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魔王国の宰相  作者: 佐伯アルト
Ⅶ 宰相の諸国視察記 後編

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7節 デモンズハウンド ①

「ただいまぁ! 我が愛しのおうちぃ‼︎」


 魔王城城下町駅に、宰相とデモンズハウンドを乗せた機関車が到着する。エイジは歓喜のあまり降車するや否や、両手を広げて叫んでいた。


「まだ着いてないわよ」


「でももう目と鼻の先、あと一キロもない!」


 魔王国領内に入ってから存分に魔力を吸収した彼はツヤツヤしている。さっさと積荷を下ろしてしまうと、先導するように魔王城に向けて歩き出した。


 エイジは早歩きで誰よりも早く城門に辿り着くと、合図を出して開けさせる。


「へえ、これが魔王城……思ってたより立派なもんだ」


 玄関口であるエントランスは、エイジ提案の拘りによりリフォーム済み。前まではただ、だだっ広いだけだったこの部屋も、垂れ幕やカーペットなどで絢爛に飾ってある。


「悪いね、後でじっくり見る時間はあげるから、今は少し急いで欲しいかな」


 エントランス正面には、二階に続く二股のカーブした階段がある。だがエイジはそれを使わず、正面にジャンプして二階へ向かう。そのあとを即座に追おうとして、デモンズハウンドは躊躇する。仮にも一部貴族育ちの彼等は、絢爛なカーペットを汚すことに抵抗を覚えたためだ。しかしそこは考慮済み、すぐに門番が足拭きマットを差し出した。


 彼等が急いで階段を上がると、ひっそり立ち止まっていたエイジは歩き出す。そこから二階を横断、三階まで登ると__


「さてと、じゃあ……」


 振り返ってジャケットを脱ぎ捨てる。瞬間、顔つきと声音、気迫が一変する。


「お遊びはここまでだ」


 ジャケットとTシャツ、チノパンのカジュアルな装いから一転、普段の装いに切り替える。シャツの第一ボタンを閉じ、ネクタイを締める。スニーカーから革靴へ、ベストを新たに着ると、コートへと着替える。更にモノクルをかけ、グローブを装着。


「自己責任とはいえ、仕事は溜まりに溜まっている。本気で素早く片付けるぞ」


 突然のスイッチに困惑する傭兵隊達を他所に、エイジは厚紙のカードを十枚ほど取り出すと、壁を下敷きに判子を捺していく。


「これ以降は分隊長格だけついてくるように。その他はこの階で指示があるまで待機だ。部屋を確認し、鍵のかかっていない空き部屋があれば使用していい。……これを渡しておく、魔族達に警戒されたら見せろ、オレ関係だという証だ。見せれば、またかという感じで警戒は解かれる筈。では急ぐぞ」


 ポケットに手を突っ込むと親指を引っ掛けて、セカセカと早歩きで進んでいく。


「旅中は本気で暇だったからな、今後のことについては構想が出来上がっている」


「寝てただけじゃないんだ」


「当たり前だ、少しの時間も無駄にはできない」


 デモンズハウンド達をちっとも気遣う様子も見せず、五階に向けて急ぐ。


「ただいま仕事だ!」


 そして勢いよく執務室の扉を開くと、自分の机に一直線に向かい、座る。直後に秘書二人が紙資料をドサッと机に置く。総務の職員は、いきなりの侵入に驚きこそしたものの、以降は何事もなかったかのように仕事を続行する。


「全員そこに整列」


 腕を組んだり、或いは背凭れに寄り掛かったり、見下ろすような偉そうなことはせず、ピシッと綺麗な姿勢で並んだ皆を見る。


「先程告げた通り、これから仕事を割り振ろうと思う」


「着いて早々とは、かなり焦っているな。何かあるのk__」


「城が少々騒がしいと思ったら、帰ってきていたのだな。随分と遅い帰還だが」


 と、カムイの言葉を遮って、そこへ魔王ベリアルが現れる。


「ベリアル様! 申し訳ございません‼︎」


 ベリアルが部屋に入るや否や、椅子を後ろへ蹴り倒し、その正面にスライディング土下座するエイジ。


「スケジュールの期限、守れませんでしたァ!」


「ああ、約一週間の超過だ。本来ならばこのようなこと、とても許容できるものではない」


「重々承知しております……!」


「だが、時間をかけた分の収穫はあるのだろう? 書き置きによる報告もあった。ならばよし」


 ベリアルは、魔王のの登場に驚きを隠せない様子でいるアリサーシャらを一瞥する。


「ははぁ、有難き御言葉!」


 一応、ここまでがテンプレ。今迄のことから、結果さえ出せば許してもらえることくらいエイジも分かっていた。だが、それでも約束を破ったことに変わりはないので、誠意を見せる。親しき仲にも礼儀ありだ。


