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魔王国の宰相  作者: 佐伯アルト
Ⅶ 宰相の諸国視察記 後編

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4節 デザートハウンド ④

 その頃、砂丘の裏側にて。


「伯父さん! ヤバい! アイツら、マジヤバい!」


「見りゃわかる! チッ、こんなところでくたばるのかよ!」


 丘陵から全てを見ていた隊長は、憎々しげに歯噛みする。


「ど、どうするんですか隊長!」


「……ここまでだ。降伏する」


「でも…」


「だめだ。俺たちは目をつける相手を間違えた」


 少女二人を押し退けると、リーダーはターゲットの下へと歩き出す。


「お前らは、とっととここからずらかれ」


「伯父さん、何する気⁉︎」


「まだ生き残ってるヤツもいる。逃がしてもらうよう命乞いすんのさ。まあ、俺は助からねぇだろうがな」


 ドスの効いた声に、少女たちは引き止めることもできず、その場にへたり込んで背を眺めることしかできない。


 彼は砂丘から、立ったまま戦場へ滑り降りる。その二人は目が合い、剣呑な雰囲気で睨み合う。


「よお、部下どもが世話になったな。俺がリーダーのアリサーシャだ」


 赤衣を纏った壮年の男は、先程の戦いを見ても一切臆する様子もなく、飄々と、そして堂々と怪物に相対する。


「ううっ、おやっさん……」


「お頭……俺らが不甲斐ねぇばかりに」


「いや、お前らのせいじゃねえ。この依頼を受けた俺の見る目がなかったってだけだ」


 アリサーシャは背中に背負った、長身の彼の背丈ほどある大剣、ツヴァイヘンダーを抜き取り片手で構える。もう片手には黒い球、爆弾を数個持ち弄ぶ。


「一騎打ちだ。どうかここは、俺の首一つで収めてくれはしねぇか」


「その必要は無いよ」


「なにっ…?」


 険しい顔で油断なく構えるアリサーシャ。しかしエイジは、受け入れるかのように両手を広げて差し出し、不敵な笑みを浮かべる。目は全く笑っていないし、寧ろ鋭いほどだけれど。


「君達、ボクの下で働いてみる気はないか?」


「……どういうつもりだ?」


「ボクが、君達を雇うと言っている。どうだい?」


 雇う。となれば、傭兵として耳を貸さないわけにはいかない。特にこの状況では、商談に応じる方が可能性がある。


「……詳しく聞かせろ」


 剣を納め、砂地にドカッと腰を下ろす。対するエイジは立ったまま。


「うむ、よろしい。では、ボクが何者かは、分かるかい?」


「知らねぇな。俺らはテメェを捕まえるようクライアントに言われたまでだ。分かってると思うが、依頼者の情報は言わねぇぞ」


「口が固いのはいいことだよ。さてと、じゃあ知らないならば教えてあげよう。私はね、魔王国の宰相なんだよ」


「……ッ、なんてぇ大物だまったく……」


 想像以上だったか、彼の頬を冷や汗が伝う。


「で、そんな宰相様が、なんたって俺らを?」


「君等を雇う理由だが……実はねえ、宰相という地位にも拘らず、私自身が動かせる直属の戦力、部下はあんまりいないんだよ。流石にね、ボクにも自分で動かせる私兵が、労働力が欲しい。というところだね」


「報酬はどうだ?」


 確かに、一番大事な条件だ。最強の傭兵団となれば他に仕事はあるだろうし、報酬は結構な額を欲するに違いない。だが、備えは万全だ。


「そうだねえ。キミ達とは長期契約を結ぶつもりだから、ノルマ達成次第ではあるけれど……月給二万Rなんてどうだろう?」


「な、なんだと…!」


 目の色が変わる。二万だと、大体上流の商人くらいの月給だ。一山当てればこれを超える額を稼げるとは雖も、それでは安定に程遠い。年単位で考えれば、こちらの方が儲けは大きい。


「てこたぁ、仕事内容は……」


「そうだね、戦闘は勿論のことながら、オレのデスクワークの手伝いや、農作業に運搬、資源の調達なんかにも行ってもらう。あとは、とある件でなかなかの土地を手に入れたんでね、そこの管理や警備なんかもお願いするかも。まあ兎に角、多岐に亘る。ああそうだ、報酬は仕事の成果次第でボーナスも差し上げよう」


 アリサーシャは顎髭を揉む。危険な仕事だけではない上に、安定した報酬が得られるなら悪くない。


「条件はどうだ。働く時間、寝る場所、メシは」


 例え仕事や報酬が良くとも、劣悪な環境で働かされるのは御免だろう。例え戦いに生きる傭兵としても、ずっと死ぬほうがマシな状態ではいたくない。


 また、魔王国の衛生などに関しても、心配はあるだろう。だが、エイジはしっかり福利厚生を考えている。何せ自分が劣悪な環境で働かされていたものだから尚更。

「うん、流石に給料は三割控除になってしまうが、サービスを受けられるぞ。装備の支給や修繕、食事や宿泊施設もタダで利用可能だし、申請すれば自室を持てる。怪我しても高度な魔術治療が受けられるぞ。更に言えば、領内では労働時間は魔王国共通に基づき九時間、週休三日の月有給二日だ。残業や緊急任務の場合は手当を出す。どうだろうか?」


「は?」


 あり得ないことを聞いたような顔をしている。或いは、この雇い主はバカだとでも思っているのだろうか。でも、本当にバカなのだろうか?


「少し、考えさせてくれ」


「ああ、ゆっくり考えるといい。まあ、決定するまでコイツらは苦しむことになるけどね」


「その金の出所は」


 まだ懸念事項はあるらしい。それはそうだろう、これほどの好条件、他では全く見かけない。それだけ費用も嵩むわけだが、果たして本当に長期的に安定した雇用が得られるのか。最初だけな可能性もあるわけだ。


「今の所、魔王国の国庫には王妃救出の謝礼が眠っている。オレが手に入れたんで、オレが自由に使える分がな。それに、トップなもんで給料もいい。更に、魔王国自体の経済もこれから豊かになるだろう。交易を考えていてな、産品として宝飾や魔晶石、木材や鉄鋼などの資源、家具や魔導具などの加工ひ__」


「よっし乗ったァ‼︎」


 アリサーシャは手を打ち鳴らし、勢いよく立ち上がる。気が変わる前に、とばかりのその即決ぶりにはエイジも驚かされた。この決断の速さは、長年の傭兵業という経験で培われた流れを読む能力に因るものであろう。


「そうか、交渉成立だな」


 エイジは彼に手を差し出す。


「おう、よろしくな大将! ここに契約を更新する。これからデザートハウンドは、魔王国宰相エイジの私兵となろう」


 その手は強く握られた。

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