4節 王女王妃誘拐事件 ②
「待たせたなダッキ! そしてエレンさん。遅くなった」
「あら、予想時間通りの到着ですわね」
途中から進路を変えること、王都から北東に直線距離二十キロメートル。ルート変更を読んでの最短ルートでも、馬に合わせた速度のため三十分が経過していた。事件発生から二時間強である。
「思ってた通り?」
「ええ。王都から拠点までの飛竜の移動に、ダーリンの飛翔速度。国王との交渉に、準備時間、そして馬での足……計算通りですの」
「さっすが! で、状況は」
ダッキの指差した先には、国境の魔王国軍の砦に似た石造の、コンクリートのような質感の堅牢そうなアジトがあった。今彼等が潜んでいるのは、そこから二百メートル強離れた茂み。馬は更に離れたところに繋げられている。
「犯人達はここに逃げ込みましたわね。実に三十分ほど前の出来事です」
「あらら、それは意外と……」
「結構大回りしてましたもの。抵抗などもあったでしょうし、進むのは結構遅かったですわ」
「成程。なら、まだ希望はある。暴行なども加えられてない筈だ」
聞いたな? とばかりに、イグゼ等を見遣る。その顔は、以前よりは安堵していた。
「では、これから潜入する。エレンさんはここに待機でお願いします。さてダッキよ……尻尾仕舞おうか」
「アイデンティティー!」
「廊下の影から尻尾やら耳やらが見えたら誰だって二度見__」
「分かってますわよぉ‼︎」
またも渋々尻尾を消すダッキ。しかし、マイナスなことばかりではない。
「だがな、今回は朗報もある。ほら、これを」
「これって……」
「まさか!」
それは……ハンドガンとスナイパーライフル、そして二連装サブマシンガン。グリップ部を向け、手渡す。
「そうよ、そのまさかよ! さっき拠点に帰還した時、レイエルピナに渡されてな。今度こそ正式にロールアウトってわけだ! ということで、テスト込みの実戦をしてもらう」
シルヴァがライフルとハンドガンを、ダッキがマシンピストルとハンドガンを持つ。その表情、俄然やる気が出てきたようだ。
「さて、早速試射といこう。千里眼始動。ふむ……見張りが、正面入り口に二人、四隅の高台に二、三人。……シルヴァ、狙撃しろ。裏側の見張り台は死角だ。座標を指示するから弓で爆破しろ。但し、振動を気取られぬよう最小限でな。自作自演でないことを証明する為にも、遠慮なく殺せ」
「了解、狙い撃ちます!」
片膝を突き、両目を開いたままスコープを覗き込む。魔力を充填。銃口に紫色の妖しい輝きが満ちると……解き放たれる。ビームが発射される独特の音と共に、一秒一発、必中必殺。頭を撃ち抜き蒸発させる。そして目標殲滅を確認する前に弓に持ち替え、山なりに射撃する。
「どうですか」
「全弾命中、全滅だ。さあ、ここから先は時間との戦い。ハンドガンに持ち替えろ、侵入する!」
神業に唖然とする騎士達を置いて、三人は正面入り口に駆け込む。
「くっ、鍵がかかってますわね。しかも堅牢、破壊するにも手間が掛かります」
「この見張り達が鍵を持っているかもしれません。探って__」
「その必要はねえ。任せろや!」
エイジが扉に手を当てると、そのまま押し開けてしまう。
「変形能力で鍵を開けた。オレの前に、金庫など無意味ってな!」
出遅れた騎士達が追いついたのを確認すると、中へ駆け込む。
「ここからは少々慎重に行く。オレとダッキが先行しよう。暗器の用意を」
「万全ですわ」
返事を聞くと、エイジは早速左に曲がり、角で待機。先を覗き込む、ようなことはせずに目を閉じる。すると、掌を突き出し、待ての指示。
暫くすると、曲がり角から人が現れる。しかし、反応する間もなくエイジに押し倒され、口を塞がれる。
「よお。悪りぃが、アンタにはオレ達の案内をしてもらうぜ? もし抵抗すんなら……」
彼の言葉に合わせるように、ダッキは匕首を見せつける。男は怯え泣きながら、コクコクと頷いた。その男に猿轡を噛ませると、立たせる。
「では、先ずは妃様の下。ではなく、本部にでも案内してもらおうか。進むべき道は、指差せよ」
直ぐに男は指を指した。そちらにダッキが進み、角から確認するとゴーサインを出す。エイジは人質の腕を掴むと、その方向に進む。再び角でカバーすると、右手でシルヴァを差し、左手でバッドサイン。右の指を銃の形にして高く上げ、左手の親指で方向を指示。瞬間、シルヴァが廊下に転がり出ると、威力と発射音を抑えて射撃。見張り二人を倒し、制圧する。
「ほう……随分と手慣れているな」
