2節 適応訓練 ①
「おーい、おはよう。……ここもいない? 全然誰もいないじゃんか」
翌朝八時。エイジは皆の部屋をノックしながら挨拶して回っていたが、どの部屋からも返事がなくて戸惑っていた。しかも、どの部屋も鍵がかかっていない。
「まさか、早起きして城の探索でもしてんのかな」
愈々(いよいよ)不審に感じてきた頃、エイジは最後にレイエルピナ部屋のドアをノックする。
「おーい、誰かいるかい? 入るよ〜」
ノブに手をかけると、案の定鍵は掛かっていなかった。そのままドアを引き開けると、中に入る。
「レイエルピ……なんで、みんなここに?」
本来魔王国の王女様だけのものの筈が、そのベッドの上には複数人の姿が。というか、あの八人が全員いた。
そして、その寝相はなかなかに個性が出ている。テミスは寝落ちしたように突っ伏していて、モルガンがそれに重なるようにして寝ている。ガデッサは野生動物みたく縮こまるように丸くなっていて、カムイはピンとまっすぐな姿勢。レイエルピナはベッドの真ん中で枕を一人使い普通に寝ているが、ダッキが抱きついているからかその顔は苦しげ。そしてイグゼは寝相が悪いのか大の字で、その犠牲になったかシルヴァは床で寝ていた。
「…………」
このまま眺めているだけでも面白いのだが、今日はスケジュールがカツカツなので、そうも悠長にしていられない。
「オハヨーございまー‼︎」
「うわぁ!」
「ぅん? もう朝ぁ?」
飛び起きる者、のんびり起き上がる者、微動だにしない者。と、これまたバラバラの反応である。
「……チッ、アンタさ、人の部屋に勝手に入ってこないでくれる?」
「おや、寝起きで御機嫌斜めかい? だが、鍵を締めないそっちも悪い。そんでもって、今日はスケジュールがギチギチなんで、早起きしてもらうよ。……といっても朝八時だけどね。昨日何かあったの?」
「落ち着かないからって、みんな勝手にここに集まって、寝落ちするまでずっと話してたのよ」
「……そうか。配慮が足らんかったな、申し訳ない」
ペコリと頭を下げるエイジ。
「で、無粋だとは分かっているが、敢えて訊こう。なんの話をしていたんだい?」
その問いに、皆はそれぞれ目を合わせると……黙ったまま、一斉にエイジに目線を戻した。
「…………わかったよ。じゃ、急いで着替えてね。着替えたら下に行って朝食を摂ってきなさい。そしたらオレの部屋の前集合な」
お手上げ。やっぱり答えてくれなくて、つまりオレのことか、などと考えは至りながらも、部屋を後にする。
そのまま向かいの自室に入り、待機すること約三十分。ノックが鳴り部屋を出てみれば、全員が万全の状態で待機していた。
「では、案内の再開といこうか。この階には幹部の会議室がある。それ以外は幹部格の寝室とか。で、この上五階が最上階だ。玉座、司令室、そして目的地であるオレ、宰相の執務室があるぞ。……ああ、はいここが円卓の間だ。じゃ、上行こう」
さらっと場所だけ紹介して、さっささっさと先へ進むエイジ。
「おい、貴様。拙者たちに場所を覚えさせる気はあるのか」
その様子に不満があるのか,カムイは彼を呼び止める。しかし、その足取りは衰えない。
「ないよ」
あっけらかんと。その様子に怒りが沸々湧いてきたようだが。
「だって、今無理に覚える必要ないもの。君らがすぐには使わない施設も多いし、暮らしていくうちに慣れるし、困ったらパートナー……いや、目付役に訊けばいいだけのことだからね」
飽くまでこの案内は儀礼的なものというわけだ。その態度に不満がないわけではないが、カムイはそれを飲み込み、彼について行く。
さて。朝の八時半といえば、始業の三十分前。早い者は既に出勤していることもあるのだが、今日のシフトにはそんな人はいなかったようだ。
エイジは扉に手をつくと、数言唱えて魔力を流す。同時に生体認証を済ませ、物理的な鍵も差し込む。慣れた様子で鍵のパズルを最速クリアすると、扉を押し開けた。
「…………いやいやいや、少し待ってほしい!」
中に入れと言おうとしたエイジに、驚いた声がかけられる。その声の主は、イグゼ。
「なんだ、今の」
「なにって、鍵ですが?」
「……疑問形で返さないでくれ。幾つもの種類があったような気がするんだが。そして私は魔術はかじった程度で、それほど詳しくもないけど……今の封印術式、相当に高位のものじゃないか?」
「ああ、厳重過ぎって言いたいのかな? 確かに、この部屋の防護措置は玉座よりも厳重だ。けどね、これくらいじゃないとダメなの。寧ろ、これでもまだ足りないって思ってるんだよ。この部屋には、国家機密が詰まっているからね」
国家機密。その単語に、イグゼの顔は強張る。魔王国の機密事項ともなれば、それはエイジの齎したオーバーテクノロジーについてか、或いは世界の、魔術の深淵に迫るモノである。そう感じるに違いない。
「ま、巧妙に隠してるので、慣れた人じゃないと何の情報がどこにあるかなんてわからないだろうがね。さ、入りたまえ。ここが私の仕事部屋だ」
自慢げに紹介するエイジの部屋を見て、新入り達は息を呑む。
格式高い机が整然と並べられ、書類や道具はきっちり整理整頓されている。床には塵一つ落ちていないし、ロッカーも埃や汚れとは無縁の清潔さ。最奥の窓は日当たりも良く、机の配置も一切動きを邪魔しない。
更に空調や湯沸かし、休憩のためのソファーなんかもある。自慢したくなるのが分かるほど、快適かつ品のある職場だった。
「さて、では君たちはそこの机に座ってくれたまえ」
イスにはクッションが備え付けてある。素材は上質で心地よく、机も高級感のあるアンティーク風。派手ではないしモダンでもないけれど、それとは違った高級感があり、何より座り心地が良い。促された者達は、そのイスに座ることを一瞬躊躇する程だ。
「こんなところで、何させるつもりだ?」
柔らかい感覚に戸惑いながらも、ガデッサはエイジへ問う。案内の筈が、突然イスに座らされて困惑していることだろう。
そんな彼女に対し、エイジは背を向ける。そして自分のロッカーを探ると、数枚の紙を取り出した。その紙を、それぞれ席についた三人に渡すと、ペンを渡す。
「じゃ、早速だが、ちょっとしたテストを受けてもらおう。まずは、この世界の常識と魔王国についての知識を問う問題。三択式だ。そしてイグゼとカムイには、魔術の選択式テストもさせてもらおう。カムイはそこに学問の記述式を追加で。それぞれ十分、十分、二十分だ。ガデッサは十分、イグゼは二十、カムイは四十分な。文は魔族語だが、読めるだろ?」
「ほう、確かこれはお前の特殊能力のおかげ、か」
「知っているなら話は早い。さて、試験なので、静かにやること。そして他人の解答を覗いたりしてはいけません。では、試験開始!」
そう叫ぶと、手元のストップウォッチを押した。




