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私はとにかくお金がない。  作者: 永多 真澄
第1章:気になるバイトは歩合制
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1章の3-女子高生と初めての体験-

「ええっと……ここは?」


「うん、WWO高岡支部だよ」


「や、ええと……」


 にこやかに沙葺さんが答えてくれるけど、いや、どうしよう頭が回らない。とりあえず聞きたいのはそこじゃない。

 私、さっきまでおしゃれなバーにいたと思うんだけど、ここはどう見てもおしゃれの対極に位置するような簡潔でこじんまりとした一室だ。小会議室って感じだろうか。コンクリ打ちっ放しの壁が寒々しい。


「まあ初めての転移(テレポート)だし、いろいろ混乱するよね。どう、気持ち悪かったりしない?」


「あー、特に気持ち悪くはないです。この状況の呑み込め無さっぷりは気持ち悪いですけど」


 体調は、すこぶる良好だ。昔から体が丈夫なのが取り柄の私である。皆勤賞を一度も逃したことがないって経歴は伊達じゃない。

 でもあくまでそれはフィジカルな話。メンタルのほうはどうかというと、実はそう強いわけではない。そのへんの並みの女子と、どっこいどっこいだ。

 だから、さ。

 こうもワケのわかんない状況に立たされちゃうと、私の貧弱な脳ミソは煙をあげて停止しちゃうわけよ。

 しょうがないじゃない、人間だもの。ただの女子高生だもの。


「うん、大丈夫そうで安心したわ。沙葺君の初めての時は、そりゃもう大変だったのにねえ」


 睦美ママは私の顔色がよろしいことを確認すると、そういってころころ笑った。


「ちょっと睦美ママ、それは黙っておいてくれよ。せっかく頼れるかっこいい年上の先輩を維持してるんだからさ」


 そういって沙葺さんは笑っていたけど、ちょっとうろたえてたな。よっぽど知られたくないんだろうか。あとで睦美ママに聞いてみよう。


 しかしなるほど、これが魔法、これが転移(テレポート)か。確かに体験に勝る経験なしだわ。これはさすがに手品じゃ片付けらんないもんね。


 なんというか、一気に日常から足を踏み外しちゃった気分だなあ。


 なんて私が遠い目をしていたら、睦美ママが「さあさあ座って」と促してきた。いっぱい椅子があったので、私は手近なのに適当に座る。ふかふかだ。いい椅子使ってんなあ。


「あ、そうそう。これ、温くなったら美味しくないわね」


 またもや睦美ママがぱちんと指を鳴らすと、目の前のテーブルに忽然とジュースが現れた。間違いなく、私が先ほどまで口をつけてた飲みかけだ。

 まるでVHSで録ってたアニメがコマ飛びしたような一瞬の出来事だった。これも魔法か……。

 もはや非日常的事象にいちいち突っ込むのを諦めた私がひとしきり感心していると、睦美ママはそそくさと部屋の正面、大きなホワイトボードの前に立った。沙葺さんも、睦美ママの傍らに控えるような位置に移動してた。


「オホン」


 睦美ママは小さく咳払いをして、雰囲気を作る。私もそれにあてられて自然と居住まいを正した。グラスの氷が、からんと鳴った。


「さて。今日すみれちゃんをこのWWO高岡支部にお招きしたのには、二つ理由があるの。一つめの理由はさっき解消されたけれど、魔法の存在を知ってもらうため。実際体験してみれば、理解はできなくっても納得はできたでしょう?」


「ええ、まあ、それはもう」


 確かに、効果覿面だった。できれば事前にもうちょっと説明がほしかったけど、たぶんびっくりさせるのも計算の上だったのかな。

 なんだっけ、ブラシーボ効果? 違うかもだけど、なんかそんなやつ。


「でしょう? で、二つ目の理由はお仕事の説明の続きをしたかったからね。ここならプロジェクターやホワイトボードもあるから……。沙葺くん、準備はいいかしら」


「いつでもどうぞ」


 睦美ママにイケメンスマイルを浮かべて親指を立てた沙葺さんは、自分の周囲に浮かんでいるコンソールを軽くたたいた。すごい、空間投影型のディスプレイだ。ナデシコみたいでかっこいい。アレも魔法?


