1章の10-女子高生は乗ってるだけ-
次元カタパルトの青い光に吸い込まれた瞬間、極薄のナイロンが何枚も積層された壁をぐにゅーっと突き破ったような、何とも言えない感触があった。
気持ちいいか気持ち悪いかで言うなら、かろうじて気持ち悪い。
といっても即座に吐き戻すようなレベルの不快じゃなくて、気の持ちようですぐに慣れられる程度の気持ち悪さって感じかな。例えるなら、機械課実習工場の油臭さと似てる。最初は鼻につくけど、数時間いれば特に気にならなくなっちゃう、そんな程度のものだ。
ま、それは今は脇に置こう。
件の感覚の余韻が抜けると同時に、ずしんという重い衝撃がコクピットシートを介して体の芯へと伝わる。下から突き上げられるような衝撃は、車の振動とも、電車の振動とも違う。おそらくOSが地面に着地を決めた、その反動だろう。
「よかった、空想科学読本が言うほどひどい衝撃じゃなくて」
誰に聞かせるでもなく呟いて、ひとつ胸をなでおろす。次元カタパルトの射出時、目測で30メートルは自由落下している。次元をまたいで物理法則が継続されるのかは疑問点だが、とにかく思ったほど大きい振動でなくて助かった。
これくらいなら、心地いいくらいだ。
『どうだ岡嶋君。初めての3.5次元の感想は』
古屋隊長の声にハッとして、教本通りにまずは機体のステータスをチェック。オールグリーン。万事問題なし。
必須確認項目をざっと消化し終えてから、古屋隊長に返答する。
「なんて言うか、結構気持ち悪いんですね、次元カタパルトって。熱成型で型とられたみたいな感じっていうか……いや、経験はないですけど、感触的に……あ、岡嶋機、フレームイン。完了です」
『それは次元カタパルトというか、アバターに意識を切り替える時の処理が原因だな。あれに関しては慣れるしかない。なに、数回経験すれば気にならなくなる』
「ありがとうございます。でも良かったです。もしかしてあの気持ち悪いの、適性がないってことだったらどうしようって心配だったので」
『それだけ元気に喋られれば心配はいらんさ。初めてにしちゃサマになってる。自分の格好を見てみると良い』
そういって古谷隊長は外部からの操作で新しいウィンドウをひとつ立ち上げた。それはコクピット内を撮影したもので、ウィンドウを覗き込んでいる少し間抜け面の私が映りこんでいる。
自分の格好を見てみろと古屋隊長は言ったが、なるほど、そういうことかと納得する。私が4次元のコクピットに乗り込んだ時は高校の制服姿だったのに、今はなんというかちょっと近未来なボディスーツを装着していた。変身ヒーローみたいだな、と少し顔もほころぶ。頭は簡易なヘッドギアがだけだから、どっちかといえば変身ヒロインかも知れない。ま、そっちもそっちで捨てがたいな。
「えっと、ずいぶんカッコいい姿になっちゃってますね、私」
『なんだ、そんなに驚かないんだな』
古屋隊長は、ちょびっと興がそがれたような声色で言った。
「いやー、アバターっていうだけあって、なんとなく姿も変わるのかなーって思ってましたから。予想ではもっとこう、いうなればファンタシースターのキャストみたいな、もう、そのものズバリなSFメカ娘になっちゃうんじゃないかって思ってたんですけど、さすがにそれは考えすぎだったみたいです」
『はー、良くわからんが、最近のゲームっ子は順応性が高くてうらやましいな』
古屋隊長はそう言って苦笑した。声音に嫌味っぽさはなかったので、多分本心だろう。
「隊長はやらないんですか? ゲームとかって」
『やらんことはないが、ジャンルの問題だな。RPGはほとんどやらん。専らシミュレーションだな』
「へー、スパロボとかGジェネとかですか?」
『いや、信長の野望とか太閤立志伝とかだな。たまにギレンの野望もやるか』
「硬派だ!」
『いや、別に硬派だってことはないだろうさ。やってみたくなったら貸してやるぞ。ま、今は目の前の試験だがな』
どうやらお茶らけムードはここまでのようだ。隊長は緩んだ空気を引っ込めて真面目な顔を作ると、「さて」と短く前置きした。
『さて、岡島君も大丈夫そうだし、早速試験を開始しよう。まずは外に目を向けてくれ』
「了解!」
さあ、始まった。こっからが正念場だ。
私は自分のほっぺたを2度ほど軽くはたくと、指示に従ってメインスクリーンを注視する。
『何が見える』
「真正面に市役所が見えます」
『君の現在位置はわかるか?』
「工芸高校のグラウンド、でしょうか」
『正解だ。機体とのリンクは上々のようだな』
言われて気づいた。周囲の状況を確認しようと、私は自然とOSの頭部カメラを旋回させていた。私とアバター、OSの間でしっかり同期が取れている証左だ。
