表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満員電車の調律師  作者: こみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/1

ふんぞり返る男

いつも通りの混雑した電車内。7人掛けのシートの真ん中に座った中年男性が、これ見よがしに両膝を大きく広げてふんぞり返っていた。仕立ての良いスーツを着たその男は、腕を組み、顎を突き出して目を閉じている。両隣の乗客は、男の太ももに圧迫されて肩をすぼめ、小さく身を縮めることを強いられていた。

さらに男は、混雑で乗客の体が少しでも触れるたび、「チッ」と大きな舌打ちを放つ。その横暴な態度と、男から漂う微かな香水と入り混じった加齢臭に、周囲の視線は冷たく突き刺さる。誰もがイラつき、けれど関わり合いを恐れて誰も声には出さない。満員電車のいつもの息苦しさを、自分の縄張りのようにさらに息苦しくする男。

それを少し離れたドア付近から遠巻きに見ていた、若い女性がいた。その女性が、携帯電話を持つ手を持ち替えた。その手を小さく持ち上げ、男を指さした。

それが、閉じた瞼の裏の気配として伝わったのか、男が「あ?なんだ?」と不快げに目を開けた瞬間、女性が指をパチンと鳴らした。

次の瞬間、男の傲慢なふんぞり返りがピタリと止まった。


「うわ、何このおっさん。めちゃくちゃ足広げてて邪魔なんだけど」

「自分の車だと勘違いしてんの? こんな良いスーツ着てて…育ちが悪すぎるでしょ」

「う……加齢臭きっつ。こっちに寄ってこないでほしい、イヤだってば」

「偉そうにふんぞり返ってるけど、大した役職でもないんだろうな。会社でも嫌われてそう」

「舌打ちとか、え~…マジで器が小さい。哀れなおじさん」

「こういう老害がいるから日本の満員電車は地獄なんだよ」

「毎日必死に働いてるアピール? 疲れてんのはお前だけじゃねえよ」

「リモートとか真っ先に撤廃したヤツかも、会社出てナンボだろうがっ。てか?」

「リモート自体自分がいまだにワカンナイから、コミュニケーション大事主義か…満員電車は無くならないわ」

「自分の父親がこんなところで他人に迷惑かけてたら、絶対に親子の縁切るわ」

「早く降りてくれないかな。存在自体がストレス」

「こんな狭い空間でしか威張れないなんて、私生活がよっぽど惨めなんだろうね」

「奥さん可哀そうだな…って、もう別れてたりして。くすくす」

「良いスーツなんだろうけど、何年前の?センスも昭和で止まってる。ダサっ」


車内の乗客たちが押し殺していた冷徹な本音が、津波のように男の脳内へと、どっと押し寄せてきたのだ。自分が「威厳ある社会人」ではなく、ただの「哀れで時代遅れの老害」として見下されている現実。何十人分もの強烈な拒絶と軽蔑が直接脳みそに響く恐怖に、男は顔を真っ青にさせた。組んでいた腕はガタガタと震え、広げていた両膝をあわててぴったりと閉じると、次の駅でドアが開いた瞬間に逃げるように飛び降りていった。


開いたドアから、冷えた電車内へムワッとした暑苦しい風が吹き込む。

男が飛び降りた駅は他にも降車した乗客が多く、指を鳴らした女性は、空いたシートの前にゆっくりと歩み寄り、ぽつりと言った。

「……皆の声を聞いて欲しかったのに」

それは逃げ去った男への言葉なのか、それとも、心の中で罵倒し合うだけで決して本音を口にしない、この満員電車に乗っていた乗客全員に向けられた言葉なのか。

彼女は静かに微笑み、空いた席へと腰を下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