希望を抱いて
いつの間にか家に帰ってきていた。裏路地から出た後、良と一度別れ、当てもなく歩いていたはずなのに、家に着いていた。自分が殺されるまで後、約22時間。ここまで全員殺されてきたのに、ここまで来て実感がない。明日の午後6時。桜は俺の目の前に現れて殺す。……俺はどうすればいいのだろうか?武装して戦う?あるのは包丁が数本。良と組んで、死ぬ気になって戦えば勝てるかもしれない。……けど、それは違う気がする。俺が全部忘れている間、桜は苦しんでいた。だからって橘さんみたいに笑いながら殺される度胸もない。殺すか、殺されるか。結局はどっちかしかない。どっちが正解なのか。それとも、どっちも正解じゃないのか。……例えば俺が桜を殺したとしよう。たぶん、その後の人生は虚しいだけだ。桜を殺したことへの罪の意識。桜がいない虚無感。桜のいた席を見ては桜のことを思い出し。朝起きて台所に行けば桜がいたことを思い出す。永遠に桜のことを悔やみ、悲しむだろう
なら殺されるか?それは嫌だった。単なる我侭だけど、殺されるのは嫌だった。……どうすればいいんだ、俺は。殺されるのがいいのか?殺すのがいいのか?桜の気持ちを考えると、どっちがいいんだ?俺の気持ちは?いくら考えても分からない。そういえば、もしこれで良と会わないまま死んだら良はどう思うのだろうか、なんてことも考えてしまった。俺はなんとなくアルバムを取り出した。取り出した後に『これじゃあまるで死ぬ気でいるみたいだ』と思ったが、気にせずに開いた。アルバムを見ていると、桜や俺が笑っている写真が何枚もあった。……けど、今の桜を見てしまっていると、この笑顔さえ、作り物な気がした。
気づくと深夜だった。いったい、何時間アルバムを見ていたのか分からない。自分の周りには沢山のアルバムがある。何度も何度も見直したアルバム。そのたびにその頃を思い出した。……そうして俺は、なんとなくだけど、決意した。どちらを選ぶかが決まった。良に連絡……はしなくていいか。なんとなく、良はどんな結末でも受け入れてくれる気がする。案外、どうするか決まると心が落ち着き、逆に睡眠欲や食欲がでてきた。俺は財布を持って外へ行き、コンビニで弁当を2つ買った。家に帰ると1つを冷蔵庫に入れ1つを食べた後、風呂に入った。そしてベットに入った。そしてそのとき、ようやく、橘さんが言っていたことが分かった。桜はおそらく、俺を殺せない。子供の頃の傷はなかなか消えないけど、それは傷だけじゃない。ずっと恨みを我慢していたのも、俺だけは殺したくないからだ。……だから、あのとき桜は自分に言い聞かせるために無理矢理にでも橘さんの望まない終わり……俺が死ぬ終わりにすると言ったんだ。逃げるチャンスがいくらでもあったのも、いくら恨んでも殺したくないからだ。それが分かると、さっきなんとなく決心していた思いが確かな思いに変わった。そして、あとは何も悩むことなく眠った。
起きたときには昼を過ぎていた。……けど、慌てる必要はない。やることは決まっている。俺は冷蔵庫から弁当を取り出し、暖めた。それをいつも以上に味わうように食べ、歯を磨き、髪にクシを通した。どうなっても桜と会うのは最後なんだから、キチッとした格好でいたかった。家から出るつもりはないのに外行きのまともな服に着替え、時間が来るまでゆっくりアルバムを見て待った。
6時。インターホンがなった。桜のことだからドアを蹴破って入ってくることはないと予想していたので、慌てることなくドアを開けた
「いらっしゃい。上がるか?」
ドアの向こうには悲しそうな顔をした桜がいた。俺はその桜に対して、笑顔で対応した。桜は返事をせず、ただ頷くだけだった。俺は入り口からどけて、桜が入れるようにした。桜はゆっくり家に入り、俺はドアを閉めた。
「何か飲むか?」
「……いい」
桜は小さく返事をした。俺も「そうか」とだけ言った。桜は席につかづ、俺が広げていたアルバムを見ていた
「懐かしいだろ」
「うん」
「お前が生まれたのが3年生の頃なんだろ?」
「うん」
「アルバム見直してさ。1年の頃から最近まで全部見たけど、全く差が分からなくて、今まで桜を表面しか見てなかったんだな~って分かったよ」
「そう」
「…………」
そこで俺の口は止まってしまった。……これから俺はどうすればいいのだろうか。俺の結果はもう昨日の夜に自分で決めた。それは『死』。最終的に、生きても辛いだけなら、死んでもいいと思えた。なら、もう後は桜に殺してもらうだけだ。
「さく――」
俺が何を言おうか決めて声をかけようとした瞬間、桜は抱きついてきた
「……どうしたんだ?」
女の子に抱きつかれたというのに、心は落ち着いていた。まるで自分の知らない頭の一部でこうなることを予想していたかのようだった
「快は……怖くないの?」
「怖い?」
「私に殺されること」
「それは……」
ここで俺はどう答えればいいのだろうか?本音を言えば怖い。今からこの体に刃物が刺さると考えると、逃げ出したくなる。……けど、逃げるわけにはいかない。ちゃんと謝りたいし、もう死ぬのは決めたことなのだから。
結局、俺は本音を言った
「怖いよ」
「なら……なんで逃げないの?チャンスはいくらでもあったよ?」
「確かにいくらでもチャンスはあったけど……。けど、やっぱり桜には謝りたかったし、逃げて、逃げ延びても、たぶん後悔したと思う。ズルズル引きずってた気がする。」
「……そう」
桜はそれを聞くとただそう呟くと、黙った。俺もどうしていいか分からずに、黙った。
「……今なら……間に合うんだよ?」
「……死ぬ覚悟は昨日したよ」
「……そう」
本当は、桜だって俺を殺したくないのは分かってる。……けど、もう初めの殺人をやった時点で止まれなくなったようだ。さっきから何度も逃げるチャンスを与えてる。……けど、俺は逃げるつもりはない。そしてついに、最後の時が来た。それは俺の都合に構わず、突然始まった。
「ごめんね」
桜がそう呟いた瞬間に、後ろに回っていた桜の手が離れたと思うと、鋭い痛みが走った。
「……ごめんね……!……ごめんね……!」
桜は泣きながら謝った。俺は桜の頭を撫でた。俺にとっては、確かに痛かったけど、思ったほどの痛さじゃなかったし、死ぬ覚悟はしてたので、むしろ桜が鳴いてる方が辛かった。
「気にするなって。俺の方こそごめん。ずっと……て言っても、昨日知ったことだけど、謝りたかった」
俺はだんだんフラフラしてきながらも、そう言った。案外、すぐには死ねないのだと考える余裕さえあったほどだ。俺はとうとう立っていられず、前に倒れた。桜を押し倒す形になったが、桜は避けることなく倒れた。
「……ねぇ。来世って信じる?」
「そうだな。……今は信じてみたいかな」
「どうして?」
「今度は桜と何事もなく、普通に友達になりたいから。桜にも幸せになってほしいから」
「……ありがと。……でも、私は来世があるなら快とは恋人になりたいかな……」
そう言ってる間にも、だんだんと瞼が重くなってきた。そこにきてようやく、自分はもう死ぬんだと実感できた。おそらく、もう喋れないと思う。だから、これが最後の言葉
「じゃあ、一緒に信じよ。2人が幸せな来世」
顔は見えないけど、たぶん桜は笑っている。俺は最後まで、意識を失うまで桜の体温を感じたまま、意識を失った。