丘の上で手を振る人影
2023年5月某日。
検査結果を聞く日
ワタシは妻と一緒に病院へと赴きました。
診察室で担当医から告げられた内容は…
「辛い抗癌剤治療に耐えたのは
とても素晴らしいです。
わずかに進行は抑えられましたが、
これ以上投薬しても副作用で
体力低下するだけで根治には至りません。
病院でできる治療は痛み止めの緩和ケア…
昔の言い方をするのであれば終末治療です。
入院を続けるか、自宅療養するか
考えて下さい。」
妻はその場で泣き崩れました。
ワタシは妻の身体を支えて、背中を摩ることしかできませんでした。
妻が出した答えは
「最期は自宅で過ごしたい」
でした。
ワタシは在宅診療の案内と紹介状を受け取り、妻を支えながら帰宅しました。
陽射しが柔らかく、散歩するには快適な日和だったのに、例えようもないくらい重い足取りでした。
6月某日。
自宅療養に切り替えて、在宅診療を申し込んだ翌日の事でした。
リビング横の寝室で休んでいた妻の気配が薄くなりました。
気になったので様子を伺うと、室温26度で布団を掛けているのに、妻の体温が見る見るうちに低下していきます。
手を握ると氷水に浸けたような冷たさで、血中酸素濃度を測ると80%台になっていました。
ワタシは自室で遊んでいた次男を呼ぶと、それぞれの手を二人で握りながら妻に声を掛け続けました。
どのくらいの時間が経ったでしょうか?
気が付くと妻が薄っすらと目を開けてこちらを見ていました。
意識が戻ったため、あれほど冷たかった手が一気に暖かくなりました。
涙を流しながら妻の手を握るワタシと次男の様子を見て、妻は言いました。
「見たことのない草原にいて
先にある丘の上で誰だかわからないけど
懐かしい感じのする人が手を振って
私の名前を呼んでいたから
丘に向かって歩き出そうとしたのね。
そしたら腕を引っ張られる感じがして
振り返ったの。
それで良く見たら、あなたと次男が
泣きながら私の手を掴んでいたから
慌てて戻った。」
この話を聞く限り、とても危険な状態だったのだと思います。




