4節 王妃王女誘拐事件 ①
ルイス王国、王宮にて。
「なんということだ……」
玉座についた気弱そうな顔立ちをした壮年の男、国王アンドレは頭を押さえ、呻いていた。事件発生直後、パレードは緊急事態発生につき即時中断。厳戒態勢が敷かれ、誘拐犯の捜索が始まっているが、その足取りは全く掴めていない。
「失態だな、近衛兵」
「面目次第もございません…!」
貴族の一人が、兵士をネチネチと責め立てる。どうにも、本心からそう思っている様子ではないことからも、この王国が一枚岩ではないことを物語る。
「父う__アンドレ様、私にも捜索の許可を」
「そうしたい、ところだが……もし見つかり、救出作戦をするとなると、其方の能力が必要不可欠。今ここで動かすわけには……」
「ぐっ……」
元兵団副長、現アンチデモンズ隊長イグゼは、その職務の使命であるだけでなく、仮にも血の繋がった妹のことを心配している。そのために、逸る気持ちは人一倍であった。
「お前の不安も分かる。だが今は、堪えてくれ」
「犯人からの要求は?」
「まだ、届いていない模様です」
幾人もの兵や役員が慌ただしく動いている。そんな中、玉座の真正面門が勢いよく開け放たれる。
「伝令! 犯人グループからの要求が提示された模様! 身代金を求めています! その額は__」
告げられた金額を聞き、貴族達の顔は青褪める。
「我らの国家予算の一割ですぞ、国王!」
「うむ……だが、我が妃と娘の命が__」
「その者を捕らえることはできなかったのか⁉︎」
「それが、手を出せば人質の命は無いと脅されて……」
「ご決断を、アンドレ王!」
指示を仰ぐべく兵士が、役人が、貴族が王の前に詰め駆ける。究極の決断を前に、国王の顔が追い詰めれたように苦々しく歪む。脂汗が浮かび、拳を震わせながらも、彼の国王は口を開く。
「では……身代金は__」
「やあ皆さん、こんにちは。何やらお困りのようですねぇ」
「何者だ⁉︎」
アンドレ王の言葉を遮るように、呑気ながらもよく通る声が玉座に響く。声の方向を見やれば、窓ガラスが音もなく破壊されており、その窓枠には黒衣に身を包んだ男が腰掛けていた。
「私ですか? 私はまお__」
「魔王国の宰相エイジか‼︎ 何の用だ⁉︎」
「おや、私も有名になったものだ」
王に名乗る前から看破されて、嬉しいものやら、厭うべきものやら。
「無論。帝都での借り、忘れてはおらぬ。だが、再び問おう! 何のよ__」
「お困りでしょう? 手伝ってあげますよ」
窓枠から飛び降りて、国王の前へと歩みを進める。無論兵士達の警戒が向けられるが、国王がそれを制した。
「王妃様と王女様が誘拐されたそうですねぇ。我々が行方を追って特定し、救出してみせる。と、言っているのですよ」
「何故知っている⁉︎ ……そうか! 貴様等の仕業か!」
「ま、だよね〜。自作自演、マッチポンプを疑うか。はぁ、まったく嫌だなぁ。そんなことするわけないじゃないですか」
だが、ますます警戒度は上がるばかり。
「……信用ないなぁ。ま、仕方ないけど。では、まずは根っからの言い訳を聞いてくれ。我々魔王国がこの近辺に来たのは、つい五日ほど前のことでしてね。特に、王国と魔王国は離れていますから、この辺りには疎い。私ですら、今日が建国記念日とは知りませんでしたもの。……知ってたら拠点に帰らなかったし……。そしてその短時間ですから、そんな風に計画的犯行をすることなどできませんよ。そして次は建前というか理屈。そんなことをする理由がないし、外交問題で国ごと敵に回すような軽率なこと、個人ならまだしも、一国を率いる宰相としてならやらないさ」
ペラペラと話したものの、警戒度はあまり変わっていなかったが。
「貴殿の要求は何だ」
バッと集中が向く。アンドレ国王へだ。信用出来よう筈もない魔王国の者と、交渉の席についたのだから。
