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魔王国の宰相  作者: 佐伯アルト
Ⅱ 魔王国の改革

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3節 設備改革 〜執務室と製紙 ②

「何故私達は呼ばれたのでしょう?」


 手が空いてからでいいと言ったのに、彼等は直ぐに呼んできた。とはいえ不都合はないので、早速本題に入る。


「紙ってどのくらいある?」


 顔を見合わせる二人。


「羊皮紙があるにはあるが、とても貴重で、殆ど無いと言えよう」

「あなたにあげたもので、一割程度、といえば伝わりますかね」

「やはりか。紙がないと困るよな。執務作業は紙がないと始まらねぇし。うーん………」


__どのようなもので代用出来るだろうか? 粘土板か? いや、嵩張りすぎる。保存も利かない。欲しいのは植物繊維から作られる紙なんだが__


 そんなふうに、フォラスに紙を投資されてから考えていた。製紙法を教えてというのが対価だったのもある。そして、なんとかイメージはできてきたが、こうも早く必要になったことに内心焦っている。


「すまないが、エリゴスさん、南部の森まで行って木を採ってきてくれないですか? 忙しいのは知っていますが、大事な用なんです」

「承知した、なんとかしよう」 


「ああ、欲しいのは葉が細い木と広い木の両方。葉が広い木は南西側にあるでしょう。序でに、観測所とも協力して調査も同時進行しますか。準備ができたら、私を呼んでください」


 魔王国の周辺には二種類の森がある。南部の広葉樹が中心の混合林、そして北部の針葉樹林。針葉樹の森は、タイガと呼ばれる冷帯に見られる特徴的な植生と特徴が一致するのだ。


 そこで、部隊を二分する指示を出す。針葉樹林の方はある程度環境に予測ができるので、エイジは自らが同行する必要はないと判断。エリゴスが率いて北部に向かい、採取のみを行う。もう一隊は南に向かい、調査と採取を行うエイジが同行する隊だ。


「おや、エレンさん。幹部のあなたまで行くんですか?」


 準備が整ったらしいので、城門付近に行くと、彼の騎士も其処にいた。


「マダ仕事モ無ケレバ、記録スル物ガ無イカラ、ドウシヨウモナイ」


 ご尤もな意見だ。




 昼過ぎ頃、エイジは兵站と調査担当の者達を引き連れて南西に向かった。目的の森は10㎞ほど離れたところにある。そして、この程度の調査にも拘らず幹部が二人も動員されている。フットワークが軽いのか、はたまた暇だったのか。


 魔王軍の進行速度は速く、この距離に二十分程しか掛かっていない。エイジがただの人間のままだったら、ついていくだけで疲れ果ててしまいそうだった。


 目的地に到着次第、先行していたエイジは森に少し足を踏み入れる。森の入り口の辺りからざっと生えている木の種類を調べて、使用目的に合いそうな木を見繕う。そして、やや遅れて到着した隊にその木の特徴を伝え、木の伐採、及びそれら資源の城への搬入を指示した。


 続いて、調査担当の者達と共に森の植生や生態系を調査する。この森のあるところだけ何やら土壌が特別豊かで、様々な植物が見つかった。自然が豊かで動物や魔物も生息し、鹿や猪などに類似する動物を発見。何匹かは狩りをして城へ肉を持ち帰った。肉だけでなく、骨は材料になるし、皮で天幕や羊皮紙モドキも作成可能だ。


 エイジ及び観測隊の推測では、この森が豊かなのは恐らく魔力が関係しているとみられる。ここは城の下を通っていた龍脈の下流で、湖の様に魔力の溜まり場となっている。この魔力を養分にして木が育ったようだ。これらの木は落葉広葉樹が多く、冬を越せる。そのため、この環境でもここまで豊かなのだろう。何か不足したら、ここに採取しに来れば困らない。


 そして何よりエイジを驚かせたのは、植生や動物の生態が地球と酷似していることだ。魔族や飛竜、妖精や獣人などという地球には存在する筈のないモノがいる中で、普通の人間や地球と変わらぬ植物や動物の存在がある。地球と似て、しかし異なるこの世界の生物の歴史。この謎に、エイジは興味を強く掻き立てられたのだった。




 そして調査を終え、日も殆ど暮れかかった頃、全隊が城に帰還した。エイジは城門前に資材が積み上がっていることを確認し、量を確認して満足したところで、兵站と魔術院の技術、制作担当員を呼び出した。


