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扇風機男についての覚書

作者: 冷蔵庫

この短編には、人身異頭の「扇風機男」なる人物が出てきます。

苦手だという方は、ブラウザバックお願いします。

また、ネタバレになってしまいますが、主人公が「色覚特性」です。

しかし、作者の私はネットで調べた程度の知識しかありませんので、実際の色覚特性の方は、「え、違うよ」という部分があるかもしれません。

また、そういう方を差別するつもりは微塵もありません。表現には気をつけているつもりですが、気分を害する方がいらっしゃれば、読むことをおすすめしません。


上記の警告を読んだ上で、本編を読まれていただければと思います。

また、読んだ後の苦情は受け付けておりません。ご了承ください。

 

 世の中には不思議なことがたくさんある。

 空に銀色の円盤形飛行船が浮かぶ日もあれば、水中から魚のようなヒレを持った女性が現れる日もある。人々はそれを騒ぎ立て、世界中に広め、やがては飽きていく。

 ならば、保健室登校の人身異頭の男子生徒がいても全く可笑しくなかろう。



 教室の窓からのぞく景色は、入学時ほど美しくない。花の海はあっという間に新緑に呑まれ、春というには暴力的な日差しを葉が反射する。もちろん、新緑には新緑の趣というものもあるのかもしれない。しかし、視覚的に華やかなのは圧倒的に前者だろう。

 ふわふわとした視界を少しばかり左に移動させると白い隣の校舎が見えた。小さな窓から見えるそこの教室では数学の授業中らしく、眩暈がしそうな数式の羅列が黒板に踊っている。

 すう、と深呼吸をすると、芽を出したばかりの葉の匂いがした。鼻腔をくすぐるようなその匂いを体に注ぐと、寝ぼけた頭が僅かながら覚醒した。


「では、問い二番を解きなさい、制限時間は5分です」


 頭が少しばかり覚醒したお陰か、若い国語科の先生の声が聞こえた。今まで自分は寝ていたのだろうか。凝り固まった筋肉をほぐそうと首を動かすと、バキバキと聞くからに不健康そうな音がした。

 ようやく視界を教科書に移すと、寝ている間に説明の内容は隣のページに移っていたらしい。シャーペンを握りなおし、姿勢を正すと先生のものらしき視線が私の顔を撫ぜた。どうやらロックオンされてしまったらしい。

 とんとん、と後ろの席の友人に肩を叩かれる。振り返ると、苦笑いのような、呆れたような表情で小さな紙片を私の手に握らせた。

 そして、顔を私の耳ぎりぎりまで近づけて「アンラッキーだったね」とだけ囁いた。


 職員用のスリッパとつるつるとした床がすれる音が段々と私の席に近づいてくる。

 もう一度、友人の方を振り返るが、友人の視線は教科書とノートにだけ注がれていた。


「瀬川さん、ちゃんと授業中は起きてようね」

 先生は私の肩を叩くと、諭すような口調でやんわりと注意した。少し、ローズ系の香水の甘い匂いがした。


「え、・・・はい、すみません」

 私はぎこちなく返事をして、先生と目線を外そうとしたが、先生はそんなことをさせる気は毛頭無かったらしい。私の頭を右手で固定して、私の眼をじっと見た。

 次は本格的に注意されるだろうな、と頭の片隅で思いつつ先生の口元辺りを見すえた。


 しかし、先生の口から吐き出された言葉は意外なものだった。


「ねえ、瀬川さんさ・・・」

「?はい」


 先生の声が一瞬、そう、ごく一瞬だった。静かな水面に小さな石を投げ入れたように震えた。しかしそう感じたのは本当に一瞬だけで、彼女は薄い唇を一文字に結んだ。


「ごめん、何でもなかった。授業は真面目に聞くようにね。今躓くと厄介だから」

 普段の優しげな表情が一変して、無表情な顔で淡々と言葉を告げた。その変化に驚きを隠せなかった。第一声が喉に絡み付いて出せない。

「・・・すみませんでした。」


 先生は、私の顔をもう一度じっと見つめた。何かを探るような、そして確かめるような。先生の小さな瞳孔が私の眼を追いかけた。じっと見つめ返すと、次は先生の方から視線を外した。嫌な汗が首筋を伝い、セーラー服の襟に吸い込まれていく。

