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魔王国の宰相  作者: 佐伯アルト
Ⅶ 宰相の諸国視察記 後編

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1節 お持て成し ③

 風呂上がりの八人を、脱衣所で待ち受けていたのは……メイド達。彼女等が戻ってきたのを確認すると、メイドの数名が外に出る。そして、扉が開き、そこにはエイジが立っていた。しかも、奇妙な出立ちで。


「よお、随分と遅かったじゃないの。我慢風呂大会でもしてたのかい? それともオレの陰口でも言ってたり?」


「……何してんのよアンタ」


 目隠しを巻き、手をそれぞれ双子メイドのフィリシアにフェルトと握っている。この二人に誘導されているわけだ。


「いやなに、女湯の脱衣所に入るんだ。最低限のマナーだと思ってねえ」


「でもアンタ千里眼持ちじゃない」


「ははは、そんな無粋な真似はしないさ」


「ホントかしらね」


「陰口だなんて、そんな。みなさんと、それぞれの生い立ちを話したりしていたんですよ」


「で、態々出迎えとは、何の用だ」


 未だ警戒心剥き出しで、カムイが喰ってかかる。


「ふ、まだ気付かないのかな?」


「なんだと?」


「あっ!」


 そこで突然、何かに気付いたイグゼが声を上げる。


「うわっ、服がねぇ!」


「なにっ? ……くっ、確かに、拙者の服も消えている。何のつもりだ⁉︎」


 次いで気付いたガデッサも声を張り、カムイもロッカーを見て愕然とする。


「いやさ、イグゼは兎も角、ガデッサとカムイの服はボロボロだったんでね。こちらで処分させてもらった」


「は? じゃあこれからどうしろってんだよ!」


「まあまあ、落ち着け。何のために、ここにメイドがいる。というわけで、早速採寸開始だ!」


 エイジの号令と共にメイド達が動き出す。巻尺を手に、身長やスリーサイズをささっと測っていく。新入り三人の採寸は、僅か三十秒で終わった。そして序でとばかりに他の五人も測られてしまう。


「おっと、この個人情報は厳重に保管するので安心してほしい。要望があれば、服の用意が終わったらすぐに処分させるよ。さてと、ではメイド長マモンさん、例のブツを」


「はい、畏まりました」


「ああ、古参組はもう普段の服着ていいよ」


 メイド達は、端に置いてある籠をまさぐる。その中から、採寸したサイズに合うものを取り出して。


「さあてと。ガデッサ、イグゼ、そしてカムイ。君ら新入りの三人には、この服を着てもらう!」


「あっ…?」


「えっ…」


「なん、だと…」


 その服を見た彼女らは絶句する。なぜならば、それらはフリルやリボンが遇らわれたピンク系のキュートでガーリーなワンピース、或いはゴスロリ風味のワンピースであったのだから。


「なっ、これを着ろというのか⁉︎」


「ふっ、ハハハハ! どうかね、可愛らしいだろう! そうとも、ガサツでサバサバしたガデッサに、女の子モノに不慣れなイグゼ、そして質素なものを好むカムイ! 君らサラシの似合う三人は、こ〜んな服を着ることに強い抵抗を感じるだろうと思ってなぁ!」


「くっ、貴様! 嫌がらせのつもりか⁉︎」


「別に嫌なら着なくっていいんだぜ? そんかわし、テメェらは素っ裸で過ごすことにだろうがな! クハハハハ!」


「ぐっ、このカス野郎!」


 目隠しでエイジは本当に見えていないが、それでも三人の恥辱に歪んだ表情は容易に想像がつく。そして、その周りは苦笑いしているであろうことも。


「失礼します」


 と、ここでエイジの後ろのドアが開く。何人か、追加のメイドが入ってきた模様。


「おっと、邪魔かな。すぐにど__うぉわっ⁉︎」


 入り口に立ちっぱなしだったエイジ。すぐに靴を脱いで退こうとするも、段差に躓き盛大に転倒。急に動き出したものだから、メイド達も反応が間に合わない。


「「大丈夫ですか⁉︎」」


「い…いたい……顔が痛いよ」


「ぶはははは! ザマミロ! あっはははは‼︎」


 ガデッサ大爆笑。他の者達もくすくすと笑う。数名は嗤っていたが。


「ううっ……ところで、メイド達、何があったのかな?」


「はい。エイジ様のご指示通り、服を持って参りました」


「えっ…」


 目隠しをしたままで、鼻が赤くなっている、なかなか滑稽な様子なまま、ポカンと固まる。


「これはガデッサ様で、これがイグゼ様、そしてこれがカムイ様のものです」


 それぞれに、本命の服が渡される。ガデッサには、なめし革のベストに、毛皮のジャケット。ジーンズのホットパンツに、皮のニーハイブーツ。露出は首周りから胸元、ウエストに太腿とやや多いが、それでも以前の格好の包帯部分を除けば、それよりは少なめ。歪んだ骨格も見えにくい。