「あ、これは科学技術だよ」


 私の視線に気づいたのか、沙葺さんが教えてくれた。これは見たまんまSFなのか……。


「お店でも説明したけれど、この4次元世界はいま、5次元世界から侵略を受けているの。私たちWWOは、その脅威から世界を守るために戦っているわ。すみれちゃんには、その一翼の担い手として、5次元世界の侵略ロボットと戦ってもらいたいの」


「侵略ロボットですか……?」


 さっきからSFとファンタジーが交互に私の脳みそを攻撃してくる。できればどっちかにしてほしい。

 魔法うんぬんで最初に度肝を抜かれたけれど、話を聞いてる限りはSFだと思ってていいのかな……。

 まあ、現実に起きてるワケだからサイエンス・"フィクション"じゃないんだろうけどね。サイエンス・ファンタジー? それとも地元の偉人(Fのほう)にならって"少し不思議"かしら。……案外それが一番近いかもしれない。


「ええ、そうなの。沙葺君、スライドを出してくれる?」


「中央のホロモニタに出しますね」


「ええ、お願い」


 沙葺さんが機器を操作すると、ブラウン管テレビが点く時みたいな音がして、ロの字に組まれた会議テーブルの中央に、何やら3Dモデルのようなものが投影された。

 やだ、ホログラムだ。なにこの設備、すごい基地っぽい。良い。


「こういうのが5次元世界から送られてくるのよ。漫画よねえ」


 ゆったりと空中で回転するモデルを一瞥して、睦美ママが苦笑している。

 私も"それ"を注意深く観察してみたけれど……うん、確かに漫画っぽい。むしろ漫画っぽすぎるというか……


「えーと、なんですか、これ?」


「? 5次元世界の侵略ロボットよ」


 ……うーん、なんていうか、うん、まあ、そうなんなら、そうなんだろうけど……。

 一言だけ言わせてほしい。


「……デザイナー仕事しろって叫びたくなりますね」


「そう?」


「わかる」


 私の感想に睦美ママは小首をかしげたけれど、後ろで沙葺さんがすごい頷いていた。だよねえー。だって、


「足のついた直方体からドリルとペンチ付きの腕が飛び出てるだけとか、なんですか、5次元人ってレトロフューチャー趣味でもあるんですか?」


挿絵(By みてみん)


 意匠が、全体的におもちゃっぽいのだ。それも、昔のブリキのロボットみたいなデティールの乏しい古臭いデザイン。

 私はレトロホビーコレクターじゃないから、こういうデザインの良さはよくわからない。


「おそらくだけど、次元断層を抜けやすいんでしょうねえ。こんなナリだけど、かなり強いのよ? 大きさだって10メートルくらいあるし」


「わ、かなり大きいんですね」


 10メートルといえば、3階建てのビルくらいの大きさ……だよね。

 一般的なガンダムの半分くらいか。エステバリスよりちょっと大きい。


「そんなに強いんですか、これ」


「現行の兵器じゃ、傷一つつかないよ。こいつら、体表面で微妙に次元をずらしてバリアにしててね。核兵器が直撃でもすれば表面程度なら焦がせるかもしれないけど」


 答えたのは沙葺さんだった。思わず投影されてる侵略ロボットを二度見する。これが? って感じだ。


「"5次元世界の侵略ロボット"だと長ったらしくて呼びづらいから、WWOは「ヴィジット」って呼んでるわ」


「ヴィジット……」


 visit……日本語に訳すと、訪問者ってところか。私は生粋の日本人だけど、義務教育課程で3年間にわたって英語を叩き込まれたんだから、これくらいはわかる。英検3級は伊達ではない。


 ……って、あれぇ?


 立体投影されるへんちくりんなロボットを眺めまわしているところで、大変なことに気が付いた。


「って、ちょっと待ってくださいよ!」


「あら、何かしら」


 急に大声を上げた私に、睦美ママは特に驚いた様子もない。

 構わずまくし立てる。


「私、これと戦うんですか!?」


「ええ、そうよ」


 睦美ママはしれっと肯定した。これには私もたじろいだ。


「だ、だって、現行の兵器は一切通じないんでしょ? そんなのとどうやって……」


「それは、僕から説明しよう」


 突然会話に横入りしてきた声にぎょっとなって顔を向けると、いつの間にか会議室の入り口に一人の男性が立っていた。間違いなく、彼がさっきの声の主だろう。

 若い男だ。少々ふくよかで、なで肩なのが特徴だろうか。地味なシャツの上から白衣をまとった、いかにも研究者然とした格好だ。


「やあ、君が例の新人君だね。僕は夢見(ゆめみ)。夢見(とおる)だ。WWO高岡支部(ここ)でOS部門のチーフエンジニアをやってる。よろしく」


「あ、ども。よろしくお願いします」


 OS部門……システムエンジニアの人かな?