 やがて、彼女は踵を返し、定位置である黒板の前まで移動していった。


「では、解き終わった人は手を上げてください」

 さっきまでとはまるで別人のような声で明るく告げる彼女の姿をぼんやりと眺めた。人間って何なんだろう。

 ふと、先ほど友人に貰った紙片の内容をまだ見ていないことに気が付いた。

 左手に握られたままのその白い紙片を開くと、小さな整った文字で短い文が嗄れていた。


 授業くらい真面目に聞けよー(笑)さっき寝てたしφ(.. )


 その文は左右に長い紙片の左上に詰めて書かれていた。その文の下には返事を求めるように2センチ程度の空白がある。

 先生の方を一度確認して手早く、小さな文字でその隙間に返事を書く。


 気付いてたなら起こしてよー;;


 一言書いて折り目通りにもう一度畳んで素早く彼女の筆箱の中につっこむ。出荷を待つ木材のように詰まれたペンとペンの間に紙片ははさまり、私の手を離れた。


 もう一度黒板の方を向くと、後ろでがさがさと紙片を開く音がした。

 それは至近距離でもよく耳を澄ませないと聞こえないような小さな音で、彼女が細心の注意を払っていることが分かる。

 その間にも、かりかりというシャープペンと紙が擦れる音や、カツカツというチョークと黒板がぶつかる音が教室に響いていた。

 黒板が半分くらいチョークの白い文字で埋め尽くされると、先生は教卓の方を剥いていった。


「それでは、休み時間の間に黒板を写しておいてください。次の時間に使いますからね。では、終わります。今日の日直は・・・あ、井川さんですね。挨拶をよろしくお願いします」

 かりかりという音がピタリと止み、数秒の静寂のあとに大きなチャイムの音がスピーカーから流れた。キィーンコーォンカァーンコーォン。キィーンコーォンカァーンコーォン。キィーンコーォンカァーンコーォン。キィーンコーォンカァーンコーォン。

 何度か音程を変えて繰り返しチャイムが鳴った。その間に何人かがイスを後ろに引いた。

 チャイムが鳴り終わると、井川さんと呼ばれた三つ編みの女子がきょろきょろと周りを見渡した。着席したままの生徒がいないか確認しているんだろう。誰もいないことを確認すると、彼女はすう、と小さく息を吸ってお決まりの挨拶を言った。気をつけ、礼、ありがとうございました。


「はい、ありがとうございました。」

 先生は柔らかな口調でそう告げて、荷物をまとめたり、質問に答えたりしながら教室を去っていった。

 先生が完全に視界から消えるまで、私は荷物を出したままにしていた。そして、先生が教室の一番後ろの扉の窓から姿を消すのを見届けてから、振り向いた。


「ねえ、カラコンばれちゃったかなあ。」


 友人の突然の言葉に彼女はきょとんとしていたが、数秒くらいしてから爆笑した。

「授業中くらい外しときなよ」

「だってさ、廊下ですれ違った時と目の色違ったら怪しまれるじゃん」

 ぶつぶつと言い訳をして頬を膨らませた。

「ははっ、綺麗な色してるんだから、そんな無理してカラコンしなくてもいいのに」

 香代子がそういいながら私の膨らんだ頬を左の人差し指でつついた。そういえば彼女は左利きだった。

 一緒に笑っていると、段々鳩尾あたりが痛みだした。同時に、吐き気が鳩尾から喉の奥まで這ってくる。胃の内容物が喉の真ん中辺りまでせり上がってきて、呼吸が苦しくなった。

 ゲホッゲホッと何度か咳をすると、内容物は少しずつ胃に戻っていった。しかし吐き気はおさまらなかった。

「大丈夫?」

 香代子がいきなり体調を崩した友人を心配して、私の目を覗き込んだ。

「ん、大丈夫・・・ちょっと保健室行ってくるね」

 席を立つと少しよろめいた。ずっと座っていたせいだろう。

 机の群れの間を抜けて、廊下に出ると少し吐き気は弱まった。教室独特の生ぬるい空気から抜け出したおかげだろう。しかし、また吐き気が襲ってきた。


 しばらく冷たい壁伝いに歩くと、女子トイレが目に入った。短い休みのせいか溜まっている女子はいなかった。誰もいないトイレに足を踏み入れると、芳香剤の甘ったるい匂いが鼻をついた。それが余計に気持ち悪くて、トイレに入るなり胃の中身を全部和式便器にぶちまけた。

