6節 帰路 ①
分散してのお買い物より、暫く。無事に全員合流した宰相一行は、夕陽に照らされながら荒野を突き進んでいた。
まずは共和国内を東側へ北上、途中デモンズハウンドのアジトに立ち寄ったのちに、東に進路を切って帝国を横断する。その道のり、三百キロ強。一週間弱かかる計算だ。
「え、そんなに時間かかるの⁉︎」
その計画を聞いたレイエルピナは、唖然としていた。
「君らは確か、飛竜に乗って補給しつつ三日で来たんだったか。でも、それとは状況が異なるんだ」
「あ? どういうことだ」
「まず、飛竜は地形の影響を受けずに進むことができる。荒野だろうが上空を突っ切れるなら変わらないしな。次に、君達は少数だ。この二百人規模の隊だと、行軍の為の物資の補給や、足並みを揃える為に時折立ち止まって隊列を整理するなど必要だ。そして、このルートは帝国を通る。帝国はオレらに酷い目に遭わされたからな、目の敵にしているし妨害される可能性が高い。また、移動に使うのは大半が魔獣ではない普通の馬だ。身体能力や体力の関係で結構時間がかかる。というわけだ」
「……そんなに時間掛かるって分かってたら、来なかったわ」
もう色々諦めた様子で項垂れる。その頃、日はもう完全に暮れていた。
「なあ、新参の私が言うのもなんだが、仕事はどうするんだ」
「……あ。まあ、オレ一人だったらもう城に帰ってる頃なんだが……もういいや、どうしようもないし、どうにかなるでしょ」
「宰相がそれでいいのか……」
やや呆れた様子のカムイとイグゼだったが、エイジが諦めたように天を仰いだので、構うのをやめる。
「お、星が綺麗だな」
空気は澄んでいて、星の光を妨げるものは何もない。上を見上げ、ぼーっと、その幻想的な景色をエイジは眺める。
「ここにメディアでもいれば、星座とか教われたかな……」
「大将、急げって言われたばかりで悪いんですが、夜の行群は危険ですぜ。何せ今日は月が出てねえ」
「……アリサーシャ、夜間進み続ければ拠点には着きそうか」
「ん、まあ明け方くらいには」
「だったら、進み続けろ。これ使ってくれ」
エイジが取り出したものは、水晶玉のようなものと抱えられるくらいの大きさの円筒。
「照明の魔道具だ。この玉で周囲が明るくして、この筒で正面を照らせる」
「おお、そいつは助かるぜ」
ライトがそれぞれ十数個、全隊に配られると、一斉に点灯。とても眩しくなり、星の輝きは全て覆い隠されてしまった。
「んじゃ、悪いけどオレは先に眠るわ。おやすみ」
ガタガタと揺れる馬車の上で、エイジは敷布団を敷くと、毛布にくるまる。
「自分だけ先に寝て……彼らに申し訳ないとは思わないのか」
「思うけど……今オレにできることは特にない。まあ、何かあったら起こしてくれや」
他の人達の為にと、もう一式布団を出すと、エイジは寝転がる。そして、その毛布にすかさずダッキが潜り込んだ。その二人を、咎めるような目でカムイは見下ろす。
「まあ、寝かせてあげてください」
そこに、彼を擁護するようにシルヴァが、ペンを素早く走らせながら声をかける。
「エイジ様は、乗り物に弱いのです。きっとこのまま起きていたら、気分が悪くなってしまうでしょうから」
「だからと言って__」
「それに。ただの観光で来た貴女方と違って、エイジ様は自分の力で、仕事をしにここまで来たのです。そして、然程苦戦したわけではありませんがデザートハウンドとの戦闘も行いました。そのデモンズハウンドも、私達と戦闘をした者も今は休んでいますし、市場調査は合流組に任せた上に今も働いてもらっていますが。貴女方というイレギュラーさえなければ、エイジ様ももっと仕事をして彼等の負担を減らしていた筈です。足を引っ張ってばかりのくせに、とやかく言える立場なのですか」
「……」
完璧に言い負かされたカムイは、決まり悪そうに目を逸らす。彼女以外の観光組も耳が痛い。
「しかし、一週間ですか……どうしましょう。衝動的に来ちゃいましたが、仕事が……」
エイジの寝顔を眺めていたテミスだったが、その顔色はよろしくない。仮にも製造部門の副長、従業員の管理や製品の規格設計、製造計画やオーダー管理など仕事は多い。正直なところ、部長のゴグより余程仕事をしている。
更に彼女は、エイジ等と違って外出することを報告していない為、計画が狂うどころの騒ぎではない。その皺寄せが行くのは__
「嗚呼、エリゴスさん、ごめんなさい……」
ちょっと涙目になりながら、魔王国の方向を遠望する。
「さて、と。失礼するぜ嬢さん方。……どうかしましたかい、姫様」
そこに、前方の馬車からアリサーシャが移ってくる。
「い、いえ、なんでもありません。ところで、どうしたのですか?」
「悪いが、ちとこの馬車で休ませてもらおうと思ってな。そんで……」
彼は真面目な顔をして、テミスの向かいに座り込む。
「我等がパトロンについて、話してくれるんでしたな」
「あ、そうでしたね。確かに、時間は有り余っています。では、どこから話しましょうか?」
「まず気になんのは、能力、ですかね」
「わかりました。私も多くを知っているわけではないですが……知りうる限りを話しましょう。……どこまで話していいのかは分かりませんけどね」
だが。そんなことより別のことが気になったサーシャは目線を落とす。そこではテミスが、まるで猫にするかのように、膝の上にエイジの頭を乗せて撫でていた。
「……その前に一つ。姫さんは、ボスとは敵同士、だったんですよね」
「ええ。戦争の時は、玉座まで単騎で乗り込んできたこの人と、殺し合いをした程です」
「何がどうしたらこうなるんだ」
「一目惚れの初恋って、こういうものではないですか?」
「……」
もう何も言うまい。そう、アリサーシャは誓った。
さて、夜も更けて。最初こそ熱く話していたテミスも、今は疲れてエイジの隣で静かに眠っている。他の面々も、馬車に揺られていつしか眠りに落ちていた。それも、エイジに寄り添い囲うように。
「全く、仲の良いことだ。じゃ、俺は邪魔しないように離れてますかね」
周囲の魔道具の光量を落とし、御者を労ってから、アリサーシャは自らの元いた馬車へと戻る。
「戻ったか、アリサーシャ」
「ああ。あとどのくらいで着きそうだ? 結構走ったと思うが」
「あと三時間」
「そうかい。あんまり時間もないが、俺も流石に疲れたんでな、休ませてもらうぜ。ああそうだ、今のあいつらは無防備だ、見ててやってくれよエンリ」
「ふっ、あの空間に入れと? 酷なことを言ってくれるものだ」
そう言いながらも、エンリは御者台から降りて交代する。
「……アリサーシャ、我らの新たな元締めとは、うまくやっていけそうか?」
「まあ、間違いなく退屈はしなさそうだぜ」
「それは楽しみだ」
労いの挨拶を交わすと、アリサーシャは横になり、エンリはエイジ達の馬車の御者と交代した。




