3節 地下中央闘技場 ⑧
降りたままの橋を渡り、正面の砕けた司会席下にある門を潜る。降りた先はただの環状廊下。しかし、そこだけ鉄格子が降りて、外から入れないようになっている。そして目の前には、所々に客の入る扉とは少し違う、無骨なドアがある。そこを蹴破り少し進むと、階段があった。
降りた先。そこには第二の環状廊下があった。その両側には、石牢と鉄格子。中には獣のように目をギラつかせた、傷だらけのヒトが入っていた。
「な、何だったんださっきのは……お、オイ! そこの貴様! 上で何があったか__ウギャア⁉︎」
「な、何をしやが__ガハァッ……」
見回りをしていた看守のような形の闘技場スタッフが、不審者であるエイジ等に声を掛ける。だが、最早慈悲を捨てたエイジの召喚した剣により、全身串刺しにされる。更に、巧いこと急所は外され、ジワジワと苦しむことになるような貫き方だ。
「さて、二人とも。牢を破壊し、剣闘士達を解放するんだ」
「「了解!」」
彼の指示の下、行動を開始する。鍵を撃ち抜き蹴飛ばして。変形能力を使い、凍らせて砕き、熱で溶かし爆破する。騒ぎに気付き、近づいて来たスタッフは、序でに始末しておく。
突然に解放され、座り込んだまま戸惑う囚人こと闘士達。そんな彼等を見下ろして、エイジは告げる。
「喜ぶがいい。そして、安堵するがいい。君らは、今日から自由の身だ」
いきなりそんな事を言われても、ただ当惑するだけ。だが動かぬ彼等に目もくれず、彼は次々と牢を破壊し、囚われの者達を解放していく。
「行くアテがないならば、ひとまずオレについて来い。何故こうなったのか、直々に説明してやろう」
今すぐには、特にやることも思いつかない。闘士達は取り敢えず、この不可思議な男についていくことにした。
全ての檻を破壊すると、エイジは武舞台へと戻っていく。その後ろを、先程戦っていたばかりの者を含めた数百人がゾロゾロとついていく。
「さてと。では、何が起こったか説明する前に、まずやることがある。君等は舞台の上に乗らず、出来る限り身を屈めて衝撃に備えなさい。うつ伏せになるのもいい。……では、やるとしようか。解放率、50」
エイジは舞台の中央に立つと、三対の翼を広げる。呆気に取られ、或いは見惚れる者達の前で、彼は翼の先端を体の真正面の一点に集める。その目線は、観客席に。そして、その一点には、おどろおどろしいほどの輝きを放つ、明る過ぎる橙色の光球が形成されて__
「翼指収束……いけよ、『Trialae Blaster』‼︎」
レンズフレアを放った瞬間、光線が放たれる。赤黒く禍々しいその光は、観客席を削り取り破壊、いや、消滅させていく。その間も、彼はゆっくりと体を回し、観客席の端から端までを破砕していく。その照射時間、実に三十秒であった。壁を貫いた光線はしかして、天井まで届き都市を崩壊させることのない絶妙な威力であった。
「よし、証拠隠滅完了!」
剣闘士達はおろか、彼の秘書までもが茫然自失している中で、彼はスッキリした様子であった。
「あの、エイジ様? このようなことが出来るのでしたら、私共を戦わせる意味などなかったのではありませんか?」
「いいや。……確かに、オレの世界にもボクシングやプロレスなどといった、娯楽としての格闘技はある。だがな、武器も魔獣も殺しも何でもアリ、ルール無用なこんなものは、到底看過できるものではない。そして、この見せ物を享楽した者もまた同罪。ならば、こんな恐怖も苦痛もなく死ぬなんて、割に合わねえだろ?」
「成る程、そういうことでしたか。ダッキも、これを察して……」
「あ、いえ……わたくし、過去の悪人狩りを思い出して、久々に滾り……いえ、気分が悪かっただけですわ」
ここにきて、漸く正気に戻った闘士達も、本当に何者なんだという顔で、エイジに注目を集める。
「では、話すとしよう。オレ達が何者で、さっき何があったかを。ガデッサ、説明手伝ってくれよ?」
「……っは、よりによって、魔王国の……しかも幹部だって?」
「幹部ではありません。その上である、宰相です」
その場に居合わせた者達の解説も合わさり、闘士同士何が起こったかは凡そ理解したようだった。だが、救い出してくれた彼等が予想以上の大物であったことには、流石に動揺していたが。たとえ光届かぬ地下でも、魔王国の名は広まっていることが嬉しいエイジだった。
「宰、相……ってのがどんなかは知らねえが、ま、偉いんだろ。で、何でそんな奴がこんな辺鄙なトコにいるんだよ」
