3節 地下中央闘技場 ④
「チッ……オイ、起きろ」
「うわっ⁉︎」
完全に無防備に寝ていたようだ。椅子を下から蹴り上げられて、驚き飛び起きる。
「はぁ……もう決勝始まんぞ」
「おや、もうそんな時間……ふぁ…」
緊張感などどこにも無いように、緩慢に伸びをするエイジ。ガデッサのイライラは募る。
「強者の余裕ってやつかよ。ケッ、魔力があるとか羨ましいぜ」
「ん〜……で、どうかな、武器の使い勝手は」
「……まあ、なかなかだ。……なンだよ、その顔は」
「いやぁ? 気に入ってもらえて何よりってね」
どこか素直じゃない態度もお見通しなエイジは、腑抜けた顔。調子を崩され続けて、ガデッサは今にも殴りかからんばかりに青筋を立て、拳を握りプルプルしている。流石に助けてもらっている立場なので、そんなことはできないが。
「オラ、もう時間だ。いくぜ」
「は〜いよ」
立場が逆転しているかの構図で、二人はゲートを潜る。
さて、予選も全て終わり、次は決勝だ。
勝ち残った者達は、決勝のステージに上がる。と言っても、予選と同じ武舞台だが。周りを見渡せば、所々に血痕や装備の残骸らしきものが残ったままになっている。観客の盛り上がりはピークだ。綺麗にすることよりも、早く次の試合を開始することを優先したのだろう。
「さあて、対戦相手はどんなのかな〜」
「勝ち残った猛者揃いだ、強いのは間違いねえんだろうが……アタシの予想よりは弱そうだ、アンタの敵じゃねえよ。それに……本番はこれが終わった後だろ」
「それもそうだね〜。じゃ、オレは引き続き足だけ使うことにするよ」
「そうでもしねえと張り合いがねえってか」
ガデッサに訊いたものの、エイジも対戦相手を観察する。すると驚いたことに、男女比は三対一。よくぞ生き残ったとも、こんなに女性がいるものかとも思ったのである。
「だが安心しな、アンタに出番はねえよ。アタシが全員落としてやるぜ」
「そっか〜」
「その態度やめやがれ、気が抜ける」
「……了解」
リラックスさせてあげたかったのだが、逆効果のようだ。諦めて、普段通り引き締める。
そんな遣り取りを済ませると同時に、決勝が始まった。
「いくぜェ!」
「まあ待て落ち着け」
直後に突っ込もうとしたガデッサの肩を掴み、制止する。
「興奮し過ぎだ。新たな武器と心強い増援のせいで、自信過剰になってんのが見え見え。隙だらけだ。仮にも決勝、そう楽な相手でもあるまい」
「……チッ、わあったよ」
その言葉には説得力があった。ガデッサも渋々ながら従う。
さて、ゴングが鳴って一分経ったが、開始と同時に選手が掛かってくることはなかった。ジリジリと詰め、読み合いをしている。流石は決勝だけある、経験豊富な手練れが多い。とはいえ、盛り上がりには欠ける展開なので、観客席からは罵声が飛んでくるが。
「この中の、ざっと六割はオレ等を気にしているか」
一回戦で、静かながら圧倒的な力量差を見せつけたエイジ達。その存在を避けるようにして、それ以外が潰し合いを始めようとするが……
「とりゃっ!」
ぶつかり合おうとした瞬間、飛び蹴りで両者の間に割って入る。分断するとその奥の者の武器を蹴り飛ばし、反撃の拳をヒラリと躱して別のターゲットへ。左右前後へジグザグ不規則な動きで接近し、猫騙しすると腹を蹴って転ばせる。この隙を好機と見て迫った者も、足をかけられて転倒する。ヘイトがこちらに向かうとガデッサの下へ退いて、挟み撃ちされてもヌルヌル抜け出していく。
「おいおい……どんな戦い方だよそりゃあ」
「決勝でオレが取る戦い方。それは……他の選手達のぶつかり合いを妨害しまくり、脱落を阻止することだ。そのまま時間切れまで、なるべく脱落者が出ないようにする。集中攻撃からは逃げる。以上。嗚呼、なんてつまらない戦いだろう! これはさぞかし観客共も気勢を削がれるに違いない‼︎」
「お前って陰湿だよな」
「はっはっは、褒めても何も出ないよ」