 夢見と名乗った青年はスッと右手を差し出して握手を求めてきたので、応じる。決してイケメンというわけではないが、実に人好きのする笑顔を浮かべた優しそうな男だった。


「ところで君、ロボットは好きかい?」


「はい? 好きです」


 それはあまりにも唐突な質問だったけれど、私は一切の淀みなく即答していた。夢見さんの笑顔が、濃くなったのがわかった。


「そうか、ロボットが好きか! 君みたいな若い娘がロボットに興味を持ってくれてるなんて、僕はとても嬉しいなあ」


 ワハハと笑いながら数回握った腕を上下させて、離す。夢見さんはえらく上機嫌な様子だった。

 この人は、よっぽどロボットが好きなんだなって直感した。この人にとって、趣味を同じくする者、すなわち理解者との出会いは、一切の下心のない純粋な喜びなんだ。

 オタク同士のシンパシーとも言える謎の感覚が、私に確信させた。


「兄の影響なんです。私がロボット好きなのって」


「へえ?」


 「私の家、高岡で小さい工務店をやってるんです。私は長女でしたけど第2子で、両親が忙しい時は祖母か、七歳上の兄に面倒見てもらってたんですけど……」


 ウチは、自慢じゃないが裕福な家庭とは縁遠かった。いや、今もだが。

 とはいえ、別段貧困層ってわけでもない。まあ、中の下って言葉がぴったり合う感じかな。

 私の生まれた頃なんて、タタでさえ羽振りが悪いってのにバブルまで弾けちゃった直後で、そりゃもう苦しい家計だった。らしい。

 だもんだから、私に買い与えられたおもちゃなんて数えるほどしかなく、大体が兄のお下がり。私が生まれた翌年に弟が生まれたとあっては、ますますその傾向が強まった。

 おかげで弟とは数少ない娯楽をかけて激しい争いを繰り返したもんだが、そんな私たちをいつも仲裁してくれたのが、兄だった。


「喧嘩してないでテレビを見よう。おもちゃが無いなら、頭の中でおもちゃを作って遊べばいいんだ」


 なんて、当時小学生だったくせにやたらしっかりしてた兄に導かれて、兄弟三人で食い入るようにテレビを見たものだ。


 絶対無敵ライジンオーから始まるエルドランシリーズ、太陽の勇者ファイバードからマイトガインを飛ばして勇者指令ダグオンまでの勇者シリーズ。アニメ版レッドバロンに機動武闘伝Gガンダム。超時空騎団サザンクロスは歌のサビだけしか覚えてないけど見てた。

 鳥人戦隊ジェットマンからのスーパー戦隊に、電光超人グリッドマン、はとこに借りた仮面ライダーBlackRXのVHS、果ては再放送のウルトラマン。

 その他もろもろ、etc,etc……(エトセトラ)


 富山県はアニメ過疎地だ。民放なんてデフォルトじゃKNB(日テレ系),BBT(フジ系),TUT(TBS系)の3局しかない。それでも私達は、黄金の90年代のまっただ中を突き進んだ。


 当時からかなりのロボ&特オタ気質の強かった兄と同じ番組を見ていたのだから、そうこうしてるうちにロボ好きが兄弟に伝染して重篤化しちゃったのは、まあこれもごく自然な成り行きだったろうと思う。

