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【BL】学校一のイケメンとひとつ屋根の下  作者: おもちDX


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11/26

11.雨上がり

『心ここにあらず』を体現している瑞は、しばらく桔都を避けてしまっている。といっても少し前の桔都みたいにあからさまではなく、自分から誘うことはしないだけだ。

 元々桔都から誘ってくることもなかったので――その隙もないくらい瑞が誘っていたとも言う――二人で過ごす時間は相対的に減った。


 通常授業が始まると気を引き締めさせるかのごとく宿題も多く、模試の対策なんかもあって自室に籠もる時間が増えた。とはいえ机に向かっても、すぐにぼんやりと考え事をしてしまうため捗っていない。


 学校で桔都と佐倉が一緒にいる姿は見ていないものの、元々桔都とはクラスが離れていて接点がないからよくわからない。


 桔都の帰りが遅くなると「佐倉さんを家まで送り届けてたのかな」と考えてしまうし、休日に桔都がお洒落して出かけていくと「デートかな」と思ってしまう。

 もちろんそのお出かけに瑞のあげたスパイダーマンTシャツは着ていかない。学校での桔都に相応しい、本気お洒落男子のスタイルだ。


「はぁ~~~っ……」


 ため息ばかり吐いてしまう。どうしてこんなに気分が浮かないのだろう。五月病ならぬ、九月病ってやつ?


 秀治は無事告白に成功したらしく、同じクラスの女子と付き合い始めた。周囲には隠していて、一緒に昼飯を食べたりとか教室内で仲の良さを見せつけることはない。

 そういうところが、なんか大人っぽくて癪に障る。応援しているはずなのに、桔都もそうしているのかなって考えてしまうから。


 土曜日である今日も、桔都は昼から出かけて行った。朝ごはんのときに「友だちとボウリング行ってくる」と言っていたけど、「彼女となんじゃないの?」と瑞は内心邪推している。

 我ながら性格が悪い。


「瑞ぃ?」

「はーい」


 ノックの音が聞こえ、全く進まない勉強のノートから顔を上げて振り向くと母だった。というか丞さんも休日出勤で家におらず、母以外あり得ない。


「ぶどう食べない? シャインマスカット、丞さんのふるさと納税で届いたの」

「やったー! 食べる!」


 ダイニングで向かい合ってぶどうを食べながら、久しぶりに母と二人でお喋りする。なんだか再婚前に戻ったような雰囲気に、心が落ち着いていく感じがした。


「なんだか最近寂しいわ。丞さんは仕事が忙しいみたいだし、桔都だけじゃなく瑞もリビングに出てこなくなっちゃって」

「ごめん……なんか学校始まったら、落ち着かなくて」


 瑞も寂しかったけど、母も別の意味で寂しさを感じていたようだ。丞さんは最近帰ってくる時間が遅く、朝も早めに家を出たりしてあまり話す時間がなくなってしまった。

 わかっている。丞さんは家族旅行のために夏休みを長期間取ったせいで、今忙しくなっているのだと。


「やあね、大丈夫よ? 丞さんって全然怒らないし、時間のあるときはラブラブなんだから」

「うん……」


 瑞の不安げに揺れる瞳に気づいた母が、安心させるように手の甲を叩いてくる。すぐ怒りすぐに手を上げるかつての父と丞さんは全く違うとわかっていても、たまに不安が出てきてしまうのだった。


 私室なんてなかったかつての家と比べれば、この家は広すぎる。ひとつ屋根の下にいても母に寂しいと感じさせてしまったことが申し訳なくて、瑞はもっと母と過ごす時間を大事にしようと決意した。

 まだ決めかねているけど、大学で家を出るかもしれないし。


「瑞も早く桔都と仲直りしなさいね」

「別に喧嘩してないもん」

「そうなの? ま、いいけど。いつまでもヘソ曲げてたら、桔都に嫌われちゃうよ~?」

「ぐ」


 にやにやと煽られて、喉に詰まったような声が出た。母は瑞と桔都の微妙な空気を感じ取っているらしい。

 確かに今の状況は、瑞がヘソを曲げているだけと捉えられても仕方がない……というか事実だ。


(だって、なんか……嫌なんだもん!)


 自分だけの桔都だけでいてほしいなんて、ただの我が儘だとわかっているけれど。この感情につける名前を瑞はまだ知らない。


 しばらく家事を手伝ったりしていると、急に窓の外が暗くなった。窓に寄って空を見上げれば、雲行きが怪しい。母はスマホで天気予報を見て、「夜まで雨だって」と教えてくれる。


「桔都、大丈夫かなぁ。傘持って出てないよね?」

「あー、うん。多分ね」

「迎えに行ってあげたら? 風邪ひいちゃったら大変」

「そんな簡単に風邪ひかないってば」


 そう言いつつ、ちょっと心配ではあった。なんてったって自宅の風呂でのぼせたことのある桔都だ。

 この辺りでお洒落をしてまで出かける先は金西駅一択で、最寄り駅まで電車で移動したあとはほぼ確実に徒歩となる。

 ちなみに母はペーパードライバーで、この家の車は一台だけ。丞さんが通勤で使っているため今はない。


「母さん。何時に帰るか聞いてる?」

「うーん、夕飯までにはって言ってたと思う」

「連絡してみるか……」


 桔都の連絡先は知っているものの、一緒に住んでいるかつ同じ学校なので活用することはほとんどない。いきなり瑞から連絡が来たらびっくりするだろうな、と思いつつラインを送った。


 返信を待っている間、いよいよ雨が降り出してしまった。桔都のいる場所はどうだろうか。今は佐倉といて、スマホなんて見ない?


