6節 帰路 ⑤
「ふぁ……あ~、少し楽になった」
エイジはモルガンの膝枕から起き上がり、小さく伸びをする。小一時間程昼寝をしたことで、顔色が結構良くなっていた。
「で、大丈夫そ? また別の障害とかは……どうしたよ」
だが、そんな寝起きの彼を待っていたのは、複数人の不機嫌そうな表情。
「貴様、私との戦いでは、全く本気を出していなかったな?」
「え? うん、まあ、そうだけど」
さらりと言われ、カムイは苦々しげな表情を浮かべる。
「何故だ。何故これ程の力を持っていながら振るわない」
「俺も興味がありますな。何故自己封印なんぞするのか。前ははぐらかされたんで、聞かせてくだせえ」
彼女以外も気になるようで、前のめりに返答を待つ。
「……オレが、ミニマリストというか。合理主義の効率厨ってことは分かるな?」
「まあ、察しはつくが……」
「だからだよ。余計な力を使うのは無駄だ、趣味じゃない。極力最小限で勝ちたいのよ。必要以上の力を振るうのは、威嚇の時くらいだ」
理解できたような、釈然としないような。エイジは困ったように後頭部を軽く掻く。
「納得できないなら、他に理由を作ろうか?」
「作るまでもなく有るでのございましょう?」
「ふ、まあね。あと四つくらいはある」
見抜かれても動揺せず、寧ろ誇らしげな笑みさえ浮かべて、アリサーシャに手を差し出した。
「んっ」
「おん?」
「握手」
彼がそれに応じると、顔を顰めた。肉が潰れ骨が軋む、ほどではないにせよ圧迫感を感じたから。
「ちょっと強めに握った。で、これが普通の力加減」
「ああ、確かに痛くねえな」
強めた力を抜いて、自然な感じで再度握ってから手を離す。そして、脈絡なく唐突に太い角材を出して。
「ふんっ‼︎」
力一杯へし折った。その表情から全力であることが窺えるが。
「今のが二割。次は四割ね」
彼の体が輝き、光の拘束が一部弾ける。そして、さっきと同じ角材を取り出すと。
「ふっ」
「うおっ⁉︎」
片手で強く握るだけで粉砕された。その破片が飛び散って顔を掠め、周りはつい声が出てしまう。
「この通り、手加減の為さ。過剰な力は、日常生活に支障を来たす。例えばジャンプしただけで床が陥没したり、ダッシュした衝撃でガラスが割れたりしてしまうだろうさ。さっきの握手だって、力加減を間違えたらミンチになってただろう? ふとした時につい力が入って、誰かを傷つけてしまうことを恐れたのさ」
想像しただけでゾッとする。特に、先程の砲撃を見てしまえば、魔力だけでなく身体能力も相応に高いことが予想できるから。あれだけの力で殴られれば即死は免れないだろう。
「とはいえ、力加減の練習を放棄したわけじゃないさ。力を高めた状態で、繊細な加減が必要な作業、卵を割るとかしてる。最初は粉々になるもんだが、少しずつマシになる。そしたら徐々に上げていく感じ。勿論、全て後で美味しくいただいているがね。魔力制御についても同じで、大きすぎる力には振り回されるが、手の届く範囲で練習することで、効率の良い力の使い方が身につくのさ」
余計な注釈を添えて、二つ目の理由を語る。これならば流石に納得してくれると思ったのだが。
「だとしても、戦闘中に力を抜く言い訳にはならないだろう」
「そこで三つ目の理由。技術を磨く為だ」
その詳細を察したのか、頑固なカムイが漸く腑に落ちたようだった。
「圧倒的な力で蹂躙し、雑に勝利するだけじゃ鍛えられないんだよ。技術も、精神もね。制限された力の中で全力を出すことに意味がある。縛りプレイってやつだ。力押しだけじゃなく、技量を用いて翻弄してこそだと思ってる。だって力が拮抗していたら、勝敗を分つのは技能だから。それに、当たれば痛いし、下手をすれば負けるという緊張感の中で精神を鍛えるのさ。まあ、奥の手があるっていう余裕ありきだけど」
「ふむ、気に食わないが納得した。私が最初から神器を抜かないのと同じ理由だな」