「お、話が早くて助かります。時間が経てば経つほど成功率は下がりますからね。では、私の要求は……この王国にいる全奴隷の解放です」
玉座の間は、一瞬にして騒然となる。あまりにも予想外且つ、大き過ぎる代償だからだ。
「何故だ⁉︎」
「我々は知っているんですよ? 奴隷の中には魔族や獣人、妖精など人ならざるものがいると。同胞の解放を要求するのは、極めて自然なことではないですかね? しかし……」
エイジは周りを見渡す。その先にある貴族の者達の目は、断固拒否を訴えていた。
「ま、無理でしょうな。まず、奴隷は王国の貴重な労働力だ、そう簡単には手放せない。そして、貴族の存在だ。彼等は奴隷を労働力としてだけではなく、観賞用にしたり欲望の捌け口にしたりしている。もし、そんな彼等から奴隷を取り上げれば、王への不満は膨れ上がる。ルイス王国の王政はどうやら、一枚岩ではない烏合の衆のようですからねぇ。貴族達の資金力や統率力がなければ、この国は立ち行かなくなる。そうでしょう?」
「この一瞬で、そこまで分かるのか、若き宰相よ」
「想像力と、非常時は本質が見え易いということを利用したまでのこと。私は一国を背負う宰相ですよ? 世界頂点クラスに頭の良い天才などでは到底ありませんが、決して愚かではない。……つもりです。ふむ、では、受け入れられないというなら、代替案を提示させていただきましょう」
交渉術、フット・イン・ザ・フェイス。通称、譲歩的依頼法。最初に難しめな提案をし、その後条件を緩和して譲歩し、相手に受け入れ易くしてもらう方法。つまり、その要求が蹴られるのは当然と想定し、後者こそが本命なのだ。
「私は俗物でしてねぇ。私が欲しいのは、金! 富! 名声! 女! そして力だ! なのでね、対価を細かく要求させていただく」
大仰に振る舞う彼を見つめ、どのような要求が来るのか、固唾を飲んで待つ。
「まず、報酬金として、あなた方の国家予算の3%。次に、我々が停泊している、東岸周辺の王国領の一部を租借させていただきたい。それと、王妃様が助かったのは、この私の助力があったことを隠さず公表し、また事実を曲げて報道することを禁ず。次いで、我々と友好国に……言い換えれば、貿易等に応じていただければ。さすれば、こちらから攻め込むことはありません。条文化しても良いですし。そして一人、良く言えば交渉人、悪く言えば人質、生贄として、女性を一人魔王国に連れて行かせてもらうが……そうだね、キミ、君がいいね。そうだよ、間違いじゃないさ、イグゼ」
空気が変わる。指差されたイグゼは驚愕し、貴族達は何のことか理解できず、王は観念したように項垂れていた。
「な、何を言っているんだ貴様は……私は、アンドレ王の庶子__」
「ああ、そう言えば元王子とか呼ばれてたねえ。ここでは、男性扱いされてたんだァ……その方が色々、好都合だったりした? 例えば、王の子だものなあ、権力争いとか。どうです?」
国王、そしてイグゼは図星を衝かれたか、返答に窮する。
「いつから……」
「相対して、割りかし最初の方から」
「なぜ…」
「匂いで分かるのさ。本能と言ってもいい。私は、インキュバスの能力を持っているのでね。男装の麗人だろうが、男の娘だろうが、両性具有、後天的な性別変換をしたかさえ分かる。その気になれば処女非処女の判別、精神的なジェンダー、恋愛対象の好みさえ分かるのさ。獲物を見誤るわけねえってな。オレの前で、性別偽ろうたって無駄だよ〜」
散々引っ掻き回すと、エイジは背を向ける。
「じゃ、私は退室するので、五分で決めてくれたまえ。あんまり時間をかけすぎると、追いつけなくなるから。これから作戦の説明をしたり、隊の編成もあるのだろう?」
そして窓枠に向けて歩き出す。だが、その進路を衛兵が塞ぐ。
「何のつもりかな」
「ここまま逃すとでも⁉︎」
