1節 お持て成し ④
さて。風呂場の一件より暫し時が経ち、エイジが落ち着きを取り戻した頃合い。彼女らは装い新たに、魔王城内の案内を受ける運びとなった。
「ようやく本題に入ってくれるのか」
「ああ。さっぱりしたし、悪くはなかったろ?」
「まあ、そうだけど……」
イグゼもそれ以上追及する気もないらしく。それに、浴場は最下層。案内を始めるのに都合がいい。
「じゃ、下から順にさっさとやっていくよ。キミらには、やってもらいたいことがたくさんあるからね」
エイジは彼女らの顔を見るように後ろ向きで歩きながら、手を広げてウキウキとした表情を見せる。
「あ、そうそう。ちょっと提案があるのだけれど。いいかい?」
「なによ」
どこかおっちょこちょいなところがあるエイジの後ろ向き歩きを心配しつつも、そのちょっとした提案について興味を向けるレイエルピナ達。
「新入りの三人が慣れるまで。テミスはイグゼを、ダッキがガデッサを、モルガンとレイエルピナはカムイを、それぞれ気に掛けてやって欲しいんだが。頼めるかな?」
「私どもは構いませんが…」
「何故私は含まれていないのですか?」
拒否の声は挙がらず、テミスも承諾の意を示すが、シルヴァの頭上には疑問符が。
「……ほら、お仕事があるじゃん? 王国への協力で得た諸々の権利や物品について。それに襲撃を受けた拠点の被害状況の確認に、武士どもへの聞き込みなどなど」
「ふっ、意外と冷静でホッとしました」
「悪かったって! 色々あったし、まあ仕方ないじゃん⁉︎」
「そうですね、仕方ないです」
皮肉か。そう思ったエイジだったが、シルヴァのその表情は穏やかで、楽しそうな微笑まで浮かべている。ふと、彼女も柔らかくなったものだな、と感じられた。
「ううん……ま、兎も角。仕事は明日から! 今日は、新顔たちの為に時間を使おうか」
くるりと回れ右をして、エイジはスタスタ歩き出す。
「ついてきてくれ。以前テミスへの案内で苦戦した時から、どうすれば効率的かずっと考えていたんだ」
エイジにとって、その時のことは苦い思い出だ。ただでさえ色々立て込んでいたのに、次から次へとイベントが発生し、色々おざなりにした挙句、自分が限界になってしまったから。
だから。今度こそは上手くやってやろうと意気込んでいるわけだ。
「あら、アンタが事前に計画を立てるだなんて。珍しいこともあるものね」
「いつもやってるだろ⁉︎ 宰相なんだから! 今までの改革だって綿密な考慮のもとやってきたんだ!」
「じゃあ、この三人も計画のうちなんだ?」
「それは……ヒドイ! レイエルピナがいじめる!」
皆に泣きつくように彼女から距離を取る。だが、近寄られた方もどう反応したか困ってしまうだろう。
「うわっ……キモ……」
「キモいって言った! キモいって言われた‼︎ うわぁぁぁ!」
崩れ落ちてメソメソする。そして情けなくも、モルガンとダッキに慰められていた。
「レイちゃん、照れ隠しにしても、もうちょっと手加減してあげよ?」
「う……悪かったわよ」
めっ、されたことでちょっとは申し訳なさそうにするレイエルピナ。そして彼はというと、何度か頭や肩をポンポンされただけですぐに復活。
「さて。では改めて、この階層の説明を__」
すっくと立ち上がり、毅然とした態度で話を再開した。
「うわ! やっぱりキモい‼︎」
「フンッ、好きに言ってろ。この気性を改めるつもりはない」
慣れていない面々は、テンション乱高下にドン引き。一方の秘書二人はまるで動じない
「ドン底からの巻き返しなんて、いつも見てきましたので」
「情緒不安定でストレスの発散と気持ちのリセットをして、その裏では思考を高速で回しているのですわ。……多分」
ポカンとして足を止めている間に、エイジはスタスタ先に進む。それに置いていかれぬようにと、皆もすぐに後を追った。
