幕間 淫魔の告白 ②
「んっ……んん……」
行為ののち二人は、横向きになり見つめ合いながら、ゆったりと過ごしていた。
エイジの腕を枕にしているモルガンは、まだ余韻が引いていないのか、ぼんやりとした様子。彼に撫でられ、されるがままになっている。
「今日は激しかったね」
「激しくしたのはそっちじゃないのよ……まったくもう」
漸く少し調子を取り戻したらしいモルガンは……
「……落ち着いた? なら、改めて聞かせて欲しいんだけど。今日は、どうしてそんなに積極的なんだい?」
それでもまた答えたくないかのような、不貞腐れた顔でいたけれど。暫くすると、観念したように口を開く。
「だって……気付いたらアナタの周りには、魅力的な女の子がいっぱいいるんだもの。しかもそのコ達、みんないつの間にか仲良くなっちゃってて。ワタシはハジメテを取って、ツバつけたつもりだったのに……好きなヒトが盗られそうになったから、焦っちゃったの」
「そうか。君も、オレのことが好きなんだね」
「逆に、どうしてそうじゃないと思えるのかしら。聞かせて欲しいくらいだわ。……アナタのことは、ずっと好きだったわよ。初めて会った時からね」
モルガンの呆れたようなジト目に、エイジは気まずそうに目を逸らす。
「はぁ……まあ、このままだと、ワタシは取り残されて埋もれちゃうのかなって思ったから。ワタシもいるって、アピールしたかったのよ」
不機嫌そうな瞳の奥からは、強い恋慕、確かな愛情を感じ取れる。
「ワタシに出来るコトは、こうやって気持ち良くさせてあげれるコトくらい……このカラダしか無いもの」
「…………まさか、君は……自分の魅力がそれだけだなんて思っているのか?」
「えっ……?」
ちょっと驚いたように目を合わせると、真っ直ぐに見つめ返されて。モルガンは頬をほんのり染めて嬉しがる。
「容姿やスタイル、匂いや声音なんかの表面的な事は勿論だし……不真面目で浮気なようで、その実は真面目で勤勉で一途なところとか。こちらに来たばかりの頃なんて、魔術や能力を教えてくれてすごく助かったし。結局あれ以来、他人に手をしたり出されたりなんてこともないようだものね。あとは、そんな純情なところなんかもだ。かわいいよ、モルガン」
そして、続け様に次々と褒められた彼女はというと、生娘のように真っ赤になってモジモジデレデレとしている。そんなところも愛おしく思えて仕方がない。
「戦闘も弱くないし、君の事務能力に救われたことも数多くある。可愛らしい編み物ができる所とか、絵みたいな芸術的センスも羨ましいと思うくらいだよ」
畳み掛けるように、耳元で囁かれたモルガンはというと。もう目も合わせられないくらい、一杯一杯になっていた。
「最近の、こんな状況でも。君のことを忘れたことなんてないさ。あれほどまでに鮮烈なハジメテを刻まれたんだからな」
「でも、ね……ワタシ、不安なの。だって、ワタシ、ヘンなんだもの」
「……どの辺りが?」
「ワタシ、サキュバスなのに……貞操観念があるのよ」
「…………」
驚いたような、腑に落ちたような、或いはイマイチ分かっていないかのような絶妙な顔のエイジ。
そんな彼の様子にモルガンは、はふぅ、と溜め息を一つ。
「変わってるってコトくらい、分かるでしょう?」
「まあ、そうだけど…… だからと言って君への好意が揺らぐどころか、その方が好ましくすらある。 オレだって独占欲が強いから。それに、変人同士お似合いだろう?」
「ッ……!」
またも軽率に、ふとした瞬間にキュンキュンさせていく。目の前の人が、並の淫魔など比にならないくらい罪な男に思えてきた。
「とはいえ……そういえばオレは、君のことをあまりよく知らないな」
その言葉の含む意味、何を求めているかくらい分かる。モルガンはエイジにそっと口づけすると、エイジを押し倒し、その上に乗った。
「ワタシは、五十年くらい前に、魔界で生まれたわ。両親は、どちらも高位のサキュバスとインキュバス、淫魔と夢魔なの……実はね、このことって、とっても珍しいのよ。だって、淫魔同士は相手から精気を奪えないから。大半は、他族と交わるものなの。ワタシが特殊なのって、このこともあるかもしれないわね」
触れ合い、密着するこの体位。先程であれば抱いていたのは興奮だろうが、今感じるのは安らぎだ。
「ワタシは魔界で育ったケド……ある程度成長したところで、人間で言えば十六歳くらいかしら、コッチの世界に来たのよ。他者から精気を吸引することが、サキュバスにとっての成人の儀式。今まではマナを吸収してカラダを保ってきたけれど、淫魔は成熟してからは、精気をもらわないと生きていけないの」
ここまでは、モルガンは淡々と話していた。けれど、ここで一旦言葉を区切ると、次に出た声音は、沈んだものとなる。
「でも、ワタシは……できなかったのよ。直接カラダを重ねるどころか、ワタシの夢を見せることも……。ハジメテは好きなヒトに、愛すると決めたヒトに捧げたいって、思っちゃったのよ」
それがトラウマであるのか、話しているうちにモルガンの体が強張る。より軽く、小さく、華奢に感じられるその体を、エイジは宥めるように抱き寄せ摩る。
「当然、その考えは異端扱いされたわ。それに、ワタシの家系は高位なの。ワタシは優秀だと期待されてたし、その分余計に落胆も大きかったわ。ママも、姉妹達も、友達さえも……味方は誰もいなかった」