『よし、では次だ。回れ右をして180度旋回。操縦法はわかるな?』
「教本は擦り切れるほど読んできました」
『結構。ならば思うとおりにやってみるといい』
「了解」
私はちろりと唇を湿らせて、操縦桿を握った。本来は火器管制に用いる補助入力機器なので今は特に触る必要のないものなんだけど、これを握ってるだけで"ロボットを動かしてる"感が増すので、握る。そういうのって、大事だと思う。
「……」
OSという巨大な人型ロボットは、その制御の大体を思考制御によって行う。つまり"思う"だけでOSは動くから、コクピット中に張り付いてるスイッチやコンソールなんかは、ただ動かすだけなら一切触る必要が無い。それこそ、動かすだけならそこらの幼稚園児にだってできるだろう。それくらい直感的でダイレクトなマシンだ。IFSのナノマシン入れなくても動かせるエステバリスみたいなもんだね。
だから私は、"回れ右"を"思う"。右足を半歩引き、180度旋回して、右足を戻す。この単純な3ステップが"回れ右"の構成要素だ。難しい話では決してない。失敗したらどうしようだとか、もしも足がもつれたらだとかは、考えない。そういう雑念をOSが万が一拾っちゃうと、その通りになっちゃう。だから考えない。無様な姿は見せたくないもんね。って、いけない、雑念雑念。
ただ無心で、回れ右だけを思う。右足を半歩引く。巨大な足裏がグラウンドに溝を掘る。旋回する。微小な遠心力がコクピットを揺さぶる。右足をそろえる。ついさっきまで背後だった景色が、しっかりとメインモニタに映しだされた。間違っても、一面の青空だとか砂色の地面だとかではない。
成功だ。こけたりしなかった!
能動的に機体を動かした初めてのアクションが成功裏に終わり、ついつい飛び出たガッツポーズをしっかりOSは模倣してしまって、慌てて機体を自然体に戻す。
『上出来だ。足を引っ掛けなかったのは、舞以来だな』
古屋隊長はあごひげに手をやりながら唸った。
「成功率、そんな低いんですか」
『だいたい40%前後だ』
たしかに低い。半分切ってるんだ……。
なんだ、私、結構やるじゃん。
『"もし足を引っ掛けたら"、"もしすっ転んだら"なんていう雑念が、どうしても払拭できない奴っていうのは多いな。特に初めてとなれば緊張もあることだろうし。まあ、俺は危なげなくパスしたが』
「さすが隊長。ていうか、そしたら私ってば結構できる子だったりするんですかね?」
さらっと差し入れてきた古屋隊長の軽い自慢はさらっと流し、ちょっとばかし調子にのって尋ねてみると、
『ま、本当にできる子ならガッツポーズなんかは見せないだろうな』
と手痛い返しを食らった。よくもまあ的確に人の恥ずかしいポイントを突いてくるものだ。顔から火が出そう。
いや、平常心平常心。ここはグッと我慢だ。OSがそれを拾って顔を手で覆いながらモジモジなんてしてみろ、恥の上塗りもいいところだ。
『さて、君をおちょくるのはこれくらいにして』
古屋隊長はひとしきり笑ったあと、マジな空気を引っ張り戻してきて仕切り直す。
「お手柔らかにお願いしますよホント……」
私は少しばかり疲れたような声色で隊長に嘆願してから、ひとつだけ息をはいて気を引き締める。
まだ試験は始まったばかりなのだ。
『では次の段階に移ろうか。君の現在位置から百メートル前方に、標的用のドローンを設置してある。確認してくれ』
「百メートル前方……あ、あれか。確認しました」
私が前方を凝視すると、連動したカメラがズームして対象を映し出す。
標的用のドローンってやつは、高さがOSとおなしくらいかある赤い直方体だった。材質はプラスチックっぽくて、陽光を鈍くてらてらと反射していた。
『よし、いまから君の機体とドローンが模擬戦闘を行う。この模擬戦の最中は、OSは君の操縦を一切受け付けない。君は座っているだけだ。どうしても気持ち悪くなったら、いま立ち上げたウィンドウの非常停止ボタンを押すこと。以上だ。なにか質問はあるかな』
「あ、どうしても気持ち悪くて胃がポロロッカ起こしてしまいそうな場合は」
『上部ハッチの物入れにエチケット袋が常備されてる。他に質問は?』
「ありません」
『よろしい。ならば試験を開始する。10秒前』
古屋隊長がいい終えると、モニタの端に非常停止ボタンとカウントダウンタイマーが表示される。
同時に、前方のドローンにも動きがあった。
赤い直方体そのものだったドローンの側面から腕が飛び出し、下の部分が展開して足へと変形を遂げる。変形後の姿は、いつぞやスライドや戦闘映像でみたヴィジットそっくりだ。にせヴィジットだな、あれは。そんな感じだ。
若干こっちのがカッコいいかな?