地下三階から階段を上がり、地下二階の倉庫階をざっと紹介。また一段上がって、地下一階の牢屋と鍛錬場。地上階でエントランスと食堂を案内する。
「重要な施設は上階に集中しているから、下は大して紹介するものもないが……ま、腹拵えくらいはしておきな。色々あったんだ、お腹減っているだろう?」
入浴を済ませた今は夕刻。今回はしっかり気を張っているエイジは、色々と前準備をしていた。彼に促されるまま着席した彼女達の前に、待たせることなく器が並べられていく。
「フルコースとか、そんなんじゃないけど……クリームシチューとパンだ。すまないね、もてなしの料理が、こんな簡単で」
「いや、まともな食事にありつけるだけ十分だよ」
イグゼのその言葉の真意は。魔王国のことを見下しているのではなく、新天地への不安や伝聞した劣悪な状況を加味しての感謝だ。
「しかしこれは、初めて見る料理だな」
「口に合うかはわからないが……ちゃんとした料理だから安心してくれ。ゲテモノじゃあない」
具をスプーンでつつき、不思議そうな顔。その間にも慣れている者達は、といっても彼女らとてシチューの実食は初めてなのだが、次々と口に運んでいく。
「ふむ……食べ慣れない筈なのだが、どこか懐かしい味だな」
そして誰よりも慣れた様子で食しているのはカムイである。パンをシチューにつけることなく、掬う時も一切音を立てずに、綺麗に丁寧にお上品に。彼女自身それに戸惑っている様子であるが、エイジの仮説を受け入れてきたからか、然程気味悪がっている様子ではない。
「…………」
そして。ガデッサは暫し無言で目の前の湯気立ち上るシチューをじっと眺めたのち、がっつくようにスプーンで掬い、貪るようにパンを毟る。
「キミには、後でカトラリーの使い方を教えよう」
彼女の手元を見たエイジがそっと言うと、肩がびくりと震える。周りの皆が上品に食べている中、気不味かったのだろう。
「そう恥じることはないさ。環境的に仕方なかったんだから。ちょっとずつ学んでいこう。で、肝心のお味はどうかな」
「アタシは、こんな旨いモン……いや、こんなに温かいものを食べたのはいつ以来か。はっ、初めてかもな」
どうやら震えは、恥によるものだけではなかったらしい。
「これからは、温かくて美味しいものを毎日、好きな時にお腹いっぱい食べられることを約束しよう」
エイジはそんな彼女の頭を軽く撫でると、ナプキンで口元を拭ってやるのだった。
そして全員が食べ終えたのを見届けると、彼は率先して食器の片付けを手伝い、再び隊列の先頭に立つ。
「はい、じゃあ再開していきましょ~。二階は特に何もないので三階へ」
二階は精々、魔王城勤務の者達の仮眠室くらいしかないのだ。特に、多くが出払っている今、非常に閑散としている。
「三階には、何があるんだ」
「いっぱいあるよ。図書室に医務室にワープホール部屋、開発部と製造部の事務所や魔導研究室だな。まあ、今のところ君達に縁があるのは図書室くらいなもんだけどね。ああ、行きたいところのリクエストがあるならどうぞ。案内するよ」
「図書室に行ってみてえな」
「研究所へ案内していただけないだろうか」
「医務室を是非一眼見てみたいものだ」
見事にバラバラ。エイジは困ったように頬を掻く。
「君たち。さっき割り振った通りに組み分けして、それぞれ先に見に行ってくれないか? 後で順に向かって詳細を__」
「一々そんなの手間だから、全部回ればいいじゃない」
「それもそうだね。よし、じゃあ近い順から。まずは図書室だ」
そこから一箇所ずつ巡って、一時間強。遂にここでエイジが音を上げた。彼女らはまだまだ興味が尽きない様子だったが、今日はもう遅いからと切り上げる。何より今は、それぞれの部屋の主が留守のため、あまりうろつかれてもいい気はしないだろう。
「では続きは明日に。四階に行くよ」
有無を言わさぬ調子でエイジは先へと突き進む。迷子にならないようにと、三人も渋々ついていく。