「あ、『六時くらい』だって」

「勝手に通知見ないでよぉ……」


 ブブ、と震えたスマホを先に覗き込んだのは母だった。デリカシーなんてあったもんじゃない。女の子からの「明日のデート楽しみだね♡」って連絡だったらどうするんだ! ……ないですね、ハイ。


 最寄駅からこの家までは十五分ほどで、バスもあるけどバス停まで五分は歩くし、結局歩いて帰ってくるのが一番らくだ。

 どんどん強くなる雨の音が急かすようで、瑞は立ち上がった。


「駅まで迎えに行ってくる」

「ヨッ私の息子は男前!」

「へへ、よせやい」


 ゆっくり駅に向かっても五時半には駅に着けそうだし、すれ違うことにはならないだろう。母に頼んだよと背中を押され、家と駅の往復だけなので身軽なまま瑞は傘を二本持って家を出た。


 どうせ濡れるし、とサンダルで出かけたのは正解だった。あちこちに大きな水たまりが出来ており、足元を見て歩かないとすぐにパシャンと踏み抜いてしまう。

 雨で視界が悪く車も水たまりを跳ねて通っていくため、瑞はなるべく道の隅っこに寄って歩いた。


 あと一本通りを渡れば駅に着くというところで、改札口から出てきた桔都を見つけた。今朝羽織って行ったコバルトブルーのシャツが灰色の風景のなかで鮮やかに映る。


「おーい! 桔都ぉー!」


 雨の音が強いせいだろう、ぴょんぴょん跳ねても気づいてもらえない。桔都は空を見て、どうしようか考えているように見えた。今にも雨のなか走り出しそうだ。


 そうなる前に瑞は信号が青になったのを見計らって、横断歩道を駆けだす。――その瞬間、桔都と目が合う。大きく目が見開かれた。

 

「瑞! 危なっ――」


 ビーッ! というクラクションの音が響き渡り、甲高いブレーキ音が鼓膜を震わせた。車が横断歩道へ突っ込んできて、瑞の傘が天を舞う。


「……び……っっくりしたぁー」


 ――瑞は間一髪で立ち止まり、難を逃れた。勢いで地面に尻もちをついてしまったが、そのまま進んでいれば目の前の車に轢かれていただろう。


「瑞っ、……みずき!!」


 車の後ろを通って桔都がやってくる。こっちが心配になるほど顔面蒼白で、濡れるのも構わず転げるように瑞に抱きついてきた。


「け、怪我は……っ? 痛くない? 大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫だから……転んだだけだって」


 見ていた大人が運転手を叱りつけている声が聞こえる。雨による視界不良が原因だったみたいだ。

 信号が点滅したことに気づいて、瑞は慌てて桔都を引っ張り元の歩道に戻った。


 桔都の様子は尋常じゃないほど動転していて、とにかく宥めることが先決だ。「大丈夫だよ」と繰り返し言い聞かせ、桔都の背中をポンポン叩いて落ち着かせる。

 瑞の体に怪我がないことを確認して目を合わせてようやく、桔都も瑞に縋りついていた手の力を緩めたのだった。


 周囲の人からもしきりに心配され、運転手も車を停めて謝りに来た。瑞も確認が甘かったと頭を下げる。

 周りの大人からのアドバイスで連絡先を教えてもらい、あとからでも何かあったら連絡すると約束した。今はアドレナリンが放出されていて、例えば足を捻っていたり擦り傷ができていても痛みに気づかない可能性が高いらしい。


 とりあえず今は大丈夫そうだったので、そのまま家に帰ることにした。というか、一刻も早く帰りたい気持ちが強い。

 とはいえ、自分も相当びっくりしたはずなのだけれど……桔都の方が動転していたため逆に落ち着いてしまった。


「驚かせてごめんな? 桔都が傘持ってないだろうって母さんと話しててさ、迎えに来たんだよ」

「……うん。ありがとう」

「ていうか、あはは。お互いびしょ濡れで意味ないし! よく考えたら駅のコンビニで傘買えるじゃん!」

「タクシー、乗る?」

「いやこんな濡れてたら乗せてくれないだろ」


 瑞が笑えば、桔都の強張っていた表情も緩む。一応タクシーも探してみたが、先ほどまでの豪雨でみんな出払っているようだった。今は小雨になり、雲の隙間から夕陽の温かい光が見える。


 傘を一本ずつ持って、今朝までの距離感を忘れたかのように寄り添って並んで、桔都と我が家への道を歩いた。


 なぜだかわからないけれど、心の中でずっともやもやしていた霧は今、晴れている。きつく繋がれた手から、桔都の関心が瑞から離れていないことを実感できたからかもしれない。

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