「この遅れ、直ちに取り戻せ。できるな?」


「はい、勿論でございます」


 そこで立ち上がり、敬礼をする。


「ところで、この者達は?」


「デモンズハウンド。元はデザートハウンドと呼ばれる、大陸最強の傭兵集団ですが、今は私の私兵です。自由に動かせる駒、人員が欲しかったので」


「ほう、公的な時間を、自らの為に費やしたと?」


 だが今日のベリアルは、ちょっとネチネチしていた。


「……彼等は商人でもありまして。今後他国との貿易をしていくにあたって、彼らのノウハウは役立つものであるかと」


「個人の率いる集団が、国の役に立つと?」


「…………この国の人員を彼等に率いさせ……いえ、同行させれば。彼等は私欲のためにだけには用いません」


「……お前も十分承知していると思うが、冬までもうあまり猶予がない。自分の言動に責任を持ち、気を引き締めよ」


 今回気さくな様子はあまり見せず。最近甘ったれていると感じたのか、釘を刺して帰っていった。エイジの顔は恐怖からか萎縮からか、どちらにせよストレスで引き攣っており、他の皆もベリアルを恐れた様子だった。


「はぁ……今日のベリアル様なんか怖かった……ま、そういうことだ。なので早速仕事に入る」


 机に戻ると、先程と同じように姿勢を正す。まるで何事もなかったと思い込みたいかのように。


「だが、その前に、デモンズハウンドの名簿はこちらで管理しよう」


「はい。モルガンさん」

「はァい、どうぞ」


「ありがとう、確かに受け取った。ではモルガン、お疲れ様、己の職務に戻ってくれ」


「りょーかい! 楽しかったわァ」


 軽くウインクすると、そのまま軽い足取りで退室。


「あいつ仕事する気ないな……まあいい。レイエルピナ、車内で提案したデモンズハウンドの装備、実用化の検証を始めてくれ」


「ふふん、待ってたわ。任せなさい、基礎理論と設計図はできてるから二日でものにしてやる!」


「やる気十分か、頼もしい。ではテミス、アイツらを呼べ」


「アイツら……? あ、はい!」


 指示語だけですぐに察したか、迷いのない足取りでテミスも退室する。


「次はイグゼ、君に仕事を与えよう」


「は、何なりとお申し付けを」


「では……デモンズハウンドの副隊長を勤めたまえ」


「は……い?」


「おいおい大将、勝手に__」


「分隊長はいても、副長はいないだろう?」


「…………」


 論破されたかのように悔しそうなアリサーシャだが、事実なので強く出られない。


「元王国騎士団副団長、そして特務部隊の隊長を務めた人物で不満かな」


「……そういうわけじゃねえが……まあ、クライアントのオーダーなら引き受けるしかねえな」


 アリサーシャの承諾を得ると、イグゼの方を見る。その表情はやや曇っているようだ。


「どうした、不安か?」


「まあ、ね。実際仕事を任されると……いや、任されたからにはやろう」


 不安を押し殺すように、凛々しい団長としての表情に切り替えた。


「ところで、具体的には、どのような仕事をすれば良いだろう?」


「主に、デモンズハウンドと私との情報共有のために伝達役を頼むことになる。他には、私兵隊のタスク管理、編隊の相談、隊長の補佐に入ってもらう」


「承知したが……今更僕が必要かい?」


「これからデモンズハウンドには、魔王国外での仕事を中心に熟してもらうことになる。その場合、私が直接指示するわけにもいかないし、管理は困難になるからな、この城に残る隊員が必要になる。実地での指揮は、経験豊富なアリサーシャや分隊長は外せない以上、適任は誰かと考えれば、部隊の指揮や執務の経験もある君が適任だと思いついた。テミスは既に仕事があるからな」