にせヴィジットは腕を振り上げ、威嚇するような構えを取る。スパロボだったら『ガオオオォン!』って鳴いてそうだ。もちろんアイコンはハロで。
なんて考えてたら、コクピット内にビーっという長めの電子音が響いた。油断してた。ハッとしてカウントダウンタイマーを見やれば、カウントはゼロ。試験開始の合図だ。
モニタに映るにせヴィジットは動かない。実物とは違い両方ペンチの腕を振り上げて、ペンチをガチガチ打ち合わせているだけだ。威嚇をしているようにも、余裕を醸し出しているようにも見える。
なればと動き出したのは、こちらからだ。断続的な縦運動がシートから伝わって、モニタに映る映像と相まってOSが歩きだしたのがすぐわかった。
ホントに勝手に動くんだなア。遊園地のアトラクションみたいだ。
別に余裕ぶってたわけじゃないけれど、すぐに振動は強くなった。歩行から、走行に移ったのだ。
モニタの景色が、一瞬で後ろに吹き飛んでいった。生身ではそこそこ距離のある百メートルも、身長が10メートルあるような巨人では数歩の距離である。動き出してからにせヴィジットに肉迫するまでに、わずか5秒とかからない。
さて、ここでようやくにせヴィジットが動く。
にせヴィジットはその場で垂直にジャンプすると、中空で半身ひねりを盛り込んで、見事にトンボを切って私の背後に着地した。
野暮ったいデザインのくせに、いっそ華麗な技さばき。ウルトラCもかくやの動きである。
「首くらいでも動けば、正面のモニタで観察できたのにな……」
バックサイドビューに映るにせヴィジットを必死でうかがい見ながら、リンクの切れた機体へ小さく悪態を吐く。ままならないな。
さて、当のにせヴィジットはすぐさま次の行動へと移る。そりゃそうだ、鉄棒の選手じゃないんだから、ポーズを決めて採点を待つ必要もない。
にせヴィジットは着地の態勢から流れるように地を蹴って、こっちの背中を目がけて突っ込んできた。突進だ。
このままだと激突必至。しかし結果は違った。OSは接触のコンマ数秒前に地を蹴って前方宙返り半身ひねりをきめ、さらに二度ほどバック転を行って距離をとった。当然コクピットの中もシェイカーよろしくかきまぜられる。ウルトラマンかよ、とは呟く隙もない。
そのままプロレスよろしくファイティングポーズをとれば実にウルトラマンだが、次にOSの取った挙動は武装の展開だった。
兵装切り替えの表示が画面端でちらついて、右の副腕が展開。懸架していた実体剣――表示によれば<CIWS-09単分子直刀>を左腕で保持し抜刀する。
ロボットに剣。なるほど、王道な組み合わせだ。
さて、対するにせヴィジットは背後からの体当たりを躱されたことで若干体勢を崩したものの即座に持ち直すと、こちらはレスリングのように低く腰を落とした構えをとる。どこが腰かわかんないとかは、この際関係ない。
最初の機敏な動きは鳴りを潜めて、今はにじりにじりと慎重に距離を詰めるつもりのようだ。
こちらはナガモノ、向こうはステゴロ。リーチの差はいかんともしがたい。それがにせヴィジットにもわかっているのだろう。迂闊に飛び込めないでいるのだ。
OSは副腕を収納すると、抜刀した得物を両手腕でしかと保持し、大きく振り上げて大上段の構えをとる。
一刀のもとに敵を斬り伏せる気満々のその構えは、なんとも大胆不敵だ。
そうして両者はにらみ合いの格好となる。しかしそれも一瞬、均衡を崩したのはにせヴィジットからであった。
