4節 宰相のお仕事 其の一 ③
眼前に広がるは、荒れ果てた大地。地面には幾つもの大きな穴が穿たれ、空は赤黒く、空気が澱み、時空は軋んで、混沌があるばかり。生命の気配は何処にも無い。
否……嘗て生物だったモノが、辺り一面に転がっている。明らかに、この現象は自然のものなどではなく。
茫然と立ち竦み眺めていると、背後より大きな影が差し__
「宰相殿ォ‼︎」
突如勢いよく扉が開け放たれ、何者かが部屋へ入ってきた。集中が途切れ、うっすらとした眠気と共にぼーっとしていたエイジが、ビクッと体を震わせる。
「何の用件だ?」
「兵站についての新しい報告書です!」
「そうか。その山に積んでくれ」
「かしこまりました!」
丁度今入室した者は、小脇に書類を抱え込んだガーゴイルだった。その内容を見るに、どうやら観測調査所属らしい。置き場所を指示すると、頭を振って眠気を追いやり、書類整理に集中し直す。
さて、エイジは両手に紙を持ち、テキパキと分類する。そして、その途中で何かを思いついたのか、転がっている文具を取ってメモを取ると、また投げ捨てるように転がした。そして書類を、机の半分近くを占領している束の上に載せた。
そこで、またチラリと時計を見やる。今は十三時前、休憩までもうちょっと。背中に刺す日光が暖かく、眠気を誘う。配置場所を変えても良かったが、今更そんな気も起きない。
更に視線を動かす。休憩で約半数がいなくなったためか、一人一人の動きは先ほど以上に忙しない。加えて、角や尻尾や翼が邪魔そうである。種族としての身体的特徴、その大きさを変えたり出し入れができるのは、限られた上級の者だけなのである。
「宰相閣下!」
また何者かが現れた。今度は所謂スケルトンだ。体を維持するにも、声を出すにも、魔力の存在が不可欠な存在。自我が強い者曰く、生物であった時と感覚が違い過ぎて、生活しにくいそうだ。
「何の書類だ?」
「エリゴス様からの、閣下宛の書簡をお届けに参りました!」
「そうか、それはオレが受け取ろう。ご苦労だった」
それだけなら良かったのだが。脇に抱えられていた資料まで、またどっさりと積み重ねられて、エイジはげんなりする。しかし、すかさず表情を引き締め、再集中__
「エイジ様!」
「またかよ!」
「え、えぇ……」
「んんっ、すまんな。要件を聞こう」
つい口を衝いて出てしまったようだ。書類を届けに来た者が戸惑ってしまったため、すぐ取り繕う。
「はい。こちら、資材の在庫報告になります」
「…………そっちに重ねといて」
彼の書類を捌く速度はなかなかであるが、それでもやっぱり紙の山は増える一方。彼の表情は、うんざりしているのがいよいよ隠しきれなくなってきていた。
書類を運んできた者が退室した後、部下達にも聞こえないように、こっそりと独り言ちる。
「はぁ、なんて安直なんだ、オレは……よりによって宰相などと」
あの時は仕方なかったとはいえ、やや軽率な発言だったと後悔する。
「まあ、社畜していた頃よりは充実してる……それに__」
脳裏に焼き付く、荒廃した世界を再び想起する。これほど忙しい職務の間でも、その光景を片時も忘れることはなかった。
「もし、オレの勘が正しいのだとしたら……来たるべき厄災に備えるには、確かにこの立場が最適であるのに違いない……魔族の力、利用できるならばとことんつかっ__」
「閣下!!!」
「ッ⁉︎ ノックくらいしろ心臓に悪いわ‼︎」
やっぱりシルヴァに脅してもらうか、などと考えてしまう。いや、それはやりすぎ。緊急時以外はノックするように、という張り紙でも貼ろうと思いつき、即座に大きな文字でそう書いて、扉に釘で打ちつけた。
「エイジ様、ベリアル様がお呼びです」
そこに声がかけられる。声の主はシルヴァだ。どうやら休憩から戻ってきたらしい。
「それは、緊急?」
「急ぎの要件ではないようでしたが」
だが、後回しにすれば忘れてしまいそうである。それに、仕事が終わったら何の気兼ねなく休みたい、元い中途半端な構想を深めたい。休憩時間が削られてしまうが、そのうちに行くしかないだろう。
「そうか、連絡ありがとう。さて、次はオレが休ませてもらう。問題が起こったら、自力で解決できそうならしてしまっていい。困ったら放置する、緊急ならオレを呼び出すこと」
「はい、了解しました。お疲れ様です」
一度部屋に戻って、机の周りを整頓しつつ休憩時間まで過ごすと、彼女に見送られつつ玉座の間へ向かう。
「私が宛てがった秘書は、どうかね? 仕事はできているだろうか」
「コワイです!」
王の間は閑散としていて、中央でベリアルがポツンとしていた。どうやらエイジの気分転換だけでなく、彼自身の退屈凌ぎを兼ねての呼び出しだろう。その話題はというと、秘書シルヴァについて。
「メチャクチャ仕事できてますし、いつか失望されるんじゃないかと思うと恐ろしくて」
「そんなことはないと思うが……まあ兎も角。役に立っているようなら何よりだ」
「というか、役に立ち過ぎです。多分オレより優秀なのでは⁉︎ 内心見下されていそうで!」
「わかったわかった。だがな、エイジよ、それは杞憂だ」
興奮気味のエイジを制し、真剣なオーラを発しながら語りかける。
「お前には、我々の誰にも持ち得ないものが、強みがある。例え実務ではより優秀な者がいようとも、お前の価値は決して腐らない。それにな__」
一旦言葉を区切ると、エイジを真っ直ぐ見据える。
「自信のない指導者は、従いたいとは思われないものだ」
ハッとさせられた。
「もし、私が気弱だったらどうだろうか?」
少し顔を伏せて考える。それは、確かに嫌かもしれない。少なくとも、今ほど慕ってはいないだろう。
「弱気なリーダーは、支えたいとは思われるかもしれない。だが、頼り甲斐があるだとか、死ぬまでついて行きたいとか、そうは思われない」
エイジが上司としてどう振る舞うべきか悩んでいる。そう予想したベリアルの、せめてもの手助けとしてアドバイスを贈るのだ。
「だが……気をつけろよ? 極端になってはいけない。自信過剰、強気がすぎて盲目になったり、傲慢に振る舞ったりすれば人の心は離れる。弱気と優しさ、謙遜も異なるものだと覚えておくように」
エイジは文具を取り出すと、メモをとる。敬愛する上司の君主論、指導者としての気構え。いつでも思い出し、心に留めておけるよう書いておく。こういうことは、社会人経験を通して身についた。
「また、弱みを見せるというのも悪くない。完全無欠な者がいると、自分は必要ないのではないかと部下も心配する。弱みを曝け出してくれると、信頼してくれていると思える。それに、自分が必要とされているんだ、助けになってあげたい、などと思ってもらえるぞ。それから、気を張り過ぎても疲れてしまう。遊びを持つことだ……わかっているかもしれないが、お前は真面目だからな、少し心配であった」
肩を軽く叩き、安心させ、奮い立たせようと言葉をかける。その力は、とても大きかった。
「エイジよ、お前は確かに部下を持ち、幹部達を束ね率いる指導者だ。だが、忘れないでほしい。そのお前にも、頼りになる上司である、私がいるということを」
そんなことを言われては、休み時間が多少削れたことなどどうでも良くなる。感激したエイジは、その言葉を深く胸に刻むと、今まで以上のやる気を持って業務を再開したのだった。




