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ある養父の告解




私はどうしようも無い、人でなしだった。

力ある魔術師として地位や名声を手にしていた。偉大なる陛下の指揮の下、魔術師団を率い、国を救った功績があった。盤石な地位と名誉。輝かしい肩書きを手にする一方で、その実私は、ただただ人の心の分からぬ下種だったのである。

私がその事に気付く事が出来たのは、今では愛おしい我が息子である弟子、エドガーのお陰であった。







ある、嵐の晩の事だった。

その夜は夕刻から突然の嵐に見舞われ、魔術師である私ですら出歩くには難儀であるほど、空が荒れていた。


そんな晩に、当時五歳だったエドガーは我が家の門戸を叩いたのである。根こそぎ感情をなくしてしまったような、表情の無い薄汚れた子どもは嵐の中で平然と立ち、両親からの伝言である、という言葉を告げた。曰く、


『極平凡な夫婦の間に恐ろしく魔力の強い子どもが生まれてしまった。私達はその子どもを扱いかねた。おそらく、それが気に障ったのだ。子どもは私共を許さなかった。このままでは、私共夫婦もその村にいられなくなってしまう。高名な魔術師であるダグラス・ラドクリフ様にその子を託したい。私共では手に負えないが、貴方ならばきっとその子に正しき道を示して下さると信じている』


要約すればこんな所だ。自分勝手な両親の言葉をおそらくは一字一句漏らさず暗唱して見せた子どもの言葉は、当時の私でさえ眉を顰めるほど身勝手で欺瞞に満ちたものだった。私は早々にそんなものは忘れる事にした。


そのときの私は、恥ずかしながら厄介なものを押し付けられた、と思うばかりであった。親に捨てられ、その理由まで口にさせられた憐れな子どもを前にして、同情など欠片も浮かばなかった。

浮かび上がるのは面倒に思う感情と、強い力への熱烈な関心。当時の私は、魔術こそが全てであった。


結果、私はエドガーを我が家で引き取る事に決めた。傲慢な魔術師ダグラス・ラドクリフは、こうして後継者たる弟子を取ったのである。







エドガーは優秀な魔術師だった。

我が家に来た当初は、膨大な魔力を持つだけでその仕組みも、扱い方も分かっていなかったが、少し教えれば恐ろしい早さでそれを吸収していった。

私は、小さな子どもの覚えの速さに恐怖さえ抱いた。同時に、これほどの才溢れる人間に出逢えた事に心を躍らせた。切磋琢磨するように、私は余計に魔術にのめり込んでいった。


当時の私の関心は、全てあまりに優秀すぎる弟子に向けられていた。しかし、対して『エドガー』という一個人は何を考え、どのように過ごしているかなど、まるで興味が無かった。

エドガーの私生活に関しては、妻のマーナに一任していた。子に恵まれない私共夫婦の元に突如やって来た子どもを、彼女は心から慈しんでいた。







その頃、王都はいつも曇天に覆われていた。時折雨風を伴う事もあり、随分と長い間、陽の光が届く事は無かった。


そんな中、私はエドガーを行く先々に同行させていた。あらゆる魔術を目で見て、音を聞き、感じる事は理解を深める為に最も必要な事である。

エドガーはそれに、文句一つ口にする事なく従った。どのような危険な場所も、どのように血生臭い場所にも、私は平然と連れ回した。彼はそれに、眉一つ寄せる事さえ無かった。


おおよそ魔術にしか興味の無い私と、無表情で自ら口を開く事の無い、何を考えているか分からない子ども。そんな二人を取り持つのは、いつもマーナの仕事だった。


帰宅すると、彼女は彼女らしい朗らかな笑顔でお茶を用意し、極自然にエドガーへ手伝いを頼んでいた。彼はそれに子どもらしく元気の良い返事をする事は無かったが、反抗する事もなく、大人しくマーナに従っていた。

そんなときは、不思議と空からわずかばかりの光が届くのである。







エドガーが我が家に来て、一年ほど経った頃の事だった。

その頃の私は多忙を極めていた。一年もの長きに渡り、曇天が続いたからだ。幸い、その曇天は王都にのみであり、農村などには被害が無かった為、食糧不足に陥る事は無かったが、危機意識を覚えるには十分な異常気象だった。


学者はあらゆる可能性を提示し、私は魔術により攻撃を受けているのではないか、と調査に入った。その頃には、エドガーは幼いながらにある程度私の手伝いをするようになっていた。


しかし、他国からの攻撃の可能性を視野に入れて調査をしても、目ぼしい結果は一つも出なかった。私は、根を詰め過ぎだ、と陛下から窘められて一度自宅に戻る事になった。エドガーも、そのとき久しぶりに我が家に帰る事となる。


それを出迎えてくれるのは、いつも通りマーナであった。彼女は、嬉しそうに我々を出迎え、お茶の準備をする、と言って再び奥へ引っ込んだ。このときは、エドガーも疲れているだろう、と彼女がいつもの手伝いを断った。