次の角に向かってダッキが進むと、イグゼが感嘆したようにエイジへ耳打ちする。
「あ? 潜入作戦なんて初めてだけど」
「え……」
この回答には、流石に驚いたようだ。
「全く想定していない、というわけでもないが。まあ、ハンドサインはぶっつけのテキトー」
「それで通じるのか……なるほど、強い信頼関係で結ばれているのだな」
そんなことを話している間にも、ハンドガンを携えたシルヴァとダッキが、さっさと制圧して進んでいく。
「ああそうだ。暇だからさ、良ければ生い立ちとか聞かせてくれないか?」
「私の、か? 物好きだな。それに暇潰しとは、随分余裕に見受けられる」
「安心したまえ。人質は無事だ。理由は言えないが、それは確かなのでな」
「そうか……踏み込みたいものだが、手伝ってもらっている立場だものな」
はぁ…と溜め息一つ吐くと、やや抑えめの声で語り始める。
「私は、聞いての通り現国王の庶子、妾の子だ。なのだが、嫡子、今から助けに行く妹のことだ。それより数年早く産まれてしまった為に、私の存在は秘匿されることとなった」
更に、生まれた嫡子は女子だったことが、事態を複雑化させることになる。
「嫡子が男子だったら、まだ大人しく引き下がっただろう。しかし女子であったがゆえに、私の母は、私に男らしくあることを強要した。年長の男児であれば、庶子であろうとも機会はあるかもしれない、とな」
幸か不幸か、イグゼは男子顔負けの優れた体格に恵まれていた。そのため、男装をすれば男子で通ってしまうのである。
「おっと」
突然エイジは、イグゼの唇に人差し指を当てる。固まる彼女を他所に、拳銃を構えて飛び出すと、素早く二連射。頭と心臓を的確に撃ち抜いた。
「続きをどうぞ」
「あ、ああ……しかし結局、私に王位継承権が与えられることはなかった。それでも、病に臥せった我が母の最期の願いを聞き入れ、父上は私を騎士団副団長の座に据えて、好待遇を与えて下さった」
イグゼの技量は卓越していたため、その立場に文句を言う者も少なかったが、結局イグゼが女子として認知されることはなかった。それ故に、今更女の子らしく振る舞うなどできなくなっていた。
「これが、この私イグゼの立場だ。つまらなかっただろうがな」
「そうでもないさ。聞かせてくれてありがとうな。……さて、どうやら、目的地に着いたようだ」
男は立ち止まり、ある扉を指差す。そこが、この要塞の本部のようだ。
「シルヴァ、ダッキ、イグゼ。オレが蹴破ると同時に突入し制圧しろ。行くぞ」
指を立て、3…2…1…とカウントダウン。そして指を全て握ると、ドアノブと蝶番二箇所、そして最後に中央と素早く四回蹴って開く。
「いってぇー!」
鍵と蝶番は折れ、鉄製の扉はひしゃげていたが。当たりどころが悪かったか、エイジは足を押さえて飛び跳ね、蹲る。
だが、そんな彼に構う様子を見せることもなく、短刀を構えた三人が素早く中に滑り込み、中にいた者が反応する余裕さえ与えずに首を掻き切って即制圧する。
「大丈夫ですか」
そして、思い出したように心配される。
「なんとも。で、ここが本ぶ__なっ!」
部屋の奥で、何かを見つけたエイジが動転したように駆け込む。それは__液晶パネルとキーボードだった。
「なぜだ……何故こんなものが……この言語は……帝国のでも王国のでも、況してや魔王国でも日本語や英語ですらない……何なんだこれは⁉︎」
何か焦るように、エイジはキーボードを叩き始める。
「エイジ様⁉︎ 如何なさったので__」
シルヴァの言葉は、ダッキが肩に手を置いたことで遮られる。
「シルヴァさん、あのお方のことを遮らないように。イグゼさんも、急かさないでくださいまし。今彼は、重大な発見をしたようですの。あれは……知っているが故の恐怖、といったところでしょうか」
空気を読んで黙ってくれている彼女等を全く気にかけることもなく、エイジは血眼でディスプレイを見つめ、イラついているかのように強くキーボードを連打する。
そして数分。突然タイピングを止めると、彼は装置に背を向けた。
「何か分かりましたか?」
「いや……もう少しなんだが、今は時間がない。惜しいが後回しだ。そこの壁にマップがあるだろ? もう潜入したことはバレている筈、ここからは、一気に決める」
「この者はどうしますか?」
「捨て置け、もう用はない。さて、マップは頭に入れたな?」
全員の顔を見る。頷いたのを確認すると、エイジも剣と銃を手に、部屋から駆け出て行く。




