5節 エイジの肉体改造計画 ⑥
「モルガン、いるか?」
エイジが向かった先は、四階モルガンの執務室。そのモルガンは、普段のサキュバスの正装とは違った深い紫の、気品さえ感じるようなナイトドレスに身を包んでいた。いつもより露出大幅減であるが、艶やかな色気は寧ろ増している。
「ハァ〜イ、いるわよ? なんの用かしら? あ、もしかしてワタシに会いたくなったとか?」
「ああ。まあ、そんなとこだ」
「えっ……」
モルガンは予想外だったらしき返答に暫し面食らい、そして妖しい笑みを浮かべる。
「そう。なら、行きましょう」
そう言ってエイジの腕に抱きつく。密着されたエイジはというと、赤面している。
「ん〜? どうしたの? あんなことやそんなことをしたのに?」
「んなこと言ったって、オレはまだ女性に慣れてないの!」
揶揄うように聞くモルガンに、キレ気味に正直に返すエイジ。
「あら……ふふふ、かわいい子」
モルガンの抱きつき方は、情欲を煽るような扇情的なものというよりは、ただ甘えているだけに見えた。
そして、向かうのは鍛錬場。
「え? どこに向かっているの?」
二階の階段を降りようとした時、モルガンが戸惑いながら聞く。
「どこって鍛錬場だけど……」
「ええっ⁉︎ ワタシを抱きに来たんじゃなかったの⁉︎」
「……開口一番、休暇の話を持ち出さなかったと思ったら……」
本気で驚くモルガンと、やや呆れるエイジ。
「……な、何をしに?」
「能力の特訓」
「能力って?」
「インキュバスの」
「え? ……ああ、そういうコトね。噂には聞いてたケド……」
モルガンに、ことの顛末を語るエイジ。どうやら一部の者には、既にエイジの手術の噂は広まっているらしく。彼女も驚いたというよりは、腑に落ちたといった様子だ。
「ふうん、なるほどねェ……それなら、アナタの部屋でもよくないかしら?」
「それこそ鍛錬場でもいいだろ……ああ、分かった。キミ、ただオレと二人きりになりたいだけだな⁉︎」
「あら、バレちゃったァ」
そんなモルガンは、悪戯っぽく笑うのであった。
「夢魔、淫魔の能力。使える能力にどんなものがあるのか知ってるかしら? その中で使いたい能力というのは決まってる?」
「ああ。催眠、魅了、自身の性欲の制御に、催淫や夢の操作、更には対象の性欲……即ち生命力を自らの魔力に変換し、極め付けは幻影を見せることだな」
「ええ、おおよそ当たりよ。けど、その中のいくつかは限られた者にしか使えなかったり、あとは、その能力の副次的に得られるものもあるわね。それは使っていくうちに分かるわ」
結局二人はエイジの寝室にやってきて、並んでベッドに腰掛けていた。
「そういえばモルガン、いつもの甘ったるい話し方はどうした?」
「……ふふ、アナタには必要ないと思ったからよ」
「どういう意味だ⁉︎」
「…………ニブチン」
モルガンは不満げに頬を膨らませ、拗ねてそっぽを向いてしまう。その、オトナっぽい魔性の女性らしからぬ仕草に、エイジはつい可愛いなと思ってしまう。
「ごめんって……分かってないわけじゃないさ。多分……」
エイジとしても、少し考えれば分からなくもなかったのだが、その可能性はとうに否定していて。兎も角、落ち着いて機嫌を直したらしきモルガンは、エイジに向き合い__
「アナタにどのくらい力があるか、確かめるわ」
そう言って半ば強引に唇を奪う。
__別に必要ないんじゃないか__
そうエイジは思ったが、また拗ねちゃうだろうなと、言わないことにした。
「わかったわ。元の夢魔はまあ、なかなかと言った具合だけれど。アナタの幻魔器と反応して、より性質が強くなってるわね。夢魔自体がそれほど優れてる種族ってわけじゃないっていうのもあるかもしれないけれど、アナタの夢魔としての力はキング、もしくはクイーン……そう、最上級よ」
そう伝えるとモルガンは移動して、エイジに後ろから抱きつくようにし__
「じゃあ、始めましょう。ワタシはあまり教えるのは上手くないけど、そこは勘弁してね?」
