1章の13-女子高生とおおたちまわり-
走る、走る、走る。
OS-DANの主脚が路面を踏みしめ、アスファルトをバカバカ割り砕きながら疾駆する。
「ケプラー、光学兵器付きってレールガンの砲弾も撃ち落としちゃったりする?」
《特定の条件下では肯定。脅威度の高低で撃墜標的を選定しているものと推測されています》
「ってことは、命中弾確定コースの弾は撃墜すんだ」
《肯定》
「なるほど」
遮蔽物が切れた。国道8号線との合流までは、もう少し距離がある。レーザー照準照射アラートが響いた。照準は完全にケプラーに任せて、間髪いれずレールガン発砲。後、緊急回避。
間髪おかず殺到した超高温レーザーの閃光は周囲の空気をプラズマ化せしめ、発砲した飛翔体を正確無比に撃墜した。
「ほんとに撃ち落としちゃった。超音速も光速にゃ敵わないか」
《照射警報》
「跳ぶっ!!」
私の意思を遅滞なく受け取り、DANは大腿のバネとスラスターを目一杯使って30メートルは跳躍した。大きく割り砕いたアスファルト片が瞬間に蒸発して、レーザーの着弾を知る。輻射熱がDANの背中をチリチリ焼いた。
「日サロは間に合ってるって!」
DANの黒光りする3次曲面装甲が陽光に煌めく。空中で姿勢を制御するのは至難だったけど、ケプラーの補助があればやってやれないことはない。AMBACで射撃体勢を整えて、銃口を光学兵器付きの一体に照準する。
「落ちながら射撃ってやつ、いっぺんやってみたかったんだよね」
《非効率では》
「カッコいいでしょ」
ケプラーのツッコミめいた正論はさらりと流して、トリガーを絞る。2体の光学兵器付きは冷却中。この機を逃す手はない。
「獲った!」
確信に口角を吊り上げ、発砲。しかし直後、それこそ瞬きの間にも満たない一瞬で必死の銃弾は別方向から照射された閃光に焼かれ、呆気なく溶けて消えた。手品のような早業だった。
《命中せず》
「えっ!?」
地面が迫っている。
聞き逃せないケプラーのアナウンスも今は横に置いて、意識を脚に集中する。着地。小規模なクレーター状に路面が陥没し、もうもうと土煙が上がる。最初の衝撃が足裏から主脚を伝わって、頭のてっぺんへと抜けていく。ステータスを即座に確認すると、足首のサスペンションだか油圧ダンパーだかにアホみたいな力がかかってる。圧力計の針が振り切れそうな勢いで飛び上がった。
不味い。フレームが逝くって事は流石にないだろうけど、これ確実に足首を挫く……!
「ヤバイヤバイヤバイ……あっ、そうだ!」
地についてなお解消しきれない運動エネルギーは、ベクトルをずらしてやればいい。とっさの思いつきだが、こないだ機械力学で習ったことがさっそく活きた。意味はさっぱり理解できてないんだけど、とにかく力の方向を変える!
「コマンド入力、自動姿勢制御オフ、時限復帰3秒!」
ケプラーの意見も聞かずコマンド直入力で自動姿勢制御を一瞬切ってやると、大きく機体が前傾した。これで良い。その勢いを利用して、機体を前転させる。柔道で言うところの前回り受身だ。天地が一回転した。
「よしっ、完璧!」
上体を跳ね上げ、主脚が大地を踏みしめた。脚部ステータスに目を走らせれば、各部アクチュエータに過負荷なし。会心の着地だ。
《副腕に損傷。コンディションイエロー》
「ええっ!?」
と、思った矢先の警告音。ケプラーの声に若干イラつきを感じるのは気のせいだろうが、そういえば、着地に必死だったせいで人間にはない三組目の腕の存在をすっかり忘れていた。
しかも今は間の悪いことに、単分子直刀を懸架している。サァっと額に青線がおりた。
「単分子直刀は!?」
《損傷なし。被害は副腕基部の衝撃破損のみ》
「ほっとしていいのか悪いのか……」
《照射警報》