彼のものは両手を振り上げ、姿勢を低くしたままで駆け出した。タックルを仕掛けるような姿勢である。小ぶりのビルほどはある巨体が猛然と向かってくる姿は、精神的に相当な圧力を感じずにはいられない。
しかし、今現在OSを操縦しているのは心を持たないコンピュータだ。気圧されるなどということはない。
にせヴィジットが得物の間合いに入った瞬間、大上段に構えた刃が体幹をフルに使って振り下ろされた。
ゴウと風が逆巻いて、続いて金属がへし切れる音が続く。
入った。私は確信する。確かな手ごたえがあった。私が操縦してるわけじゃないけどね。
哀れにせヴィジットは脳天から真っ二つの唐竹割り。惚れ惚れするほどの切断面を晒して地にドウと伏し……と、都合よく話が終わってくれればそれが一番だったのだけど、どうやらそれは問屋が卸さない。
OSは得物を振り下ろした姿勢のまま、何の予備動作もなく後ろに跳ぶ。人間には到底不可能な、機械ゆえの挙動であるが、それに助けられた。
数峻前までOSの胴のあった空間を、唸りを上げて殺到したベンチハンドが抉り取る。まさか、とメインモニタを凝視すると、正面に佇むにせヴィジットは左腕を喪いつつもいまだ健在であった。先程の斬撃を、インパクトの瞬間に半身ずらして片腕だけの被害にとどめたのだ。
OSはバックステップで稼いだ時間のうちに得物を構え直し、体勢を整える。
しかしその時間を、にせヴィジットは待ってくれない。
にせヴィジットは蛇腹のようにしなり伸縮する腕を素早く繰り出して、こちらの体勢を崩そう崩そうとしかけてくる。
牽制だな、と直感する。本命の準備のために、こちらにちょっかいを出しているのだ。当たればそこそこに痛い攻撃も、致命打とならないことは向こうも承知なのだろう。
ならば、その本懐を遂げさせるわけにはいかない。その瞬間、私の思いとコンピュータの判断は同調していた。
打撃の一瞬の隙をついて、OSが一歩踏み込む。必殺の一歩だ。下段の構えから跳ね上げられた刃が、こちらへのいやがらせを繰り出さんとする直前の右の蛇腹腕を根元から切り飛ばす。
電気信号の残滓が一度二度と腕をのたくらせたが、それまでだ。意思を持って蛇のように向かってくるということはないなら、あとは本体だけである。
両者の間の距離はすでに無いに等しい。OSはにせヴィジットのどてっぱらに、強烈な蹴撃を叩きこんだ。にせヴィジットの赤い表面装甲がOSの足形に陥没し、数十メートルは弾け飛んで背中からしたたかに地面へ倒れ込む。
さすがはGKKWだ。巨人の全体重を支えた上に跳ね回るだけの剛性と脚力は伊達じゃない。
地面に蹴り倒されたにせヴィジットは陥没した胴体から青白い火花を散らし、ピクリとも動かない。OSは悠々と、それでいて警戒を孕んだ足取りで接近すると、単分子直刀をにせヴィジットの胴にあてがって、動きを止めた。
「……」
とどめはささないのだろうか。コンピュータは何を躊躇しているんだろう。サクッとやってしまえばいいのに。
しかし1秒たっても、2秒たってもOSが動くことはない。
「……?」
《状況終了》
「えっ、あ、終わったんだ」
小首をかしげていたら、脳内にEFケプラーの声が響いて、ようやくにせヴィジットとの模擬戦が終わったことを悟る。まあそっか、ドローンってことはこっちの備品だもんね、そう壊すわけにはいかないか。にしてはずいぶん切り刻んだりぼてくりまわしたりしちゃったけど、まさか修理費とか請求されないよね?
