10節 宰相の受難 ⑩
「エイジ様、調子はいかがですか?」
「大丈夫ですの?」
秘書達はエイジの寝室を訪ねる。そこにいる可能性が最も高いからだ。
「ああ、君たちか……。体については問題ない。怪我もないし、少し疲れただけだ」
矢張りエイジそこにいて、ベッドに腰掛けてやや俯いていた。
「……だが、いかんね……やっぱ怒りが限界超えると理性がトぶ……昔っからの悪癖だ」
やはり少しは反省、否、凹んでいるようだ。
「エイジさん、顔をお上げくださいまし。魔王様は、貴方様は悪くないとおっしゃっておりましたわよ」
「まあ、あの方はそう言ってくださるだろうよ……だが、処分は免れない」
予想以上にしょげていたのでかける言葉が見つからず、ダッキは少し逡巡する。シルヴァも先程から黙りこくっている。こういうのは苦手そうだ。
「そう、ですの……ああ、そういえばですけれど、シルヴァさん、わたくしがエイジ様と戦ったことを聞いたのに、わたくしのことを責めませんのね。てっきりシメられるかと思いましたわ」
兎も角、話題を変えようとする。この空気をなんとかするには、ダッキに懸かっていた。
「ほう、話したのか」
その話にエイジも顔をあげる。
「過ぎた話なので、とやかく言いません。ですが……護衛の私を連れていれば、この女狐如き容易く仕留められていたでしょう」
「でも実際、ダッキは優秀だ。君は容赦ないからな。もしその場にいたら、丁度よく手加減して弱らせて引き入れる、とはならなかっただろうし。それどころか、獣人達を手にかけて、和平どころじゃなくなっていたかもよ」
「確かにそうではありますが……」
話題は変わった、狙い通り。
「でも、これでダッキが悪事した時に、シルヴァにチクってシメてもらうことはできなくなったか……」
「そんな物騒なこと考えておりましたの⁉︎」
「言ってくだされば、いつでもヤりますが」
「ヒエッ……!」
それでも、少し空気が軽くなりダッキもホッと一息。したのも束の間__
「しかし、なぜあの者たちはエイジ様に逆らったのでしょう、理解できません」
その話題はもうやめて差し上げなさい、と心の中で叫ぶダッキ。
「それには見当がつく。初日に言った筈だよ、オレに反対を示す対抗勢力は必ず現れると。とはいえ、ここまで大きく過激なものとは思わなかったがね」
それにシルヴァはハッとする。記憶に強く残る話の筈だが、その時は今ほど仕事に対する意識はなかったから、忘れかけていた。
「あとは、エイジ様のことをよく理解していなかったのではありませんこと? まず、あれだけの戦闘力を持っていると知っていれば、実力行使には出ないでしょうし。次に、エイジ様がどのような人格であるのか、そしてどのような仕事をなさっているのか、間近で見て、感じることができなかったのです」
「概ね、そんな感じだろうさ。仕事を共にした奴ら以外はベリアルが認めたから仕方なく、ってだけでオレ個人を見てねえし。況してやそのベリアルにすら従わないヤツは……ってことだ」
しょうがないこと、といった様子で落ち着いて意見を述べるエイジ。
「意外と冷静ですね……大丈夫そうで安心しました」
「本当にそうだと思いますの?」
エイジの様子を受けて安堵したシルヴァであるが、即刻覆され驚きの目を向ける。
「エイジ様は真面目で責任感がありますものね。あそこまで危害を加え、残虐に振る舞ったことを後悔しておられます。また、自分にこれほど大きな反感を向けられたことも、ショックなのでございましょう」
「流石だな、敵わないよ」
エイジは肯定する。
「王朝に取り入っては、誑かし傾ける……権力争いの権謀術数にもついていけるほど頭が良く、また政治への知識もある。それだけじゃなく、空気が読めて話術も巧み、演技や嘘すら看破する洞察力もあるんだろう。この環境じゃ必要ないから、鳴りを潜めているだけだ」
「あらあら、貴方様もご謙遜なさらなくてもよろしくてよ?」
互いに不敵に笑う二人。しかし、それを他所に、自分の予想が外れ狼狽するシルヴァ。そんな様子の彼女をダッキはぐいと引き寄せ、部屋の隅で耳打ちする。
「シルヴァさん、貴女って普段は無愛想で鉄面皮、冷静冷淡冷徹で優秀ですのに、エイジさん絡みになると途端に人が変わりますわよね」
図星、黙り込む。
「信頼と盲信、忠誠と心酔は違いますのよ?」
「分かっています。少なくとも、彼の全てが正しいなどとは流石に思っていませんから。彼にも、そう考えるように言われましたし」
それでもどこか、危うさを感じるダッキ。何とかしないと……とつい思った自分に、随分丸くなったなと自嘲する。前までであれば、その弱みにつけ込んだだろうに。