「さて、と」
階層を上がって少し進むと、ぴたりと立ち止まる。そして振り返って真横を指差す。
「はい、ここがオレの部屋。向かいがレイエルピナの。ここは四階の中央でね、この二部屋は寝室の中でも最大級だ。そしてこっちが幹部達の、こっち側は我が秘書達の自室で……」
エイジは来た方へ戻る、幹部の寝室が並ぶ方とは反対側に進んで、ドアを親指で指す。
「はい、ここイグゼの部屋な。で、こっちがガデッサ、こちらがカムイの寝室」
「いつの間にこんなものを……」
「君らがお風呂に入っている間に。必要最低限の家具と、寝巻き含む数着の着替えも運び込んでおいたから」
手際の良さにシルヴァも驚いている様子だったが。今回のエイジは結構気合が入っているのだ、このくらいはやる。
「明日はこの上の階、オレの執務室を案内しよう。それと、また改めて下の階の設備説明もするし。あとは、この国やキミ達のこれからについて具体的に話していこうと思う。では、ボクは仕事の下準備をしてくるのでこれにて。おやすみ~」
呆気に取られる皆を置いて、手をヒラヒラさせながらエイジは立ち去る。
「あ、シルヴァも来なくて大丈夫だよ。ちょっとしたことだし、オレも疲れてるからすぐ寝るって。じゃ」
慣れている面々は、いつものノリに肩を竦める。そして、新入りが自分にあてがわれてる部屋を物色しているのを見届けると、彼女等も自分の寝室へと戻っていった。
コンコン、とノックが鳴る。各々自室に解散して数十分後のことだ。
「起きているぞ」
その部屋の主、カムイが返事をすると、ドアがゆっくり開けられた。
「こんばんは、カムイさん」
「何の用だ、テミス姫」
薄いピンクのパジャマを着たテミスが、覗き込むようにして現れる。
「落ち着かないんじゃありませんか?」
「……」
図星。見知らぬ地で、慣れぬベッドに広い部屋、あまり居心地良さは感じていなかった。
「ついてきてくださいな」
特に断る理由もない、カムイはついていく。最初のうちは馴れ合うつもりなどこれっぽっちもなかったのに、と彼女自身不思議な感覚だ。
カムイの手を引き部屋を出たテミスは、そこから三つ程隣の部屋へ。そしてドアに手をかけると、中に入るよう促す。
「ここは?」
「レイエルピナちゃんの部屋です。ほら、みんなもう来ているんですよ」
確かに、部屋の中央に鎮座する大きなベッドには、六人の女性の姿があった。
「何故、ここへ?」
「みなさん、落ち着かないかと思いまして、お誘いしたんです。落ち着くまで、おしゃべりしましょう?」
テミスはベッドに腰掛け、隣をポンポンと叩く。誘われるまま、そこにカムイも座る。
「ていうか、なんでわたしの部屋なのよ!」
「だって一番広いですし」
「……」
勝手に集合場所にされて、部屋の主人は不満げだったが。もっともな理由を返されて口をつぐむ。
「で、話というのは」
「ちょうど今揃ったばかりですので、これからですわ。話題はなんでもいいのですけれど……」
「だったらァ、エイジクンについてがいいんじゃなぁい?」
「えぇ……ここでもアイツのことかよ」
ガデッサは流石にちょっとうんざり顔。
「興味無いワケじゃないでしょう? エイジクンが来たばかりのこととか、聞きたくない?」
「それは、確かに興味あるな」
「じゃあ、今まで魔王国がどうだったのかと合わせて話すわね。五十年前……」
イグゼが食いつき、モルガンはウキウキした口調をしている。他のみんなも乗り気な以上、反対の声は挙げにくかった。
「ふむふむ」
「でね、実はァ……__」
「へえ、そうだったんですね」
いつしかみな、面白そうにその話を聞いていた。
といっても、話してのは別にモルガンだけではない。各々感想を述べたり、そこから更に言及の幅を広げたりと、ちゃんとお喋りしているのだ。
そんなこんなで、夜も更けていき__