 ちなみに兄は現在社会人であるが、今も元気にどっぷりロボオタしてる。むべなるかな。



「……と、いうことなんです。おかげで今じゃ、すっかり」


 そう言って、かばんから今月号の電ホビを取り出してみせた。


「へえ、君は電ホ派なのか」


「あ、今日は持ってきてないだけで、ホビージャパンとモデグラも買ってます。あとダムエー」


 夢見さんが、ぱあっと表情を輝かせた。ここまでだとは思ってなかったみたいだ。そりゃそうだよね。


「すごいな。僕、君のお兄さんとはとてもうまい酒が飲めるような気がする」


「兄は下戸ですよ」


「心配ない。僕も下戸さ。さっきのはただの慣用句的表現」


 なんじゃそりゃ。


「でも、それを聞いて安心した。ついてきて、きっと驚くと思う」


「え、でもまだ説明の途中っぽいんですけど……」


 と、ちらりと沙葺さんを見やると、彼は少し困ったような笑顔で


「いってきなよ。写真で見るよりわかりやすいと思うし。ねえ、ママ」


「そうねえ。じゃあ、チラッと格納庫を見学してきましょうか」


 睦美ママも少し考えて、Goサインを出した。


 私は頭上に?マークを浮かべたまま、流されるままにその"格納庫"とやらの見学に向かうこととなったのであった。


 それにしても、格納庫……そそられる響きである。




「中はちょっと暗いから、気を付けてくれよ」


「あ、はい」


 会議室を出ると、無味乾燥とした廊下が接続していた。窓はなく、光源は天井と壁に埋め込まれたパネルライトのみだ。殺風景ではあるが、それが逆に基地っぽくある。

 廊下はそう長くはなく、少し歩けばすぐ突当りに到達した。意外とこじんまりした施設なのかな、と思っていると、夢見さんが声をかけてきたので、応じる。


「さあて、御開帳」


 夢見さんが軽快にテンキーを弾くと、ひときわ高く長い電子音の後、扉の各所のランプが赤から緑に切り替わった。おそらく鍵が開いたんだろう。

 圧搾空気の抜ける音とともに扉が開き、その内部の光景が目に飛び込んできたとき、口をぽかんとあけて固まってしまった。

 はたからみたら実に間抜けな顔をしてるとは思うんだけど、そんな些細なことは気にも留められないほど、目の前の光景は衝撃的だった。


 それは、ひとつの夢の具現化だった。


「ヴィジットに現行兵器が通用しないからって、手をこまねいてるWWOじゃないさ。現行兵器で歯が立たないなら、現行兵器以上のものをぶっつけてやればいい。それがこのOS……オフェンスストライカーさ」


 隣で夢見さんが、"それ"をキラキラした瞳で仰ぎ見ながら言った。まあ、私も人の事は言えないくらいキラキラした瞳でそれを見上げていたんだけど。


 シャープなエッジの目立ついかにもなフォルムに、白と黒を基調としたカラーリング。

 間違いなく、それは巨大人型ロボットだった!



 さて、ロボ大好きっ子の前にででーんと本物の、それもP3だとかASIMOだとか、ましてや(株)生産技術の工業用ロボットなんかではない、それこそアニメに出てくるような巨大人型ロボットが整列していたら、どうなるだろうか。


「……」


 答えは、絶句だ。

 言語化できない歓喜の念が渦巻いて、吐息となって漏れ出るだけだ。ぽかんと口をあけた私は、実に間抜け面をさらしているだろう。しかし体面を気にする余裕はない。

 ……いきなり暴漢に襲われた時、混乱極まった人はとっさに悲鳴なんて上げられないって話をどこかで聞いた気がするが、ベクトルが正反対でもそうなんだな。


「どうだい、すごいだろう!」


 隣に立っていた夢見さんが言った。弾む声はさながら子供のように純粋で、


「はい、すごいです!」


 その声で我にかえった私も、やっぱりはしゃぐ子供のように、返す言葉が弾む。


「だろう!」


 私の答えを聞いた夢見さんは、素晴らしくキラキラした表情で、自信たっぷりに何度もうなずいた。この人は本当にロボットが好きなんだなあ。情熱がにじみ出ているように思う。


「盛り上がってるとこ悪いんだけど、そろそろ解説してあげなよ。透」


 と、ロボットを見上げながら子供のように騒ぐ私と夢見さんの間に、ぬっと苦笑を浮かべたイケメンが割り込んできた。沙葺さんである。

 ……そういえば沙葺さんと睦美ママも一緒なんだった。ロボットとの対面の衝撃で完全に抜け落ちてたわ。迂闊だった。恥ずかしい。


「いや、すまないすまない。ちょっとテンションが上がっちゃったよ。それで、どこまで説明したんだっけ?」


「え、ええー……っと、名前が出てきたくらいですかね?」


 私に聞かれても困る。完全に上の空だったんだから。

 とりあえず、このロボットの名前は教えてもらっていたのは確かだ。なんだっけ、えーと、お、オフェ……


「オフェンス・ストライカーだね」


 沙葺さんがスッと助け舟を出してくれた。イケメンである。


「そうそう、それそれ! そこまでは聞きました」


「ありゃ、つまりまだ何にも話してなかったわけか。わかった。ちょっと待ってて」


 納得したふうに夢見さんは頷くと、そういって睦美ママみたいにぱちんと指を鳴らした。すると私の目の前に、こつ然とキャンピングテーブルが出現する。あの、折りたたんでトランクみたいになるやつだ。ご丁寧に、テーブルの上にはさっきまで私が飲んでいたジュースが置いてある。


