6節 帰路 ⑥
馬車が砲撃によって均された道を進むこと約三日。途中、穿ち切れなかったからと、多少威力は劣るがもう一度砲撃を行なったり。その異変に気付いた巡回中の帝国兵と接敵しかけたりしたのだが。それ以外は特に目立ったトラブルもなく、調査報告の処理と勉学をしながら進行。
そして、共和国を発ってから早六日が過ぎた。
「テミス、今どの辺りを走ってる?」
「私の記憶が正しければ……そろそろ帝都を通過した頃だと思うんですが」
魔王国の国境付近にまで進んでいたようだ。最短距離を突っ切ったり、魔道具や資材を駆使した強行軍によって、予定よりは少し早い到着だ。とはいえ、だからこそか、みんな色々と、もう限界だった。
「そうか……遂にここまで、漸く帰って来れた!」
「「やったぁ!」」
長きに渡る旅もゴールが近づき、今日中には魔王国領内には入れると気づいた面々、暇過ぎて五日目あたりは本気で死にかけていた、の顔に生気が戻る。
「大将……喜んでらっしゃるところ悪いんですが、ゴールは近いっつっても、まだあと三分の一残ってるんじゃありやせんか」
「ふふっ、実はそうでもない。オレの砲撃ほどじゃないが、アレを見たらびっくりすると思うな」
「そいつは?」
「移動手段さ。魔王国の技術力の一端を見ることができるぜ。楽しみにしときな」
「この強行軍で、部下共も馬もヘトヘトだ。そっちよりも、残りは楽ができるってんなら嬉しいねえ」
途中、どうしても我慢できなかったように、殺意さえ混じっているかのような恨めしい視線を数度エイジに向けたアリサーシャも、漸く解放されたかのように疲れながらも安堵したような笑みを浮かべる。
「お、それってもしかして、アタシらも見たことねえやつか⁉︎」
「ふむ、それは楽しみだな」
目を輝かせ身を乗り出して興味津々なガデッサに、穏やかな笑みを浮かべるカムイ。
狭い車内でガタゴト揺られて共に身体中を痛め、その内で言葉を交わし、時に武器をも交わした一行は、旅に出る前よりもずっと仲良くなっていた。更に暇な時間を無駄にしないよう皆鍛錬や勉強し、宰相組もレポートを纏め上げていた。帰ったら、すぐにでも活動ができる状態である。
残りは短い。そう知ることができ、活力を取り戻した傭兵隊達は、ラストスパートとばかりに速力を上げて進行。大型馬車に乗せられ交代で休んでいた馬も今は全て走り、今まで極力使用して来なかった疲労回復の魔術も惜しまず使用して爆走猛進する。
そして、陽が傾き始めた頃。遂に__
「あそこだ。あそこを目指せ、アレがゴールだ!」
嘗て攻め落とした集落を幾つか通り過ぎた先に、とある施設が視界に入る。気づいたエイジは常人より余程目が良いため、傭兵達はそれが何なのかを視認することはできなかったが、もうすぐそこだということで最後の気力を振り絞り。残り数キロを瞬く間に詰めて__
「着いたぁ!」
その施設の前に全隊が到着した。エイジは両拳を突き上げ、他の者達も歓声をあげたり抱き合ったりしている。少々大袈裟かもしれないが、この長旅はそれほど厳しいものであったのだ。
「ふぅ、想定通りここまで開通してたか……よかったぁ」
一度帰城した時に計画を確認し、付近の道中何度も千里眼で確認したが、実際目の前に存在したことに胸を撫で下ろす。
「で、こっから先はもう何もしなくて良いんですよな」
「ああ。強いていうなら、部隊を整列させておいて」
「ところで、この建造物は一体なんですかい?」
その施設は、石造の平たい台だ。長さは二百メートル程もあり、ベンチと屋根が備え付けられて、それが二つ向かい合っている。台同士には渡るための歩道橋があり、その真ん中には鋼鉄で造られた線が走っていて、その線に近づかせない為か台の延長線上に柵が建てられている。
「それは、お目当てのものが来たら教えるさ。さてさて、時刻表はどっこかな~」
エイジは台の上に乗る階段を駆け上がると、柱を一つ一つ確認。そして、懐中時計を二度見すると、その場で膝をついた。
「どうしたのエイジくん⁉︎」
「……直前に発車したばかりだった……クソッ、間が悪い! 次は一時間後か」
その事実を認めて一頻り落ち込むと立ち上がり、整列している皆の下へ向かう。
「すまないが、お目当てのものが来るまで、後一時間待つことになる」
