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東京の片隅で過ごした昭和の少年時代  作者: 青河 康士郎


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3/3

東京の片隅で過ごした昭和の少年時代-3

先生はメモでもみているのか、次々とメンバーを割り振ってゆく。クラスで一番体重のある大林くん、一番背の低い杉田くん、ヒョロリと痩せている野島くんもいる。先生は練習中に何を見ていたのか。これじゃあ、宮村くんのいる相手チームに 


「こんなメンバーじゃ勝てないよ」


苛立ちがいっぱい詰まった大声がグランドにぶつかり跳ね返った。その場にいたクラスの男子は皆、凍りついたように動きを止めた。地面へ叩きつけるように僕が言ったので、それを一体誰に向かって言ったのか誰にもわからなかった。でも、チームメンバーを決めたのは先生だったので、やはり先生に向かって言ったのだろう、と皆考えたと思う。不良でもない限り授業中に先生に向かってこんな暴言を吐く中学生は、昭和のこの時代いなかった。この抗議に対してどう答えてあげた方が良いのか、佐田先生は考慮のため少し間を開けたようだった。馬鹿にされたような気持ちになったのは、僕と同じチームのはずだ。しかし先生が作った少しの間を逃さず、硬い口調で言い返してきたのは相手チームの梅田くんだった。


「こんなメンバーって、どういうことだよ」


僕の言葉に我慢がならなかったようだった。


 三時間目の数学が終わった。四時間目の授業は体育。今日は天気もいいし、またサッカーができる。しばらく続いた基礎練習が終わり、今日からは試合が始まる。久しぶりの試合だ。宮村くんには負けない。密かにそう気持ちを決めて、体育着に着替える。


 小学生の頃には(※)必修クラブでサッカーをやっていたので、それをまた中学の体育でできるのはやはり嬉しい。教室の着替えている男子たちだって、いつもに増して賑やかなのは嬉しいからに違いない。みんなこれほど嬉しがっているのだから、宮村くんなら尚更だろう、と見てみるとテキパキと着替えながら口元が微笑んでいるように見えた。やっぱり嬉しいんだ。それはそうだ。


 自分と同じ小学校からこの青桜第一中学に進学してきた宮村くん。小学校時代はやはり同じサッカークラブに所属していた。クラブに参加できるのは五年生、六年生の二学年だけであったが、全児童数が多かったのでサッカークラブにもかなりの人数が所属していた。その中にあって、宮村くんは飛び抜けて上手かった。元々足が速かったのもあるが、先生の教えをすぐに理解してぐんぐん上達していった。それまでサッカーの経験はない、と言っていた宮村くんはしかし六年生になる頃には随分上達していた。僕よりうまいな、と心で思っていたが嫌な気はしなかった。自分なりに置いていかれまい、という意気込みだけはあった。


 サッカーに夢中になっていたのをみていたのか、珍しいことに父がサッカーシューズを買ってくれた。こんなことは滅多にないことだ。それはもう嬉しくてしょうがなかった。きれいに磨いて履き慣らしをして、学校へ持って行ける日が来るのが待ち遠しかった。必修クラブの時間、校庭に降りる外階段の下で真新しいシューズの紐を締めていると、みんなが寄ってきた。羨ましがる声、冷やかしの声、ガヤガヤとあったが何はともあれ嬉しい。その時、カツカツカツという音が聞こえてきた。視線をあげて階段の上方を見上げると、視界に入って来たのはこれも真新しいサッカーシューズだった。宮村くんが偶然にも同じ日にサッカーシューズを履いてきたのだった。本気でサッカーが好きになってきた宮村くんに、同じようにお父さんが買ってくれたらしいのだ。ザッザッと音を立てて駆け抜ける姿は、悔しいが格好良かった。たかが学校のクラブにそこまでしなくても、という同級生の陰口を耳にしたこともあった。それが自分に対してなのか、宮村くんに対してなのかわからなかった。が本当にサッカーを楽しんでいた僕たちには、そういったものは全然気にならなかった。


 小学生の成長は速い。身長の伸びに合わせて足のサイズもどんどん変わる。買ってくれた父親に悪いと思い、しばらく我慢して履いていたがそれも限界があった。僕と同じようにそのうち宮村くんも自慢のシューズを履いてこなくなった。

 休みの日に宮村くんの家の前を通りかかったことがあった。柵の向こうでしゃがみ込んでいる子供の姿があった。履けなくなったシューズを磨いている宮村くんだった。家の中からお母さんらしき声が聞こえた。


「もう履けないんだから、そこまで綺麗にしとかなくてもいいんじゃない」


「いいんだ、これは宝物なんだから」


なんだか、いいことを見聞きしたようで自分でも嬉しかった。家に帰って下駄箱をガサゴソ探ると、目当てのシューズを引っ張り出して僕も丁寧に磨いた記憶がある。


 僕たちは中学生になった。なんとなく噂では聞いていたが、実際中学に入ってみると、サッカー部はなかった。小学校時代に同じサッカーボールを追いかけた同級生たちは、みな思い思いのクラブへと散っていった。自分はというと、やはり球技からは離れたくない、という思いからなんとなく野球部に入っていた。放課後になればそそくさと練習着に着替え、ほぼ日課のように部活動で汗を流した。

 ぐったりと疲れた足取りで帰り道を通ると、公園で楽しそうにサッカーボールを追いかける子供たりをたまに見かける。誰かが大きくボールを蹴り飛ばすと、団子状態となって追いかけてゆく。ポジションなどというものは頭から消えてるんだろう。でも、何と言っても楽しそうだ。大声ではしゃいでいる。すると、不思議なことに自分の眼は吸い込まれるように、公園の向こうへ焦点を合わせた。金網の外に点々とあるベンチの一つに、見慣れた制服姿があった。明らかにボールを追いかけるように頭が動いている。宮村くんだ。はっきり見えたわけではないのに、すぐわかった。子供たちの様子をみて笑っている。そうに違いない。


 体の大きな梅田くんが両足を広げ、拳を握りしめて目の前に立つ。もうわかっている。僕に向かって何かを言おうと口を開いた時、思わぬことが起きた。梅田くんが急によろけて、横に押しのけられたのだ。僕もそうだが、驚いたのは梅田くんだったろう。

 現れたのは宮村くんだった。口を真一文字に結び、なにかを必死でこらえているようだったが、こちらをキッと見つめて口を開いた。

「あんなにサッカーが好きだった川野くんが、そんなこと言っちゃダメだ」

震えて叫ぶ宮村くんの眼は、赤く潤んでいた。

「僕には、なんで先生がこういうチーム分けをしたかわかるよ。川野くんはわからないの」


(※)必修クラブ・・・放課後に行われる課外クラブとは別に、学校の授業として行われたクラブ活動。




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