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魔王国の宰相  作者: 佐伯アルト
Ⅵ 宰相の諸国視察記 前編

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3節 地下中央闘技場 ⑦

 この不思議な光景に、観客達は言葉も出ない。予選や決勝でこそ、力があるのは分かっていたが、どうにも面白みに欠けるものでブーイングを飛ばしていた。


 だが、エキシビションならどうであろうか。彼の戦闘はその圧倒的な力によって、魔物が蹂躙するのではなく、魔物こそが蹂躙された。これは本来想定されていた展開ではなかったものの、その悍ましくも迫力のある戦闘に、観客等は畏怖するか、或いは魅了されていた。


 その寒暖差著しい中、何かが起ころうとしている。


「観客の皆様方、本日はこの見せ物を鑑賞しに来て下さり、誠にありがとうございました」


 拡声魔術により、彼の声は闘技場全体に響き渡る。


「そんな皆様方に、更なるショーをご覧に入れたいと思いまーす」


 エイジは司会者に向けて指を指す。なんだなんだと色めき立つ観客席。彼の次の言葉に注意が集まるが。


「シルヴァ、ダッキ……ここの観客、みなごろしな」


 指に光が収束、ビームが放たれ、司会者席が爆ぜた。歓声が止み、静寂が訪れる。彼が何を言ったのか、一瞬理解できなかった。しかしそこより一呼吸置いて、理解してしまった観客共は、恐慌状態に陥る__


「了解‼︎」


「承知いたしましたわ‼︎」


 その前に、彼女らは動き出していた。各々武器を手に取り、戦闘準備は整う。


「さあ、ショータイムだ‼︎ 鏖殺の演目を始めようじゃないか‼︎」


 エイジは直様反転、観客席に光線を放つ。


「ハァッ!」


 シルヴァも弓を引く。番られた矢は太く、強い紫紺の輝きを放つ。彼女が放った矢は、着弾すると大きく爆ぜた。


「ハイヤッ!」


 ダッキは両手の指に薄紫の呪符を挟み込むと、投擲。真っ直ぐ飛んだ札は粘性を持つように壁に貼り付くと、強い輝きを放って爆発した。


「これでもう」


「逃げ場はありませんよ」


 爆発が起こった三箇所は、観客の出入り口である。退路を立たれた観客はパニックになり、動きは散り散りになる。


「わたくしも胸糞悪ぃので、少々本気モードで行きますわ」


 ダッキが耳と尻尾を生やす。しかし、今回は少々趣が異なる。尻尾は太く短いものではなく、細く長い尾が九つ。


「おほほほほ! ハイ、サッ!」


 ダッキが両手に持つのは暗器、鉄扇。逃げる観客に追いついて一振りすると、同時に複数人が倒れる。その者等に共通しているのは、打たれたと思しき箇所が大きく陥没していること。人型とはいえ、幻獣の膂力は人体を砕いて余りある威力である。


「ふむ、なかなかやりますね。これは、私も負けてはいられません」


 ダッキの投げた呪符が人体や席に張り付き、凄惨に吹き飛んでいくのを横目に弓を構える。弓を水平にして同時に三射、容易く貫通し土手っ腹に風穴を開けていく。


「近接とて!」


 備え付けられた双刃で以って頚椎を裂き、魔力弦で胴体を真っ二つに焼き切る。


「フゥーッ……これは、昔を思い出しますわね! せやっ!」


 袖に隠した暗器、我眉刺で眉間を、心の臓を次々貫くダッキ。深く刺さった物は無理に抜かず、次の得物を出していく。


「わたくし、こういうのも得意でしてよ!」


 足元に呪符を叩きつける。瞬間、煙が上がり、彼女の姿は溶け消える。


「ぎぇ…っ!」


 瞬間、周囲から苦悶の声が上がる。視界が晴れて見えた先には、ワイヤで首を絞められた者が踠き苦しんでいた。そのワイヤの先端は椅子に括り付けられ、ダッキの姿はなく。


なれのような下衆にかける慈悲などございません。ホイサ!」


 飛び上がった彼女が、札と同じ要領でクナイを投げる。苦無は数人を擦り、最後は或る者の腹や太股に突き刺さる。そしてほんの数拍置いた瞬間、掠った者を含め激しく痙攣し、泡を吹いて倒れる。