ゆっくりしてる時間なんてなかった。着地にもたついてる間に敵はすっかり準備万端整って、歪な渦巻状のレーザー発振器をこちらに照準している。女の子なので舌打ちは我慢したけど、光学兵器付を示す光点が5つになってるのはどういう事なのか後で問い詰めたい。
とりあえず、今は、
「回避っ!」
《了解》
一瞬コントロールをケプラーに預け、提言された有効な回避ルートを選択し即座に実行に移す。機体が滑るように横飛びして、直後レーザーが砕けたアスファルトに突き立った。おぞましいまでの熱量を受けた路面は一瞬で融解し、まるで火山の噴火を思わせる爆発を起こす。
「うひゃあ、損害は?」
《損傷なし》
「よっし! 隠れるよ、ルートを」
《ルート検索終了。ルート該当せず。遮蔽物がありません》
「民家とかは!?」
《遮蔽物として有効ではありません》
そういえば、さっきもパチンコ屋の建屋貫通してたし、木造の民家じゃ盾にはならないか。純粋にタッパも足らないし。
「高速道路の方には逃げられない?」
すぐ近くには能越自動車道の高岡インターチェンジがある。高速道路は土とコンクリートの複合だから、盾にするには最適だろう。
《カッパーリーダーが射線に入りますが》
「そんじゃ、駄目か。レーザー避けながら接近するっきゃないね」
忘れかけてたけど、古屋隊長が道の駅の方でヴィジット20体と大立ち回りやってんだった。助けはいらないって言ってたけど、邪魔するわけにもいかない。
「隊長、そっち大丈夫ですか?」
『問題ない。C5はそのまま光学兵器付の注意を引いていてくれ』
マップを見る限りでは未だ15を超えるヴィジットに囲まれてるっていうのに、古屋隊長は余裕そうだ。さすがベテランは違う。
「あと、なんか光学兵器付増えてるんですけど」
『ディメンションクラックがまだ閉じてないからな。増援だろう』
「いつ閉じるんです?」
『連中が諦めたら、だな』
「時間の制限とかはないんですかね?」
『ある。最長記録は、18分だ。平均10分、最短1分』
「うへぇ、まだ5分も経ってないんですね……」
モニタの片隅の時計をそのときようやく見て、げんなりする。何でこういうときの体感時間って、こんなにも長いのだろう。走馬灯の原理? よくわからん……。
『まあ、初陣ならそんなもんだ。光学兵器付きをやれば形勢は一気に傾く。健闘を祈る』
「そんな重要な役目、訓練もまだのド新人に任せます普通?」
『ならこいつらの遊び相手を変わるか?』
「C5岡島すみれ、レーザー吶喊いきまーっす!」
薮蛇をつつく前に、レールガンを腰だめに構えて駆け出す。
さっきの攻撃、増援の敵キャリア3に対して飛んできたレーザーは2。レーザー発振器は1体につき1基だから、1体は照射してない。
いまここで撃っても、たぶん控えの1体に撃ち落とされちゃうだろう。
「ケプラー、何か良い案無い? 正面突破するっきゃないかな?」
攻めあぐねてる間にも時間は過ぎる。敵の冷却が終わっちゃえば、またレーザーの雨だ。やるなら、いましかない。
《了解。進攻ルートを検索しますか?》
予想外にも、ケプラーは反論しなかった。てっきり、危険だとか非効率だとか言うもんだと思ってたけど。
ま、杞憂だったってワケね。
「手早く御願い」
《完了しました》
ゼロタイム。いい仕事をする。
表示されたルートは国道8号線と平行に走って住宅地を突っ切り、光学兵器付きの横を取るもので、住宅地を突っ切る際にレーザー照射を受けると対処がとり辛いかな、という淡い印象を受けた。
「ま、うだうだ考えてるヒマもないか。行こう!」
8号線へと向かっていた足を一路転進、速力最大で指定ポイントまで走る。OS-DANの主脚走行時の最大速度は時速150キロメートル。目標地点まではだいたい700メートルだから、み/は=じの計算に突っ込んで到達予測は0.700/150時間後! さっぱりピンとこない!