「褒めてねえよ……っと、敵が来た。ちったあアタシにもやらせろよ!」
「はいはい、やり過ぎんようにな〜」
棍を担いだガデッサが、獰猛な顔で数歩踏み出す。
「オラァ!」
相手が間合いに入った。瞬間、横凪に振るって吹っ飛ばす。
「へっ、かかってきな! アイツなんざどうでもいい、アタシが相手だ!」
手にポンポンと棍を打ち、挑発的な表情を浮かべる。
「いくぜウラァ!」
長大な棍を担ぎながらも、軽やかな体捌きで攻撃を避けていく。最適な間合いに入ると、棍と実体斧、魔力斧を切り替えて、効果的な武装で的確な攻撃を叩き込んでいく。棍で受け止めて殴り飛ばし、剣を実刃で叩き折り、防具を魔刃で焼き切って、棒の先端で突き込む。更には、エイジの説明しなかった機能である魔力部からの噴射をして勢いをつけ、後ろから円を描くように大上段で振り下ろす。その振動でよろけたところに、斧から手を離してフックを放つ。その隙に、陥没した地面から斧を引き抜く。
使い慣れない筈の武器ながらも、その類い稀な戦闘センスが遺憾なく発揮され、歴戦の強者を相手に引けを取らず戦闘不能、その一歩手前まで追い込んでいく。
「こんくらいで良いんだろ⁉︎」
「すごいな、こうもやるとは」
決め切れないのではない。脱落させたくない、というエイジの意思を汲み取っての峰打ちだ。内心舌を巻く。
「くっ、なんなんだお前らは⁉︎」
圧倒的な強さを持つ二人組。その存在に慄いたのか、対戦相手が問いかけてくる。
「ウチらのことか。名前くらい聞いたことあんじゃねえのか? オレはガデッサだ」
「ガデッサ⁉︎ あのガデッサか!」
「おお、有名人だね」
「……オメェが異端なンだよ」
驚くと同時に、納得した様子を見せる闘士。その武勇は、地下街に広く知れているのだろう。
「その男は、何者だ」
別の、女性の闘士が武器を構えながら問い詰める。
「ああ、コイツは……なんて言やいいか…………ま、アタシにも得体の知れねえ野郎だ。正体も参戦理由も、本当の力も分かんねえ。名前すら知らねえ。分かってんのは、共闘してるってことだけだ」
「あれ、名前すら知らなかったの⁉︎」
「テメェ……まだ一度も名乗ってねえだろうがよ」
「だから名前呼んでくれなかったのかぁ。ボクの名前はエイジだよ」
「随分呑気だな……」
相手方の闘士さえ、呆れたような顔をしている。
「正体に関しては、まだ全ては言えないがそうだねえ……見ての通り、通りすがりの魔術師ってところかな」
「は? 魔術師?」
形も戦闘方法も、魔術師のイメージからかけ離れてるから、混乱するのも仕方なし。
「一つ聞かせろ、何故貴様はここにいる」
「え? 暇つぶし〜」
「ひ⁉︎ ひまつぶ……」
どうやら、その答えは意外が過ぎたようだ。全員がドン引きしている。
「貴様、ふざけているのか⁉︎ この闘技場を無礼るのも大概にしろ!」
「どんなことしてるかは、なんとなく知ってるよん」
「……オレが言うのもなんだが、安心しろ。コイツ、本当にバケモンかってくらい強いからよ。で、自称流浪の魔術師さんよ、いい加減魔術を使ったらどうだ」
「まだその時ではないなあ。……本番は、これが終わった後のエキシビションだろ? その時にでも、見せてあげるよ」
そんなことを言いながら、刃を交えていた他所へと赴き、武器を叩いて頭を蹴ったり、武器を踏みつけ足払いをかけたり。兎に角牽制と妨害を行い続けていた。遊んでいるかのように翻弄し続けるエイジを前に、他の選手達の闘志も減衰していく。
その調子での戦闘を続け、観客からの大ブーイングに包まれる中、二十分が経過する。当初三十人程度いた中から二、三人程度しか脱落しなかった。
そして遂に、エイジの妨害で試合が全く動かないことに業を煮やしたのか、ゴングが鳴り響いた。狙い通り、と心中ほくそ笑みながらも、その表情は変わらない。本番はこれからなのだから。