「何の用ですか? それと、あなた眼鏡なんて持ってましたっけ?」


 集合するまでの間、エイジは黒縁のシャープな眼鏡を掛けながら、宰相権限で取り寄せた紙にせっせと何かを書き込んでいた。


「ああ、これは……その……まあいいでしょ! はいこれ。この通りにやってみてくれ」


 その紙をフォラスに渡すや否や、彼は眼鏡を外し、頭を押さえながら自室に引っ込んでいった。そして、フォラスは暫く呆気に取られたあと、紙に目を落とし、その通りの作業を開始するのだった。




 その翌朝。エイジはフォラス達によって作業が行われていた部屋へ赴く。


「どうかな、ある程度はできた?」

「ええ。丁度試作品が完成したところです」

「それは何より……よし! これで、紙の完成だ!」


 彼が昨日書き残したのは、紙の設計図。それも化学パルプを用いたもの。技術力が足りなかったのと急造だったために幾らか粗はあったものの、紙として使うのに申し分ないものだ。


「量産体制を整えるには、少々時間がかかるかもしれませんが。この技術が得られた以上、最早紙を使い渋る必要はありません。本当に、素晴らしい技術ですね。貴方自身の得意性もそうですが、何よりその知識が実に興味深い。ベリアル様の見る目には、毎度驚かされますよ」


 これで紙の問題はクリアだろう。筆記用具は羽ペンがあるし、インクは没食子インクが既にある。これからの業務が格段に楽になること間違いなしである。




 紙の確認が終わったのち、エイジは執務室へと向かう。そして敢えて入らず、扉を少し開けて中を伺う。中にいたのは十数名。彼らは会話をしていたが、話している内容は机などの配置に関するもののようだ。室内には既に他の部屋から持ってきたと思われる机などがあった。しかし、まだ数が足りていない様子。それを確認すると、エイジは部屋を後にした。


 そして、暫くして。


「やあ、おはよう諸君!」


 部屋に入った彼は、肩に木材を担ぎ、もう片方の手には鉄塊を持っていた。そして彼の後ろに続いていた者達が、追加の木材と鉄を運びこんでくる。


 何が始まるんだという視線の集まる中で、彼は無言のまま剣と、鋸や金槌などの工具を取り出す。そして、木材を剣でぶった斬り始めた。そして鋸で更に細かく切り、やすりかんなで整え、鉄塊を手に取ったかと思うと、錬金術で錆を還元したのち、変形能力で釘を作る。板に角材を宛てがい釘を打ち付け、何回かしたあと再び鉄塊を手に取って、それを変形させて微調整を繰り返しながら、バール等不足した工具を作ったりしつつ作業を進める。そして__


「ようし、机と椅子ができた!」


 彼はDIYなどしたことない素人なので出来はお察しだが、ある程度の形になるものをごく短時間で、道具作りさえしながら組み立ててしまう様は圧巻であった。


「あとはこれを、オレのを含めて十人分ってとこだな。よし、一時間半で終わらす。そして本棚作りだ!」

「……あの、張り切っているところ申し上げ難いのですが……」


 最初から作業を見ていたシルヴァが、言い辛そうにしながらも口を開く。


「何かな、我が秘書?」

「一人でそこまでできるのは素晴らしいと思うのですが……少々お待ちください」


 そう言うと、一時部屋から出て行き、すぐ戻って来る。そしてその後に続くようにして、魔族たちによってあるものが慎重に丁寧に運び込まれた。それは机と椅子。しかし、普通ではない。机は重厚そうな、アンティークで金具の装飾がついたもの。椅子はクッション付きの、これまた高級そうな代物。


「まさか……?」

「はい。宰相の机として、魔王様が用意なさったものです」


 それらは、自分や幹部達の部屋にある家具と同じような格式高い家具であった。しかし今、自ら家具を製作したことで、なんとなく感じていた違和感が浮き彫りになった。


「なあ、これとかオレの部屋の家具ってすごい高級感あるけど、他はそうでもないだろう。どうしてこんなの作れるほど技術があるのに、他と差があるんだ? ニス塗りくらいされてもいいと思うけど」

「ニス、とは? ……私も、これらがどこから調達されたか存じ上げません。魔王様より貴方へ渡すよう言われたのみです」


 そのことを聞いたエイジは、思い詰めた顔で暫し沈黙。したのち、それを飲み込んで。


「では、私の机をそのあたりに置いてくれ。正面から見て中央よりやや後ろ。それを基準に机を並べよう。あとは壁際のスペースに棚や作業場を作るか」


 レイアウト案の紙に追加で色々書き込んでいく。その隣にあった必要なものリストにも追記。アイデアが次から次へと湧き出て、アウトプットが追いつかないようで、それが書き終わると改善案のメモにまた大量に書き込む。更には部下たちの質問対応も熟していく。