そのときである。自発的に何かを発言する事の無いエドガーが、初めて口を開いた。我が家の門戸を叩いた日以来の事である。あのときは両親の言葉を伝えただけだったので、実質初めて口にするエドガー自身の言葉だった。


「師匠、マーナはもう、いらないのでしょうか」

「何の話だ」

「マーナは、変です。やさしいのです。ぼくに笑ってくれるのです。手をつないでくれるのです。でも、マーナがいらないと言いました。もうぼくは、いらないのです」


窓が割れた。暴風によりガラス片は吹き飛び、開いた窓から風が襲う。部屋の中は風に呑まれ、外では嵐が吹き荒れていた。


私は、宮廷魔術師として恥ずべき事に、そのとき初めて気づいたのだ。エドガーから溢れ出す魔力が、天侯を動かしているのだと。元々、エドガーの魔力は不思議な形をしていた。高位の魔術師が自身の魔力を隠すように、魔力そのものを何かで包んでいるようだった。魔力の制御を知らずにいた為に、無意識に抑え込んでいる事には気付いていたが、まさかそれが、これほどのものとは。天候に影響を与える魔力など、聞いた事がなかった。


更に言えば、それを誰にも、私にさえ悟らせなかった事が何よりもの脅威である。彼は心の奥底で膨大な魔力を疎んでいた。それ故に、ここまで完璧にその気配を隠す事が出来たのである。まるで、見たくもない現実から目を逸らすかのように。


「ぼくは、魔力がきらい。お父さんもお母さんも、これがあるからダメだと言いました。だからマーナも、ぼくがいらないのです」


そして私は、人間として何よりも恥じるべき事に、このとき初めて気付いたのだ。目の前にいるのが、膨大な魔力を持つ金の卵ではなく、孤独に絶望する憐れな子どもでしかないのだと。

大人の些細な挙動で心を殺さなくてはいられない、哀しい子どもである事を。







そのときは、窓が割れた音に驚いたマーナが駆け付け、エドガーを抱きしめて宥める事でようやく事無きを得た。嵐は収まり、エドガーは魔力を消耗した為か、倒れるように眠った。

私は、己の愚かしさを呪った。自身の跡を継ぐべき力に目がくらみ、大切な事を忘れていたのだ。エドガーが一人の人間であり、未だ幼い子どもである事を。


なんて事をしてしまったのだろう、と思った。あんな幼い子どもに、残酷な現場を見せ、気遣う事なく叱咤した。彼の両親に嫌悪を感じながら、私こそが人でなしだった。

後悔をしたのは、初めてだった。私は、いつも自分が正しい、と盲信して生きてきた。他者を振り返る事も、自身を省みる事も無く。他人を思いやる事などした事がなかった。

非道な行いも、残酷な振る舞いもした。恩義ある陛下の為に、と大義名分を掲げながら、私はただ人の心を持たぬ外道だったのだ。


散々躊躇った後に、私はエドガーの様子を見に彼の寝室へ向かった。ノックをすれば何故かマーナからの返事があり、引き返そうかとも思ったが恐る恐る扉を開けた。

そのときの光景を、私は一生忘れないだろう。


マーナはベッドに入り込み、泣きながら眠るエドガーを抱いて微笑んでいた。その頭を愛おしげに撫で、この世のものとは思えないような慈しみの籠った声で、子守唄を歌っていた。

その、マーナが私を見た。優しく、全てを受け入れるような目で。


「今日は貴方もお疲れでしょうから、とびきり美味しいご飯を用意しますね」


彼女は一言も何があったのか、とは聞かなかった。ただ、尋常ならざる様子のエドガーを抱きしめ、悔恨に苛まれる私を受け入れた。私が彼に何をしたか、知らないはずだ。けれど、彼女だけは、それを知っても私を受け入れてくれるだろう、と何故か確信した。


思えば、私はマーナの事さえ思いやる事が無かった。それなのに彼女は、気ままに生きる私をそのまま受け入れ、いつだってこの家で私を待ち続けていてくれた。

不満が無い訳ではないだろう。不安を感じない訳ではないだろう。寂しくない訳ではないだろう。それでも彼女は、ただそこにいてくれるのだ。

私は、その幸福に初めて気付いた。


「すまない………すまない、マーナ。エドガー…!」


どうかしたのですか、そうとぼけたように聞き返すマーナに、私はいつだって救われているのだ。







私は、異常気象に関する真実を、私に出来る全てを使い、ひた隠しにした。忠誠を誓う陛下を初めて謀った。それは私に罪の意識を抱かせたが、迷いはなかった。

それ以来、私はマーナに習い、魔術を教える以外はまるで父のようにエドガーに接した。彼を正式な養子に迎えるまで、そう時間は掛からなかった。


エドガーは、相変わらず表情こそ乏しいものの、けして無感情ではなくなっていき、空に光が戻ると共に明るさを手に入れた。何よりも、魔術のコントロールを徹底的に叩き込み、私とマーナと家族のように暮らすようになると、その魔力が天侯にまで影響を及ぼす事は無くなっていた。


