6節 帰路 ④
その話題が出て、翌日のことだ。
馬車は北東に向けて走り続け、共和国の国境を越えて帝国領内に入っていた。
そんな、現在順調に進行する宰相らの前に立ちはだかったのは__
「見てくだせえ。これが、昨日言った障害ってやつですよ」
岩だ。見渡す限りの岩、岩、岩。切り立った剣山のような岩が一帯を埋め尽くしていた。その光景は、中国南部のカルストに類似している。
「ええと、これを突っ切るのと、回り込むのとではどのくらい差が出るものだ?」
「そうですな、ここだけで三倍近くは差が出ますかね」
馬車から降りて、そう聞いた直後、エイジは翼を広げて飛び立った。
「ちょっ、大将⁉︎」
飛翔すると、少し進んだ先で大きく旋回。千里眼も併用し、この地帯の概要を把握すると戻ってくる。
「幅は、大体三十から四十キロメートルか……よし、なんとかなりそうだ。じゃあ君たちは、こっから下がってね」
しっしと手を振り、下がるよう指示を出すと__
「よっと」
何かを取り出した。それは、長さ三メートルを超える黒い直方体。高さにしても一メートル弱はあるだろう。亜空間から地面に落ちた瞬間、ズドンという重厚感のある音が響く。
「あ、それ使うんだ。わっけ分かんない欠陥兵器」
「いいや、こいつはロマンっていうのさ」
やや引き気味のレイエルピナの前で、エイジはソレの端に立つ。
「いぃ、よっこいせェ!」
そしてあろうことか、重さ二トンにもなるそれを持ち上げた。よく見ると側面下に取っ手のようなものがあるし、念力を併用していると雖もだ。
そして持ち上げられた瞬間、魔力が流れたのかブォンと駆動するような重低音が響き渡り、中央下部から支えるための二脚が現れる。
「おい、テメェら、下がれっつったろ! オレの後方、120°以内から出るな!」
「具体的には、どのくらい下がったらいいんですか?」
「二百メートル以上だ」
早くもその物体の正体に気づきつつあった魔王国(比較的)古参組は、まさかと信じたくはない様子ながら、ドン引きするようにそそくさと離れる。そして、理解ある彼女達が下がったということは……ということで色々察したデモンズハウンドも、蜘蛛の子を散らすように退散していく。
「わたしが遮光するから! 他のみんなは爆風と衝撃用の防壁張って! そこの傭兵達、魔力あるなら回しなさい!」
カタログスペックを知り、破壊力に想像がつくレイエルピナが皆に指示を出す。それを受けたテミスとモルガン、ダッキが術式を編み、魔術が苦手でも魔力ある者はエネルギーを提供する。
「……起動。魔力充填開始、魔晶石装填、コアにアロンダイトをセット、圧縮開始……」
静かに淡々と、恐ろしげな言葉を並べ立てるエイジ。そのように準備している間にも、その装置は駆動している。中央部より先は上下に分割し、レールが現れる。エイジの顔の目の前には、標準器が。
その彼は、満ち満ちる魔力で煌めいた三対の翼を思いっきり後ろに向け、能力の解放率は七割を超えていた。
「圧縮率、92%。チャージは81%……83%……」
エイジの見つめる標準機の下側には、アナログな計器の針が揺れ動く。
「ちょっと出力が足りなさそうかな。じゃあ、あれも使うか。増幅システム」
魔晶石を追加で挿し込み、側面についたボタンをポチポチ。更に魔道具を幾つか取り出すと、起動。すると、エイジの反対側に、レール幅より一回り大きい程の眩い虹色に輝く魔術陣が三重に展開された。
「方角よし、標準確認完了。無反動システム、オールグリーン」
やや緊張したような震え声で、計器を一つずつ読み上げて確認。装置のレール部分には、エネルギーの異様な高まりを示すように、プラズマが走る。
「比較的綺麗な地形だ。観光名所になったかもしれないし、環境破壊は流儀に反するが、こればっかりは都合上仕方ない…………試作型MEハイパーバズーカ、Full Blast Shoot‼︎」
エイジは吼えて、トリガーを引く。瞬間、最奥部から極光が溢れ出し、陣を通じて直径が何倍にもなった光の奔流が、大地を抉り抜いた。
「ぐ、ぐぅ……!」
その強烈な発射反動に、体がひしゃげそうになる感覚を覚えながらも、後方に魔力を噴射しつつ、必死に耐え抜く。それでも、徐々に後退してしまうほど。
「う、うわぁぁ‼︎」
「きゃあぁ⁉︎」
その遥か後方、十分過ぎるほどに距離を離した筈なのに、発射の余波だけである程度の魔力やフィジカルを持たない者は塵のように吹き飛ばされていく。
僅か十数秒の照射。しかし結界内に入れなかった者は、自身の生命の終わりどころか、世界の終焉さえも感じ取るのに十分だった。色も音も消え去ったのを感じて数十秒後、吹き飛ばされたことによる全身の痛みがまず戻り、次いでゆっくりと他の感覚も戻りくる。
「大丈夫ですか、みなさん⁉︎」