《16.8秒です》
「ピンときた!」
OS-DANが田舎の畦道を駆ける。
周りは田んぼだらけ、しかも田植え終わりのシーズンだからしっかり水が張ってある。足を突っ込まないように注意しつつ、全速力で。
「富山県ってこういうちょっとした畦道でも舗装されてるからいいよね」
《道路舗装率は全国6位、道路整備率は全国1位です》(※この物語の舞台はH18年ですが、データはH23年のものです)
「やるじゃんウチの県」
ヒュウ、と口笛を吹く。吹きたい。吹けないから真似だけする。
「撃ってこないね」
《防御役のユニットと推測》
「なのかな」
とはいえ、敵はこちらを捕捉したままだ。冷却が終わったら、すぐにでもレーザーが飛んでくるだろう。最初の2体の冷却は、もう十秒ちょいで終わる。次も避けられるかどうか。
「なんか、向こうさんの命中精度上がってる気がするしなー……」
《短期間思考成長と推測》
「なにそれ、字面がズルい」
《解説しますか?》
「また今度。後でいいや」
一流アスリートの魅せるハードル走よろしく、民家の敷地を低く低く飛び越える。生身の私じゃ到底無理なフォームでも、OS-DANならできる。イメージさえできれば。
《電線に注意》
「下くぐれる?」
《困難》
「だよね!」
いつレーザーが飛んでくるかもわかんないから、あんまり姿勢を高くしたくないんだけど……
「ちなみに引っかかったらどうなるの?」
《当機の電装系が破損する可能性あり》
「うへ」
家庭用の低圧線に引っかかったくらいでどうにかなっちゃうってのは、どうにかした方がいいんじゃないかなあ。市街地で戦うのを想定した兵器なんだし。そりゃ、高圧線を難なく引きちぎってくゴジラほどにしろとは言わないけどさ。
「そこのところどうなんですか夢見さん」
『いきなり水を向けてきたね。ゴジラは無理だけど、目下対策検討中ってとこかな』
「……我ながら相当な無茶振りだったと思うんですけど、なんで話が通じているんだろう」
『思考操縦記録のノイズを特殊なアルゴリズムで解析してやると、操縦者の思考をある程度言語化できるんだよ』
技術的な質問に夢見さんはウキウキとした様子で、簡潔かつ得意げに種明かしをしてくれた。
なるほど、たしかに凄い。でもそれって……
「ええと、つまり私たちの考えてること、みんな筒抜けってことですか?」
『そうなるね。みんなってことはないけど、概ねそう』
「それってセクハラでは」
『一応、就業規則とマニュアルには……』
《照射警報》
「話は後で、交信終了!」
ちょうど電線を飛び越えたところを狙われた。浮いた駒はとりやすい。私だってそうするだろうから、ヴィジットの行動に驚きはない。浮いたの意味違うけど。
機体は完全に空を踏んでるので、回避行動は取れない。……というのは生身のお話で、このOS-DANにはスラスタという人間にない機関がある。
これを使えば1射目のレーザーは回避できるだろうが、急激な慣性操作は大きく体勢を崩しかねない。敵にすぐさまレーザーを照射できる状態の控えがいる以上、これは悪手だ。
「貰いもんなんだ、惜しんでどうする……!」
DANはすでに射撃体勢に入っていた。急ごしらえの無理な姿勢では、射撃補助を有効にしても命中率が50%を切る。が、気にしない。
立ち上げっぱなしの兵装ウィンドウで短電磁砲のセレクタが連射モードになっているのを確認して、さらにパースト射撃のストッパを外す。
昔の人はよく言ったもんだね、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって!
「フルオート、いっけえ!」
トリガーを目一杯に引き絞った瞬間、モニタの右端が透明な紫色の閃光に染まって、音速を超えたスピードの120ミリ砲弾がバラ撒かれた。残弾は一瞬で0になり、砲身は熱負荷超過で淡く可視光を放つ程度に赤熱化した。
《命中。光学兵器付アルファ、ベータ、ガンマー撃破。デルタ、イプシロン健在。照射警報》
アルファとかベータとかは、便宜上出現順にケプラーが割り振った敵のコードだ。つまり冷却中の1体と、防御役に徹していたすぐに撃てる個体が残った。
「や、そういうふうにしたんだ、あいつら」
撃ったばかりで長い冷却が必要だった個体を、優先的に盾にした。それは残る2体の足元に散らばる銀色の屑鉄を見るに明らかだった。
すぐ脇を擦過したレーザーが電線を蒸発させ、水田に突き立って地獄の釜に変えた。膨大な熱量は一瞬で数キロリットルの水を蒸発させ、水蒸気爆発を引き起こす。地盤ごとえぐり取られた土砂が高く舞い上がり、雨のように降った。
沸々とした怒りが胸中を蝕んだ。
「ケプラー、レールガン、ここにおいていって大丈夫? 後で拾いにこれるかな」
《肯定》
「レールガン投棄」
《了解》
弾もなく、銃身も歪んだレールガンはすでに無用の長物に成り下がっていた。躊躇なく投棄。下敷きになった民家が放熱に巻き込まれて炎上した。
「単分子直刀展開」
ややぎこちなく副腕が動く。右脇下を通して柄頭が丁度腰の位置に移動し、それを左手でしっかりと保持して鞘を払うように抜刀。切先をヴィジットに向けて正眼の構えをとる。
「敵の冷却は」
《デルタ20秒、イプシロン49秒》
「上等っ!」
敵集団との距離約300メートル。全力疾走で5秒とちょっと。十分間に合う。切っ先を下げ、下段の構え。駆け出す。
対する敵性体光学兵器付は、今まで地に根を張っていたのが嘘のように後退に転じる。頭頂部のレーザー発振器はご丁寧にこちらを向いたままなので、明らかに時間を稼ぐつもりだ。
そして厄介なことに、奴らブリキのレトロロボットみたいな図体のくせして走るのがめちゃめちゃ早い!
