1章の12-女子高生と熱視線-
『カッパー・マムよりカッパーズ。次元境界数値急上昇、DC形成開始されました。位置変わらず』
きわめて事務的な口調の三村さんが、ついに状況が動いたことを伝えてくる。私は気を引き締めて、武骨な操縦桿を握った。
機体制御AIにあたる電子妖精"ケプラー"が私の思考を読んで、短電磁投射砲の電源を入れる。キューン、というどこか切ない充電音が無音の3.5次元空間に響いた。
『カッパー・リーダー了解。カッパー・ファイブは先程の指示通り機体の慣熟に努めろ。援護できるようなら援護してくれ』
「C5了解!」
『今日はガンナーがいないから、制圧射撃は無しだ。第一波も俺たちで掃討することになる。これには参加して欲しい。残弾は常に確認するように』
「り、了解!」
そういえばそうだ。ガンナーの制圧射撃による第一波の掃討が対ヴィジット戦のセオリーで、二機編成もガンナーとインターセプターで組むのが鉄板。
翻って現状、隊長はバリバリのインターセプターだし、私も装備で見ればインターセプター寄り。
これは序盤がきついことになりそうだ。私の緊張を感じ取ってか、レールガンを構える主腕がピクリと強張る。
『心配しなくても敵は山ほど出てくる。石を投げれば当たるくらいにな。何なら納涼祭の射的とでも思えばいい』
それを見て取ってか、すかさず古屋隊長がフォローをくれた。よく部下を見てる。
ひとつ問題があるとすれば、どっちかと言うと私は敵がいっぱい出てくることに緊張感を覚えたってところだろうか。
「なんかお金毟り取られそうですね、それだと」
まさか表だってそれを口にするわけにもいかないので、少し強がっておちゃらけてみる。口許に不敵な笑みを浮かべたつもりだけど、それが引き攣ってないといいなあ。
『気張るなってことだ。くるぞ、構え』
隊長は見透かしたような口ぶりで私の強がりを受け止めると、短く号令を発した。
「了解!」
応答して、レールガンを構える。細かい補正は全部ケプラーがやってくれる。私は大雑把なところを操作するだけで良い。
大丈夫だ、やれる。
『カッパー・マムよりカッパーズ。DC形成完了。第一波来ます』
『C1了解、迎撃を開始する。照準合わせ』
画面端に表示されていたデジタルクロックが0を指し、長い電子音がコクピットに響く。はるばる隣の次元から、お客さんのご到着だ。
隊長の号令に合わせて、機体を操作する。レールガンのガンカメラが、1キロメートル前方の空にぱっくり開いた空間の割れ目と、そこからにじみ出る鉄色の直方体多数をとらえた。
ケプラーは各種データリンクから得られた情報をもとに1秒足らずで優先度を算出して、最も高いものに自動で照準を合わせる。
《レールガン、射撃準備完了。単射モードで射撃します》
「連射モードにしておいて」
2対多だし、手数は多いほうがいい。
《了解》
ケプラーは素直に応じて、兵装ウィンドウの表記が確かに切り替わったのを目の端に見た。
準備は整った。あとは、引き金を引くだけで良い。
『第一波現出。数50、光学兵器付き観測されず』
三村さんのその報告が、攻撃開始の決め手だった。
『撃てァっ!』
隊長が吠えた。
号砲一発、戦端が開かれた。
私は引鉄にかけた指を、ひと思いに引き絞った。
外界と厳格に遮蔽されたコクピット内に響くほどの破裂音は短電磁投射砲の銃口に紫電が走った数瞬後にやってきて、そのころには照星の向こうのヴィジットは既に鉄クズと化していた。
まるで魔法のようだと思った。
《命中、撃破。次目標選定終了。照準よし。充電完了。射撃どうぞ》
まるで無感情なケプラーのアナウンスが頭に響く。1秒に満たない間で、彼は既に次の準備をあらかた整えていた。
2射目の引鉄は、一寸の躊躇いなく引く。
紫電が走って、ヴィジットが弾け飛んだ。命中だ。
砲撃はとまらない。すかさず次の標的に照準。発砲、命中、撃破。
