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眠れる獅子の尾を無自覚に踏み続けていた件

前回はワタシのひとめぼれから国際結婚までの

出来事をお届けしました。


今回は言葉の差だけでなく、年の差もある夫婦の

試行錯誤を重ねる日常をお届けします。


 2007年7月


 妻と「初次見面はじめまして」から一年ちょっと、正式に夫婦としての生活がスタートしました。


 そして月日が流れ…

 2007年12月に長男誕生。


 出産予定日の二週間前。

 出産サポートの為に広州に来る義父母を迎えに妻と一緒に空港へ行きました。

 空港から自宅に戻るタクシーの中で


 「これで安心して出産できるね。」


 そんなことを妻と話していた事が呼び水になったのか、帰宅して暫くすると妻が破水。

 緊急で病院へ向かうことになりました。

 初産という事もあり、破水から出産まで半日以上掛かりました。


 無事に出産となりましたが、子供に黄疸症状があり、急遽入院して治療することになりました。


 出産した病院の小児科にはVIP病棟がなく、親の付き添い入院ができませんでしたので、妻は産後の疲れた身体にも関わらず、毎日病院へ母乳とオムツをもって通いました。


 毎日30分の面会のために、タクシーで1時間往復…

 「心身ともにとても苦しい、本当に辛い。」


 妻は毎日泣いて過ごしていました。

 入院から10日ほどで黄疸もなくなり、長男は退院して一安心しました。

 一方で出産直後に連日病院往復をした事が原因で、妻の「産後の肥えだち」に悪影響を及ぼしてしまいました。


 またまた月日が流れ…

 2009年2月末


 三年間の駐在任期を終えてワタシたちは日本に帰国しました。


 妻は慣れない異国での生活です。

 最初のうちは緊張が続いていたので何とか過ごしていましたが、半年を過ぎた頃からホームシックになり鬱状態になりました。


 当時は海外との連絡はスカイプくらいしかなく、妻のパソコンを手配するまでは、実家との連絡もままならず…

 ワタシが会社に行っている間は誰とも会話しない日々が続いていました。

 

 妻が精神的に弱ってしまったので急遽中国に里帰りする事にしました。

 GWに妻と子供が先に帰省して、ワタシが後日合流しました。


 中国で妻と再会した時に、妻の顔が以前の様に明るくなっているのを見て、慣れない日本の生活に心身ともに疲れていたんだな、もっと寄り添えば良かったと気づきました。


 妻のポリシーに「自分の我儘でワタシ(家族全体)の行動の足枷になるのは許せない」というものがありました。


 他にも「お願いして断られたら嫌なので、断られそうな事はお願いしないで諦める」という考え方もありました。


 この「自己犠牲」ともとれる考え方は、妻にとって無意識下のストレスになっていたのだと思います。


 結果的に、妻の気持ちに気付かないワタシは結婚生活(共同生活)のストレスを妻だけに押し付けていたのでした。

 もう少し早く気付けば妻のストレスもここまで溜まらなかったではないかと思います。


 いつまで経っても妻の思いに気付かないワタシに痺れを切らした妻は、三年目の結婚記念日に吐露したのでした。


 「いつかは私の気持ちに気付いてくれると

  我慢していたけど、

  この鈍い男は全く気が付かない。

  このままでは私のストレスが

  溜まる一方なので、

  言うべき事は言うようにする。」


 と、バッサリ言われました。


 それ以降、妻は言いたいことを言う事が増えましたが、これも「我慢の限界」に抵触する事だけだったので、かなりのストレスを飲み込んでいたのだと思います。


 妻に甘えっぱなしだった自分を正座させて説教したいです。


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