「ええ、助かったわテミス」
「いえいえ。モルガンさんとダッキさんも支援ありがとうございました」
為す術なく吹き飛ばされたデモンズハウンドとは異なり、密集していた彼女達は衝撃を耐え抜いていた。近くにいた分隊長達も、匿ってもらえて無事。それでも貫通した衝撃波や爆音、閃光などで転倒したりクラクラしたりはしているようだったが。
「大丈夫ですわ。しかし、どうなりました……の」
「いてて……何が起こって……はぁ⁉︎ なんじゃこりゃ⁉︎」
だが、まず目についた光景は、この世のものとは思えず、ただ唖然とする。
確かにそこには、鋭い岩山が連なっていた筈だ。だというのに、今やそこにはぽっかりと大きな穴が穿たれていた。その溝の先には、うっすらと岩陰が見える程度。即ち、この巨大なビームは数十キロメートル先まで地形を拓いたということ。
その威力、神の奇跡が如し。流石にこれには、今までエイジの規格外っぷりを間近で目にしてきた面々でも、俄かには受け入れ難かった。
「ところで、エイジはどこですか!」
「あれがそうなのではないか?」
「あ、くたばってるわね」
指さされた先には、砲身が焼けつきレールも溶解して、バチバチプスプスと完全にぶっ壊れた様子で黒煙を上げる巨砲と、そのすぐ側でぶっ倒れているエイジがいた。
「お、おい大将!」
「大丈夫ですの⁉︎」
「……ううっ」
みんな慌てて駆け寄り、エイジの容態を確認する。外傷はないけれど、顔色悪くぐったりしている様子だった。
「はぁ……これは、魔力欠乏症ね。ちょっとどいて」
そこへレイエルピナが他を押し除けながら、エイジに近寄り膝をつく。そして__
「んっ……」
「ええっ⁉︎」
「ちょっ…」
頭を軽く持ち上げると、そこへキスをする。普段レイエルピナのツンツンした側面しか見てこなかった者たちは、先程の砲撃の結果の程ではないにせよ、ありえないものを見るかのような反応をしていた。
「……ふう、生き返った。すまないね。ありがとう、助かったよ」
「全く、また無茶をして。心配させんじゃないわよ」
「悪かった……ん? 今心配って」
「…………さあ、なんのことかしら」
すべきことをすると、そっぽを向いてそそくさと離れていく。そんな彼女に、興味深々な者達が詰め寄る。
「な、なんで……」
「魔力を分け与えたのよ。接触していた方が伝達効率がいいの。抵抗はないわ、キスは前にもしたことがあるし。それに、この中で一番魔力があるのはわたしだもの。あとは、まあ、コイツがいないと、困るし……」
最後の方は顔を背け、ちょっとはにかむ様子だった。十分察せてしまった方々は、いいものを見せてもらったとばかりに微笑ましげであった。
その頃、魔力供給のおかげである程度元気を取り戻したエイジは立ち上がり、体についた砂埃を手で払う。
「よっと。……おっとと」
「危ない!」
だがまだ本調子ではないようで、足元がふらつく。その瞬間、すぐさまイグゼが支える。
「大丈夫かい? 辛いなら、肩を貸そう」
そのイケメンムーブに、エイジはついきゅんとしてしまった。
「私も手伝います。エイジ、馬車に戻ったら絶対安静ですよ」
「うぐ、不甲斐ない」
「いいからいいから」
二人のお姫様に支えられて、エイジは馬車へと戻っていった。
「しかし、凄い砲撃でしたわね。デモンズハウンドの皆さん、すっ飛ばされて散り散りになっちゃいましたわ」
「では、彼らの点呼、捜索や救助を私たちでやりましょう。行きますよダッキ。モルガンさん、手伝っていただけますか?」
「ワタシは人事部だもの。そういうの得意よ。任せて!」
いつの間にやらできていたデモンズハウンドの名簿を持って、三人は隊の再編に努める。
「あーあ、これ割と自信作だったんだけどなぁ」
完全に使い物にならなくなってしまった砲を眺めて、悲しそうに溜め息を吐くレイエルピナ。欠陥兵器などというのは、こんなモノを使い熟せる者がいないというだけで、カタログスペックだけなら大満足な代物だったのだが。
「流石に、あの魔力の量と質じゃ耐えられなかったか。もっと丈夫にして、伝達効率を上げて……あ、冷却装置を実装すればいいかな」
一通り改善点を調べると、移動用の車輪を出して、レイエルピナはウンウン言いながら引っ張っていった。
「全く、風情ある景色だというのに、酷いことを」
「でもいいじゃねえか、近道できるんだからよ」
「……そうだな。まだ旅も二日目でこんな状態だというのなら、私の精神が保たない」
複雑そうな面持ちのカムイにガデッサが付き添い、デモンズハウンドの復帰に手を貸すと、馬車に戻ってエイジを気遣いながら大人しくしていた。
そして未曾有の災害級攻撃から三十分、なんとか損失なく隊を立て直した一行は、何の障害も無くなった道を突っ切っていった。