「ふむ。我々はだね、南下して活動域をこちらにも広げようと画策していた。そのために、先ずは王国の視察をしようと思ってね。で、王国を知るには先ずスラムからってんで来てみたら、まぁ胸糞悪いことやってたもんでよ。全部ぶっ潰してやろう、そう思っただけさ」
「国同士の関わりだったら、上だけで良いじゃねえかよ。計画的なンだか、行き当たりっばったりなんだか……」
「どちらも大事さ。ま、なるようになるってな」
嘗て畏れ、何時しか頼り、先程は肩を並べもした者に、ガデッサは強い疑惑の目を向ける。たとえ立場が判っても、得体の知れなさは最初からずっと変わっていない。
「はん。そんな高貴な魔族様が、よくもまあアタシらみたいな底辺に興味を持つよな。何のつもりだよ」
「いやなに、私は偽善者だからね、苦しんでいる者がいるなら見過ごせないのだよ。それに、私は為政者だ。魔族達は君らと同じく迫害され、苦しんできた者が多い。その者達を救うのもまた、私の使命なのだ。ほら、君とてこの地下で、奴隷にされている魔族などを見かけたことはあるのではないかな」
それを聞いて、ますます訳が分からなくなってきたガデッサ。
「あんだけ人を殺しといて、救うだのなんだの……」
「アイツらみたいなクズにかける慈悲なんぞねえな。それに、オレは奴隷ってもんが嫌いでよ、倫理的に受け入れられん」
「わっけわかんねえ感性だよな……でもま、ちったぁスッキリしたよ。あんがとな」
ニッと笑うと、背を向けてを振って立ち去ろうと__
「おいキミ、もしかして、忘れてるんじゃないだろうな」
「あ? 何をだよ…………ぁ」
動きが止まる。もしかしなくても、完全に失念していた顔だ。
「オレはね、見返りも無しに人を助けたりしないんだよ?」
「くっ……やっぱオマエはカス野郎だ!」
振り返ると悔しそうに吠えた。そして彼の目の前まで律儀に戻ってくる。
「さて、代価は何だろうか?」
「……自分で考えんのだりぃし、あんたが決めろ」
この男を信用していいものか。雰囲気は信用できないが、少なくとも行動は確かだ。まるで罪状を告げられるのを待つ被告のように、固唾を飲んで要求を聞き届けんとする。
「では………この報酬は、その体では払っていただくとしよう」
対価を告げられたガデッサは失望、そして絶望したような表情へと移り変わっていく。秘書ズも、この提示には驚いた様子を見せた。
「クソがよ……結局、アタシはそうなる運命だってのかよ……」
「おっとぉ、君は何か誤解しているのではないかな? 体で払うっていうのはだな……抱かせろっていう意味ではなく! その肉体を使い、労働で以て返していただくということだァ‼︎」
だがすぐさま続けられた言葉に、彼女はポカンとしてしまう。
「は?」
「つまり、君には魔王城へ来ていただき、ボクの部下として働いてもらうよん、ってこと〜。てな訳でこれからよろしく、ガデッサさんや」
ガデッサの肩にポンと手を置くと、すれ違うように元来た扉へ歩いていく。
「よーし、帰るかぁ。流石にちょっと疲れた」
大きな伸びと欠伸をしながら、ゆっくりフラフラと歩いていく。
「お、おい待て! 一つだけ聞かせろ!」
呼び止められて、エイジは止まり、振り返る。
「なんで……アタシを助けようと思ったんだ」
「そうだねえ。先ずは、なんとなくの成り行きだ。地下に入って、なんやかんやあって結局は君に、延いてはここに辿り着いた。見過ごせないから序でに助けたってこと。そして、君は見応えのあるヒトだったからな。ミラ、君の誘拐したあの少女から聞いたよ。君は寧ろ、弱者を守る側の人間だとな。……以前私は君を貶めるような発言をしてしまった。撤回し、ここに謝罪する」
「はっ、謝んなよ気持ち悪りぃ」
頭を下げるエイジだが、まるで気にする様子もないように手をヒラヒラさせている。
「……だが何よりもだ。オレはね、君のような、普段強気な美女が弱っていて、助けを求められるとどうにも弱いんだよ」
「へぇっ⁉︎」
素っ頓狂な声をあげて、顔を赤く染めていた。
「ふふっ、かわいいな」
「……」
美人だの、かわいいだの。普段全く言われ慣れていないのであろう彼女は、完全にフリーズしてしまった。エイジはそんなガデッサから少し視線を逸らすと。まだ何が起こり何をしていいのか分からず戸惑い、その殆どがこの場に留まっている闘士達が視界に入る。
「あ、そうだな。まだここに律儀に残っている君達にも、選択肢をあげよう。スラムに残る? それとも……オレと一緒に来るかい? 新進気鋭の魔王国に」
そう訊くだけきくと、オオカミの幻獣と目を合わせる。近寄って来た幻獣の背にガデッサを投げ上げると、今度こそ闘技場から出て行くのだった。