ただ、その過程で、少々『独特』の価値観を持ってしまった事は大きな誤算であった。両親の事を気に病む彼に対し、仕事の素晴らしさを訥々と語り、天職に就ける事の感謝と幸福を言い聞かせ、陛下の素晴らしさを説き、要約すれば両親が捨ててくれた『お陰』でそのような幸福が訪れたのだと教えた。すると、心からそれを信じたエドガーは、私でさえ奇異に思うほど前向きになり、実に爽やかな顔で両親への感謝を口にするようになった。

そのとき、初めて私はマーナから怒られた。


更に言えば、前向き過ぎてどこかとぼけた性格に育った割に、それが表情に出ない為によく誤解されるようになってしまった。感情の起伏が少ない事自体は、無意識に魔力を制御している為かもしれないが。

そんな風に少し不器用ではあるが、エドガーは私の自慢の息子である。


その息子が、それから約十五年後、再び嵐を巻き起こした。

原因は、我が国の敬愛すべき王女殿下、クローディア様である。どうやら、エドガーは感情の制御が出来なくなるほど、恐れ多くも王女殿下に惚れ込んでしまっているらしい。

私は、息子の叶わぬ恋を憐れんだ。同時に、恐れた。あの莫大な魔力が、失恋のショックで暴走してしまえばどうなるのか、と。あの頃は幼かった為に嵐で済んだが、今やエドガーは私をも凌ぐと謂われる魔術師となっていた。何が起こるか想像もつかない。


しかし、偉大なる国王陛下は、そのお優しい御心により、エドガーの恋を許して下さったのだ。クローディア様がエドガーへ降嫁される事が、内密に決まった。

この秘密を知る者は、私を含めほんの一握りしかいない。マーナにさえ、まだ明かす事は出来なかった。


だからこそ、私は息子の幸福の為に尽力した。その魔力に振り回される人生だったエドガーが、今度はその魔力により幸福を手にするのだ。

私は地に伏して国王陛下へ感謝と、この忠誠を新たにした。







それなのに。


「このダグラス・ラドクリフ。偉大なる国王陛下に仕え、その懐刀と称され、この身に余る幸福でございました。この老いぼれの命で贖えるものとも思えませんが、どうか愚かな我が息子に恩赦を。そして、我が妻、マーナ・ラドクリフにすまなかった、愛している、とお伝えください」

「止めろ!オズワルド・ハーシェル!」


この命を散らそうとした私に、エドガーの友人だと紹介された若き騎士が飛びかかる。エドガーに友人がいた事に感激したが、今は邪魔をしたこの青年が忌まわしい。


先程、とんでもない情報が飛び込んできた。なんと、我が息子エドガー・ラドクリフと王女殿下であらせられるクローディア様が共に姿を消したという。エドガーは勢い余ってクローディア様を攫ってしまったのである。


それは、恩義ある国王陛下へのとんでもない裏切り行為であった。私の首一つで足りるものではないが、お優しき国王陛下に懇願した。エドガーの恩赦とせめて、せめてマーナへの慈悲が与えられるように、と。


しかし、それも失敗に終わった。やはり、息子の罪は私の命などで許されるものではないのである。

エドガーはとんでもない事を仕出かした。国王陛下に忠誠を誓う身としては、大変遺憾に思う。しかし、それでも私は愚かな父として願った。


どうか、我が息子に幸福が在らん事を――――――









読んでいただきありがとうございます。


王女様は一旦置いておいて、エドガーの養父のお話になりました。似非シリアス風味ギャグオチ添え。


何だか読みにくい文章のような気もしつつ…


ダグラス:宮廷魔術師団団長様。この国の魔術師の中で一番偉い。そして強い。六十前後ですが、まだまだ現役。公私は分けているが、基本的に息子が可愛くて仕方がない。初期との反動。嫁が出来た嫁過ぎてたまに戦慄する。卑怯なだまし討ちに遭い、打ち捨てられていた所を陛下に拾われて以来、腹心の忠臣。エドガーの陛下崇拝や、ぼけっとした性格の原因を作った人。もとい、頭のネジを外した人ともいう。


マーナ:ふわっとした可愛い女性。懐が異常に深い。愛情深く、ダグラスの全てを許して受け入れる。おそらく惚れた弱み。常に旦那に合わせる人。口にはしなかったが、実はずっと子どもが欲しかったので、エドガーが家に来た時は内心テンション上がっていた。使用人を雇う事も出来るが、家事が好きで出来る限り自分でこなす。




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― 新着の感想 ―
[一言] 書き方といいますか、雰囲気がすごく好きです。最後まで読ませていただきました。
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