2-8 巨獣
用意を済ませ、帝都行きの馬車へ乗り込む。
(そういえば、思ったより世界は変わっておらんのう。今の時代でも馬車か)
そう言う幽霊。
(そういえば、アヴァって本当にどれくらい前の人なんだ?)
(さぁ、わからんのう。ただ、ブリオン王朝は聞いたことないんじゃろ?)
(ああ、聞いたことすらないな。俺が浅学なだけかもしれないが)
(割と長く続いた王朝だったからのう。歴史書があれば、残っていてもおかしくないくらいにはな)
(まぁ、全部図書館でのお楽しみってことか)
(ああ、そうじゃな)
雑談をしていると、馬車がゆっくりと動き出す。
他の乗客はおらず、馬車の運転手と二人きりの旅だった。
(おいおい、儂もいるぞ)
俺の心を読んだのか、寂しかったのか、幽霊の老人が会話へ割り込んでくる。
(ああ、そうだったな)
傍から見れば、何もない場所でにやけている変な奴だ。
だが、本人は楽しそうだった。
馬車での旅が始まって二日目。
いつもより激しい揺れのあと、何かが壊れる音がして、馬車が止まった。
運転手は一度外へ出て様子を確認すると、荷台にいる俺のもとへやってくる。
「あー、すまん。車輪がいった。直すまで少し時間がかかる」
「少しって、どれくらいだ?」
「ざっと三、四時間程度だな。他の車輪も見ないといけないし」
「わかった。ちょっとその辺を歩いててもいいか?」
「すまんな。直りそうになったら閃光弾を上げるから、それを目安に戻ってきてくれ」
「ああ、わかった」
そう言って周囲を見渡す。
奥に見える森を指差しながら、アヴァへ話しかけた。
(アヴァ、あれが降魔の森だよ)
(降魔の森?)
(ああ。魔獣が生息していて、縄張り争いをしてるんだ)
(魔獣というと、ダンジョンと同じか?)
(ああ。ただダンジョンと違って、ダンジョンが生み出したものじゃないから、光の粒になって消えない。だから肉とかが手に入る)
(ほほう。なら肉を取りに行くか)
(ああ。猪でも狩りに行くか)
そう言って、森の奥へ向かって歩き出す。
森には光がほとんど届かず、薄暗い。
日中だというのに、ひんやりとした寒さがあった。
帰れる距離を意識しながら歩いていると、一匹のどっしりとした猪を見つける。
(お、いたな)
まだ猪はこちらに気づいておらず、背を向けて歩いていた。
息を殺し、腰に下げた剣を抜く。
そして、それを空中へ浮かべる。
少しずつ距離を詰め、射程に入った瞬間――
浮かせた剣を高速で打ち出した。
猪も殺気に気づいたのか、こちらを振り向く。
だが、それが悪手だった。
振り返った瞬間、そのまま剣に貫かれる。
ほどなくして四本脚で立っていられなくなり、横倒しになった。
(アユムもやるようになったのう)
(ああ、これくらいはな)
そう言いながら、死んだ猪から剣を引き抜く。
首を落とし、サブウェポンの棒へ後ろ脚をくくりつけ、逆さ吊りにする。
(まぁ、奥まで行ってもしょうがない。こいつ一匹だけにするか)
(ああ、そうじゃな)
十分ほどで血抜きが終わったため、腹を割き、肉を火へかける。
(もう少ししっかり火を通すか)
そう思いながら準備をしていると――
「美味しそう」
自分とアヴァ以外の、綺麗な声が背後から聞こえた。
即座にその場を飛び退き、臨戦態勢を取る。
「誰だ」
声の先には、小柄で、髪を伸ばしっぱなしにした少女がいた。
「んー? 私はグルナだよー」
「どうしてここにいる?」
(おい、アヴァ。どうして気づかなかった)
(すまん。彼女、魔力がないみたいなんじゃ)
(魔力がない? そんな人間がいるのか?)
「んーとね」
内心で話している間にも、少女は答え続ける。
「あっちにあった村にいたんだけど、追い出されちゃったんだよね」
「それでお腹空いたから、お肉ありそうな森の中を歩いてたら、いい匂いがして来たの」
そう言って、焼いている肉を指差す。
「ねー、お兄さん。分けてくれない? お腹ぺこぺこなの」
そう言う少女に対して、思考を巡らせる。
魔力がないのに、降魔の森に一人で?
話を信じるなら、死ぬだけだぞ?
魔力がないということは、この世界では魔獣すら狩れない最弱の存在である証明だった。
そんな人間が森に入っているとなれば、ただの自殺としか思えない。
そう考えていると――
ぐぅぅぅ。
少女の腹が鳴る。
少女は頬を赤く染め、恥ずかしそうに下を向いた。
なんだか気の抜ける空気になり、構えていた剣を下ろす。
「じゃあ、一緒に食べるか? まだ焼いてる途中だけどな」
少女は目を輝かせながら、こちらへ駆け寄ってくる。
「ありがとう!!」
久しぶりに、アヴァ以外との食事だな――と、アユムは思い返すのであった。




