腕組みして、しばし悩む。

 やっぱり、妖精にちなんだ名前のほうが良いよねえ?


「あの、夢見さん」


「なんだい?」


 しかし、多分他の皆さんも考えることは同じだろう。


「えっと、参考までにこの基地の人たちはどんな名前をつけてるんですか?」


「ああ、被るのは嫌だもんな」


 夢見さんは少しだけ笑って、快く応えてくれた。


「高岡基地で稼働してるOSは4機あるってのはさっき話したけど、それぞれのEFは1番機から順にオルケストラ、リトルレディ、ブラックウィドー、ヴィジョンって名前だね」


「ふむー、なるほど」


 これは意外と難しい問題だぞ、と腕を組みつつ思案する。名付けは一生の問題だ。しかもこれから相棒になるAIの。となれば、カッコいい名前をつけてやらないと。


 腕を組んだまま5分はジッとしていたと思う。夢見さんも、微笑みをたたえたまま無言で待ってくれていた。

 様々な案が現れては消え、現れては消えた。そして……

 決めた。

 頭の中を駆け巡る膨大なワードの中から、選りすぐりに選りすぐった「名前」を掴みとる。

 私は静かに呼吸を整えると、腕組みを解いて、静かに佇む巨大なOSの姿を見た。決めた。流れるようにキーボードに指を走らせる。


“KEPLER”


 画面に踊った白い文字が、にわかに輝いたように見えた。それが、契約の証だった。


「あなたの名前は、「ケプラー」。これから、よろしくね」


 目の前の巨人が、かすかに頷いたように見えた。


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