 イグゼは黒地のインナーシャツに、ベージュの背広ジャケット。カーキのロングスカート、革靴にハイソックス。色も露出も控えめで、初スカートだがあまり抵抗がない。


 カムイは、紺色の浴衣に下駄、そして赤黒い落ち着いた色の帯。そして全員には採寸通りの下着も与えられる。


「なんだよ、いいのがあんじゃねえか!」


「全く、性格が悪いな。……いや、しっかり用意しているあたり、良いのか?」


「女中の方、一つよろしいか。拙の服はどうした」


「はい。ご主人様の命により、修繕して洗濯を」


「ハインリヒ〜……」


 カムイの問いに素直に答えられてしまった。言わないで欲しかったし、もう少し後に持ってきて欲しかった。もっと反応を楽しみたかったのに。


「どうか、勘弁してください。この方はたまに、悪ぶるの好きなのです」


「おほほ、気になる女の子の気を惹こうと、ちょっかいをかけてしまっているみたいですので」


「余計なこと言うな秘書ぉ!」


 化けの皮が剥がれ、親しい者達のせいでポロポロとボロを出していくエイジ。


「あ〜ん! もうほんとカワイイ!」


「な、なんだと⁉︎」


「ウフフ、エイジクンが可愛いっていうの、よくわかるわァ」


 着慣れぬ服への着替え、そしてその着付けをしてあげている女子達が、本人の目の前で話題にしつつキャッキャウフフしている。目隠しと、さっき転んだせいで迂闊に動けないエイジは、不服を訴えるようにジタバタするしかできない。


「なぁんか、お前さんはよ……弟みてぇな感じがするんだよな。まぁ、兄弟なんていねぇんだが」


「ああ、生意気だけど健気な感じです?」


「放って置けないものねェ」


「信用からでしょうけど……、甘えてくれるのが年下っぽいのかもしれません」


「これでも、無邪気なところもあるのよね。よくワガママも言うし」


「……もしや、私が思うよりも若い?」


 そんな態度さえも、若いを通り越して幼ささえ感じてしまい、年下にしか見えなくなってきた。その感想を本人の前で臆面もなく言うものだから、言われた当人は穴に入ってしまいたかった。


「しかし、よくもあったものだな、こんな服」


 そんな彼の様子はさておいて、カムイは感嘆する。


「……まあね。皮は元からあったけど、それ以外は綿織物の発達で色々作れるようになった。染料は天然のものもあれば、魔術で染料は作り出せるし、化学染料もある。ジーンズはその過程で。和服はダッキの要望があったから」


「ほう、魔王国、思ったよりも発展しているのだな」


「ええ、彼のおかげで!」


 イグゼの言葉に、テミスが自分のことのように喜ぶ。とはいえ彼女も作る側ではあるのだが。


「ところでエイジくん、まだ目隠しは外さないの?」


「ふっ、オレは今、衣擦れの音を堪能しているのだよ。こういうのは、想像で補え__いったぁ⁉︎ 誰だよ桶投げたの!」


「私だ」


 悪びれる様子もなくカムイが答える。


「……本当に見えていないのだな、すまなかった」


 と思ったら、素直に謝る。


「さっきオレ転んだじゃん!」


「演技かと思った」


「信用ないなぁ」


「身から出た錆でしょ」


「……ごもっともです」


 そんなことを話している間に、どうやら彼女達の着替えも終わったらしい。衣擦れの音が聞こえなくなり、メイド達が再び動き始める。


「おーい、もう外していいかな」


「ああ、構わないぞ」


「じゃ……ふーん、似合ってるじゃんか」


 外してすぐに褒められて、少しだけ嬉しそうな表情を見せる。その周りでは、メイド達がテキパキとタオルや使わなくなった服を回収し、そそくさと撤収。因みにエレンは矢張り部屋の端にて不動。