「立ち話もアレだからね」


「夢見さんも魔法が使えるんですね」


「もちろん。これでもWWOの技術顧問だよ? まあ、物理的な情報のアポートはこれくらいが限界で、戸部指令みたいな高度なテレポートはできないけどね。僕の本領は知識情報の取り寄せさ」


 夢見さんは、人差し指で自分の頭をトントンとたたいた。


「さって、いい加減説明に入ろうか。……このままの調子だと、沙葺にどやされそうだからね」


 夢見さんはにやりと微笑むと、もう一度ぱちんと指を鳴らしてホワイトボードを出現させる。魔法の大盤振る舞いである。


「さっき、ヴィジットに現行兵器は通用しないって話はあったよね。沙葺の言ったとおり、あれはヴィジットがその表面を覆うようにバリアを張り巡らせているからなんだ」


 夢見さんはホワイトボードに簡単なヴィジットの絵を描き、その周囲を細い線で囲って『次元スキン/バリア』と注釈した。


「僕らは単にバリアと呼んだり次元スキンと呼んだりしてるんだけど、誤解を承知で簡単に言うと、奴らの体の表面のほんの数ミクロンだけが別の世界の存在になってる。次元断層を意図的に発生させてるんだね。これはおそらく5次元世界からやってくる際に通らざるを得ない5-4次元間の次元断層対策だったんだろうけど、まあ副次的な効果で4次元世界の通常兵器じゃその断層を抜けなくなってしまった」


 フムフム、と私は頷く。正直表面だけが別世界とか言われてもいまいちピンとこなかったけど、そういうもんなんだろうと無理やり納得した。


「そこで、われわれWWOが開発したのが、この格納庫に立ち並ぶOSさ。この巨大なロボットは、一種の「魔法の杖」でね」


「魔法の……杖?」


 杖っていうと、アレでしょ? 最近だとハリー・ポッターとかがもってる棒でしょ? 指揮棒みたいな。

 居並ぶいかついロボットたちはどう見ても杖には見えないが、どういうコトなのだろうか。私が首をかしげると、夢見さんはホワイトボードの絵を消した。キュッキュという音が、格納庫に反響する。


「うん。これを説明するためには魔法についてもちょこっと触る必要があるんだけど……岡嶋くんは、量子コンピュータって聞いたことあるかな?」


「あ、聞いたことあります。ものすごい処理の速いコンピュータですよね、まだ開発されてないって話ですけど」


「そうだね。実にSFなガジェットの一つだ」


「は、はあ……」


 10メートルクラスのロボットが立ち並んでいるただなかでSFといわれても、何というか返答に困る。


「魔法というのは、任意で行う並行世界間の情報のやり取りだというのは、聞いたかな?」


「はい。さっき」


「結構。結論から言ってしまうと、魔法というのは計算なんだ。意識下で無意識に行われる、膨大で遠大なな同列並列思考計算。われわれ魔法使いの脳っていうのは、量子コンピュータに酷似した働きをして、魔法を発生させるんだ。すなわち、「並行世界の自分」の脳の思考領域の重ね合わせによって、複雑怪奇な計算を行っているんだよ」


 夢見さんがホワイトボードに人間の頭を一つ書く。そこから線を引いて、上のほうに頭を十個ほど書き並べるとそれらを線でぐるっと囲んだ。並行世界の自分を使った並列思考ねぇ……と考えたところで、ハッと一つの存在が頭に浮かぶ。あれはそう、つい最近兄が執拗に私に勧めてきたパソコンゲームの……