「そのセリフ、聞き飽きた」
彼は右手を上げる。そして、特徴的な形をとると__
「やめろ! 皆、すぐに離れるんだ! 狙われているぞ!」
嘗て、その手を目にしたイグゼは、焦ったように警告を飛ばす。
「狙われて……? そんなまさか」
「いや、彼の護衛は弓の名手! 第三広場からなら届く!」
その距離、直線で三百メートル強。
「ふむ、かなり正しい見立てだよ。君の戦闘センスと戦術眼、なかなか高いようだ」
エイジは指の形を変える。それは……
「はっ、参りました」
十秒程度すると、シルヴァが窓辺に現れた。
「何か質問がまだあるというなら聞こう。ただし、護衛は付けさせてもらうがな」
エイジ同席で解説を交えつつ数分。そして彼が退室し、更に待つこと数分。呼び出しがかかる。
「結論は出た。我々は後者の提案を呑み、あなた方に協力を依頼する」
「おや……」
エイジは大いに意外だった。こうも直ぐに呑むとは。とはいえ真っ当に考えるなら、もし仮に魔王国が自作自演していようと、犯人の提示した身代金や、王妃王女の無事とを秤にかけ、宰相の提案を飲まざるを得ないのだが。
「君は良いのかな?」
「妹が助かるというのなら、この身でよければいくらでも捧げるさ。それに、女とバレては肩身が狭い。……私も、貴様に興味が無いわけでもないからな」
イグゼも、ついていくことに抵抗もないようだ。
「では、作戦を説明する。我々は、犯人グループがどの方向に向かったかを知っている。そのため、その方向に向かって進む。そして、相手のアジトを発見したら、潜入して人質を救出、その後叩く。潜入班は少数精鋭でいくが、こちらと合わせて……そちらからは四、五人出してくれ。その後のアジトを叩く方は、人員は不問とする。多くてもいいし、少なくてもオレだけで何とかできるだろう」
作戦説明、と言ったもののその内容は至極単純だった。説明を受けて、城内は慌ただしくなる。
「……エイジ様、事件は今から一時間半ほど前に起こっています。ターゲットはあなたの千里眼でも、索敵範囲外に抜けてしまっているのでは?」
「凡その方角は、こちらに残ってくれた者達から教えてもらった。それに、エレンとダッキが追跡しているそうだ。彼女等ならば見逃すまいよ。さて、出撃準備急げよ」
と言いつつも。彼等はその場に立ったまま何もしない。ただ待つだけだ。
「準備が整ったら、真北に集合してくれ。では、オレ達は先に向かって__」
「宰相エイジ殿!」
破った窓から飛び立とうとした瞬間、呼び止められる。声を掛けたのは、国王アンドレ。
「なんでございましょう?」
「我が妻と、娘を……頼んだぞ」
予想外の言葉に、エイジも驚き暫し固まる。だが、直様自信ありげな笑みを見せた。
「ええ、お任せ下さい。勿論、イグゼさんも込みでね」
「ッ…! 感謝する」
色々な意味で勝ったことを半ば確信しつつ、彼は秘書を背負い飛び立った。
窓から飛び出すと上昇し、王都上空を数度旋回。先行隊が北門へ向かっているのを認めると、それを軽く追い越して北門すぐ近くに降り立つ。
「では、行きます。オレは速いので、しっかりついてきてくださいな」
イグゼを含む、乗馬した精鋭騎士四名が頷き、目標地点へ向かって駆け出す。その先頭で、銀龍の翼を広げたエイジが先導する。その高度は三十メートル近く。少し高めの位置で、目標地点を見据え、加えて千里眼も片目で発動し、その痕跡を少しでも早く見つけようとしている。と__
「ふ、フフフ……最初の賭けには勝ったな」
何かを見つけたらしきエイジが不敵に笑う。
「如何なさったのですか?」
「あれを見ろよ」
王都から約二キロ離れた地点に、地面にポツンと何かがある。
「あれは……ダッキの呪符!」
「まったく、君ら秘書ってのは……優秀だし、似た者同士だな!」
点々と続く目印を辿り、エイジは更に速度を上げた。




