小外伝 後編 拠点防衛戦
制圧完了より二日後。作戦まであと三日。魔王ベリアルは最も大きな村の中央に天蓋を設置し、その中で自作の木造玉座に腰掛け、報告を聞いていた。その隣には、ノクトが侍っている。
最後の村を落としたベリアルは、序でに廃墟と成り果てていた帝国軍の駐屯基地跡すら占領。部隊を編成、分割し、各拠点の維持と整備に回した。
そこへノクト率いる先遣隊が到着し、着々と物資や人員が周囲の集落へと運び込まれていく。それぞれの拠点はそれなりに離れているが、阻む物もないので行き来に数時間と掛からない。とはいえ、砦からここまで五、六時間程離れているのは痛いが。それでも、これ程の規模の軍備を整え進軍できたのは、魔王国の潜在的国力とそれを活かせた宰相あっての賜物だった。
報告を聞き終え、他の拠点の手伝いに行くか、そうベリアルが思った時だった。
「魔王様、伝令です! 帝国の兵がこの村目掛け、真っ直ぐ向かって来ます!」
「そうか。よし、迎撃の準備だ!」
丁度今は本隊、城の戦力が集まり始めている。この壮大な計画を悟らせないためには、その辺りまで敵を近づけてはならない。
「バリケードの構築状況は?」
「まだです。八割程しかできておらず、今攻撃されたらひとたまりもありません!」
「守ってくれるバリケードを守る為の戦いか……逆転してるが、まあいい。まずは遠距離攻撃ができる者を向かわせろ。接近されるまでに、できる限り戦力を削ぐ。それから別動隊を組め。接近されたら回り込んで挟み撃ちにし、殲滅する!」
城から追加戦力が投入されたことで、拠点の維持がしやすくなっていたのは幸いだ。
「僕も行きましょうか?」
更に幹部最強格のノクトもいる。戦力として申し分なさ過ぎる。
「いや、まだいい。ある程度接近されてからだ。別動隊で囲んでから、お前の力で殲滅しろ」
「承知しました。待機してきます」
普段の彼とは全く違う、引き締められた真面目な顔つきだ。こんな顔を見るのも結構久しぶり。飄々としてる彼も、こんな時は緊張したりするのだろうか。
「次! 竜騎兵、ガーゴイル隊出撃! 悪魔魔術師団は敵の撹乱を! オーガ弩級部隊はゴブリン隊と交代し、近接武器をとれ!」
目まぐるしく変化する戦場の状況を逐一正確に把握し、素早くシンプルにすることを意識しながら指示を出していく。チェスでは味わえない久しぶりの感覚に、つい高揚してしまう。
「敵の様子は⁉︎」
「はい、かなりの速度でまっすぐこちらに」
狙った通りだ。遠距離でチクチク削りながら懐に招き入れ、そこを囲んで叩く。まんまと引っかかってくれているようだ。だが、どこか引っかかる。
「魔王様! 敵がまるでこちらを恐れません! どんどん突き進んできます!」
「なんだと⁉︎」
いくら士気が高くとも、死を恐れない筈がない。死の恐怖に勝るのは狂気くらいのものなのだ。
「オデ、アイツラミタコトアル!」
「心当たりがあるのか⁉︎」
「サイショウサンガキタトキ、イキノコッタヤツラダ!」
「成程。借りを返しにきた、若しくは死に損なったから死に場所を求めている、といったところか。ならば、お望みどおり屠ってやろう。ノクトに伝令を! 私が敵の正面に立ったら、背後から奇襲せよと!」
重装歩兵達を集め、ベリアルは敵と真正面から対峙する。敵兵は牽制攻撃に全く怯まず、仲間が倒れても構わず、屍を踏み越えて突き進んでくる。だが、彼が注目しているのはそこではない。その、後ろだ。
敵の後方にドス黒く重い影が蟠ったと思うと、そこからアイツが出てきた。靡く金髪、影を纏うことでボロ切れのようにも見える神父服風の衣を纏った、幹部の中で一番ヤバい奴が遂に動く。
影溜りより一歩、ゆらりと動いたと思うと__腕がブレて、一瞬のうちに十人の首が飛んだ。ノクトの持つ武器は鎌。それこそが彼の真の得物。その大きさは、柄の長さと刃の長さがそれぞれ彼の身長とほとんど同じくらいであり、極めて長大。そしてまた次の瞬間には、二十人の胴が真っ二つになっている。
「我が部下ながら、恐ろしいわ……」
後ろの異変に気づいたのか、彼らが初めて後ろを向く。しかし、振り向かない方が幸せだったかもしれない。
「アッハハハハハハハハハハハハハ!!!」
血塗れになりながら、恍惚とした表情で高笑いし鎌を振るっている死神、その姿を見てしまうから。狂気に満ちている彼を見て、平常心を保てる者はいないだろう。
「私の出番は、なさそうか……呆気なかったな」
十分もかからないうちに、数百人の兵士は一人残らずバラバラになった。
「いやー、久しぶりの豊作でした」
戦闘終了後、ノクトとベリアルの二人は、拠点となる天蓋に戻ってきていた。ノクトはというと、顔がツヤツヤしている。彼はあの鎌で魂を集め、魔力に変換したり死霊術に使うらしい。
「うん、私は怖かったぞ。この刺激に慣れていないエイジが見たらどう思うか……。吐くだけならいいだろうが、気を失ったり、トラウマになりそうだ。避けられるのでは?」
「えっ、ウソ⁉︎ それ困る」
「いえ、大丈夫です」
「おおっとぉ⁉︎」
「エイジ⁉︎ いたのか……」
宰相がテントの外から突然入ってきたため、二人は驚く。
「ええ。彼の戦闘を一眼見たいと思い、前倒しで来ていました。予想以上にグロテスクで狂気に満ちてて怖かったですが、私の世界にはリアルな絵でこのような場面を描写することもあったので、実際に見るのは初めてですが、意外と平気でした。しかし気分がそこまで悪くならないのは、私も人を殺して、人の血がなくなっていったからですかね、ははは……」
「お、おおう……」
ちょっと目が虚であり、フォローにも窮してしまう。
「あ、あわわ……」
ノクトに至っては狼狽えに狼狽えている。気不味すぎて、慌てて話題を変えにかかる。
「ああ、そうだ、準備の進捗はどうだ?」
「ええ。では現在の進捗状況をお伝えいたします。それから、この一週間城で何が起こったかを……話し終えたら、私はまた城に戻らなければならないのですけどね」