「如何ですの? 即効性の猛毒と、呪殺の術を組み合わせた苦無のお味は。それでは__いよいよ本気で殺しますか」


 単発の技を一通り見せたのは、恐怖を煽る為だけのようだ。幻惑の札、爆発の札、肉を灼き尽くす紫炎に様々な暗器を組み合わせ、先程以上の速度で次々と葬り去っていく。


「妾の旦那様の為に、精々苦しんで、死に候へ!」


 紫炎を纏い、血で紅に染まった鉄扇を開き、口元を隠すように構える姿は、恐ろしくもどこか妖艶であった。


「成程。極力苦しめてから殺す、ですか……ならば、私もそうしましょう」


 首を切り頭を撃つなど、即死攻撃ばかり繰り出していたシルヴァも方針を転換。右手に逆手持ちでダガーを取り出すが、そこに紫水晶を思わせる鋭利な氷が纏わりついていく。


「参ります」


 最早短剣ではない長さの刃を振るう。一太刀で数人を纏めて切り裂くが、その切れ味と強度は十分であり、生半可な包丁などでは逆に叩き斬られるほど。


「ひっ……ひぃ!」


 そして斬られた傷口からは氷が侵食し、その者を忽ち物言わぬ氷像へ変えてしまう。


「これが、煌銀龍の真髄です」


 長大な刃が、一瞬にして消失する。否、本来の刀身に凝縮されたのだ。紫よりも高まり、青白い輝きを放つそれをシルヴァは投擲する。投げられた短刀が地面に刺さった瞬間、冰が一帯を侵食し、恐怖に慄く観客達に一切の抵抗を許さず、じわじわと氷漬けにしていく。一度この冷気の餌食となれば、迫り来る死の恐怖を、じっくり味わうことになるだろう。


「逃がさない、と言ったでしょう」


 一切の温もりなき絶対零度の声が、澄んだ空気に響く。同様の短剣を幾つも放ち、観客席の半分を冷凍。侵食する冰から逃げ惑うヒトの足を正確に撃ち抜き、転んで動けなくなったところを冰が飲み込んでいく。彼女の周りは、極地も斯くやの極低温に包まれていた。


「それでは、終わりといたしましょう」


 弓を引く。貫通力、衝撃、爆発。全ての要素が最高たる必殺を幾つも射って、氷塊を粉々に砕く。


「やはり、ドラゴンというのは凄いですわねぇ」


 そう呟くダッキも、トドメに呪符をバラ撒き、爆砕と炎上の阿鼻叫喚を作り出す。片や紫炎、片や紫氷。色合いは似つつも対極の温度により、会場には激しい対流が渦巻いていた。


「……オレの出番、ねえじゃねえか」


 彼女等の戦いを見ながら、丁度真ん中にある観客席を細いレーザーでチクチクつついていたら、いつの間にか全体が焼かれるか凍らされるか、斬られるか貫かれるか、爆ぜるか毒に冒されるかで片付いていた。


「終わりましたわ〜、ダーリン!」


「ご命令通り、一匹残らず始末致しました」


 観客席の端から軽やかに、二人の秘書が武舞台へ飛び降りる。舞台周辺の水は表面が凍り付くか、軽く煮立つかしていた。


「コワイ……ウチの秘書、コワイ……」


 自分のことを棚に上げて、エイジは頼れる筈の秘書に恐れ慄いていた。


「何をしてらっしゃるんですの……」


「貴方様ならば、この程度のこと容易いでしょうに」


 そんな彼に、然しもの二人も呆れ顔。


「ダッテ……一切躊躇いがないんだもの」


「「私達、人間が嫌いなので」」


 そういえば、彼女達はヒトに酷い目に遭わされていた。魔族や善人なら兎も角、性根の醜い人間に手を下すことを渋りはしないだろう。


「なんだよ……魔族ってのは、こんな奴がゴロゴロいんのかよ」


「流石にそれはない。オレや彼女らはその中でもトップクラスだよ」


「わたくしたち、高位の幻獣ですので!」


「そこらの有象無象と比べられては困ります」


 ダッキは自信満々に語る。シルヴァは……どうやら自分のことではなく、エイジのことを指して言っているらしかったが。


「とはいえ……はぁ、魔力を少し使い過ぎてしまいましたか」


「あ、ダーリン! 魔力少なくなっちゃったので、補給お願いしますぅ! キース……キスゥ‼︎」


「まったく、張り切り過ぎだ……仕方ないなぁ」


「なっ!」


 固まるシルヴァの前で、ダッキはイチャコラする。


「魔力の補給でしたら、別に手を繋ぐ程度の接触でも可能ではないですか‼︎」


「ふふふ、羨ましいのなら、シルヴァさんもお願いすればいいじゃないですの」


「うくっ……」


 人目がある中で睦み合うお願いをできるほど、シルヴァは強メンタルではない。しかし……今回ばかりはそうでもなかった。


「その……エイジ様、私も……お願いできますか? …あっ、んっ……」


 言い切るや否や抱き締められて、優しい接吻を交わす。周囲が骸だらけの地獄とは思えぬ程、そこだけは穏やかな雰囲気だった。


「温かい……」


「さ、補給はいいか? 行くぞ」


 夢見心地で暫く惚ける二人だったが、声を掛けられると直ぐに我に帰り、彼の後ろにピッタリついていく。


「おい、行くって、どこにだよ⁉︎」


 置いてけぼりを食らいそうになった決勝戦の闘士達の中、唯一冷静でいられたガデッサが彼を追う。


「裏だよ。捕まってる闘士達を解放してやんの」


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