過保護なほどに、ケプラーの照準補助は完璧だった。流れるように10発を発砲して、10体のヴィジットを破壊しているのがその証左だろう。
《銃身熱超過。冷却に20秒》
「20秒? ちょっと遅くない? 強制冷却できるでしょ」
《非推奨。銃身に熱負荷が――》
「かまわないから、やっちゃって」
せっかくタダで頂いた武器だ。どれくらい手荒に扱ってもいいものか、今後の指標にしたい。
兵装ウィンドウを引っ張り出して、渋るケプラーを押し切って強制冷却のコマンドを打ち込んだ。これで冷却時間は5秒に縮まる。
《――冷却完了》
声音は一貫して無感情ながら、語頭の若干の間は彼なりの不満の表現だろうか。まさかね。
ともあれ最初の攻撃を綺麗に決められたことで、私の心にはわずかばかり余裕が生まれていた。
そしてそれに呼応するように、ふとした好奇心が騒ぐ。
「ケプラー、自動照準って解除できる?」
《可能》
「じゃあさ、ちょっと切ってみて。いっかい自分でやってみたい」
《非推奨。敵駆除効率が20%低下します》
「それ、私の腕前を勘定に入れてだよね?」
《肯定です》
「そっか。うん。とにかく解除」
《了解》
ケプラーは四の五の言っても従順に、あっさりと自動照準を解除し、操縦権限が私に一任された。補正をなくしたレールガンの銃口が、わずかに下がる。
ケプラーが気にしてか、わざわざ精密射撃用の投影ウインドウを用意してくれたが、それも消した。
彼には悪いが、せっかくロボットを操縦しているのだ。今ばかりは、自分の目と勘を過大評価してみたくなった。それに、
「機体の慣熟を第一に、って言ってたのは古屋隊長だもんね」
小さく呟いて大義名分、標的を決めた。迂闊にもノロノロとDCから現れた奴だ。自動照準を切った今、レールガンを構える主腕の操作の大半も思考操縦で行う。
さっきよりももっと深く、私とOS-DANは一心同体だ。
思考操縦で大まかに主腕を動かし、操縦桿を使って微調整。標的を照準器の内側に収めてトリガーを弾く。強力なローレンツ力で電磁投射された弾丸は音速を遥かに超えた速度で空を切り、耐震改修が終わったばかりの東五位小学校の3階より上を粉微塵に吹き飛ばした。
《命中せず》
「あちゃあ」
1射目は外した。頭の中でなんとなく弾道を補正して、2射目。三協アルミの工場を吹き飛ばした。またハズレだ。意外と難しい。
ケプラーはさっきから命中の判定を簡潔に伝えるだけで、助けてくれるような素振りはない。当然だ。だって私がそう命令したんだもんね。
ま、2発外したくらいでしょげてる暇もない。
弾丸が1発25万円だから、50万円かけてわざわざ8号線の沿線を整地したことになる。解体工事費用とすれば、格安だ。
無論、強がりだ。
3射目、手動補正にもだいぶ慣れてきた。ここだ! ってタイミングでトリガーをはじくと、ついに命中する。着弾点より上が千切れ飛んだ敵は機能を停止。完璧な射撃だ。
問題は、それが標的にしていたヴィジットから、30メートルほど離れたとこにいた別の個体だって事。はしたなくも、舌打ちが零れる。
《提言。自動照準の有効化を推奨》
仏の顔も3度までと、堪りかねたケプラーが提言してくる。却下だ。
「もうちょっとだけやらせて。せめてこの波を捌き切るまで」
《――了解》
いい返事だ。
ちらと横を見やると、古屋隊長の青いOS-DANは黙々と射撃を続けている。得物は比較的安価な部類のアサルトライフルで、有効射程は確か700メートルちょい。それで1キロメートル先のヴィジットにしっかりと当てて次々処理しているのだから、なかなかバケモノじみた腕前だ。流石隊長。
そんな感じだから、私が多少遊んでても、おそらく問題ない。はずだ。メイビー。
少し乾いていた唇を舐めて、第4射。ようやく当初の標的であるヴィジットの右腕にヒットして、その右半身をむしり取った。
《命中。目標沈黙》
「よしっ。一応倒せたんだよね?」
