お嬢様にプロポーズしたら黒歴史になった件
2006年12月某日、
ワタシは彼女にプロポーズしました。
ロマンチックな雰囲気は皆無で、緊張のあまり準備したセリフが飛んでしまい…
「結婚して下さい」
と言うのがやっとでした。
そのロマンチックの欠片もないプロポーズに彼女は即答で「OK」してくれました。
この時の彼女の心境は…
「こんな事務的なプロポーズは最悪だ。
でも断ったら恥をかかせることになり
面子を潰してしまうから可哀想だ。
肝心な時に不器用だけど悪い人じゃない。」
…で「OK」した。
数年後に恨み言の様に言われました。
この「最悪のプロポーズ」はワタシの人生の黒歴史(の一部)として、心の奥底に刻み込まれています。
プロポーズ後は一気に状況が進みました。
彼女は春節(旧正月)に帰省して、両親に結婚の意思を伝えて了承を得ました。
彼女の両親の了承が得られたので、労働節連休に、彼女のご両親に結婚許可をもらう挨拶に行くことに…
俗に言うところの
「お嬢さんを僕にください」
というイベントです。
今では彼女の実家近くに空港ができ、空港から自宅近くまで高速バスが運行されて訪問は楽になりましたが、
当時はワタシの居住地の広州(広東省)から、四川省の彼女の実家まで…
飛行機で3時間
バスターミナルまでタクシーで1時間
高速バスで3時間
そこから乗り合いタクシーで1時間
過酷(?)な移動が必要でした。
一日がかりの移動を経て、たどり着いた彼女の実家を見て驚きました。
切り出した大きな岩を石垣の様に積み上げてあり、その上に昔ながらの土蔵造りの家が建っていました。
そして家のサイズが周辺の家の5倍くらいあったのです。
家の前に広がるサッカースタジアムサイズの菜の花畑や、街道沿いにある奥まで見通せない竹林、自宅の裏手の山など、全て実家の土地と説明されて
「地方地主のお嬢様」
…腰を抜かしそうになりました。
義父は退役軍人で、地元の公安(日本で言う市役所部門)の職員をしていました。
ニ泊三日の短期滞在でしたが、ご両親の歓待ぶりに飲み込まれ、何を食べたか、何を話したか全く記憶に残っていません。
とにもかくにも、地方地主の義父が(跡取り)長女と(よそ者)日本人のワタシの結婚を承認してくれましたので、安心して帰途に就くことができました。