「おまけにそっちは反動もあるだろうしな。オレには無いけど」
彼女は煽られてムッとする。周りもヒヤヒヤしていたが、結局刀を抜くことはなかったので胸を撫で下ろす。
「おや、成長したね」
「悔しいが、力で劣るのは事実だ。寧ろ、力を抑えるのは無礼ているのではなく、公正を期しているのだと好意的に捉えることにした」
「……君やテミスは殺すには惜しいってことで確かに手は抜いたけど、さっきも言った通り、その解放率内での全力は出したさ。手を抜いたって分かれば、こうして不機嫌になるだろうからバレないようにね……手加減した力量でギリギリの戦いをされるのは嫌だろうけど、技量に敬意を払い、理不尽な力ですぐに終わることを惜しんだと思ってもらえれば」
「そういうことにしておこう……力を引き出せなかったこちらも悪い」
カムイがやっと引き下がってくれた。これで安心、したのも束の間。
「で、残りの理由は」
一応とばかりに、全て聞き出しにかかってきた。でも、きちんと理由はあるので困りはしない。
「四つ目は、弱点を補う為だ。例えば、種族の力には特効という天敵がいるが、その要素だけ都度封じてしまえば効かなくなるだろう? で、五つ目が実力や存在感を隠蔽する為だ。これほど強いってなると、味方は頼り切りになるし、敵や第三勢力は必要以上に警戒してしまう。魔力が強すぎれば隠密なんて出来ようもないし……以上の理由で、オレは力を出し惜しみしている。ご納得いただけました?」
あとは自己肯定感の低さから、驕ってしまうことを忌避したり。
何にせよ、これだけあれば全力を振るうことを躊躇う理由としては十分だろう。流石に、もう文句をつける人はいなかったし、寧ろ尊敬すらされたようだった。
「……ところでよ、大将はあれだけ強えワケだが。魔王国ってのはこうもバケモノ揃いなんですかい?」
「流石に、これほどじゃないさ」
「はい、エイジはぶっちぎりで強いので」
「恐らくですが、幹部格が束になってかかっても纏めて捻り潰せる程度でしょう」
「並べるとしたら、多分だけど全力のお父様……魔王ベリアルだけね。まあ、こいつと同じく、魔王の本気を見たことある人もいないから想像もつかないけど」
その評価について、誇張し過ぎだという人はおらず。あれだけ持ち上げられるのも、当然の帰結だと理解したようだった。
「……あ、そういえば。エイジについて話すばかりで、魔王国そのものについては、あまり話せていませんでしたね」
「そうですなあ。これから末長く世話になる職場だ、できるなら今の内に色々知っておきてえ」
「ねえ、エイジ。前私達が受けたテストの紙って持ってる?」
「勿論。おまけに新しいのも作ってある」
虚空に伸ばした手を引き戻せば、その手の中には紙束があり。それを手渡されたテミスは軽く数枚捲って、満足したように頷いた。
「何でも出てくるな……どんだけ入ってやがるんだ」
「この力の真髄は亜空間の創造でね、その容積はほぼ無限。今尚拡張され続けていて、現状だけでも魔王城を上回り、物流倉庫すら軽く凌駕する」
「そんなに? それだけ大きいと大変じゃない?」
「そうでもないさ。オレの趣味は整頓でね、迷うことはない。おまけに中は手に取るようにわかるし」
「召喚といい、念力に翻訳といい。大将の能力は、随分と便利そうですな」
「君達の働き次第では、この能力を貸してやらんこともないぞ」
「ほう。そいつは、期待しちまうな」
エイジ以外にも能力を使っていたことを思い出したか、アリサーシャは悪どい笑みを浮かべた。そう見えるだけかもしれないけど。
「あ、そうだ。序でに新入り三人にも授業してあげな。体動かせなくて暇そうだからさ」
「そうだね。じゃあ不器用ながら、頑張ってみようかな」
「そんなに卑下するこたないさ。胸張りな、先生」
こうして、馬車の中は勉強組と仕事組に分かれ。話し声と紙を捲る音をさせながら、順調に帰路を進んで行った。