「おお、そいつは好都合。点呼とって一息つけるからなぁ」
「怪我の功名、か。時間短縮のため、人も馬も荷物も全部ホームに上げてくれ。手前側が貨物、奥に人な」
「でも本当に、この量を移送できるもんなんですか」
「勿論だ。そうでなければ、これ以降は何もしなくて良いなんて言わないさ」
「そんなすげぇもんなのか」
「きっと、楽しめると思うよ」
デモンズハウンドの者達は、エイジ等に促されるまま馬を引き連れて台の上に登り、ベンチに座り込んで一息ついていた。持ち上げるのが大変な馬車は、エイジが念力で軽く持ち上げ次々と台の上に。
「スロープ作るよう言っとけばよかった……いや、オレがやるか」
全貨物を台上に移し終わると、台に手をついて能力を作動。コンクリートを変形させてスロープを作った。そう、全て運び終わった後にだ。
「よし、これで全仕事おしまいだ。あとは来るまで寛いでて」
そして一番最後に、エイジはホームの端のベンチに腰を下ろす、
「はぁ、揺れない椅子だぁ」
「お疲れ様です」
グッタリとした様子で背凭れに寄りかかる。道中、魔王国領内に匹敵するほどの龍脈がなく、あったとしてもずっと移動していた為に、砲撃以後エイジは魔力の補給が満足にできずにいた。その状態で作業をしたりしていたものだから、相当の虚脱感に襲われている。
「あー、でも君たち、覚悟しときなよ。帰ったら即仕事の割り振りするからね。しっかり休んでおくように」
「それ一番忙しいのアンタなんじゃない?」
「そーなんだよー! あー!」
頭を掻きむしり天を仰いで叫ぶエイジに、流石に哀れみを覚える。
「あー、やだよー! ふかふかベッドで惰眠貪りたい! って、あら……ふふ、来たぜ。お待ちかねだ、アレを見ろ!」
悶えていたエイジはソレの気配を感じるとピタリと動きを止め、元来た方向、ホーム反対側を指差す。それに釣られて、正体をなんなのか知らない面々はそちらを見遣る。
「な、なんだありゃ?」
そこには、黒煙を濛々と吐き出し、地響きを轟かせ、野原を疾駆する漆黒の鉄塊が有った。甲高い汽笛を高々と鳴らし迫り来るその威容、迫力に、馬は驚き人も慄き或いは感嘆する。
「こいつが、この世界初の列車、生物の力に依らず駆動するモノ、蒸気機関車だ」
そう語る合間にも機関車は徐々に速度を落とし、ホームの中へと進入する。
「す、スッゲェ! どうなってんだ⁉︎」
「こんな巨大なもの、どう動いているというんだ……」
「やはり、どこか見覚えが、あるような……」
それに対し新入りは三者三様の反応を見せる。しかし、興奮していることには変わりない。
「ふふん、これわたしが設計図描いたのよ!」
「そして、私がパーツを造り、組み上げました! えへん!」
「……概念や理論に凡その設計図、製鉄や加工の技術もエイジの齎したものですけどね」
自慢げに誇る二人。それがクソ可愛くて何も言わないエイジの代わりにシルヴァが突っ込む。
「さてと。じゃあ、人員は前方四車両に乗り込んで。貨物はそれより後ろに」
分隊長達に指示を出させると、エイジは車両のドアを手で開く。
「さあ、乗れ。馬よりよっぽど快適だぞ」
「あ、宰相様! おかえりなさいませ」
「おう、ただいま。では車掌さん、お願いしますよ」
運転手の敬礼に返し、積み込みが順調なのを確認するとエイジも列車に乗り込む。
「ああ、フカフカだ……」
しっかりしたクッションの上に座ると、皆リラックスした表情をする。
「ここから魔王城までは一時間半だ。それまでゆっくり景色を眺めるなり、横になってまったりと休むなりするといい。さっきも言った通り、帰ったら仕事を……む、発車するか」
エイジの言葉を遮って、汽笛が鳴り響くと、汽車はガタンゴトンと動き始める。
「わかるかい、これの凄さが。この線路が大陸中に引かれるようなことがあるならば、人流も物流も活発化、発展し、交流の中で革新が起こり、世界は大きく発展するだろうよ」
勉強熱心なデモンズハウンド分隊長達は興味深げにエイジの話に耳を傾け、その他デモンズハウンドの面々や新入り達は、子供の用にはしゃいで車窓の景色を楽しんだり、車内を探索したりしていた。
その微笑ましい光景を眺めているうちに、電車の心地いい揺れのおかげか、エイジの意識もゆっくりと沈んでいった。