__少しは、彼に慣れさせた方がいいかもしれませんわね……よし!__
「あのあのエイジ様? シルヴァさんが添い寝して欲しいんですって!」
「なっ⁉︎ ダッキ⁉︎」
あまりにもあんまりなことを言われ、慌てるシルヴァ。
「い、いや……後処理で呼び出しとか、あるかもしれないし?」
こっ恥ずかしくなって、思わず立ち上がり、何とか言い訳したいエイジ。
「いえ〜、あれほどの被害です。さしもの魔王様でも、今日中に全て片付けられるとは思えませんわ!」
それでも頬を朱に染めた二人は全く顔が合わず、距離を取ろうと__
「ええい! まだるっこしいですわ!」
「なっ!」
「ちょっ⁉︎」
ダッキは左手でシルヴァの腕を掴むともう片っぽの腕でエイジを押し倒し、シルヴァを押し付けると自分もベッドを飛び越え、エイジを挟んでシルヴァの反対側につく。そして魔弾を放って照明を強制的に落とすと__
「今日はもう寝ましょう、ね! おやすみなさいですわ〜!」
逃げ道を断ち、自分一人先に眠りに落ちた。
結局、先程のやらかしを後悔し反省するエイジと、異性耐性のないシルヴァは、心の平静を保てず悶々として、中々寝つけないのであった。
「おはよう。伝言はちゃんと伝わったようだな」
朝、というには少し遅い頃。魔王、宰相、将軍、そしてお呼ばれでない筈のエセ神父がいた。
「なんでいんの」
「いいじゃないか〜、なにもしないよ」
「……それこそ、益々要らないじゃないか。お前がいると空気が弛む」
宰相、呆れ顔である。しかしこの男、ただでさえ少ない睡眠時間に加えて、昨夜は魔族たちを殺しかけた時の感触が忘れられず、悪夢にうなされかけていた。すぐ隣に人肌があったから和らいだのかもしれないが、もしそのことが計算通りだったとするならあの狐、矢張り末恐ろしい。
「そいえば、いつもの二人は?」
「彼女らは後始末と通常業務だ。この会議の内容は広く告知する必要がないからな」
加えて、片方の寝不足の不調もある。
「まあ、それは一度置いとくとして……まずはみんな、昨日の後処理をしてくれたと聞いた。ありがとう。では議題に入ろうか」
「うむ。何故、こうなったかだな」
「答え合わせと反省、ってことか。うん、参加させてほしいな」
即ち、何故魔族達の反乱、そして破壊工作が起きてしまったか。
「オレが思うに、不信感と不快感だ。トンネルやら部署やら、色々やってる割には成果がわかりづらい。獣人との和平も、まだ影響が出てない。そして、今まで居心地良かった魔王国が勝手に、且つ大きく早く変化してしまったこと。しかも、政権の中心がカリスマのベリアルから背景事情の不明な宰相に挿げ変わったように感じてしまったからだろうね」
「そして失脚させようとした。しかし、私や幹部達はお前のことを厚く信頼しているせいで、懐柔や扇動によって対立を煽り、真正面から引き摺り下ろすのは不可能となった」
「上層部は宰相の味方、となれば、俺達の目のあるところで表立った犯行はできないな。だから裏工作、エイジが居た所や着手した箇所を壊して、疫病神扱いや政策の失敗を論おうとした……」
「さらに、トラブル続きで全体がピリピリしたところに、良くない噂まで流して煽ったんだね」
そんな話をしながら、エイジは昨日ベリアル達が用意してくれた焼き菓子を摘む。
「だが、その破壊工作は、起こす度に全体の連携が取れるようになっていき、対応が早くなっていくことで粗が出始めるようになった。おまけに、オレの千里眼で予防され__」
「痺れを切らして、百人単位での武力行使。しかし、返り討ちか」
「政治的手段は使えず、間接的な工作と暗躍が対策され、焦っての暴力的手段も無理……となれば、手詰まりだな。一時沈静化するだろうよ」
「けど、火種はまだ燻ってる。それをどうするかが問題だね」
エイジ、ベリアル、レイヴン、ノクトが順に話し、振り返りは終了。そして、必然とこれからについてへ遷移する。
「ああ。だが、一度鎮静化しているなら問題ない」
「と、いうと?」
「その隙にオレが、外交的にも内政的にも大成功を目に見える形で残してやればいい。特に、これから二つの外交的手段を講じて、魔王国周辺の情勢を安定化させたら、内側にシフトしてまた改革を起こす。そして、今度こそオレを支持し、反対もできないようにしてやるんだ」
「論理的かつ合理的だな。実現可能性があるなら、だが」
「で、その政策というのは?」
「一つが、まだ残っている後ろ側の問題。エルフ等妖精達。彼等との同盟を組もうという話さ。そして、それこそが今回話したい内容でね」
同席する者達は姿勢を改める。あれ程の大事件があっても、彼等は前へ進む足取りを少しも緩めることなどなかったのだった。