《推定160キロメートル毎時で遠ざかっています。接敵まで8、10、14……》
「気が滅入るからカウントやめ! スラスター全開、匍匐飛行!」
《推進剤は4秒で枯渇します。起動しますか?》
「起動!」
NOE、匍匐飛行というと、本来はヘリなんかが隠密行動するときに高度を下げて飛ぶことを言うんだけど、基本的には陸戦兵器であるOSの場合は少々趣が異なる。OSには腰とふくらはぎにメインのスラスターがついてるんだけど、その推力を最大にして力づくでぶっ飛ばすのがOSの「飛行」。もはや人間砲弾とか、そっち系のトンデモに近い。
当然、元の用途とは外れる使い方だから推進剤の減りも早いし、そもそも高度なんて出せないから、皮肉を込めてNOEなんて呼ばれてるらしいんだけど(教本のコラムに書いてあった。文責は夢見さんだった)、なんかカッコいいので私は気に入ってる。
なぜいきなりそんな説明的なことを、と思われるかもしれないが、これは一種の走馬灯だろう。自分の体をずっと後ろに置いてきてしまったような剥離感があった。
つまり急加速で一瞬気をやっていたわけだが、それも2秒足らず。気が付いたころには、すでにヴィジットに肉薄していた。どんなスピードだ。
《接敵》
「やばっ!」
ほとんど無意識のうちに刀が撥ね上げられていた。それは緊急時に頭を守るため咄嗟に腕を上げるような反射だったけど、優秀なAIはそれを攻撃行動として処理した。
単分子直刀は、その名の示す通り刃の切っ先の幅が分子一個分しかない、いわゆる刃筋さえ通れば何でも斬れる剱だ。
剣術のイロハも知らない女子高生でもEFの補助があれば刃筋は通せるし、そうなればそれは必殺の一撃に他ならない。
ヴィジットの直方体をした胴体の中ほどから逆袈裟の要領で入った刃は、まるで豆腐を切るようにスムーズに敵の特殊装甲を両断した。切断面に青白い火花が散って、大爆発を起こす。
《撃破》
「斬った!」
爆発をさけるように空中を蹴ってトンボを切ると、ケプラーが告げた。
《推進剤枯渇。通常走行に切り替えます》
ずしんという衝撃。2,3歩たたらを踏んで、勢いを殺さず駈け出す。敵はまだ一機残ってる。
「倒したのは!?」
《目標イプシロン》
「デルタの冷却!」
《15秒》
「よし間に合う!」
《照射警報》
「うそぉ」
冷却終わってないんじゃなかったのかよ、と口汚く罵声を浴びせたい所をぐっとこらえて、回避運動を……と思ったところ、すでに推進剤が残量ゼロなのを思い出して流石に舌打ちした。
「こなくそ!」
どうにかしなければならない。咄嗟に思い付く。レーザー照射を一回しのげればそれでいい。路傍に寂しく立つ一旦停止の標識を引っこ抜いて、投擲した。踏ん張った地面が派手に陥没する。
根っこにコンクリートの塊がついたままの即席の投槍は、DANの剛力でもってそれこそ矢のように飛んだ。狙いは敵ヴィジットのレーザー射線の一直線。
大地に張り付いた足を無理やり引きはがして射線上から退避すると、即席の槍が蒸発するのが横目に見えた。かかった。
「全速力!」
《了解》
DANは風のように駆けた。疾駆した。とにかく走った。目標デルタとの距離50メートル。身長10メートルの巨人には、数歩の距離。そして手にした得物にとっては、それは必殺の間合いの範疇だ。
大地が爆ぜるように吹き飛んだのは、DANの踏み込みがあまりに強烈だったから。その瞬間、DANはカタログスペックの上限を一瞬だけ凌駕して、残像だけを残した。
光学兵器付きのレーザー発振器が輝いて、レーザー照射が行われる。冷却を無視した一撃により砲身が融解してジェネレータと思しき部品がはじけ飛んだが、一矢報いればそれでよいという判断か。
しかしまんまとそれに乗ってやる義理もない。上体を落してすれ違いざま、胴を真横一文字に切裂く。背後で炸裂した熱量がちらりと副腕の先端を溶かしたが、それだけだった。
《目標デルタ撃破》
脚部アクチュエータの破損を知らせるアラートが響く中、ケプラーの声はばかによく聞こえた。
《戦闘終了。WWO高岡の勝利です》