なんて恐る恐る地面に押し倒された格好のにせヴィジットを見たら、切り飛ばしたはずの両腕もしっかり足形の食い込んでいたはずの胴体もすっかり綺麗な状態で、傷一つついていない。
どういうことだろう、超再生能力でも持ってるのか、はたまたさっきまでの戦闘が架空の映像との合成で、実際は寸止めだったとかだろうか。
個人的には、後者を推したいな。
「ふぅーっ……」
『ご苦労さん。今ので適性試験は終了だ。何か感想はあるか』
2重の意味で緊張の糸が切れてシートにもたれながら長い息をはいていると、古屋隊長から通信が飛んできて慌てて居住まいを正す。
「結構揺れるんですね。よく回るし。昔、「ガメラ大怪獣空中決戦」が上映されてた時に手取フィッシュランドに置いてあったぐるんぐるん回るボール型の遊具を思い出しました」
『なんというかわかりづらい感想だな。というか平成ガメラ1作目と言えば'95年だろ? よくそんな昔の事を覚えていたな』
古屋隊長は盛大に苦笑した。しかし特に戸惑わずにガメラの上映年が出てくるあたり、この人もなかなかである。
「やあ、結構あやふやなんですけどね。もしかしたらフィッシュランドじゃなくて魚津ミラージュランドだったかもしれないです」
『ま、どの遊園地だったかは比較的どうでもいいとして……その調子なら、体に別状はない様だな』
「言ったじゃないですか、私、三半規管には自信があるんですって」
『どうやら本当のようだね。バイタルも全部正常値だ。若干の興奮はあったようだけど』
最後のは夢見さんの声だった。さっきから全然喋らないと思っていたら、データの解析をしていらっしゃった模様、お疲れ様です。
「興奮はそのォ、まあしてなかったって言ったら嘘になっちゃいますけど……。でも、やっぱりロボット動かしてるって実感が湧いたら、興奮しちゃうじゃないですか。いや、むしろ興奮しない方がおかしいですよ。それはしょうがない話ですよ」
『あんまり女の子が興奮を連呼するのもどうかと思うけども、まあ、全然許容値だから気にすることはないよ。試験の成否にはかかわらない』
言い訳にもなっていない私の言に、夢見さんは優しい声色で答えてくれた。ほっと息をなでおろす。
「えっと、これで試験終了ってことは、結果発表とかは……」
『うん。それもあるからとりあえず帰還だ。今から指定するポイントまで、OSを移動させるんだ。岡嶋くん、キミの操縦でね』
『課長、それ、私のセリフなんですがね』
『おっと、すいません』
横っちょから掛ける言葉を盗られた古屋隊長が夢見さんにジト目を向けると、夢見さんは頬を掻きながら形ばかりの謝罪をする。どうやら確信犯だったようだ。古屋隊長が小さくため息を吐いた。
『さて、セリフはとられてしまったが悔やんでも仕方がない。自分でOSを操縦して回収ポイントまで移動するのが最後の試験だ』
「好きに動かしていいんですか!?」
『壊さん程度にな』
異常なまでに食いついた私に隊長は苦笑して答えた。
いやでもこれは食いつくでしょ。さっきは回れ右したけど、それよりずっと自分で|やらなきゃいけない操作《弄れるとこ》が多くなるんだよ? 俄然燃えるじゃん。やる気モリモリだよ。
『さて、それじゃあ回収地点の情報を送信する。メインモニタのマップに表示されるから、それを確認する……ん?』
古屋隊長の指示は、短く断続的に響く、何というか人の不安感とかを逆なでするような電子音に遮られた。なんだっけこれ……前になんかで聞いたことがあるような……と思って、気づいた。緊急地震速報だ、これ。
「じ、地震ですか!?」
自慢じゃないが、富山県は最近あんまり大きな地震を経験してない県なので、県民の地震に対する恐怖度は諸外国のそれに近しいものがある。少なくとも私はそうだ。地震・雷・火事・親父とは言うけれど、絶賛喧嘩中の親父以外は相応に怖い。
古屋隊長は一瞬ためらったような顔をしてから、閃いたとばかりに手を打った。何を悠長な。
「ひ、避難とか、しなくて大丈夫なんですか!?」
『大丈夫だ、問題ない。岡嶋君、そもそもこれは地震じゃない』
「え、そうなんですか?」
一気にすとんとテンションが落ち着いた。なんだ、地震じゃないのか。慌てて損した。じゃあ、一体全体なんだったんだろう。私がそれを問うより先に、古屋隊長が口を開く。
『これは、アレだ。ヴィジットの侵略があった合図だ』
「ええっ」
『ちょうどタイミングが良かったな。初仕事だぞ、岡嶋君』
「えええっ!?」
せっかく落ち着いたテンションが、また一気に引き揚げられた。