《肯定。ただし完全破壊には至らず》
「戦闘不能にしただけかー」
綺麗な撃破ではないが、とりあえず戦闘機能は停止しているから良しとする。
それにコツも掴めた。
次の標的のヴィジットは、こちらを目指して移動中の個体から適当に選ぶ。決めた。バカ正直に正面晒してくれている、おあつらえ向けの奴だ。
今度は外さない。さっきのがまぐれあたりじゃないってのを確かめるためにも、一発で当てる。
彼我の距離は700メートル。ずいぶんと近づかれた。が、まあいい。狙いやすいだけありがたいくらいだ。
慎重に狙いを付ける。揺れる照準を細かく操作して、ベストのポイントでロック。素早くトリガーを弾く。バシン、という独特な銃声が聞こえて、過たずに弾丸は標的の真芯をとらえた。
《命中。撃破》
「ぃよっし!」
ガンカメラの向こうで上半身を吹き飛ばされ沈黙した標的を確認して、思わず歓声とガッツポーズ。OSが律儀にそれをトレースして銃口が跳ね上がったので、慌てて戻す。
危ない危ない。気を抜いたらこうなっちゃうってのは、テストのときですっかりわからさせられたんだから。注意しないと。
幸い隊長は特に気づいた様子もないので、何事もなかったかのように次の標的へ狙いを定める。
照準、発砲、命中。
うん、かなりコツは掴んだみたいだ。ケプラーが影ながらアシストしてくれたってこともないし、ここは自分を信じてもいいだろう。
コツさえつかめば、あとは鴨撃ちだ。DCから出現したが最後、哀れなヴィジットは私のレールガンの餌食となる。
なんて内心カッコつけていたら、さっそく外した。調子に乗っちゃいけないね。
ちなみにあとでログ読んで計算してみたら、大体60%くらいの命中率だった。
『次元境界数値上昇。第二波きます』
『光学兵器付きは』
『現在のところ、確認できま……いえ、反応2。警戒レベルをⅢに引き上げ、照射予測範囲を送信しました』
三村さんの報告に、にわかに戦場に緊張が走った。
『了解、警戒度を引き上げる。C5、マップの更新を。自動照準は有効にしておけよ。これより機動迎撃戦に移る』
「了解……!」
遊んでいたのはすっかりばれていたようだった。
こりゃあさっきのガッツポーズも見られてたなあ、なんて考えながらデータリンクから照射予想域を呼び出してマップに重ね合わせしていたら、耳をつんざくようなアラートが狭い筐体内に響き渡った。
《照射警告》
『避けろォッ!』
「っ……!」
ケプラーの手短な警告と隊長の怒声、そして私が機体を真横にひっ倒すようにマニューバをかけたのは全くの同時で、機体の真横をレーザービームが通過したのはほとんど一瞬の後だった。
今さっきまでコクピットがあった場所だ。
急激な挙動にコクピットが軋む。カメラが焼け付きそうなほどの白く強い光と、スウェイキャンセラーを噛ませてなお殺しきれない衝撃に襲われてしっちゃかめっちゃかだ。目がチカチカする。
しかし、撃たれたというのは分かった。同じ場所に留まっていては敵の良い的だ。すぐにでもこの場を動く必要があった。
「ケプラー、舵取りお願い!」
《了解》
私はケプラーに安全圏へのルート選択を丸投げした。さっきの光がまだ目の奥に焼き付いていて、現状視界がほとんどない。むやみに動くよりEFに任せた方が良いだろう。一時的に操縦権限をEFに一任して、退避している間に視力の回復に努める。これが今取りうるベストだと思う。隊長も何も言ってこないしね。
権限を委譲されたケプラーはすぐに機体の移動を開始した。敵の冷却時間は2分あるけど、もう1体が追い打ちをかけてくる可能性もある。うかうかしていられない。
『C5、無事か?』
「無事です! 目がシバシバするくらいです!」
心配そうな隊長の声に虚勢含みで返す。被害がいかほどかはわからないが、私自身は元気だ。
「ケプラー、被害はあった?」
《左肩部装甲の一次装甲が一部融解。以上です。概算補修費を表示しますか?》