「それ、マブラヴみたいな感じですか?」


「ああ、オルタね。発売したばかりなのによく知ってるね。まだ全年齢版は出てないはずなんだけど……」


 兄の私物です、と断ると、夢見さんは苦笑しつつも話に乗ってきてくれた。


「でもそうだな、確かにアレは近いね。「半導体150億個を手のひらサイズに」、アレをナチュラルにやってるのが、魔法使いの脳みそさ。一種の先天的な疾患といえるかもしれないね。僕は医者じゃなくて技術者だから、そこまで詳しいことは言えないけど」


 夢見さんの話をまとめると、まあ要するに超常現象ってことだ。直球オカルトだ。なのにどこかSFな気配を漂わせているところがなんとも小憎らしい。

 どうせ魔法を名乗るんだったら、「魔力を使ってドカーンと魔法を使います。使える理由はよくわかりませんが使えるんだからいいじゃん」ってくらい清々しく開き直ってくれたほうがまだ納得しやすいってもんだ。

 私はそれでも何とか納得しようと、こめかみをぐりぐりしながら黙って夢見さんの話を聞くことにした。


「さて、つまり高度な魔法を使おうと思えば、それだけ高度な計算能力が必要とされるわけなんだけど、そこで昔の魔法使いが考えたアイテムが、「魔法の杖」ってわけ。これは単純に言えば、アンテナだ」


 夢見さんが指をぱちんと鳴らすと、ホワイトボードが一瞬でまっさらな状態になった。こんなこともできるのか、便利だなあ。何でさっきわざわざ手で消したんだろ。気分かな。

 再びペンを走らせる夢見さん。キュッキュッという水性マーカーの音が、格納庫に響く。


「魔法の規模は、使用できる演算領域の大きさで決まる。つまり数多くの並行世界の自分の脳を重ね合わせられれば、さらにすごい魔法が使えるわけだけど、これには個人差がある。あくまで例だけど、Aという魔法使いは4人まで、Bという魔法使いは3人だけ、とかいう具合でね」


 ホワイトボードには、上に十人、下に十人で計二十人の棒人間が書き込まれた。夢見さんはそのうち上の四人と下の三人をそれぞれ丸で括る。


「AとB、二人の個人の演算能力がほぼ同等と考えるなら、この状態だとBはAより劣る魔法しか扱えない。そこで「魔法の杖」を使う。当初、この杖というアイテムは、数多ある並行世界の中から自力で重ね合わせられる以上の重ね合わせを行う装置として誕生したんだよ」


 夢見さんはホワイトボードのBの魔法使いの手に杖を持たせてやって、後ろの人をすべて丸で囲んだ。


「……他の世界の自分を受信するから、アンテナですか?」


「いや、どちらかというと逆だね。杖は発信を行う装置さ。並行世界の自分へ、演算能力の提供をお願いするアイテムってところかな」


「なんだか電波ですね」


 私が言うと、夢見さんは苦笑した。


「ははは。とはいえそれは本当に当初の話で、現在の杖はちょっと性質が変わってきている。もちろん並行世界を使った演算領域の拡張を行う装置ではあるんだけど、コンピューターが発明されてからは一部の演算を杖自体に計算させるってのが主流になってきたんだ。便宜的に「魔法の杖」なんて言ってるけど、最近じゃ形に制約はなくてね。僕が愛用してる「杖」も、ほら、こんな感じで」


 そういって夢見さんがポケットから取り出したのは、何の変哲もなさそうな携帯電話だった。けど、ちょっと型落ちした機種だな。


「最新のを使ってるわけじゃないんですね」


「うん、どうも好きになれなくてね。まあこう見えて中身はスマートデバイスより高性能だよ」


「スマートデバイス?」


「PDAとか、あったでしょ。ザウルスとか。あれに携帯電話機能を付けたような端末の事」


「ああ、手のひらパソコン?」


「そういうやつ。これは見てくれに反してそこらのスパコンより高性能だからね」


 夢見さんはにこやかに笑ってそれを何度かパカパカさせ、ポケットにしまった。


「なんだか、某魔法家族戦隊みたいですね」


「はっはっは。……ここだけの話、アレの放映後、一時期WWO内でも黒電話型の杖(ダイヤルロッド)を使う魔法使いが増えてね」


「影響されまくりじゃないですか」


 夢見さんは、「そうだねえ」と明朗に笑った。



「さて、話をもどそうか。OSが「魔法の杖」というのはつまりそういう事でね、ヴィジットのバリア対策に、とある一つの魔法を自動で付与し続けるようにプログラミングされているんだよ」