 それらの仕事を終えると、彼は退室した。向かった先は、ベリアルの玉座。その訳は__


「ベリアル様、私の執務室に運び込まれたあの机。何処から仕入れたものなのですか」


 疑問を解決すべく、魔王を問い糺すためだ。


「家具だけじゃない。服や様々な道具も、魔王国の技術水準に比して高いものが見受けられます。これはどういうことですか」


 魔王から返ってきた答えはというと__


「そのうち自分で見つけ出してみせよ。今はまだ知る時ではない」


 そうやってはぐらかされる。だが、今回はエイジも引かない。不満を露わにしながら問い詰める。


「誤魔化さないでください。魔王国の全てを知らずして、どのように救えというのです」


 ベリアルは言いにくそうにしながらも、根負けして渋々と話し出す。


「魔王国の品々の幾つかは、人間から掠奪されたものと、人間社会とコネのある魔族が趣味で作らせたものがある。人間の集落を襲い、得たものを魔王国に持ち込んだり。その金品を換金して、若しくは人間社会に貴族として紛れ込んだ魔族が搾取して得たものを譲ってもらったりしたのだ」


 そういえば、先日戦った誰かさんが魔族に襲われたとか、そんなことをほざいていた気がする。襲った魔族たちにも事情があっただろうが、確かに彼やその知り合いも被害者だったのだろう。


「そうですか。それなら合点がいく。けれど、何故黙っていたのです」

「お前は、倫理観がある。このような行いをしていたとあっては、嫌がるのではと思い、黙っていたのだ……」


 ベリアルはエイジの反応が怖く、顔を直視できない。しかし__


「そうでもありませんよ。寧ろ、その手があったと参考になる」


 その返答にはベリアルも吃驚して、顔を跳ね上げる。


「ここまで危うい状態だと、清く正道な方法だけでは、国を救うことなんかできませんから。戦争や略奪などの暴力、犯罪行為のいくつかはしないと。危篤を脱してから、償いでもすれば良いでしょう」


 犯罪はしないということが思考の根底にあったので思い付かなかったが、よくよく考えれば有効な手段であるように感じられた。それに、インスピレーションを得たのはそれだけではない。


「ベリアル様、お願いが。宝物庫の中身、使わせて下さい」

「……」


 どうしたものかと悩んでいるようだ。


「宝物を眺めているだけでは、腹は膨れない。宝飾を飾っても、生活が便利になるわけでもない。宝の持ち腐れとはまさにこのこと。売って価値あるものに変える必要があります」

「しかしな……」


「宰相は国家の予算をも管理する者です。資産の扱いについては、私の方が長けているはず。どうか預けて下さいませんか」

「私の裁量でどうにかできるものでは……ううむ、しかたあるまい! 私が説き伏せる! 待っておれ」


 ベリアルも腹を括ったらしい。ベリアルは所有者達を説得する、そしてエイジはそれを有効に使うことを約束した。




 その二日後。執務室に必要数の机や椅子、筆記用具や書架などが充実した頃。


「宰相様、書類を持って参りました」


 秘書達がなんと、大量の書類を抱えて持ってきた。そう、抱える程。


「うええ、もうそんなに⁉︎」


 彼の想定以上の量だ。ドンと音を立てて置かれた書類の山のうちの幾らかを読むと、大半を兵站と人事と情報部のものが占めていた。更に、昨日命じた倉庫の調査についてのものも幾つかあるようだ。こんな量、絶対一人では捌けない。


 驚いたとはいえ、部下の前で呆けたままでもいられない。頭を整理し、直ぐに指示を出す。


「く……お、おい君たち! まずは八人でどの部署のものか仕分けて、十六人で更に分野ごとに細かく判別。それを八人で兵站、人事、情報、宝物庫の書類を統計しまとめて、記録するんだ! あと残った数人で情報室に報告と保管を行ってくれ! それでも余るようなら予備として待機! 仕事の大まかなやり方は、これから私が教える。学びながら進行させるんだ! そして重要そうな情報があったら私に報告、わからなかったり迷ったらすぐに相談すること! 報連相‼︎ さあ、仕事を始めるぞ!」


 忙しい仕事漬けの日々が始まることとなった。


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