「さてと、これで準備はできたな。じゃ、魔王城の案内を始め__」


「失礼、寸刻待っていただきたい」


「ん、どうした?」


「汝に問いたいことがある」


 改まった様子で、カムイが問いを投げる。それに応える形で、エイジも姿勢を正す。


「質問ねえ。何かな」


「……汝は、何なのだ」


 漠然とした質問。何の真意があるのか、エイジは図りかねる。


「どういう意味かな」


「私はこう感じた。貴様は矛盾した、歪んだ存在だとな。戦闘時の貴様は戦闘狂にしか見えなかったが、周囲を観察する冷静さがあった。しからば、普段も落ち着いた者なのかと思えば、朗らかというか陽気な部分もある。一人称も安定しない。人を小馬鹿にしたような飄々とした態度の、不真面目で胡散臭い者かと思えば、君主には厳粛にして敬意を持って接し、部下にも対等で律儀な対応だ。降った立場である我々にも、乱暴をしたりなおざりな対応もしない」


「……ああ、マリナにもリアリストっぽいのにロマンチストな面もあるとか言われたことあったな」


「確かに。不殺主義かと思えば、躊躇いや容赦なく屠ることもあったな」


「ドライな野郎かと思えば、お人好しとしか思えねえようなこともしやがったしよ」


「わかりますわ。完璧主義かと思えば、ところどころ妥協して手を抜くこともありますもの」


「潔癖で神経質かと思えば、大雑把な指示を出したり、部屋を散らかしたままにしていることもよくありますね」


「大体卒なく熟すくせに、変なところで不器用だし、たまに間抜けやらかすわよね」


「自分を偽善と度々言っていましたが、悪役にしても偽悪的です。それに、あれこれと手を出していながら、結局一つに絞ってやってるってことも多いですよね」


「慎重なところもあるのにィ、基本せっかちよねェ」


 みな、どこかしら彼の抱える矛盾、感じていた違和感に意識が向いたようだ。次から次へとその特徴が噴出した。


「重ねて問おう、貴様は、なんなのだ」


「……へっ、オレはこう言ったはずだぜカムイ……オレは、オレだ!」


 だがそんな問いに、エイジは確固とした調子で答える。


「例えどのような行動をとり、どのような言動をしてどのような感情をしていようと、それはオレだ。別人格でも何でもねえ、その時々のテンションや接する相手によって性格変わるだなんてのはよくあるだろうがよ。オレはそれがちと極端なだけだ」


「そういうものか」


「ああそうさ。そもそも人間なんてのは矛盾した生き物だ。皆何かしらの矛盾を抱えて生きている。今更だろう?」


 納得できたような、腑に落ちないような。カムイは微妙な顔のままだが、エイジが話は終わりとばかりに顔を背けてしまった。


「さ、身なりも整った事だし。賓客の、お持て成しをば__」


「待って」


「モルガン?」


 やや意外な人物からの呼び止めに、思わず動きを止める。そして嫌な予感も。


「ワタシたち、お風呂で話し合ったのよ、自分のことについて。そして、思ったの。ワタシたちは、お互いのことをまだよく知らないって」


 これ以上踏み込まれるのは…


「だから、教えて。エイジくんのことを。ワタシはもっと知りたいのよ」


「え、イヤだけど」


 取り付く島もない拒否っぷりだった。まさかの返答に、モルガンの顔がパキッと固まる。


「それは、君ら自身の目で、見極めてみろ」


 恥ずかしいところを見られたり、深入りされたりで、随分と不機嫌になってしまったようだ。むくれるとかいう段階を超えて、突き放すような態度。完全に臍を曲げていた。


 そんなところが、もっと幼稚に見えてしまったものだから__


「ふっはは、おもしれえなお前さん!」


 ガデッサは、エイジを真顔でじっと数秒見つめると。少し前の態度とは一変し、にかっと笑う。


「……さっきまでの、世界の全てが憎たらしい、みたいな表情はどこいったよ」


「ああん? だってよ、こーんな面白そうなことが待ってんのに、ずっと不機嫌だったら勿体ねぇだろ?」


 冷笑ではない笑みを浮かべたまま、やれやれとばかりに肩を竦めるるガデッサ。先程の刺々しい態度からは想像もできないような、そんな仕草だ。


「そうかい……お気楽なことだな」


「ん……まあ、今となっちゃクソッタレスラムの苦しみなんざどこにもねえからな。今更気にするこったねぇんだよ。だからアタシだって伸び伸びと自分らしくいられる。……そうさ、お前さんが、アタシを助けてくれたんだからな」