「大したことなさそうで良かった。あとそういう気の滅入りそうなのは最後で良いよ」
《了解》
外見がどうなっているのかはわからないけれど、とにかく機体動作に問題はなさそうだった。ようやく回復した視力でステータスログにざっと目を通したけれど、目立った異常はない。
「補修費用概算」のタブは、今は意図して無視した。
「ケプラー、操縦権限を私に」
《了解、岡嶋すみれ。権限を搭乗者に》
「権限の委譲を確認っと」
OSを動かしてる感覚が、戻ってきた。左手を閉じたり開いたりさせてみる。うん、思考は正常にリンクしてる。
レールガンを構え直し、盾にしてるパチンコ屋の屋上からそっと頭を出す。
8号線には真っ直ぐ一筋アスファルトが溶けた跡が残っていて、輻射熱でだらしなくなった電線やお辞儀している信号機などが光学兵器の威力のほどを物語っている。直撃していればひとたまりもなかったろう。
《頭部に照準用弱レーザ照射》
「うひゃっ」
あわてて地面を転がって移動する。レーザーがパチンコ屋の建屋を突き抜けて、路面に着弾して爆発した。
「ケプラー、静粛移動! とりあえず場所を変えよう」
《了解》
幸い機体にダメージはなかったので、とりあえず赤祖父川まで後退する。川底に機体を沈ませて堤防に身を隠し、一息。
「というかこんなの掠って損害軽微って、OSの装甲はどうなってんだか」
さっきの着弾点はいまだ熱気冷めやらず、蒸発したアスファルトの煙をたゆたわせている。何度見てもすごい威力だ。
《解説しますか?》
「ううん、あとでいいや。それより、古屋隊長は?」
生真面目なケプラーの申し出をやんわりと断る。さすがにこの状況じゃ講義に集中できないしね。
《"道の駅高岡"付近にて敵集団と接敵、機動迎撃を遂行中です》
略地図上の光点が点滅して、隊長の位置を教えてくれた。青い光点が隊長で、赤いのがヴィジットだから、20を超えるヴィジットに包囲されてるみたい。
「ねえ、これ隊長大丈夫? やばくない?」
『問題ない、心配いらんよ。C5は現位置から光学兵器付きを狙え。間違ってもこっちを援護しようと思うな』
「あっ、隊長。ご無事そうで何よりです。C5了解。援護はしません」
ケプラーが応えるより前に、開きっぱなしの通信ウィンドウに古屋隊長から通信が入った。乱戦真っ只中だというのに、ずいぶんと余裕そうだ。あれも慣れだろうか。僚機のステータスを確認したところ目立った損傷もないようなので、放っておいたほうがいいだろう。私みたいなペーペーが下手に援護すると隊長に当てちゃいそうだしね。
ならば命令どおり、光学兵器付きを狙うのがベターだ。
「ケプラー、これで曲射できる?」
《――可能。但し、レールガンの特性を殺すことになります》
「だよね。気にしないで」
硬い弾頭をめちゃくちゃ高速で飛ばすのがレールガンという武器だから、曲射なんかしたら宝の持ち腐れもいいとこだ。
ま、それはわかるんだけど、でもそしたら遮蔽物から頭出して敵に体をさらすことになるから、ちと怖い。
「……ま、そこは腹を括るっきゃないか。ケプラー、敵の位置はしっかりわかってるんだよね?」
《肯定。ディスプレイにマーカーを表示しますか?》
「お願い」
《了解》
正面モニタ、盾にしている工場の向こう側に、光学兵器付きヴィジットの輪郭が重ね合わせ表示される。同時に、マップの当該敵を示すマーカーが強調表示された。わかりやすい。
「隊長が大乱闘に集中できるように、マップギミックは排除するよ! 準備いい、ケプラー?」
《完了しています》
どこか自信ありげに、ケプラーはすかさず返してきた。上々だ。
川底からOS-DANを立ち上がらせると、姿勢を低くしつつレールガンを構える。
「行くよケプラー、機動狙撃だっ!」
《了解》
常よりも少しか力強いケプラーの返答を聞いてすぐ、OS-DANは駆け出した。