食うことには困らなかった。魔界には魔力が満ちているからだ。しかしサキュバスは、仮に魔力が満ちていようと、精気を吸収しなければ心身に支障を来たすことがある。
そのため魔界に留まるサキュバスは極めて少なく、その者達とて最低でも数年に一回の頻度で地上に出て捕食をしにいく。
「ワタシもね、直そうとして頑張ったの。けど、何度試してもダメだった……せめて恋人のいる者に夢を見せて、自分以外で発生させた精気を啜ることが精一杯」
やがて彼女は、周囲の目に耐えられなくなり、サキュバスのコミュニティに留まることが精神衛生的に限界だと感じるようになる。そこで出奔して、逃げるように魔界を抜けた。
「それが、十数年前のこと。その時に、ベリアル様にスカウトされて魔王国に加わったの」
「……一つ、いいかな」
モルガンは、気怠げにのっそりと起き上がる。そして、真っ直ぐ彼と見つめ合う。
「君は、オレに会うまで、ずっと処女だったわけだ。そして、サキュバスは精気を得るのが、生きていくのに必須だという……つまり、ずっと精気が足りなくて苦しんでた、ってことなのか?」
「なに? そんなこと?」
感情を見せぬまま、モルガンは再び伸し掛かる。そして体を舐め、抱きつき、撫でて、擦り付け、全身で甘えだす。
「ええ、そうよ。苦しかったわァ。魔王国には、幹部とかイイオトコならたくさんいたの。ケド、好きになれるかというとそうでもナイし。結局、魔王国でも精気を得るのに難儀していたわ。それに、普通の人間がいないから、余計に」
「それは、なぜ?」
「ほら、魔族って、一人の寿命が長いじゃない? だからァ、子孫を残そうって本能が弱い……つまり、性欲が少な__ひゃあん⁉︎ もう……大事な話、してるのにぃ」
撫でる手は、臀部に移り。敏感な尻尾を愛撫されて、喜悦の声が溢れる。
甘えたことでまたスイッチが入ったのか、モルガンの体は再び熱と湿り気を帯び、息遣いは艶かしく喘ぐようになる。
「でね、ワタシ、魔王国では最初の方こそフラフラしてたんだけど……んっ……いつだったか、この世界の現状に、興味が出てきたのよね。魔術のお勉強も面白そうだったし。そして、ほんの数年前だけど、幹部の席に空きができちゃってねぇ。その時、ベリアル様から後任に指名されたの。分不相応だと思ったんだけど、ベリアルが食い下がったから仕方なく、ね……ん、ふぅ……」
普段のどこかわざとらしいねっとりとした色気のある声ではなく、本気の甘い声を漏らす。
なぞられるたび、ゾクゾクとその身を震わせる。形の良いヒップが揉まれ、叩かれた時にさえ恍惚とした表情を浮かべる。
「でも、それでもワタシの生活が変わることはなかった……と、思ってたんだけど。そんなワタシの前に、運命が現れたんだわ!」
「それが、オレってわけね」
「そうっ‼︎ アナタを一眼見た瞬間、おなかにキュンって、電撃が走ったの。初めての感覚……この人だ。そう思わずにはいられなかったわ」
目に見えてテンションが上がる。その興奮度合いから、二回戦の予感がしながらも、エイジはモルガンの話の続きを大人しく待つ。
「けど、ワタシは臆病だからぁ……まずは、お話することにしたの。でもね……理性を保つのが精一杯だったわ。仕草や匂いに声も全てが、ワタシの奥底に眠っていたサキュバスの本能に目覚めさせて、正気を奪っていった。そこで、つい待ち切れなくって、無防備に寝てる、可愛らしいアナタに夢を見せて精気を啜っちゃった。そしたら__」
驚いた。今まで一度たりとも味わえなかった甘美なる感覚に。それからは何かに憑かれたかのように、吸い過ぎずバレないようにと毎晩彼の精気を吸った。
「そっか。毎晩ムラムラしてたのに、起きたらスッキリしてたのは、そういうことだったのか」
「ええ、その節はごめんなさいね? そしてその後、ある晩、ついに待ち切れなくなって夜這いして、襲い掛かり、処女を散らしたのは知っての通り。その時は、狂っちゃいそうなほどの快楽に包まれて、人生で一番幸せだと感じられたわ!」
「そいつは、光栄なことだ」
その時を思い出し、うっとりとした表情で悦に浸る。そして、今なお全く衰えるばかりか増し続ける想いを思い出し、更に昂る。
「ずっと……ずうっと、待っていたの。その時までの人生全てが、焦らしだったわ。我慢は最高の媚薬だものね……このお陰なのかしら、とってもよかったぁ」
モルガンは体を起こすと、エイジを愛おしそうに抱き寄せて、求めるように見つめる。
「……最後に確認させてくれ」
「なにぃ?」
もう待ちきれなくって仕方ないように、モルガンは苦しそうに身じろぎ。
「サキュバスとしての性欲を司る力と、夢魔としての幻を司る力、双方を持ち合わせるのは珍しいんだよな」
「ええ、そうよ」
そんないじらしい彼女を待たせぬよう、エイジは早口で捲し立てる。
「以前シルヴァから龍の力を分けてもらった時、色々知った。種族としての力を得るための幻魔器移植、あれと同様のことができる条件がある。肉体的に深く繋がり、魂が接し、魔力が交流して、血液など相手の体組織を取り込む。確か母乳は血液からできてるんだったか。つまり、条件は整っていたわけだ」
じっと見つめ合い……モルガンはふっと微笑む。
「オレの、この力は……キミは、オレの中にいるんだな」
「そう、ワタシはずっと、アナタのそばにいるわ」
それを最後に二人は再び繋がり、存分に愛し合った。




