10節 宰相の受難 ⑥
「……ねえねえ、嫌な予感しない?」
四階への階段を下り始めた時、エイジが唐突に口を開く。
「嫌、と言うほどではありませんが__」
「何か起こりそうな予感はしますわね」
エイジは後ろを振り向く。
「君はどうだ、アーヴ?」
問われた彼は冷や汗をかきながら。
「い、いや……どうでしょうか、ね……」
千里眼を持っているなどと知ってしまえば、見透かされているような気がして、あまり良い気分はしないだろう。そして、そんな彼が嫌な予感とか言ったら、それはかなりの確率で当たることは想像に難くない。アーヴは緊張で顔色が悪くなり始めた。
そんなこともあり、警戒を強めた四人は四階に降りるが、円卓の部屋が見えたところで足を止める。部屋の前で、廊下を塞ぐように魔族が一人、彼らを待っていたからだ。
「ん? 君、何か用か? そうでないならそこ、どいて欲しいのだが」
「宰相殿、ついて来ていただきたいのですが。見ていただきたいものがあるのです」
「……ああ、分かった。だがこの後用事がある。早めに済ませてくれ」
エイジの了承を得ると、その魔族は歩き出した。エイジは素直についていく、その前に後ろの三人に目配せする。秘書二人は何かを感じ取り表情が引き締まった。アーヴは何のことかイマイチ分からず、オロオロしていたが。
五人は三階に降りる。そのまま通路を真っ直ぐ進み、フロアの中央に着いた辺り……どこまでいくことになるだろうか、と考え始める頃、案内役が足を止める。その先には数人の魔族が。
__突然、目の前の魔族が横に飛び退いたと思うと、奥の魔族たちがエイジに魔術を放った!
「やったぞ!」
上級と見られる魔族が勝ち鬨をあげる。ランク4相当の魔術を、計十発撃ち込んだのだ。これでタダで済むはずがない、と思ったのだろう。しかし__見込みが甘過ぎる。
「なっ、バカな…」
噛ませ犬の典型のような台詞を吐きながら、後ずさる魔族たち。その視線の先には、凄まじい殺気を帯びた眼光がギラついていた。
煙が晴れると、状況が分かる。獣のように獰猛が過ぎる鬼気迫る表情であり、今にも飛び掛かり首を掻き切らんと短刀を構える秘書二人と、その手を掴み留めるエイジがいる。そして、彼らの正面には結界が張ってあった。後方で怯えるアーヴ含め、当然の如く全員無傷。
攻撃の予兆を察知し、魔術が放たれる前に投擲で殺そうとしたシルヴァ。結界用の呪布を構え、最悪自らを盾としてでも守った後、煙に紛れて始末しようとしていたダッキ。それらを全て察して、何れをも未然にエイジが防いでいた。
「離してくださいまし。貴方様をお守りし、あの不忠者を誅殺するのが、妾の仕事なのです」
「ええ、あの者達を葬らねば、私の気が収まりません」
「オレの問題だ、君らに解決してもらっちゃ意味がない。自分でなんとかするさ」
彼の説得で、得物を下げる秘書兼護衛の二人。そこで漸く、エイジは二人の腕から手を離す。しかし__
「テメェらが、犯人か……! よくも、やってくれやがったな?」
落ち着いていたように見ていたエイジの方が、遥かに激甚な憤怒を湛えていた。
右手を払って煙を払い、その灼眼を煌々と輝かせ、腹から響くような低い声を伴い、極大の敵意と非常に重いオーラを放ちつつ、それでいて静かなまま。怒りの臨界点を超え、一周回って冷静になっている程だった。
「オレと話をつけてぇんだな? いいだろう、受けてやるよ。だがここではダメだ、地下の鍛錬場、そこでヤり合おう。安心しろ、オレは逃げも隠れもしねえし、テメエらはどんな手を使っても構わん。……アーヴ、ベリアルとレイヴンに伝えといてくれ、少し遅れるってな。じゃあ、行こうか」
その途方途轍もない威圧感に気圧されて、テロリストも秘書さえも、彼に逆らうことができなかった。
「魔王様! 将軍様!」
玉座にアーヴが駆け込んでくる。呼ばれた二人は焦っている様子の彼に、また事件かと身構えた。
「何事だ」
ベリアルは至極落ち着いた調子で問う。魔王ともあろうものが焦っていては、示しがつかないばかりか焦りが波及し、パニックが起こってしまうからだ。
「それが__」
「まず深呼吸して、息を整えたまえ。話すのはそれからでよい」
アーヴが息を整えるのを待ってから顛末を聞く。エイジが一連の事件の犯人グループと思われる連中に襲撃を受け、地下の鍛錬場で決闘することになった、と。
「そうか……つくづくエイジも大変だな」
レイヴンが同情するように、溜め息を吐く。
「うむ、了解した。遅れるとして、まあ一時間か」
報告を聞いても、二人は特に何もしない。その様子に、アーヴはどうしたものかとオロオロしている。
「む、どうした? 報告は聞き入れた。もう戻って良いぞ」
「あ、あの、お二人は行かれないので?」
「あ? 何故俺達が行く必要がある」
「で、でも、お二人は彼に懇意にしていますし……」
そのことを聞くと二人は、一瞬顔を見合わせると__
「ふはははは!」
「ふふっ、くっ、ははっ!」
笑い始めた。その様子に、アーヴは更に混乱する。
「な、なぜです!!?」
「だってお前、そりゃあ、結果なんぞ見に行くまでもなくわかるだろう」
「え……?」
「ああ。それに、アイツを知っている我々だからこそ、だな。にしても、最初はあんなに煩わしそうにしていたくせに、レイヴン、随分とアイツが気に入ったようだな」
「い、言わなくても良いじゃないですか……悪かったとは思っています、私もあの時は意固地でした」
「……そうだな。我々は早くから彼を見ていたから知っているが、他はそうにもいかんからな……では、円卓部屋に向かうとするか。アイツへの差し入れに、おやつの甘味でも用意しながらな」




