妻が夢枕で仁王立ちしてネガティブ夫に喝入れした件
このエピソードでは、
妻の死後に訪れた現実と、
残された家族の日常が描かれます。
タイトルから想像される展開とは異なり、
物語の前半は重く、現実的な内容が続きます。
それでも、この時間があったからこそ、
次に描かれる出来事へと繋がっていきます。
【12月25日AM】
葬儀社の担当が来訪しました。
家族葬・自宅での葬儀で調整して準備を進めてもらう事にしました。
葬儀社に尽力してもらい、何とか年内の出棺・火葬で進める事ができました。
出棺までの二日間は、送り人に、お清めと化粧直しをして頂きました。
【12月28日 出棺12時】
朝からリビングを片付けて納棺するスペースを確保すると、予定時刻の10時少し前に葬儀社のスタッフが到着しました。
無駄な動きは一切なく、てきぱきと準備を進めてもらいました。
この一連の事務的な動きのおかげで、感傷に潰されなくて済んだと思います。
棺をリビングに設置し、最期のお清めと化粧直しをしてから納棺の儀となりました。
30キロしかないはずの妻の身体がとても重く感じました。
妻の身体を棺に納め、棺の中をたくさんの花で飾りました。
金属製の品物は棺に入れられないとの事でしたので、生前に妻が抱き枕にしていたぬいぐるみと、ワタシと子供たちからの手紙、そして義妹から送ってもらった妻の両親と妹家族の写真を入れました。
妻の棺をたくさんの花で埋め尽くすと、直ぐに出棺となりました。
火葬場までの道中は渋滞もなく、順調に到着しました。
火葬場へ到着すると、そのまま最期の別れをして火葬設備に棺が入れられました。
一時間ほどで火葬が終わり、骨壺への納骨となったのですが、ほとんどの骨が焼けて灰となっており、頭蓋骨の一部や腰骨と大腿骨が多少原型を留めているくらいでした。
お葬式、そして火葬が終わり、遺骨とともに帰宅すると、緊張の糸が切れて座り込んでしまいました。
妻が生きている時、何もできず「妻の死」を待つ日々は辛かったです。
妻が息を引き取った時、「妻の死」と対面したのも辛かったです。
妻の火葬まで、「妻の死」と過ごすのも辛かったです。
でも、本当に辛いのは「妻の死」の後に、、独りで家族を支えていく事でした。
最初のうちは気が張りつめていたので、身体的疲労が精神的苦痛を覆っていました。
妻のいない生活に慣れてきて、身体的疲労を感じなくなると、精神的苦痛が顔を出してきました。
精神的苦痛の一つ一つは些細な事でした。
例えば…
「週間天気予報を見ながら毎日の洗濯量を調整しているのに、溜め込んだ洗濯物をまとめて出される」とか
「一週間の夕食メニューを考えて、買物日程を決めて食材の在庫調整をしているのに、勝手に食材を消費される」とか
「ゴミ出し前日までに部屋のゴミを片付ける様に言ったのに、ゴミ回収後に出される」など…
日常生活の小さな事でした。
会社の仕事、家事(洗濯、掃除、買物、料理)、学校の諸手続きなど、「やらないといけない事」が多すぎて、一つ一つを片付けて楽になりたいのに、いつまでも片付かず。
そこに次の「やらないといけない事」が積み重なり、毎日が「やり残し」の連続で常にイライラしていました。
その精神的苦痛が原因で、心のゆとりがなくなり、家の中が殺伐した空気で充満していた事に気付けませんでした。
家庭の中が上手くいかない原因を、全て子供たちのせいにしていたと思います。
「子供たちを独り立ちさせたら
親の責任から解放される。
子供たちを独り立ちさせたら死ねる。
この苦しさからの解放まで十年もある。
何でワタシ一人がこんな苦しむのか?
こんなに辛いのは、妻が死んだからだ。」
完全に負の感情に押し潰されていました。
「妻の死」を言い訳に「自分の死」を望む…
異常な精神状態だったと思います。
そんな自分の心の弱さが大きなトラブルを招いてしまいました。
トラブルに巻き込まれている事にすら気付かずにいました。
最悪な事態の一歩手前でトラブルに気付いた日は…妻の月命日でした。
妻が天国に行った後も、家族を守ってくれていると改めて実感しました。
それと同時にワタシの心に纏わりついていた「負の鎖」を解いてくれたと思います。