そう言うと、指を鳴らす。すると、エイジの目の前に三人のモルガンの姿が。そして姿がただ投影されただけではなく、それぞれが別々に動いている。その姿はとてもリアルで、肉肉しい。
「夢魔の能力というのは、理屈でやるより感覚的に、実践しながらやるといいわ。洗脳やチャームなんかは、実験台がいた方がいいのだけれど……」
実験台という言葉を、不穏に感じるエイジ。なんとなくいい感じの対象が浮かんだが、それはダメだろと頭を振って、その考えを振り払う。
「いや、まずは幻影だけでいい。その後に催眠や夢の操作だ。性欲の制御に関しては自力でやってみる。ところで催淫の話だけれど、これはどうしたら起きるんだ?」
「それは簡単で、体液よ。唾液や汗に催淫作用が乗るの。本人がムラムラしていたら、効果はより強くなるわね。それとは別にやる方法はあるけれど、それは催眠や魅了とやり方はほとんど変わらないわ。じゃあ、幻影を作り出してみましょう」
モルガンが再び指を鳴らすと、幻は消えた。
「どうやってやればいいんだ?」
「作りたいものを想像して、それがその場所にあることを意識するだけよ」
それを聞くと、エイジは鏡を持ってきて自分を注視する。そして暫くしたら、目線をやや横にずらし、そこに自分が立っているところを想像する。すると、その場にモヤが集まったようになり、エイジの幻影が出来上がる。とはいえ、幻影というにはあまりに立体感がなく、ところどころボヤけて、掠れていた。
「結構難しいな。とはいっても、やっぱり慣れ、感覚な気がする」
「ええ。回数を重ねるほど上手くなるわ。それに、ハジメテにしては上出来よ」
そんなこんなで、モルガンが教え、褒めながら、そして時折イチャつきながら夜遅くまで練習した。チャームなどに関しては、モルガンがエイジに実演して、それを今度エイジがモルガンにするというように、お互いにやったが、途中何度かアブナイことになりそうになるのだった……。
そして、その深夜。
「や、やっぱりやるのか?」
二人が来ていたのは三階、メイド達の寝室前である。
「ええ。彼女らは魔力耐性があまり高くないし、インキュバスなら女性の方がやりやすいでしょ?」
昼、エイジの頭を過った考えとモルガンの考えは、全く同じであった。
「流石に部屋には入らんぞ⁉︎ バレたらどうなるか、考えたくもない」
尻込みするエイジに構わず扉を開けようとしたモルガンを、慌てて制す。
「そう? なら仕方ないわね、ここでいいわ。見ててあげる。さっき練習してたことを思い出しながらやれば、きっと出来るはずよ」
モルガンに見守られながら、壁に寄りかかり目を閉じたエイジは、千里眼を交えながら部屋の中のメイド達に意識を向ける。
「成程……ははっ、この能力は嫌だな」
対象の性別、性交経験の有無、好感度の大きさと向き。更には、今の欲求不満度まで分かってしまう。
千里眼越しでも、メイド達の睡眠の状態、レム睡眠かノンレム睡眠かなどの深さ、見ている夢が見えてしまう。プライバシーをゴリゴリ侵害してる気がして、エイジは居た堪れなくなった。
しかし、まだ手を止めるわけにはいかない。あるメイドの見ている夢に手で触れるように意識すると、その瞬間手に取るように夢を改変できることが、直感的に分かってしまった。悪夢も淫夢も、シチュエーションは自由自在。
「これ、やりようによっちゃ相手の性癖とか知り放題じゃん……あんまりする気は起きないけど」
「あら? そのためのインキュバスじゃないの?」
「違う。オレはね、意中の女性を落とすのに、洗脳だのチャームだとか小狡い手は使いたくない。自らの魅力のみで落とさなければ、その人から真に愛されてる気がしないからな。オレが欲しかったのは、幻影と自分の性欲の制御、いざという時に淫夢を見せて性欲を頂戴したり、敵に嫌がらせで悪夢を見せるためだ」
「そっちの方が、タチ悪い気もするけど……」
「まあいい、今日はここまでだ。感覚はもう掴めた」
今回はこれで切り上げる。夢魔の能力を操ることは、少し実践すれば分かってしまった。本人が案じていた程難しくはなかったのだ。だが、それ以上に、これ以上能力を悪用するのも嫌になってしまった。