 ひとしきり笑った後、夢見さんは咳払いを一つ置いてやっとこOSの説明に入った。思えば長い脱線だった。


「その魔法というのが、「OSの行う攻撃行動すべてにバリア貫通能力を付与する」というものでね」


「びっくりするほど直球ですね」


 そんなあっけらかんとバリア貫通してもいいものなんだろうか。そこはもっとこう、ロマンを求めるべきところじゃないんだろうか。ロボットものとしてはさあ。


「ははは。まあ、そのバリア貫通能力にもひとつ欠点があってね。魔法使いとしての才能がそこそこないと、バリア貫通魔法が作動しないんだよ。「杖」はあくまで途中の単純な演算を圧縮するためだけの装置だから、最後は人の手……というか脳で魔法を発生させてやらないといけない」


「は、はあ……」


「おかげでなかなか乗り手が見つからなくてね。OSはヴィジットに対してはかなり有効な兵器なんだけれど、どうにもそこがね。ネックなんだ」


 ……なるほど、「適性がないと乗れない」系のロボットなんだ、こいつ。一種のお約束ではあるけどねー。

 って、ちょっと待ってよ? 魔法使いじゃないと乗れないロボットに乗る仕事に誘われてるってことは、つまり……


「えと、沙葺さん」


「ん、なんだい?」


 沙葺さんは、いつの間にか読んでいた分厚い書類の束から顔を上げた。


「私って、魔法使いなんですか?」


「うん。たぶんね」


 …………。


 ……。


 軽っ!?


 えっ、軽く肯定されてしまったんですけど、え? 私魔法使いだったの? え?


「あれ、その辺説明してなかったのかい、沙葺」


 驚いてあんぐり口を開けたまま二の句を告げない私をしり目に、夢見さんがやれやれといった風に言った。


「説明しようとしてたところに君が乱入してきたからね」


 沙葺さんはささやかに反撃をする。夢見さんが、あちゃあ、という顔になった。


「ああ、そうだったのか。それはすまなかった」


「いいや、気にしていないよ。説明の手間が省けたと思っているくらいさ」


「そうか、それは良かった」


 そうして夢見さんと沙葺さんは二人してハハハと笑った。

 いや、ハハハじゃないよ。


 ハハハじゃないよ!


「ちょっと待ってくださいよ。私が魔法使いってどういう事なんですか!」


「こういう装置がある」


 そう言って沙葺さんが取り出したのは、100円均一で売ってる電池残量をはかるメーターみたいなチープさを醸し出す、何某かの計測器だった。

 バイト先(クレープ屋)の休憩中に何回か、弄ってるのを見たことがある。あのときはただの変わったおもちゃだと思ってたんだけど……


「魔法使いは常時、世界を越えて届く特定の通信波を発しているんだ。これはそれを計測する機械でね。ほら、これを岡嶋っちに近づけると……」


「針が振れた……」


 沙葺さんが持つ機械の、電圧計みたいな表示板の針が振れて、「適性域」と印字された赤い帯の範囲に深く切り込んで止まった。


「つまり、こういう事」


「……マジ?」


「マジマジ」


 衝撃の事実だ。

 知らず知らずのうちに、私はオカルト沼に両足どころか腰までずっぷり浸かってしまっていたらしい。

 「日常」という言葉がよーいドンでスプリンターのごときダッシュをきめて遥か彼方へ走り去っていき、「非日常」という言葉が蔓のごとく私に絡みついてくる光景が幻視された。

 やめろう、これ以上私を沼に引きずり込むんじゃあない。


「なんだ、やっぱり気づいてなかったんだね」


 なんて沙葺さんが笑っているけど、そんなの心当たりあるわけ……


 ん、まてよ……?


「そういえば、昔っからやたらドッジ生命が強かったりかくれんぼが無敵だったり、算数の授業でほとんどあてられなかったりしたんですけど、それってもしかして……」


「あー。断定はできないけれど、おそらく認識を阻害する系統の魔法を使っていたんだろうね。無意識に」


 と、夢見さんが肩をすくめた。

 認識阻害系か、極めればステルスとかできそうだな。

 じゃなくて。


「……あの、すいません。ちょっと頭の中を整理したいので、今日は帰っていいですか?」


 もうだめだ、何も考えられない。

 私は絞り出すような声でそう告げて、結局、説明も半ばで今日はそのまま帰ることにしたのだった。

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