 べしゃっ、という音とともにぐちゃぐちゃになった「食べ物だったもの」が落ちる。もちろん、個室の中には私しかいないから、誰が何をいうもないのだが。

 一度吐き出すと、大分楽になった。胃の中で燻っていたものが全部外に出たからだろう。

 ふう、と溜め息をついた。とりあえず、レバーを下に下げて、内容物を全て流す。水にさらわれていく様子は無残そのものだった。個室を出ると、手を洗って水色のハンカチで手を拭いた。そして、隣の水道で口を濯いだ。胃液の不快な酸味が全部流される。そして、しばらく外の景色を眺めた。

 街中にあるせいで、見渡す限りビルや商店街ばかりだ。山とか畑とか、そういうのどかな風景とは縁遠い。ビルの隙間を縫うようにして、ある一転を探し出す。その作業は裁縫に似ていて、波縫いをしたあとに糸を引っ張り、布を緊張させるような感覚といえばいいのだろうか。あの感覚だ。

 別に探し出すものは決まっていない。ぼんやりとした視界の中に、意識的に点を出現させるだけだ。大抵の場合、何も見付からない。今回は美容室の看板だった。

 美容室の看板を数十秒眺めると、流しっぱなしだった水道をひねって止めた。


 保健室の位置はうろ覚えだった。上級生に聞くわけにもいかず、仕方なしに事務棟を歩き回るとそれらしきものが目に入った。

 壁には「性病の予防」や「自律神経を整えるために」とか「春先に見られる危険な害虫」なんてものもある。この都会のどこに毒をもった害虫がいるというのだろう。害虫といえば、せいぜいゴキブリやハエ程度だろう。ハチやムカデなんてものは生まれてこの方、刺されたこともなければ、危機感を覚えるほどの状況に出くわしたことも無い。まあ、前の2つについてはまだ納得がいく。高校生にもなると、ハメを外す人も少なくないのだろう。かく云う私は処女だ。別にそれに関して、恥ずかしいとかどうとか思うことはない。そのうち無くなるものについて早いも遅いもあったものか。

 上靴を入り口で脱いで、淡い茶色のドアを開けるとそこには信じがたい光景があった。

 その光景は、以後の私の人生を大きく狂わせ、引っ掻き回し、平坦な道を進むだけだった幸福への道筋を原型をとどめないほどに蛇行させた。


 そう、そこには扇風機男がいた。


 私は悲鳴をあげそうになった。真っ当な人間なら当たり前だろう。しかし、私は真っ当な人間だが、あくまで体調不良の一高校生である。急に襲ってきた吐き気の方が勝った。悲鳴をあげるために吸い込んだ大量の息がつまって苦しくなってしまった。その場に座りこんだ。

「あら、大丈夫?」

 奥で事務作業をしていたと思われる養護教諭が私に訊ねた。が、この状況で、大丈夫も何もないだろう。

 ぜえぜえと肩で息をして、吐き気がおさまるのを待って、もう一度保健室の光景を見直す。


 確かに奥のベッドには、白い扇風機の頭をした男子がいた。


 目を疑った。いや、寧ろ頭を疑った。とうとう私は頭までおかしくなったのか。

 口からはまともな声が出ない。


「あ、よう君のこと?」

 若い養護教諭は、まるで今思いついたかのように言った。

「んー、ちょっと変わってるからねえ、あの子は。ま、仲良くしてあげてね」


 それから、私と「扇風機男」の一風変わった関係が始った。

久々に字書きしたので、なかなか上手くいってませんが;どうでしたでしょうか。

連載はしませんが、シリーズとしてぼちぼち書いていくつもりです。

時系列ばらばらで思いついたときに思いついたことを書きます。

では、よろしくおねがいします。

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