「そういうことなら」


 この城に残りつつ、傭兵隊の管理をする。想定より簡単そうでよかったとでも思ったのだろうか、やや気を抜いた表情に。


「ふっ、油断するなよ? 幹部にも劣らぬ重役だ。なにせ、君の仕事ぶり次第では、冬の魔王国の命運を左右することになるからな」


 その鋭い目線に、イグゼは喉を鳴らす。が__


「まさか。重役上等、やってやろう」


「ほお、その意気やよし」


 不敵に笑んで見せたイグゼに、エイジも満足げ。そこに、ノックと共にドアが開けられ、テミスと他数名が入ってくる。


「皇帝直属諜報部隊『インペリアルダガー』、召集しました」


「ご苦労。では、製造部の仕事を始めてくれ」


「う……はい!」


 嫌なものを思い出して苦い顔をしたのち、直様キリッと切り替えてテミスは仕事へ向かう。


「む、アリサーシャ殿か。アルディス様の面影がある」


「おお、諜報部隊か。懐かしいねぇ、まだあったとはなァ。しかし、なんでここに……いや、愚問か」


 エイジをチラリと見ると、アリサーシャは苦笑する。


「魔王国の宰相。テミス様に呼ばれてきたが、我等に何用か」


「ああ、それについてだが……」


 エイジはサッと両手を上げる。そこにシルヴァとダッキが書類の中から束を取り出して渡す。


「インペリアルダガーからデモンズハンドへ、仕事の引き継ぎをしていただく。具体的には、食料調達の任務引き継ぎだ」


 その書類の天地を返すと、両手で差し出す。


「これは資料だ。今まで仕入れた食料の量と種類と価格、それからこちらが売りに出したものだ。この資料を基に情報共有し、食料調達の任を引き継いでくれ。諜報員は本職ではなかったからな、より効率化してくれることを期待する」


 それをアリサーシャは無造作に受け取ると、パラパラと捲る。


「それから、諜報部隊には、傭兵達に城の案内や寝室の貸し出しを依頼する。疑問や懸念があったら相談を。取り敢えずは以上だ。詳しいことは明日やるので、休んでいてくれ。次はカムイ」


 目線をデモンズハウンドサイドから、カムイへ移す。今までは泰然自若といった感じだったが、実際に呼ばれるとピクッとする。


「カムイ、君には私の仕事の補佐、の補佐をしてもらう。準秘書とでも呼べばいいか」


 その指示が出た後、数秒の沈黙があって。顎に手を当てると小さく首を傾げる。


「かわっ……じゃない。……まあ、やってみればわかるよ。最後にガデッサ」


「おう、アタシか。なんだ?」


 熱意ありげに、掌に拳を打ちつけ一歩出る。


「ガデッサは、本格的に仕事をしてもらうには、もう少しお勉強してもらう必要がある」


「……ま、仕方ねえよな。確かにアタシは、他のメンツに比べりゃ、お世辞にもおつむがいいってことはねえしよ」


 言いにくいことはしっかり理解してくれていたようで、感謝と罪悪感を込めて瞠目する。


「だが、できる仕事もあるだろう。例えば資料を探してきたり、荷物を搬送したりといった簡単なものだ」


「要はパシリか」


「…………すまない」


「へっ、お前さんが気にすんじゃねえ。なんにせよ、恩を返せるってんなら喜んで働くさ。城のことも大体覚えたしな、ちったあ役に立てる」


 少したりとも気にする様子なく、笑顔で答える。


「それにな、適材適所ってやつだ。アタシらが苦手なトコは任せるけどよ、代わりに得意なトコは頼って欲しいんだ」


「ガデッサ……」


「ま、今のアタシにゃできることは少ないけどな。はっはっは!」


 幸せにしなければ。エイジにそう思わせるだけの返答だった。


「ありがとう」


「こっちのセリフだぜ。じゃあ、端で勉強してっから、仕事があったら声かけてくれな」


 エイジ手製の教材とペンを抱えると、エイジの真横、壁のすぐ傍で熱心に勉強をやりだした。


「……これで一通り終了か。シルヴァ、ダッキ、承認系の書類と、優先度高めの報告書を__」


「そうおっしゃられると思い、既に纏めてあります」


「こちらですわ」


「……周りが優秀すぎて引け目を感じるよ」


「卑屈になってないで始めてください。この遅延は私達にも責任があるのですから」


「そうだな。よし、久々に本気モードでいく」


 エイジは首を数度回すと、ペンと印鑑を手に書類を読み出した。


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