 カラッとした快活な印象にエイジは、テミス達とは違った眩しさを感じた。


「お前さんこそ、しけたツラは似合わねぇぜ? 前みたく不敵に笑ってりゃいいんだ」


「……オレはこんなにしたのはアンタらだ」


 不貞腐れてしまったかのようにそっぽを向いているが。少しでも彼の素顔を見た彼女ならば、一度拗ねてしまった手前、自身の言葉で感情を動かされてしまったことから顔を背けようとしているのが手に取るようにわかった。


「おーおー、照れてんなぁおい。どうしたよ。そんなだから可愛いなんて言われるんだぜ?」


 親しげに肩を組んでくるガデッサ。恥ずかしがるエイジをおちょくるようである。そんなエイジの中で、沸々と湧き上がる思いがある。


__…反撃、してやる!__


「随分と距離が縮んだな」


「まあな。いけすかねえ奴だと思ってたが……仲良い奴らへの態度見て、お前さんのことがわかってきたんだ。だからよ、信じることにしたのさ」


「なら、もう少しスキンシップが増えても問題ねぇよな?」


「あ? 別にいいが……おわっ!」


 組まれた肩からスルリと抜け出し、正面から抱き締める。そして右手は頭に回して撫で始める。 


「な、なにすんだ! ちょ……やっ、やめろよ。離せって……」


 最初は暴れて慌て出すものの。暫くすると頬を染めて、しおらしくなる。


「おや、逃げないのかい?」


「その……撫でられたり、なんて、初めてだからな……」


 彼女の声音、そしてその境遇を思い出したことで。さっきまでの不機嫌など忘れて、憐憫や慈愛なんてものを抱いたものだから、耳元でそっと囁く。


「いつでも甘えにきていいからね」


 優しく語りかけると、真っ赤になって硬直する。


「…………うがーッ‼︎ やりすぎだ!」


 そんな彼女からエイジが離れると、照れ隠しにその肩をバシバシ叩くのだった。そんな光景に羨望、或いは微笑ましげな視線が向けられる。


 更にそこから彼が目を逸らすと、今度はカムイと目があった。その途端、警戒した彼女は身構える。


「カムイ」


 何かを持って、その顔に手を伸ばす。そこに殺気がなかったものだから彼女の反応も遅れ、咄嗟に体を強張らせて目を瞑ったが。痛みや衝撃はなく、ただ頭に何かがつけられたような感覚だけがあった。


「……これは、かんざしか?」


「プレゼント。似合うと思って」


 その髪飾りに象られたのは、小さく可憐で、上品な淡いピンク色の花。


「あら、素敵ですわね……いいなぁ」


 それに暫し見惚れたダッキは、エイジの方を振り返る。


「この可愛らしいお花は、なんていうんですの?」


「これは、桜って言うんだ」


 その名を聞いたカムイが反応する。知っていることに驚いていたようだった。


「いつの間に、このようなものを?」


「ああ、さっき作ったの。やけに長風呂してたし、手慰みに」


「へえ……アンタ、こんな器用だったっけ?」


「いいや。だから、能力使った」


「ああ……変形の」


 手作りは手作りでも、そんなズルみたいなことでは、真心が足りないのでは。そう思ってしまう乙女心はあったのだが。


「欲しかったら、あとで作ってあげるよ」


「やった!」


 意中の相手からプレゼントを貰える。それだけで充分嬉しくなってしまうものなのだ。贈る側としても、素直に喜んでもらえると嬉しくて、作り甲斐がある。


「……その、なんだ……かたじけない」


「堅いな。ありがとう、でいいっつーの」


 溜め息を吐くと、体の向きを変える。それはイグゼの方。残る新入り最後の一人である自分も何かされるのか。そんな期待と不安を抱きながら、近づく彼を見ていると。


「ひゃああ⁉︎」


 突拍子もなく、イグゼがお姫様抱っこされた。驚いて、可愛らしい悲鳴をあげてしまう。


「このまま行こっか、プリンセス?」


「か、勘弁してぇ……」


 顔を覆って真っ赤になるイグゼ。それを腕の中に収めたまま、エイジは脱衣所から出ていってしまう。


 結局、階段までは行ったのだけれど、懇願されたものだから仕方なく下ろしてあげたのだった。


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